私がアトラクションキャストになるまで

・キャストの前は・・・
私は50歳代後半になってディズニーランドのキャストになった。と言うことは・・・それまで別の仕事をしていた、と言うことになる。私がキャストになる前、ごく普通の会社員であった。IT系の企業である。技術系で担当業務はソフトウェアの開発などであった。ソフトウェアの作成のほか、SEとしてお客様対応を行ったこともある。が、接客業ではない。どう考えてもディズニーのキャスト、特にアトラクションキャストとは似ても似つかぬ仕事である。
そして、大学までも含めて、地味な方であった。そんなに積極的に人付き合いする方ではなかった。そのころの私を知る人に「ディズニーランドでアトラクションキャストをやっている。」と言っても誰も信じないのでは? と思ってしまう。
こんな私がディズニーキャストに。それもアトラクションキャストに。ほんと不思議である。

・キャストになるきっかけ
IT企業の会社員からキャストへ。実はそれまでは特別ディズニー好き、というわけではなかった。もちろんディズニーランドやシーで遊んだことはあり、とても楽しい場所と思っていた。キャストさんの対応もよいと思う。だけど・・・それは多くの人のディズニーに持つ意識と変わることはないだろう。遊ぶには最高の場所、としての認識である。そんな私がキャストを業務として意識したのには、ちょっとしたきっかけがある。
IT系企業の創立30周年の企画のひとつに株式会社オリエンタルランド(以下オリエンタルランドと記載)の企業向け研修、があった。会社主催の研修ではあるが自主研修扱いで受講費のみ会社負担だった。当時住んでいた石川県の金沢から舞浜までの交通費と宿泊費、更に実地研修のためにディズニーランドに入る際の入園料。これらは全て自己負担である。合計すると5万円以上? 結構高くなるのだがそれでも人気があったようで、受講者は抽選。私は運よく当たった。
研修は、まず半日の座学、そして昼食後にディズニーランドで1時間くらいの実地見学であった。座学の研修会場はディズニーランドホテルの一室。結婚式などで使う部屋である。参加者は70人くらい。案内図を見ながら研修場所を探し当てて受付へ。あれ? ここでいいの? 場所を間違えた? と思ってしまった。受付に座っているのはよく見ると会社の担当者だけど私服でどうみてもリゾート気分。私ももちろん私服だけど、ちょっと遊びに行く程度の少し軽い服装だった。ほかの参加者も一部は完全にリゾート気分の服装で、会社の研修とは思えないような雰囲気である。そして、ディズニーグッズを持った人も多数。まず目についたのは大きなクマの顔のカバン。クマ・・・当時私はダッフィーの名前も知らなかったのである。うちの会社にディズニー好き、こんなに多かったのか? なんて思ってしまった。
さて、研修である。研修の場所に丸テーブルが12くらい。各テーブルに6人程度。内容は非常に有意時であった。と言っても当時の業務に直接役立つわけではない。一番覚えているのはSCSE(今は一つ追加になって“The Five Keys~5つの鍵~”)。これはキャストの行動規範であるが、これが明確でわかりやすいと感じた。基本が、土台がしっかりしている、と感じた。これがディズニーの中でとても大事であることは後によく分かった。
他に覚えていること。スクリーンにずらりと並んだいくつかの名前(実はパーク内のショップの名前だった)。これを短時間で一つでも多く覚えろ、と。こういうのは、少しは役に立つかもしれない。が、接客としての小演習。例えばお客様のカメラを預かって写してお返しする。これは業務には無関係である。とはいえ、いろいろな考え方は役に立つと言える。
講師は2人。1人が正面、スクリーンの前に立ち、もう1人は会場内でサポート。休息の時は2人で会場を回って適宜声をかけてくれる。それがとても感じが良く、わかりやすかった。今までの講義の中で最高の教え方、と思える。説明し、見本を見せ、そして実際にやってみる。更にはその応用も。これは実はキャストへの研修と同じやり方であった。

面白いと思ったのは会場の隅にパンと飲み物が用意してあったこと。これは講義中も自由に食べてよい、とのこと。講義中も飲食可・・・ではあったが小心者の私は講義の合間にひとつ食べてコーヒーを飲んだだけである。でも、パンはとてもおいしかった~。

半日の講義、あっという間に時間がたってしまった。でも内容は短時間なのに非常に深かった。講義のあと、実地研修の前に昼食。出されたのは黒い箱に入ったお弁当。蓋を開けたら和食だった。お弁当としては上質ではあるけど・・・正直な話、特別感がなかった。てっきり洋食だと思っていたのに。他に同じように思った人もいた。

