風に吹かれて国生み神話 沼島
awazisima History MUSEUM
2018.3.

沼島の写真:ネットより転記
淡路島の南4.6㎞の国生みの島『沼島』。周囲9.53㎞の瀬戸内海国立公園。

1、下立神岩(昭和9年の室戸台風以前に岩の中心に穴が:伊邪那美神/陰部のモデル) 2、上立神岩(天の御柱のモデル) 3、穴口(古事記の黄泉への入り口のモデル)
古事記・上立神岩は天の御柱




淡路島地図:ネットより転記
淡路島(南あわじ市・洲本市・淡路市)


番号 神 社 名 主 祭 神|副 祭 神 古事記
a 沼島(ぬしま:おのころ島伝承地) 伊邪那岐神・伊邪那美神|
b 上立神岩・下立神岩 伊邪那岐神(上)・伊邪那美神(下)|天の沼矛・天の御柱のモデル
c 伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう) 伊邪那岐神・伊邪那美神|淡路國一宮
おのころ島神社(伝承地:旧南淡町沼島) 伊邪那岐神・伊邪那美神|
おのころ島神社(伝承地:旧三原町榎列) 伊邪那岐神・伊邪那美神|
おのころ島(伝承地:旧淡路町の絵島) 伊邪那美神・伊邪那岐神|
おのころ島(伝承地:沼島全域) 伊邪那美神・伊邪那岐神|
おのころ島(伝承地:淡路島全域) 伊邪那美神・伊邪那岐神|

    • 古 事 記 和銅5年(712) 稗田阿礼・太安万侶
    • 日本書紀  養老4年(720) 舎人親王ほか多数・渡来人も参加


 地図① 南あわじ市「沼島」の国生み神話(伝承地) 》:自凝神社

大鳴門橋:うずしお鳴門海峡の夕日 「沼島」の自凝神社(おのころ神社)は伊邪那岐神・伊邪那美神の二神を祀る神社。沼島」の下立神岩・上立神岩・は天地創造の神話で最初に誕生した島伝説。
 沼島は、淡路島の南4.6km、紀伊水道北西部に浮かぶ島。兵庫県南あわじ市(旧南淡町)に属する。面積2.71km2、周囲9.53km、最高地点は117.2m。瀬戸内海国立公園の一部。人口473人。淡路島土生港~沼島港、船で10分。

<国生み神話>
 古事記、日本書紀によると、伊弉諾尊(いざなぎ)・伊弉冊尊(いざなみ)の二柱が天上の「天の浮橋」に立って、「天の沼矛」を授けたをもって青海原をかきまわし、その矛を引き上げたときに、矛の先から滴り落ちる潮(しお)が凝(こ)り固まって一つの島となった。これが「おのころ島」で、二神は、その島に降りて、夫婦の契りを結んで国生みをされた。はじめに造られたのが淡路島でつぎつぎと大八洲(おおやしま)の国々(日本列島)をつくられたとあります。
 この神話は、もとは、淡路の海人族(あまぞく)が伝えた「島生み神話」であったといわれています。それが、大和朝廷の起源を語る『古事記』や『日本書紀』に取り入れられ、その冒頭にすえられるようになったのは、大和朝廷が淡路に屯倉(みやけ)をおいて、淡路島を直接の支配下におき、さらに御饌都国(みけつくに)と呼んで食料貢献の特別な地としたことに関係します。  このようなことから、淡路の海人が朝廷に出仕するようになり、淡路の神話が宮廷に伝えられて、古事記や日本書紀の編纂の時期(奈良時代)に壮大な「国生み神話」となって語られたのであろうといわれています。(南あわじ市HPより転記)
                
順番 大八島国|比定される島 順番 六島|比定される島
淡路島|アワジノホノサワケの島 岡山県児島半島    |キビノコ島
四 国 |イヨノフタナの島(顔が4つ) 小豆島          |アズキ島
隠岐島|オキノミツゴの島 山口県屋代島     |オオ島
九 州 |ツクシの島 大分県姫島       |ヒメ島
壱 岐 |イキノ島 五島列島        |チカの島
対 馬 |ツ島男女群島の男島と女島|フタゴ島
佐渡島|サドの島- -
本 州 |オオヤマトトヨアキズ島- -




