眉かくしの霊 あらすじ
眉かくしの霊 大正13年 5月「苦楽」初出、大正13年12月『番町夜講』(改造社)所収
霜月半ば、「筆者」の友人の画師(えかき)境賛吉は木曽の奈良井に宿を取った。出された鶫料理を堪能しつつ、鶫(つぐみ)を食べて口を血だらけにした芸者のことから山中の怪へと談話が及ぶ。これは魔がさした猟師による誤射というこの小説の後段への暗示となる。
翌晩、境が庭にいる料理番の伊作に怪訝な提灯がついて行くのを窓から目で追うと、それが宿の中へ、湯殿の橋を越えて、境の部屋へとやって来る。この背後の出来事を、うしろを振り返ることなく見てしまうという怪事。続いて鏡の前に女が現れ、懐紙で両の眉を隠して見せつつ「似合いますか」と、にっこり。夢かうつつか境はこの女によって姿を魚に変えられる。
伊作は前の年に柳橋のお艶という芸者が同じ部屋に逗留したことを境に明かす。お艶は大蒜屋敷で姦通騒動に巻き込まれた旦那(愛人)を自身の美貌にかけて救いに来たのだが、近在に「桔梗ヶ池の奥様」という魔の者がいること、それも絶世の美女であることを伊作から知らされる。美貌で負けては騒動解決が危ういと思い込んだお艶は、妾の身ながら歯を染め眉を剃って正妻の顔に化粧をした。その顔は池の奥様の姉妹のように瓜二つであった。ために、大蒜屋敷への途次、魔がさした猟師に射殺される。
伊作が仔細を語り終えた時、湯殿の橋の方から、伊作の分身と提灯とお艶が、射殺直前の道行きの姿をそのままに出現する。座敷はさながら桔梗ヶ池と化して、汀に白い桔梗が咲くように雪の気配が畳に乱れ敷くのであった。
桔梗ヶ池の物語に取り込まれた女が、それとは対照的な大蒜屋敷の物語に登場=侵入することは、不意の射殺によって結果的に阻止された。阻止されたお艶と伊作の道行きは向きを変え、鏡の幻想によって境と伊作のいる宿の座敷へと反転する。
伊作「向うから、私が来ます、私とおなじ男が参ります」
境「恐しくはない、恐しくはない。……怨まれるわけはない」
泉鏡花ならではの豊饒なイメージの奇蹟が、自然主義めいた香りの大蒜屋敷の物語を美しく凌駕する。恐くはない、怨まれるわけもない、幻想の文学が守られたのだから。
泉鏡花の最高傑作。
佐藤和雄(蟻) / 泉鏡花を読む 1998.09.30