食事後の実地研修は2グループで行われた。2人の講師がそのまま引率する。まずディズニーランドのエントランスにゆく。軽い説明のあとにいきなり質問。エントランスの床が赤いのは? これには私が最初に何気なく答えたのだが、他の人はわからなかったらしい。私がさっと答えたこと、周りの人は意外に思ったようだ。確かに私はディズニーのイメージとは程遠い。もっともなことと思う。2問目。こんどはゲートを通るときの音。これも分かったのだが、他の人に答えてもらおうと思って黙っていたら誰も答えなかった。結局答えられたのは私だけ。地味な私がなぜディズニーのことを知っている? 自分でもちょっと不思議なのだが、ディズニーに関してはいろいろ書籍を読んでいたので意外と知っていたようだ。
次はコイン式のロッカーへ。ここで数分、歩き回って気がついたことを答える。これもキャストの研修でも行われている内容である。ロッカーの上が丸くなっているのは? これはお客様がうっかり荷物を上に置いてそのまま忘れてしまわないように、ということである。なるほど、と思う設計である。
続いてワールドバザールへ、次にアドベンチャーランドへ。1時間少々の実地見学。ここでもいろいろ説明を受け、そのあとはそのまま現地での自主見学。要はディズニーランドで遊ぶ、となる。自然に出来たグループでそのままパークをまわる。午後14時頃からだけど平日でもあり、結構アトラクションにも回れた。そのとき・・・どうしてもキャストの動きに目が行く。生き生きと、そして楽しんで仕事をしている・・・その感じが強く印象として残っている。ほかの参加者もキャストが気になった、と言っていた。

この研修がキャストになるきっかけになったことは間違いない。キャストの仕事も面白いかも? と思ったのは事実である。何よりもみんな生き生きと、楽しそうに働いている、と感じた。でもその当時、会社を辞めてわざわざ東京地区に移住してキャストになる、なんて決断はありえないことである。ということで、ここでキャストになる、という話はいったん終わる。

ここで、その後のことをちょっと書いておく。
実は2人の講師のうちのお1人、後に2回ディズニーシーでお会いしている。だけどそれば私がキャストになる前のこと。もし今お会いし、「研修がきっかけでキャストになりました」と言ったら驚くと思う。そして・・・喜んでくれるかな? 実はイッツ・ア・スモールワールドの同僚で同様の研修(主に修学旅行の中高生向けだったそうだけど)の講師経験者がいて、「研修がきっかけでキャストになった」と話すと「それ、(講師には)最高の誉め言葉ですよ~」と言ってくれた。
この、修学旅行生を対象にした研修は時々見かける。内容は企業向けとは違うかもしれないけど、とても有意義だと思う。企業向け研修を個人向けに募集すると参加者があるかな? とも思うが、変なマニアが応募して大変だろうな~なんて思ってしまう。

・年間パスポート購入
その後、どういうわけか東京都江東区勤務になった。オリエンタルランドの研修を受けた当時、東京地区勤務はありえない、と思っていたが複数の系列会社が合併したことで全国組織になり、異動が容易になったことで本社の江東区勤務になったのである。単身赴任の始まりである。
勤務先の新木場から舞浜はすぐ。本社ビルからスペース・マウンテンやタワー・オブ・テラーが良く見える。そして・・・住まいは千葉市の京葉線沿線にした。都内より安くて広いところが借りやすい、ということもあるけど、舞浜を挟んでいることも理由である。つまり、通勤定期でディズニーリゾートに行けるところである。そして・・・落ち着いたころにディズニーの年間パスポートを買った。2パーク、ディズニーランドとシー両方に行けるものである。月に1、2回も行けばよい? と思っていたのだけど、会社帰りにディズニーに寄るようにもなって、頻繁に行くようになった。仕事が終わってディズニーシーのラウンジで飲む。これもまた楽しい。
結果としてパークに行く回数は非常に多くなり、しかも会社帰りにネクタイのまま行ったりする。目立つから? キャストに覚えられることも多くなってきた。アトラクションでも常連みたいに話しかけられるようになった。ディズニーシーにはラウンジがあるが、ここをバーみたいな感じで利用していたが、カウンター内のバーテンダーさんにも覚えられた。そうなるとますます行きたくなる。パークに行く回数が増えるとパークが特別の場所ではなくなる。ディズニーシーのラウンジで飲んで、パークを歩いているとき、街中で飲んで商店街を歩く感覚と同じ? なんて思えてしまった。
パークに頻繁に行き、なじみのキャストが更に増えると・・・ちょっとした短い会話もするようになる・・・。これもキャストになるもう一つのきっかけになったのだろうな、と思う。

