●八高線

・2002年12月14日  作成
訪れた日 1980年冬
1995年3月15日

私の育った東京都下、東久留米市。冬の晴れた日は雪化粧した秩父連山がクッキリ見えて、出かけたくてウズウズしていた。その秩父連山と平行して関東平野との境目を延々と走るのが八高線(八王子―高崎 {倉賀野})だった。

小学生の頃はとても旅など出来なかったが、中学生になってようやく日帰りで八高線の旅が許された。一番電車の西武線で東飯能へ、そこから八高線に乗ったのだが、その時の朝焼けの素晴らしさは20年以上たった今でも鮮明に覚えている。

ディーゼルカーに乗ったのは初めてではないが、ローカル線に相応しい旧型ディーゼルカーのクロスシートの車窓から、夜明けの関東平野の端を眺めていたのが私の旅の原点である。その後、遠くはヨーロッパまで足を伸ばしたが、この時の八高線が一番印象に残っている。

東京都を走るオンボロディーゼルカーは時代に取り残された感が強く、高校では八高線を使って通学している人を馬鹿にする風潮があった。友人たちと長野から埼玉方面に帰る時、高崎駅で見たオンボロディーゼルカーを見てショックを受けて、わざわざ区間変更を行い高崎線経由にルートを変更した事もあった(私は乗りたかったが・・・)。

1998年まで東久留米に住んでいたが、大学生になったあたりから秩父連山の雪化粧が印象に残った事はなかった(そもそも雪が減ってしまったが・・・)。八高線にも何度か乗ったが、旅を感じた事も少なくなった。そのうち、車両も変わり、高麗川−八王子間が電化され通勤電車が走るようになり、東京都からディーゼルカーが消える事となった。

1996年電化前日。八王子駅から最後のディーゼルカーに名残乗車にやってきた。やはり思い出深い八高線のディーゼルカー。最後を見届けたい。列車は「小川町」行きだったが、高麗川から翌日から使用する新車に車両交換。便利で綺麗になる事は良い事だが寂しさも感じた。

高崎駅で
茅葺屋根の家なんて今も見られるのだろうか
越生駅で見た東武線(この型式も懐かしい)
電化直前の八高線
サボには行き先が書かれていなかった
八王子駅にて(電化前日1996年3月15日)

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume/my_hp.gif (6911 バイト)

back