註文帳 あらすじ
註文帳 明治34年 4月「新小説」初出、明治43年 5月『鏡花集』第二巻(春陽堂)所収
吉原の剃刀研ぎ職人の五助は毎月十九日の仕事を避けていた。十九日というその日は、請け負った剃刀のうち一挺がいつの間にか消え、廓の思わぬ所に現れて、時に人を危めることもあったからである。
鏡研ぎ職人の作平が五助に明かすところによれば、陸軍少将松島主税が若い頃、遊女お縫に剃刀で首を突かれ、その返す手でお縫は自害、この心中騒ぎがあったのが十九日だったという因縁がある。剃刀が鏡にあたって松島は一命を取りとめ、以後この鏡は戒めの家宝となった。
時うつって現在、今はなき松島の甥にあたる脇屋欽之助は新たに作平によって研ぎ直されたこの鏡を贈られる。彼のドイツ留学を祝う宴のあった十九日の夜、欽之助は吉原に迷い込み、見知らぬ女から紅梅屋敷の娘お若へ届け物を託される。この日五助のところで消えたお若の剃刀である。
欽之助はお若に渡そうとしたこの剃刀をいったん紛失するが、お若が欽之助の上着の左のポケットにあるのを探りあてたことから、かつてお縫のはかった無理心中がこのふたりによって反復され完結する。
盾となって一命を取りとめることもできたであろう鏡を、この時、欽之助は携帯していなかったのであるが、運命を受け容れるかのようにお若を妻と認めて瞑目するのであった。
剃刀と鏡という品物をめぐる物語、剃刀研ぎと鏡研ぎによる物語。
佐藤和雄(蟻) / 泉鏡花を読む 1998.09.11