・最初のキャスト、カメラマンキャストに
その後、会社を早期退職。と言っても50歳後半、間もなく還暦、ではあるが、定年少し前に退職した。本来なら自宅のある金沢に戻って再就職先を探すのが常識なのだが・・・わがままを通させてもらうことにした。再就職先として真っ先に思いついたのがディズニーキャスト。その中でオリエンタルランドの写真関係の子会社、株式会社フォトワークスであった。株式会社フォトワークスはのちには株式会社オリエンタルランド・クリエイションズとなったのだが、業務拡大のためでもあるので、ここでは旧名称の株式会社フォトワークス(以下、フォトワークスと記載)として進めさせていただく。
最初のキャストとしての業務はカメラマンキャストである。ディズニーランドやシーで写真撮影を行っているキャストである。私自身写真好きでもあり、一眼レフを使ってパーク内でよく写真を写していた。キャストの中では最適と思った。もう一つ、アトラクションキャスト等は応募者が多くて採用は難しいだろうな、と思ったのも理由のひとつである。フォトワークスへは退職前に応募、年末の退社後、年明けに面接を受けたところ幸いにも採用していただけた。入社は2月。約1月の無職期間を経てめでたくディズニーのキャストになったわけである。正直なところ、遠いと思っていたディズニーキャストに、「あれ? なれちゃった!」みたいな気持ちである。

最初の業務はディズニーシーでのカメラマンキャストであった。カメラマンキャストの仕事は名前の通りカメラマン(女性もカメラ“マン”である)として、お客様の写真を撮ること。お客様のスマートフォンやカメラでも撮るし、用意している一眼レフでも写す。一眼レフで撮った写真、プリントして台紙に入れた状態で買うことができるし、データとして購入もできる。カメラマンキャストの撮影場所は、というとミートミッキーのようなグリーティング施設のほか、パークの中でのグリーティング、そしてシンデレラ城近くなどで写す。ビビディ・バビディ・ブティックでの撮影もある。ほかにはディズニーホテルのレストラン、更には結婚式場での撮影の仕事もある。でも業務として一番多いのはグリーティングだろう。私もグリーティングで勤務した。
私の仕事はディズニーシーのエントランス付近でミッキーやミニーとお客様との撮影であった。つまり、ミッキー/ミニーと一緒に仕事をしていたのである。ディズニーランド/シーで働くキャストは非常に多いけど、ミッキー/ミニーと一緒に仕事をした、と言える人はショーの関係者とグリーティング関係などごくごく一部のキャストだけである。それを経験できた、と言うのはある意味幸運なのだと思う。

・バックステージ勤務へ
キャストには、パーク内に出る接客のキャストと非接客のキャストがある。
接客はオンステージ、つまりパークの中でお客様に直接接する仕事をする。アトラクションの運営やショップでの販売、飲食店での販売、ショーやパレードの運営、そしてカストーディアルと呼ばれるパーク内での清掃などである。一方、非接客の業務、バックステージの仕事もあり、具体的には商品の管理、飲食の調理などがある。
私もカメラマンキャストの後にバックステージ勤務となった。写真関係の資材の管理と準備、配送である。配送もやるので、ディズニーランド/シーに加えてホテルの裏にも入っていた。広い範囲のバックステージを見ていることになる。バックステージでは、ミッキーやミニーなどのキャラクターを見かけることもあるし、プリンセスも見かける。当たり前だけど話をすることはできないが、すぐ近くですれ違うと嬉しくなる。そして、自動車を運転することのある業務でもあった。バックステージ中心だけどディズニーシーのパーク内を開園直前に走った。バックステージでは、ディズニーシーのプロメテウス火山付近など行ったことのない場所ももちろんあるが、結構あちこち行っていた。ウェスタンリバー鉄道の踏切を通り、ビッグサンダー・マウンテンの下を通ったこともある。秘密の? 地下トンネルの入り口も見ている。残念ながらトンネルに入ったことはないのだが・・・。
こんな感じでパークの裏、いろいろ回った。広い範囲を見て回れる。バックステージ勤務も結構楽しかった。
のちにアトラクションキャストになってディズニーシーのパーク内を車で走った、というとキャスト同士でも驚かれる。そして、“「(車を)ぶつけるとオープンできなくなる!」 と脅かされた”と言うと、なるほど、なんて言われる。実際には応急処置で隠してなんとかするのだろうけど・・・。

