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縮小版「神道辞典」(編集 国学院大学日本文化研究所 弘文堂発行)の引用
神社は、小さな社まで含めると膨大な数になる。中小の社の大半の本殿形式は流造と春日造及びそれらの見世棚形式であるが、大社、特に一宮以上の社格をもつ神社においては、それぞれに特殊な社殿形式、社殿配置を示す場合が多い。これも寺院や住宅との大きな相違点である。以下に主な神社形式とその特徴をあげる。
1 本殿をもたない原始的形式
奈良県桜井市の大神神社は、三輪山を神聖視し、拝殿の奥の一角を禁足地とする。三輪山は神体山といわれ、各地にこれに類す る山がある。石上神宮も最近まで拝殿の奥に禁足地を設けるだけの形であったが、明治になって禁足地を調査し、大正2年(1913 年)に本殿を建てた。
2 日吉造
正面三間、側面二間の身舎に対して、正面と両側面に庇がつくと日吉造の形になる。背面では、庇の屋根が縋破風となって両端 にみえる独特な形である。聖帝造ともいう。大津市の日吉大社に三棟存在するのみである。
3 神明造
伊勢神宮とその周辺、御厨の地、伊勢信仰の盛んな地及び明治維新後は全国的に建設された本殿形式である。
切妻造、平入りで、屋根は反りがなく、直線的に構成され、棟持柱、千木、鰹木をもち、素木である。これは中国から導入され た寺院の金堂が、瓦葺で入母屋または寄棟の屋根とし、複雑な組物をもち、色彩を行うとの対照的な意匠である。その基本形が古 墳時代以来の日本の建築の形を受け継いだものという意味では原始的な形であるが、神宮正殿の建築意匠は創建当時としても、ま た現在においても最高水準にあると考えられる。
4 春日造
奈良の春日大社に代表される形式で、切妻造、妻入の正面に向拝をつけたものである。大半は正面一間の一間社春日作である。 春日造は流造に次いで数多いが、分布は奈良を中心とする近畿圏に集中する。向拝に隅木が入ると隅木入春日造といい、熊野本宮 証誠殿などではさらに発達して入母屋造となるが、これは別形式と考えるべきかもしれない。
5 流造
京都の上下賀茂社(現賀茂別雷神社、賀茂御祖神社)本殿に代表される形式で、切妻造、平入りの正面側の屋根を前方に伸ばした 形である。本体部分を身舎、拡張された部分を庇または向拝と呼ぶ。正面の柱間数によって規模を現し、例えば賀茂社では正面三 間なので三間社流造という。流造は神社本殿の最も普遍的な形式であり、全国に分布する。また身舎の前に前室をつけ、さらに向 拝をつけた前室付流造という型もある。なお、似た形のものに、身舎三間に対して向拝幅を一間とするものがあるが、これは切妻 造という。
6 大社造
出雲大社とその周辺にみられる本殿形式である。切妻造、妻入りで、妻側の柱や中央の心御柱の在り方に古い要素が窺われる。 特に出雲大社本殿は現在でも他を圧する巨大本殿であるが、出雲神話とその後の伝説によって更に高い建築物であったらしい点で 著名である。平安時代には高さが十六丈(約40メートル)あったとして、復元図が描かれている。
7 権現造
北野天満宮のように、本殿の前に拝殿をおき、その間を石の間といって、屋根はかけるが床は低いままとする複合社殿の形態を 石の間造という。これは、桃山時代に豊国廟に採用されたのをきっかけとして、日光東照宮を生むに至る。東照宮では、祭神を東 照大権現とも称したので、この社殿形態を権現造という。ただし、権現造という呼称は華美な装飾をもつ社殿を指す場合もある。
8 八幡造
切妻造、平入りの建物が前後に二棟並ぶ形で、宇佐神宮、石清水八幡宮がこの形である。後ろの建物を内殿、前の建物を外殿と 呼び、両方とも本殿である。
9 住吉造
大阪の住吉大社にみられる本殿形式である。切妻造、妻入りで、内部は前後二室に分かれる。やはり直線的な屋根形態を示し、 細部は簡素であるが、柱は朱、壁は白に塗られている。本殿の全体的な形態が大嘗宮の悠紀殿、主基殿に類似しているが、その関 係は立証されていない。しかし形の類似は、両者がともに古来以来の形式であることを示すものである。
 主要な神社建築形式(PONYの缶詰HPから借用) AIで着色
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