第十二話 運動会其ノ九・淵谷君

淵谷君が手を挙げると、緋虎と張蹴燕がもやのようなものに包まれ、そのまま消えてしまいました。

結界の術です。これは、術者の周りの空間をこの世界の裏側に移動させ、姿を消すことが出来る術です。

そして、結界の中で何をしようと、こちらの世界には一切影響がないのです。また、

万一結界の中に人が取り残された場合、術者が術を解くか死なない限り、再びこちら側に

戻ってくることはまず不可能です。この術を使ったということは、淵谷君はあの術を

使うつもりでしょう。下手をすればこの世界さえ滅ぼしかねないために、

結界の中でしか使えないあの術です。いかに浅川君といえども、ひとたまりもないでしょう。

結界の内部の様子は、淵谷君の頭部に取り付けられた小型カメラで撮影され、次元の壁を突き破る

特殊な電波を通じて、私の目につけたコンタクトレンズ型受像器に映し出されます。

結界の中では、早くも戦闘が起こっていました。張蹴燕の浅川君は、刃物のプロフェッショナルです。

体操服の中から両手いっぱいのナイフを取り出し、淵谷君に向かって投げました。

数十本のナイフは、寸分の狂いもなく、淵谷君めがけて一直線に突き進みました。

その時、鹿島君が右手を挙げました。すると、空気の流れが変化し、見えない「壁」が

緋虎の前に出現しました。ナイフは空気の「壁」に突き刺さり、そのまま空中に静止しました。

鹿島君は、師である淵谷君に比べればまだまだ未熟ですが、潜在能力は淵谷君をも上回ると

言われている術者です。そして、このような空気を操る術においては、既に淵谷君を超える能力を

発揮しているのです。鹿島君が右手の掌を返すと、ナイフは180度回転しました。

そして右手を振り下ろすと、数十本のナイフは、張蹴燕めがけて一斉に襲いかかりました。

4、5本のナイフははずれて地面に突き刺さりましたが、残りのナイフはことごとく張蹴燕の構成員に

命中しました。まだみんな生きていますが、全身に深い傷を負い、出血多量で意識がもうろうとしています。

淵谷君は胸の前で印を結び、呪文を唱え始めました。張蹴燕の上空2メートルに、

黒い「点」が出現しました。そしてその「点」は、淵谷君が呪文を唱えていくに従って

徐々に膨張しています。淵谷君の究極の術「暗黒の鍋」が今、発動しようとしているのです。


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