・再びオンステージへ。スプラッシュ・マウンテン、ギャラリー勤務
その後コロナの時代へ。ディズニーランドとディズニーシーは休園になり、再開後も仕事は激減した。グリーティングがなくなり、その結果として撮影も行われなくなったためでもある。グリーティング以外の撮影は再開されたが販売も台紙付きでの写真販売からデータでの販売が多くなってきた。ライドショットも中止。配達関連作業も減少。一応、7時間くらいの勤務で3人が作業していたけど、実質1人分くらいになっていた。作業がない分には、“解消”扱いで給与の8割が支給となった。一日まるまる仕事がない日もあるが、出社しても7時間分仕事がないこともある。そんなときは、解消で早く帰ったりした。給与は減るが、仕事がないのだから仕方ない。集配業務は毎日必要だけど、台紙の用意が減ったので台紙用意の担当者は週に1~2日の出社になった。

そんな中、バックステージ勤務者に対してオンステージで勤務募集の話があった。作業はバックステージとの兼務である。募集、というより勤務してもよいか、との確認である。コロナで仕事の量がかなり減っていたし、またオンステージ勤務でもあり、私はすぐに承諾した。同じ勤務の他の2人は希望しなかったのでその人たちの作業量を確保する効果もある。
オンステージ時の業務、スプラッシュ・マウンテンのギャラリーでの勤務を主に担当した。これはライドショット、つまりスプラッシュ・マウンテンの最後の急降下中に写す写真の、データのダウンロードの案内や台紙付き写真の販売の案内である。以前、写真の販売だけの時はアトラクションキャストが1人で担当していたのだが、データのダウンロードの案内も加わったので1~2人での勤務となった。
ここでの業務、ダウンロードの手順等のご案内、そしてプリントした台紙付き写真の手配である。販売自体はカメラセンターで行うので、お金の受け渡しはしない。スプラッシュ・マウンテンから降りてきた人にライドショットを案内、そしてダウンロードや台紙付き写真の販売案内をする。ダウンロード方法がわからないお客様に手順をご説明する。また、サンプルの写真は次々に変ってゆくので、何かの理由で時間がかかって画面から消えてしまった時は業務用の画面で操作したりもする。そして、台紙付き写真をご希望のお客様には手配をする。それ以外にも作業はあり、初めてスプラッシュ・マウンテンに乗った人、主にお子さんであるけど、1stRideのシールを配ったりもする。このシール、私は結構配った。慣れてくると初めてのお客様、主にお子さんだけどなんとなく分かるようになった。初めてのお子さんのいるグループ、写真のダウンロードや購入をしてくださる率が高いこともあって、積極的に話しかけた。もちろん見落としもあるだろうけど・・・。それ以外にもバースデーシールを書いたり、施設の場所の案内なども当然、行っている。

写真の販売量、私はやや多かったと思う。ギャラリー担当がもともと非接客部門で、そこでの勤務者の中で数少ない接客業務経験者だから? お客様に話しかけることに、より積極的になれるのかもしれない。一日の販売数を担当者数で割った数以上売ったことが少なくなかった。もちろん適度な売り込みを行っていない・・・と思う。
ギャラリー勤務は楽しい業務であった。再度の接客業務でもあり、販売の工夫も成果に反映される。やりがいもある。いつの間にか・・・スプラッシュ・マウンテンのギャラリー勤務が長くなっていった。

