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韓国地下鉄火災事故の教訓 (2003.2.23)
<< 二次災害防止の難しさとマニュアルの重要性 >>
韓国で火災による犠牲者130名にものぼる地下鉄事故が起きました。
この事故、もともとは自殺未遂者による放火が原因ですが、これだけ被害が大きくなったのは、もっと別の要因がありそうです。
犠牲者の90%以上が、放火で火災が発生した列車ではなく、後から反対車線に入ってきた列車の乗客だったとのこと。この列車の運転手と、列車の指令室との交信記録が公開されましたが、運転手がどうしたらよいかわからず動転し、司令室がほとんど現場の状況を把握しておらず、運転手に適切な指示を与えていなかったかがわかります。
結果論ですが、もし、この列車が、駅の手前で止まったら、あるいは、駅を通過していたら、発火した列車から、この列車への延焼を免れたかもしれません。
事故を未然に防ぐことは大切です。でも、不幸にして事故が発生してしまったら、いかにその被害を最小限に食い止めるかが、更に重要なことです。
同様の列車火災事故は以前にもありました。主なものを拾ってみましょう。
最も古いものでは、戦後まもなく昭和26年の旧国鉄桜木町事件。京浜東北線赤羽発桜木町行き満員電車が横浜市桜木町駅構内に差しかかった時、パンタグラフから突然出火、火は車内に燃え移り、走る電車はまたたく間に炎に包まれてしまいました。ドアの開閉ができなくなり、死者100人、重軽傷50人以上。原因は上り線の架線が切れて垂れ下がり、たるんでいた下り線の架線も下り列車の疾走で切れ、パンタグラフにからみ、1500ボルトの電流が車体に流れ、木部に引火したのです。この電車(63型国電)の連結部ドアは内側に開くようになっていた為、乗客が押し合って開くのが遅れ、犠牲者が増えてしまいました。国鉄が電車に非常ドア開放装置をつけたのは、この事故がきっかけです。
一方、1972年、大阪発青森行き急行「きたぐに」が福井県の北陸トンネルにさしかかった際、食堂車から出火、30人が死亡し、700人以上が負傷しました。現在のJRのマニュアルでは、トンネル内で火災が発生した場合、そのまま運転を続けてトンネルから出る事になっていますが、これは、この事故の教訓によるものなのです。
北陸トンネルの事故当時、トンネル内で火災が発生した場合、該当車両を切り離してから列車をトンネルの外まで運転する事になっていたようで、運転手は、マニュアルに従って行動しました。しかし、いざトンネルを脱出しようと、運転を再開しましたが、送電が止まってしまい、列車は少し進んで再び停止。運転手のマニュアル通りの行動が、逆に、大きな犠牲を出してしまったのです。その後、この事故は賛否両論の議論が戦われて、現在のJRのマニュアルでは、トンネル内で火災が発生した時は、そのまま突っ走り、早くトンネルを抜ける事になったのです。
このように、必ずしも、マニュアルどうりだからでは十分とはいえないでしょう。いざと言う時には、マニュアルはあまり役に立たないことも有るかもしれません。その時の臨機応変の対応が必要なことも事実です。でも、マニュアルが無いと有るでは大違い。無いのは論外です。
事故は忘れた頃に起きるものです。事故そのものを起きないようにすることが重要ですが、
もし起きてしまったら、被害を最小限にくいとめることはもっと重要なことだと思います。 『備え有れば憂いなし』今回の事故は、このことを如実に示してくれているように思います。 人の命を預かる公共交通機関はもちろんのこと、いかなる企業であっても、二次災害を最小限に食い止めるには、いざという場合のよりどころとなる指針や手順<マニュアル>がそろっているかにかかっています。
韓国の地下鉄の司令室や運転現場に、今回の事故に対するマニュアルが十分に準備されていたか、マニュアルに沿った訓練がなされていたか、今後の調査で明らかになるでしょう。
この事故は、私たちに、二次災害防止の難しさとマニュアルの必要性いう、教訓を与えてくれたような気がします。私たちは、この事故を他山の石として眺めるだけでなく、自分の周りで起きた事故や災害に対して、基本的な手順が確立されているか、マニュアルはそろっているか、マニュアルに沿った訓練は十分か、再度見直す必要があるのではないでしょうか。
筆者は、IRCA Prov. QMS Auditor
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