 【②】沼島の上立神岩(♂かみたてがみいわ)と下立神岩(♀しもたてがみいわ)

古事記に見る沼島の上立神岩   勇壮な高さ30㍍を誇る岩は、天の御柱とも言い伝えられている。
イザナギがイザナミに「お前の体はどのようにできているのか」と尋ねると、「私の体にはでききらない所(♀女陰)が一個所あります」と答えた。そこでイザナギが、「私の体にはできすぎた所(♂男根)が一個所あり。私のできすぎた所で、お前にでききらない所を刺し塞いで、国土を生み出そうと思うが、どうか」と尋ねると、「それがいいでしょう」と答えた。国生み神話の一節である。詳細は下記による。



  1. 古事記より検証
    • ①国土の修理固成(原文4)
       於是天神諸命以。詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神。修理固成是多陀用幣流之國。賜天沼矛而。言依賜也。故二柱神立【訓立云多多志】天浮橋而。指下其沼矛以畫者。鹽許袁呂許袁呂迩【此七字以音】畫鳴【訓鳴云那志】而。引上時。自其矛末垂落之鹽。累積成嶋。是淤能碁呂嶋(おのころ島)【自淤以下四字以音】

    • ②国土の修理固成(翻訳5)
       ここに天つ神諸の命もちて、伊邪那岐命、伊邪那美命、二柱の神に「この漂へる國を修め理り固せ成せ。」と詔りて、天の沼矛を賜ひて、言依さしたまひき。故、二柱の神、天の浮橋に立たして、その沼矛を指し下ろして畫きたまへぱ、塩こをろこをろに畫き鳴らして引き上げたまふ時、その矛の末より垂り落つる塩、累なり積もりて島と成りき。これ淤能碁呂島(おのころ島)なり。)

    • ③国土の修理固成(現代訳5)
       ある時、天の神様たちは、イザナギノミコトとイザナミノミコトに「この海の中にふわふわと漂っている国をしっかりと固めて完成させてほしい。」とおっしゃって、天にあるりっぱな沼矛(ほこ)をお授けになられました。  そこで、イザナギノミコトとイザナミノミコトは、天からつながっている浮桟橋(うきさんばし)までやって来て、矛を降ろして、下界の海水をゴロゴロと掻き回してから、引き上げてみました。その時に、矛の先からしたたる海水が重なってできたのがオノゴロ島(沼島?淡路島)です。

       イザナギノミコトとイザナミノミコトは、その島に天から降り立って、天の神聖な大きな柱(上立神岩)をお立てになり、その柱を中心として大きな御殿を作られました。そして、イザナギノミコト(♂上立神岩)は、妻のイザナミノミコト(♀下立神岩)にお尋ねになりました。「あなたの身体はどのようになっていますか?」「私の身体は、すっかり美しく出来上がっていますが、一カ所だけ出来きれていないところがあります(女陰)。」とイザナミノミコトがお答えになられると、「ほう、私の身体もよく出来上がっているが、一カ所だけ出来き過ぎたところがあります(男根)。では、私のからだの出来すぎたところをあなたの身体の出来きれないところに刺して、塞いで、この国を生みたいと思うのだが、どうだろうか?」「それがよろしいでしょう。」とイザナミノミコトもおっしゃいましたので、イザナギノミコトは、「では、私とあなたはこの天の御柱(あめのみはしら)を回って出会い、男女の交わりをいたしましょう。私は、右から回るので、あなたは、左から回ってみてください。」と約束されてから、お回りになったときに、妻が先に「まあ、本当にすてきな男性ですね。」とおしゃって、その次に夫が、「やあ、本当に美しい女性ですね。」とおっしゃいました。それぞれが言い終わった後に、イザナギノミコトは、「どうも女が先に言うのはしっくりとこない。」とおっしゃいましたが、ともかく暗い場所で子をお生みになりました。しかし、この子はとても醜くい子であったので、葦の船に乗せて流してしまわれました。次に淡島(あわしま。四国の阿波地方=現在の徳島県を指す)をお生みになりましたが、これも子どもとはみなされませんでした。
        古事記 神話の世界(草岡神社公式サイトより抜粋)