・勤務への不安そしてアトラクションキャストへの応募
スプラッシュ・マウンテンのギャラリー勤務が半年ほど経過したとき・・・ふと、この仕事いつまで続けられるのだろうか? と思ってしまった。コロナが落ち着くと、ギャラリー業務が本来のアトラクションキャスト担当に戻る可能性もある。私としては接客業務を続けたい。だけど、プラッシュ・マウンテンのギャラリー勤務は不意に終わる可能性がある。その場合、バックステージ勤務のみに戻る。
オンステージ勤務を続けられたら・・・との思いが更に強まったときにオリエンタルランドへの移籍者募集の話が出た。2021年11月のことである。移籍するとオリエンタルランドの準社員として、キャストとして勤務できることになる。年末、そして年が明けたころに少し詳しい話が分かってきた。応募しても移籍は面接を経てのこと。当然、不採用の可能性がある。しかし、その時点で一般向けには採用を開始していないアトラクションキャストにも応募が可能であった。そして・・・不採用であってもフォトワークスを退職、となるわけではない。となれば、アトラクションキャストへの可能性を期待して応募する価値はある。不採用でも何も失うことはないのだから。でも正直な話、採用される可能性は低いと思った。還暦を迎えた高齢者なのだから・・・。なので、軽い気持ちで説明会に参加した。説明を聞いた上で、迷いを持ちながら、まずは応募した。
面接は2月3日。これは実に気楽に受けることができた。なにしろ落ちてもキャストはキャストなのだから。面接の際の注意に、“コスチューム不可”と書いてあったので久しぶりにネクタイで行った。この理由、面接会場に行ってすぐにわかった。新規応募者と同時なのであった。新規応募者は若い人が多く集まっていた。移籍者だけ別に、と思っていたのでこれならコスチューム不可、と言うのはよくわかる。コスチュームでは新規応募者が不審に、そして不安に思うだろう。でも実は・・・私は今のIDカードで正門を通ったのでそれを胸からかけての参加であった。新規応募者もいる、と分かった時点でIDカードをひっくり返してわからないようにした。ここではまず履歴書に近い内容を記入。ほとんど迷わず書けるが、応募の動機だけはよく考えて書いた。希望職種はアトラクションキャストただ一つ。パークゲストサービスやカストーディアル、フードサービス等のキャストの募集もあったが希望しなかった。オリエンタルランドで働くならアトラクションキャスト。希望するのはただそれひとつである。
続いての面接、これも緊張感はなかった。他の応募者は採用されなければキャストになれないのだから緊張もするだろうけど、私は不採用でもキャストのまま。質問にも余裕をもって答えられた。動機。これは明確に言える。8年ほど間にオリエンタルランド社の企業向け研修を受けてディズニーランドを見学、職場としての魅力、キャストさんが生き生きと働いていると感じたこと。更にその場で感じたことなど加えて話す。企業向け研修はフォトワークスの面接でも話したこと。心に思っていること、実際に経験したことだからすらすらと出てくる。更に今の職場でオンステージ勤務経験について確認された。スプラッシュ・マウンテンのギャラリーでの勤務。ちょうど1年になっていた。これがわずかでも有利になることはまあ、あるだろう。経験者と同等になるかな・・・? と言った気持であった。
その日以降、普通に従来通りの勤務。面接から1週間後・・・メールが届いた。応募の際の登録内容の確認依頼である。単なる内容確認、と思って気楽に始めたが、終り頃に非常に具体的な内容があった。ディズニーランド勤務はOKか? ファンタジーランドはOKか? 更にイッツ・ア・スモールワールドとピノッキオの冒険旅行、アリスのティーパーティーの勤務はOKか? 具体的なアトラクション名があることで、ひょっとしたらこれは採用前の最終確認では? と気持ちが高まった。全てOKとして回答した。その後1時間ほどして再度メールが。入社の案内を確認するため電話で連絡するように、と。これは採用通知? ただ、電話連絡しなければ取り消しとなる、とある。拒否することはもちろん可能。但し、その後の案内はないようだ。今日は3連休の前の日、しかも18時過ぎ。返信の電話を受け付けるのは平日の午後のみで既に時間は過ぎている。連絡できるのは3日後。逆に言えば3日間考える時間がある、と言える。とにかくアトラクションキャストへの道が開けた。が、これを断ればその道は閉ざされる。次はもうないだろう。アトラクションキャストになるか否か? 勤務がイッツ・ア・スモールワールドやピノキオの冒険旅行でよいのか? ということもある。

まずは女房に電話。相談は別としても連絡しないわけにはいかない。すると素直に内定を喜んでくれた。そして、
「好きなようにしたら?」
と言ってくれる。この返事、深く考えてのことではないと思うけど、有難い後押しである。まあ、明確に「ダメ」という理由もないのだが・・・。
移籍するか否か。ここで考えたことは?
 ・苦労するのは間違いない。新しい仕事であり、新しい人間関係などもある。
 ・今は大きな問題は何もない。やりたい接客の仕事も当面だけど、できている。
 ・給与が増えるわけはなく、勤務可能時間によっては減る可能性もある。
 ・ひょっとしたら? 試用期間後に再契約できない可能性がある?
再契約できない可能性・・・。正直これが一番痛い。勤務不適格で、試用期間で切られたら? 職歴書に恥ずかしくて書けないし、フォトワークスにも戻れない。でも・・・考えれば考えるほど移籍する、すなわちアトラクションキャストになりたい気持ちは高くなってきた。苦労は・・・克服すればよい!

