●交通博物館
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異様な盛り上がりの中、挨拶をする職員に見送られて博物館を後にした。閉館時刻はとうに過ぎているが、全員が出るまで、シャッターが閉まるまで、まだ時間がかかりそうだ。思い出深い交通博物館だが、心の中でサヨナラをつげて帰途についた。最寄駅は「秋葉原」であるが、子供の頃、交通博物館に遊びに来ていた頃の「秋葉原」は硬い街だったなぁ・・・と、あまりに変わってしまった街を眺めて、時代の移り変わりを感じた。
2006年5月14日に閉館した交通博物館は1936年(昭和11年)に、「万世橋駅」に移転して来てから70年あまり多くの人に親しまれてきた。「万世橋」駅は廃止されたが、構内は交通博物館として利用され続けた。閉館後、2007年10月にオープンした鉄道博物館に引き継がれたが、交通全般の博物館と、鉄道博物館ではターゲットが異なる。鉄道が中心だったとはいえ、あくまでも交通博物館は、交通全般の博物館であった。飛行機から船舶、自動車についても展示していた。
この交通博物館を訪れたのは小学生の頃だから遥か遠く昔である。祖父に連れられて来た筈である。閉館が分ってから、来たい、来たいと思いつつ、とうとう最終日になってしまった。狭い所に押し込められるように並べられた展示車両と航空機、ジオラマなど記憶に残っており、懐かしさがこみ上げて来た。18年前に他界した祖父の事を思い出したりもして、ちょっと切なくもなった。全国の記念切符もこの博物館で発売しており、祖父がよく買ってきてくれて、プレゼントしてくれたものだ。祖父からは過保護のように育てられた事を改めて実感した。
最終日ともあって、博物館内は大混雑、ジオラマは普段は運転手が解説も兼ねていたが、この日はベテランの解説者が運転手とは別に解説を行っていた。運転回数も大幅に増やされていて、可能な限り運転する旨の説明があった。特別展示として、「万世橋」駅の遺構を巡るツアーも開催されていたが、これは予約制なので残念ながら参加できなかった。しかし、屋上から万世橋駅のホーム跡が良く見える。
昭和初期の面影を残す建物こそ、交通博物館の魅力でもあったが閉館後の2008年3月現在、その遺構は残されている。世界のアキバの一等地に残された昭和の面影がどうなるのか判らないが、何かの資料館として再開して欲しいと願ったりもする。ただし建物はJR東日本の所有物である。鉄道博物館が出来た今、残すのは難しいだろう。
都会の一等地にある建物 | |
昭和を感じる雰囲気 | |
スバル360をはじめ自動車やバイクの展示も多い | |
灯台の模型もある | |
万世橋駅の遺構も見れる | |
万世橋駅跡を通過する中央線 | |
戦前の建物としてはモダンだったのだろう |