猫八師匠が病を乗り越えての十年が、
そのまま吉右衛門版鬼平の歩みと重なるわけで、
訃報は本当に悲しいけれど、それと同時に
よくぞ最後の最後まで彦十を演じて下さった、という
感謝の気持ちでいっぱいです。とっつあん、ありがとうございます。
伊丹映画の「お葬式」での葬儀屋さんの演技が、
なんともいえずに好きでした。

「死ぬまで彦十役をやるとおっしゃっていたのが現実になってしまいました。
芸人魂、役者として感動いたしました。われわれ役者芸人は、人の心に残ることが生きている証。猫八さんはいつまでも生き続けることでしょう」
(中村吉右衛門さん12/11朝日朝刊より)

−「鬼平犯科帳」で老盗の役で出演した時、最後の場面で自分の愛する女にありったけの金を渡して逃がしてやり、相手と組打ちになって殺し、自分も刺されて死ぬんですが、もちろん死ぬんですから、この最期は台詞も何もありません。でも千秋楽の日にね、ちょっと遊び心が浮かびました。江戸屋猫八が密偵の役で出ているんですけど、彼はご存知のように、物真似も、それも動物の声の大家ですよね。で、私は刺されて、いつもはそのまま黙って死ぬんですが、その楽の日は、苦しい息の下で傍らの猫八に云ったんですよ。「カジカの声を聞かせてくれ」って。この時、お客は笑いましたよ。猫八も、いきなりで驚いたでしょうが、さすがに大物ですね。見事にカジカの声をやってくれましたよ。で、僕もおぬしやるなって感じで、「ああ、故郷(くに)を思い出すなあ」とひと声云って、がっくり息絶えたんです。すると、さっきは笑った客席が、シーンとなりましてね。すすり泣きが聞こえるじゃありませんか。こんな時は、長い間、役者をやっていた勘とか経験が役に立って、お客にも喜ばれて、まあ役者冥利に尽きるというんでしょうか、嬉しいものです。これなんか、ゆとりがうまくいった例でしょうね。もっとも猫八は、カジカの声がうまくいかなかったと、あまり満足していませんでしたけれど。
「猫八さんとは打ち合わせしたんですか」
−そんな馬鹿なこと誰がしますか。突然ああいうことが起こるから、千秋楽は楽しいんです。大勢のお客様の中には、初日に来て、中日に来て、千秋楽にいらっしゃるって方がいるんです。千秋楽のハプニングというか、そういうものを楽しみに何度も通ってくださるお客様を大切にしなければねえ。
(−聞き書き−「中村又五郎歌舞伎ばなし」講談社より)

銕っつあんよう、いや、長谷川さまぁ。