翌日、連休の初日、出勤して上司の一人(3人いる・・・)にメールのコピーを見せる。この時点では返信保留中なのでほかの人には伝えないようにお願いしておく。すると、まず・・・
「おめでとう」
と言ってくれる。そして、まだ迷っている、とも。もっとも、その先の問題点、移籍するか否か、の相談はできない。

悩んでいるその最中、回答予定日の前日、なじみのバーに行って、バーテンダーさんに話してみる。といっても、アドバイスを求めるつもりはない。そんなものを求められても迷惑だろう。こちらから話すだけ、そんな話し方である。でも・・・話すことで移籍の気持ちがますます高まってきた。女房は好きなように、と言ってくれた、というと、
「(理解のある)いい奥さんですね。」
と。まあ、その通りだろう。単身赴任で好きな仕事をさせてもらっている。仕事とはいえ、道楽な行為を認めてくれている上に更に移籍。ほんと、よく認めてくれると思う。(感謝!)

連休明け、この日は休日。オリエンタルランドのキャスティングセンターの受け付けは13時から。時間が来たら連絡・・・と思ってスマートフォンを開いたら、12時45分にキャスティングセンターからの連絡記録があった。13時直後だけど急いで連絡。この連絡で入社手続き日と教育日を決定、入社が決まった。必要な書類を郵送する、と言われる。この電話の直後にフォトワークスの上司に連絡。採用を受けた以上、3月からフォトワークスで勤務できない。そうなると、来月のシフトに困るだろう。私の業務の代わりはどうする? 色々と面倒なことがあるのはわかりきっている。なのに・・・まず「おめでとう!」と言ってくれる。涙が出る思いである。私の後任も必要? 退職までたった2週間、大変なのはわかっているのに・・・。
入社が決まった・・・とはいえ、書類が来るまで、物的な証拠? は何もない。この書類、もし入社手続き日の前日まで届かなければ連絡を、と言うことであったがなかなか届かない。すぐに届く、と思っていたが電話から1週間以上になったけど届かない。ちょっと不安になる。祝日が挟むので遅れることもあるとは思うが、心配なので10日目に連絡してみた。連絡の翌日、2/15に発送したはず・・・? でも社内でまとめて送るから遅れるかも、とのことだった。実は電話したその日に届いたのだか消印は電話から一週間以上あとの日だった。とにかくこれで入社確定の物的証拠? ができたことになる。ひと安心である。

さて・・・職場の同僚に移籍をいつ知らせるか? 実は、私のバックステージでの仕事、単独で行うことが多い。移籍が決まってから約1週間、まだ早いかな? と思って話さなかった。というより、物的証拠がないから? 知らせられなかったことになる。
だけど、別部署の人には知らせた人もいた。ひとりはホテルのセキュリティさんである。バックステージの業務ではディズニーのホテルも回るのでセキュリティさんとも知り合える。その一人、ディズニーアンバサダーホテルで長くお会いしていて、最近東京ディズニーシー・ホテルミラコスタに移った人である。5日後に東京ディズニーシー・ホテルミラコスタで見かけたので話しかけた。アトラクションキャストになる、と言うと驚いていた。そして、どこで働くか聞かれたのでファンタジーランドと。「会った時にはよろしく。」みたいに言ってくれる。嬉しそうにも思える。その方、以前スプラッシュ・マウンテンの仕事も担当になった、と話したらオンステージキャストに憧れる、と言っていたのを思い出した。笑顔で他人の移籍を純粋に喜んでくれる、良い人と働いていたのだな・・・とつくづく思う。
それ以外の、他の人には? フォトワークス、2月20日頃に翌月の勤務が出る。この時点で私の名前がないことに気づく人も出るだろう。そのあたりからポチポチ話す。が、話せる人は多くなく2、3人であった。
ところで移籍を話した時の反応、誰もが“勤務場所はどこ?”と。ファンタジーランドのイッツ・ア・スモールワールドなどで働く予定、と答える。イッツ・ア・スモールワールド、ここはスペース・マウンテンのような大人気アトラクションではない。はっきり言うと派手さはない。今の、スプラッシュ・マウンテンで働いている、と言う方が聞こえは良いだろう。だけど、ファンタジーランドは、特にイッツ・ア・スモールワールドは人気のアトラクションでもある。上司は、子供好きみたいだから似合うのでは? と言ってくれた。自分自身では子供好きとは言い難いと思うのだが、スプラッシュ・マウンテンでは小さな子供にも積極的に話しかけてはいた。そう行動すべき、と思っていたこともあるけど、大きくなったらまたきて欲しい、と純粋に思っていた。最初に乗った人(主に子供)に渡す“1stRideシール”は誰よりも多く配っていたと自負している。そして“また来てね!”と子供を見るたびに言っていた。これは上司も見ていたことで、業績評価にもそれを評価するように書かれていた。ひょっとしたら? オリエンタルランドから照会があってそのあたりの情報が伝わったのかも? とすれば・・・これが採用につながった可能性も・・・?

