北三陸鉄道

2015年6月14日作成
訪れた日 2014年5月4日
          

夜行バスが宮古駅前に到着したが、8時発の列車の時間までまだ暫くあった。油断してフラフラしていたら、気がついたら列車を待つ長蛇の列が出来ていた。いずれもレジャー客のようだ。過疎化、震災、様々な理由で利用客減少に悩む第三セクターの三陸鉄道。全線復旧されたとはいえ、この人気は異常に見えた。その理由のひとつとして昨年まで、NHKで放映された朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の影響が大きいとわかった。

三陸鉄道北リアス線は、ドラマでは北三陸鉄道という架空の鉄道会社の設定であった。オープニングから登場するこの鉄道。ドラマの中でも大きな役割を果たしていた。1両編成に乗り切れないほどの乗客が集まり。最後尾のデッキに立つのがやっと・・・。車両を借りてでも、増結する事ができなかったのか・・・と残念に思う。

肉声による観光案内を聞きつつ列車は三陸海岸沿線を行く。震災前の景色を明確に記憶しているわけではないが、海岸線の集落が無くなってしまっているのは実感できる。案内も震災にまつわるものが多い。やがて、最後まで不通区間だった「小本」−「田野畑」間にさしかかった。ここは駅や高架橋が流された区間である。「あまちゃん」でも、ヒロインの親友「ユイちゃん」が、落ちた高架橋を見て呆然とするシーンがあった。

ヒロイン「アキちゃん」が東京へ出る時に、祖母の「夏ばっぱ」が大漁旗を振るシーンに出てきた大沢橋梁。ドラマでは袖が浜駅として使われた堀内駅。オープニングで使われた箇所・・・・「あまちゃん」ファンにはたまらない箇所が続く。列車の混雑も拍車がかかる。混雑の為、遅延が発生したが無事に北三陸駅として設定されていた久慈駅に到着した。


夜行バスで宮古駅へ・・・。レギュラーは3列シートの豪華バス(右側)であるが、増発車は普通の4列シートのバスであった。ただし、隣がいなかったので快適であった。

宮古駅には大勢の乗客が集まってきて、発車のかなり前から列が出来ていた。

開通時に導入された36−100・200形は数を減らしてきた。私が乗車したのは新車の36−700形であった。
島越駅は駅舎と、高架橋が流されてしまった。築堤構造で復活したのは防波堤として使う事を考えての事だろうか。停車中に駅舎から出た記憶があり、喫茶室を兼ねた駅舎が印象的だった(上)。

平井賀川水門は、三陸鉄道の姿を模している(右上)。

ドラマの最終回のエンディング。ヒロイン降り立った畑野駅は、実際にあるのは田野畑駅(右)。

大沢橋梁はドラマでも使われたが、三陸鉄道を代表する景勝地である(下)。

袖が浜駅、ヒロインが今でも現れそう・・・・。実際は掘内駅。この日も、ファンが大勢訪れていた(右下)。
オープニングや、ヒロインが自転車で列車を追い抜いてゆくシーンで使われた区間(左上)

三陸鉄道の車庫。ドラマでも登場し、ヒロインが勝手に進入する事もあったが、まぁ・・・ドラマだから(上)。

そして、ドラマで重要や役割を果たしたお座敷列車,
潮騒のメモリーズ号の記念オブジェ(左)。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume/my_hp.gif (6911 バイト)


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