
平蔵の居間へ呼びこまれた粂八は、すぐさまうなずき、
「へい、この五郎蔵どんというのは、蓑火の親分(おかしら)にみっちりと仕込まれただけあって、
そりゃもう、何から何まで、立派なもので……」
いいさして、はっと気づき、面目なげにうつ向いてしまった。
当時は、密偵に転向したばかりの粂八であったから、すぐれた同業者(?)への畏敬の念が、
おもわずほとばしり出てしまったのであろう。
(鬼平犯科帳4 「敵(かたき)」)
密偵達の中でも唯一の、しかも本格のお頭だっただけに、
すること立ち居振るまい、万事において落ち着きと腹の太さを感じる五郎蔵どんである。
無駄口は叩かずに、行動は果断。
他の密偵達も一目も二目もおいている存在。
例えば、おまさがおしろい売りの姿で流していると、
いっしょにおつとめをしたことのある盗人が網にかかってきて
お互いの近況報告などをしている中で
「そんでおめえさんは今どうしているんだい」
と聞かれたおまさ、
「はい、大滝の五郎蔵お頭のところに……」と答えると、
「ふーん、あのお頭はなかなかのものだそうだね」
とたいていの奴が知っていて五郎蔵お頭の名前はその世界ではかなり大きなものなのだ。
ちなみに「で、今どこにいるんだい?」と問われた時には
「本所の軍鶏鍋屋・五鉄の二階」か「弥勒寺門前の茶店にお世話になっております」
というパターン多し。