当初、勤務の最終日は2/28の予定だったけどその日は閉園までのシフトだった。つまり、21時を過ぎる。これでは遅すぎるので早い時間に変更しようとしたけど無理だったみたいで、解消(仕事はしないけど給与は8割、出る)になった。ということで最終勤務日は2月26日と決定。
そして、2月24日がスプラッシュ・マウンテンの最終日になった。ここでの仕事はライドショット、つまりアトラクションでの写真を売ること。最終日の販売実績はその時点での販売の30件中16件。つまり半分以上私が売ったことになる。実質3人での業務なので分担以上? まあまあの成績である。有終の美、と言うには大げさだけど。
バックステージでの最後の日、あちこちで回る職場にお菓子にメモを添えて置いておくことにした。いくつもの職場に行くのでメモが一番かな、と思う。石川のアンテナショップで買った金沢のお菓子を用意し、お礼の言葉をメッセージカード2枚に書いて貼り付けた。いろんな色のインクで書き、良さそうなものを選別した。アトラクションキャストになることも書いた。これで知れ渡ることになるだろうな・・・。
最終日はバックステージ勤務。いつもは一人だけど、新たに業務を始める人の教育が入っていた。あちこちを回る、そのたびに挨拶。会社の職場にはお菓子を置いて行った。新しく入る人には細かなことを一つ一つ説明してゆく。これもKnow-howの伝承か・・・。

辞める前、不思議と今まであまり会わなかった人に出会った。カヌーのキャストさん、ホテルのセキュリティさん、カメラマンさん、普段あまり会わない人たちである。これもまた、不思議である。

退社の手続き、最後のアンケート的な調査もある。感謝の気持ちが一杯になる。終わった後で帰宅・・・。I Dカードは既に返しているので、退職者向けのカードで正門を抜ける。が、数日後にはまた戻ってくると思うと不思議な気持ちである。
でも、I Dカードがないと、なんだか無職? みたいな気分にもなる。オリエンタルランドの入社までの数日、身分証明書はなく、そして健康保険証もない。フォトワークスの退社日は2/28でオリエンタルランドの入社日は3/1なのでつながっているのだけど・・・その間身分を証明するものはない。宙ぶらりんみたいな思いであった。

でもせっかくの休みなので、この機会にコロナワクチン、3回目を受けておいた。

・アトラクションキャストへ
最初の出勤は3月2日。オリエンタルランド正門から入る。所属は違うが4日前まで普通に出入りしていた場所である。正門で警備さんに名前を言い、仮の通行証を発行してもらって中に入る。入社手続きの場所の看板は何度も見ている。指定の場所へは一番乗り! 会場の人から「フォトワークスの方ですね?」と言われる。名乗る前だが、私は年齢のこともあるので他の人と区別しやすいから事前に参加者名簿を見ていたらすぐわかるだろう、と思った。集まったのは他に3人。実は全員が元フォトワークス社員であった。「フォトワークスの方」、と聞かれるのは当然であった。移籍は合計4人なのかな? 多いのか少ないのか・・・? 移籍者募集の際の説明会は数回あり、私の回には15人くらいいた。なので、多くの人が説明を受けたはず。とはいえ、実際に何人が応募し、そのうち何人が採用されたかは全くわからない。
最初の教育、机上の説明中心・・・だけど映像も使っての説明でわかりやすい。ちょっと早めの昼食、そして後半は他の人も合流して計9人になる。こちらもビデオを交えた研修、そしてパーク見学。2グループに分かれ、歩いて進む。キャスト移動用のバスを使うかな? と思ったら乗り場を過ぎてそのままスプラッシュ・マウンテン裏の方向へ。ここから? と思ったらさらに進んでディズニーシー方向へ。パークへの入り口の前に立ち、「ここはどこ?」の質問に、私は即座に「マジックランプシアターとカルーセルの間」と答える。もちろん正解。前の業務でパークの外を車で回っているので、パークの外周はだいたいわかる。ここは初めてではあるけど、それでもだいたいの位置は把握できる。みんな驚いていていたようだ。そこからアラビアンコーストに入ってパーク内の観察。この場所らしいものは? など。2人組になって歩いて一回りして戻る。パークが如何に細かく設定され、作りこまれているか、を確認する。
続いてマーメイドラグーンへ。ここはシアターの常連になっていた。トリトン王の城の前で「水が流れているのは?」。これはお城が今まさに水の中から浮上してきてきたから。なので、足元の通路も光る飾りでキラキラしている。
中に入る。ゲストが多いので通路付近で再び細かく作りこまれていることを観察。ここで退出・・・。以前から、中からは知っている出入り口からの退出。この通路、通って見たかった場所である。その先、見覚えのあるキャストさんもいるが・・・気が付かなかったようだ。声をかけられたら面白かったのだが。
ここからバスで戻る。バックステージにある、ディズニーシーの港の横を抜けるとき、丁度ミッキー達が舟から戻るところ。ミッキーたちが手を振ってくれる。バックステージのミッキー、私は良く見ているけど、同行の4人はそうではないようで、手を振ってよいのか迷っているようだ。私はいつものように軽く手を振る。
パークから戻って更に講義形式での教育が続く。最後に映像でミッキーが出てきて、ミッキーからのプレゼント、と言う形でネームプレート、そして通行証を受け取る。演出がすごい。そして嬉しい。これで私も晴れてキャストである。しかもオリエンタルランドの、本物のアトラクションキャストである。