1、下立神岩(イザナミ・女:旧南淡町沼島) 2、上立神岩(イザナギ・男:旧南淡町沼島) 3、自凝神社・2神祀る:旧南淡町沼島 4、自凝神社・2神祀る:旧南淡町沼島
下立神岩と上立神岩(漁船で海上一周45分)~沼島に建つ「おのころ神社」




 地図② 南あわじ市「三原」の国生み神話(伝承地) 》:おのころ島神社

おのころ島神社の大鳥居:旧三原町榎列 <おのころ島神社:おのころ島の所在>

 おのころ島の所在については、旧三原町のおのころ島、旧南淡町の沼島、淡路町の絵島、または、淡路島全体がおのころ島であるなど、いろいろの説がありますが、旧三原町榎列に「おのころ島の地名」が古くからあり、おのころ島の頂上には、おのころ島神社が祀られ、近くには国生み神話に関連する葦原国(あしはらのくに)や天の浮橋、せきれい石、塩砂(御砂所)などがあります。

 では、おのころ島は、陸地にあって、なぜ島なのか? おのころ島は、現在、陸地の小高い丘になっていますが、おのころ島の西部山裾に塩砂(お砂所)があり、数千年前の縄文時代には、三原平野の低い所が入江であった(縄文海進)とされていることから、また、水辺に群生する葦が最近まで島の北部一帯に広がっていたことからも、むかしは、海の中に浮かぶ小島であったと考えられています。

1、おのころ島神社 2、おのころ島神社 3、おのころ島神社
南あわじ市(旧三原町榎列)の「おのころ島神社」





 《地図 C 淡路市「一宮」の国生み神話(伝承地) 》:伊弉諾神宮
 《地図③ 淡路市「絵島」の国生み神話(伝承地)


伊弉諾神宮:淡路市(旧淡路町)  <延喜式内大社 伊弉諾神宮について>

 淡路島の伊弉諾尊・伊弉冊尊を祀る神社は、二尊がこの島で日本国の島々を生んだとされる、おのころ島に祀る「おのころ島神社」のほかに、淡路の島の神として古くから島人達から尊崇され、延喜式内大社である一宮町の「伊弉諾神宮(一宮)」をはじめ、島内には多くの二尊を祀る神社があります。おのころ島神社の屋根は、かつては、葦原国にちなんで葦(あし)で葺いてありました。現在は、銅板で葺いてあるが、その下は葦で葺かれており、また、千木(ちぎ)は上端が水平であり、鰹木(かつおぎ)は8本となっています。
【予備知識】 千木の木の切り口は「男神」は「垂直」に切り、「女神」は「水平」切る事が多いとされ、『鰹木(かつおぎ)』というのは、社殿の屋上に千木と併用されて短い水平材です。「勝男木」とも「堅魚木」とも書きます。神社の尊厳を示す象徴として棟上に置くのは普通です。元来鰹木は、棟の補強か構造上の完全を期すためのものであった。伊勢神宮では、「内宮」は鰹木が「十本」で「外宮」は「九本」であることから、天照は男神?女神?。一般の神社では、「女神」は偶数本、「男神」は奇数本の鰹木が多いのだが、千木の切り方や勝男木の数で「男神」「女神」は何の根拠もないと私は思っている。


<景勝地 絵島:県指定文化財 郷土記念物>

絵島:あわじウエーブドットコムより転記  淡路市 岩屋漁港にある「絵島」は、別名「おのころ島」と呼ばれる。古事記、日本書紀の国生み神話に 登場する「おのころ島」は伊弉諾尊と伊弉冉尊の二神が天の浮橋の上に立ち、「天の沼矛」(ぬぼこ)で青海原をかきまわし、その矛先からしたたり落ちたしずくが凝り固ってできた島のことで、この島こそが日本最初の国土とされていますが、淡路島内だけでも多くの伝説が生まれている。絵島は古くから月見の名称として名高く「平家物語」の「月見の巻」にも登場しています。 景勝地として知られ、地質学的に珍しく約 3千5百万年前(古第三紀始新世)の岩屋累層 砂岩層が露出した小島で、岩肌の侵食模様が特徴的です。「千鳥なく 絵島の浦に すむ月を 波にうつして 見るこよいかな」(西行法師)~ あわじウエーブドットコムより転記


