
いくら訊いても、くわしくは語ろうとしなかったが、
おまさには七つになる女の子がいるらしい。
これを亡父の郷里へあずけておいて、盗賊の〔引きこみ〕をしていたおまさなのだが、
彼女に子を生ませた男も、どこぞの盗賊一味ででもあったらしい。
「もう五年も前に、死んでしまいました」
と、おまさはいった。
「ならば、お前の子をともどもに引きとろうではないか」
平蔵がいくらすすめても、おまさは、
「私の好きにさせて下さいまし」
と、いうのみである。
「おまささんは、若いころのあなたさまのことが忘れられないのでございましょう」
「ばかな……なにをいい出すのだ」
「いえ、まことでございますよ」
「なれど、あのころ、おまさはまだ十か、十一で……
おぬし、どうかしているのではにか?」
「なればこそ忘れられぬのでございます。それが、女というものでござります」
結局、おまさは好きにした。
以来、彼女は〔まき紙・おしろい・元結・せんこう〕と書いた紙をはりつけた箱を背負い、
手に〔おはぐろ〕の壺を下げて、小間物の行商をしながら、江戸の町々をまわり歩き、
いろいろな情報を平蔵にもたらすようになった。
(鬼平犯科帳4「血闘」)
継母にいじめ抜かれ、希望もなく放蕩無頼の生活を送っていた平蔵がころがりこんでいた
居酒屋の主、鶴(たづがね)の忠助。元盗賊でありながら大胆にも店の名は「盗賊酒屋」
そして二日酔いで頭を抱える平蔵に酔いざましの水を持ってきて介抱してやったりしたのが
当時まだ十かそこらの忠助の娘、おまさであった。
平蔵は長谷川家を継いで、やがて盗賊改め方長官となったのちにおまさと再会し、
おまさは盗賊改めの密偵としていのちがけのはたらきをするようになる。
平蔵のおまさにたいする複雑な思い、などなどはなんとも言い表せないものがあり、
そのへんのところは「狐火」の巻をごらんあれ。
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