・教育 2日間
2日目の教育はそれから5日後。今度は私服ではなく、ゲストコントロールのコスチュームでの参加である。初日の研修後に受け取っておいた。研修でだけ、1日しか着ないのだけど、このコスチュームはもちろん初めて。トレンチコードもある。これは着なかったけど。
教育の内容、より実践的になる。参加は15人。参加者の所属はバラバラ。同僚だから? 会話も少なくない。ここで意外なことが。同じテーブルの一人、元自衛官なのだそうだ。見た目はごく普通の若い女性なのだが・・・。
教室での講義だけど、パークで実際にキャストを演じる研修が入る。くじ引き的に引いたカードにある場面、これを小グループ3人で演じる。場面や設定が数行で記述されているが、それを数分間考えてみんなの前で演じる。いきなり無茶? でも、これはパークに入ったなら否応なく行わなくてはならないことである。そして講師/研修者ではなく、お客様の前で演じるのである。お客様もキャストには期待している。とっても大事なこと、これは中学校の文化祭でも何でもない。自分で選んだ職場なのである。次の勤務から、まさに舞台に立たなくてはならないのである。だから、みんな真剣に演じている。各グループなかなかのレベルである。でも、参加者の中にはバックステージ勤務になる人もいる。ちょっと厳しいかも? と思ってしまった。
続いて食事等も挟んでの休息時間。私は初日に提出できなかった書類を所定部署に持って行ったので時間はぎりぎりだった。
そして、パーク内に入る。1日目にも入ったけど今回はコスチュームを着ている。お客様からはキャストにしか見えない。実際にキャストなんだけど・・・。最初は迷子センターや救護センターなどの場所の確認など。見学的な要素もあるけど、ここは実際に案内する可能性の高い場所である。続いて実地研修。私のグループはファンタジーランドにゆき、15分間の実地研修となった。コスチュームを着ているけど、中身はキャストにまだなっていない研修中の身・・・なんて、お客様にはわからない。そして、お客様がキャストに求めることは全く一緒。他のキャストにも助けられながら対応する。バースデーシールも2枚書く。今までのオンステージ勤務では1年で数枚・・・。ペースが速いことを実感する。
この15分で感じたこと・・・ものすごく密度が濃い、ということである。私はオンステージキャストの経験はあるが、主にスプラッシュ・マウンテンの洞窟の中。井の中と全く同じであった。そこでもお客様から問い合わせはある。が、それはあくまでも写真中心であり、またお客様は次のアトラクションに向かおうと心が動いていたりする。問い合わせは限定的で少ない。ここでは、これまでとは頻度が、内容が、全く違う。このファンタジーランド、まさに私の職場であるが、ここでの15分の経験はスプラッシュ・マウンテンの経験の半年分に相当するのでは? と思えてしまった。こんなところで働くのか・・・気が重くなった? とは言わないにしても、多少不安になった。
研修後・・・ゲストコントロールのコスチューム一式を全て返し、ファンタジーランドのコスチューム一式を借りる。
次から、いよいよアトラクションキャスト、OJTが始まる。


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