<淡路島日本遺産とは>

 『古事記』の冒頭を飾る「国生みの島・淡路」~古代国家を支えた海人の営み~ 洲本市・南あわじ市・淡路市が申請したストーリー「『古事記』の冒頭を飾る「国生みの島・淡路」?古代国家を支えた海人の営み?」は2016年4月、日本遺産に認定されました。現存する日本最古の歴史書『古事記』の始まりには、壮大な天地創造の神話のなかで最初に誕生した“特別な島”が淡路島であると記されています。その背景には、新たな時代の幕開けを告げる金属器文化をもたらし、後に塩づくりや巧みな航海術で畿内の王権や都の暮らしを支えた“海人”と呼ばれる海の民の存在がありました。 国生み神話に思いをはせ、古代国家形成を支えた海人の足跡をたどる?。淡路島には今も、点在する数々の文化財とともに、悠久の歴史が紡ぎ出したドラマチックなストーリーが色濃く残されています。

 伊弉諾神宮前に「日本遺産」の石の記念塔がすごく違和感があった。気になって、日本遺産について改めて調べてみた。淡路島に、国生み神話の多くの伝承地が伝えられているのだが、伊弉諾神宮前にあると、その一つの伝承地が一番有力に映る。日本遺産はストリー性に無理があるように思えた。正しい認識がもてない。三市の日本遺産のアピール度合いが違うのかな!
    リンク
  1. 伊弉諾神宮 公式サイト 
  2. 絵島 淡路島観光サイト 
  3. おのころ島神社 南あわじ市HP 
  4. 蛭子命を祀る岩楠神社 
  5. 日本遺産(文化庁) 

<日本遺産とは>

 日本遺産は、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリーを文化庁が認定する事業です。2015年に創設され、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに全国で100件程度の認定を予定。魅力ある有形・無形の文化財群をストーリーとして魅力的に発信することで、地域の活性化を図ることを目的としています。

    ◆日本遺産事業の方向性は次の3つに集約されます。(文化庁より転記)
  1. 地域に点在する文化財の把握とストーリーによるパッケージ化
  2. 地域全体としての一体的な整備・活用
  3. 伊弉諾神宮前:日本遺産2016年4月認定
  4. 国内外への積極的かつ戦略的・効果的な発信
    ◆認定ストリート30(文化庁より転記)
  1. タイトル:『古事記』の冒頭を飾る「国生みの島・淡路」 ~古代国家を支えた海人の営み~
  2. 分類:シリアル
  3. 所在自治体:淡路市・洲本市・南あわじ市
  4. ストーリーの概要:
    わが国最古の歴史書『古事記』の冒頭を飾る「国生み神話」。この壮大な天地創 造の神話の中で最初に誕生する“特別な島”が淡路島である。その背景には、 新たな時代の幕開けを告げる金属器文化をもたらし、後に塩づくりや巧みな 航海術で畿内の王権や都の暮らしを支えた“海人”と呼ばれる海の民の存在が あった。畿内の前面に浮かぶ瀬戸内最大の島は、古代国家形成期の中枢を支え た“海人”の歴史を今に伝える島である。
  5. 主な構成文化財 :
  6. - 五斗長垣内遺跡と出土品(淡路市:人口45,030人)
    - 先山千光寺(洲本市:人口45,066人)
    - 鳴門海峡とうずしお(南あわじ市:人口48,342人)
    - 淡路人形浄瑠璃(南あわじ市)
    - 絵島(淡路市)
    ◆問い合わせ先:
  • 淡路市教育委員会
  • 兵庫県淡路市生穂新島8番地 TEL:0799-64-2520 FAX:0799-64-2566
  • E-mail:awaji_shakai@city.awaji.lg.jp

Ⅰ.
絵島
Ⅱ.
沼島
Ⅲ.
おのころ島神社


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