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ハチャトゥリアン作曲のバレエ「スパルタクス」の物語は、ローマの闘将クラッススの支配によって奴隷に落とされたスパルタクスが、美しい妻フリーギアの愛と支えによって仲間の解放と独立を誓い、闘いに赴くというものです。
「スパルタクスとフリーギアのアダージョ」は、第二幕で戦闘開始の知らせを受けたスパルタクスが身を切られるような思いでフリーギアに別れを告げ、戦場へ赴くときに踊られるアダージョ。
フリーギアの深い愛と悲しみが美しく描かれており、片手リフトのような曲芸的な技も楽しめます。
とても素敵な、スパルタクスとフリーギアのアダージョの映像が、YouTubeに載っていました。2012年5月、芸術の殿堂野外舞台でのバレエコンサートのようです。 踊っているのは、キム・リフェ(Li-hoe Kim)、 とジョン・ヨウンジェ(Young-jae Jung)。 ともに韓国国立バレエ団のプリンシパルです。 トゥシューズで立って踊るというクラシックのメソッドを忠実に守りながら、アクロバティックなスリル満点の片手リフトの妙技に陶然とさせられ、 愛情の溢れた、艶かしくも美しいデュエットを楽しめました。 キム・リフェはキム・ジョン(Ji-young Kim)に次いで二番手のプリンパルですが、 完璧な体格と優れた表現力を備え、「New Jewel」と言われるバレエ団の期待の星。 弱肉強食のバレリーナの世界、新進キム・リフェの台頭に、大御所キムジョンと言えども、うかうかしてはいられないでしょう。
アダージョの出だしから、キム・リフェは、しっとりとした情感をこめた美しい踊りでした。
キム・リフェはレオタードのようなエンジ色の衣装を身をまとい、一見素足かと思えるほど薄い絹のような、やや黒味がかったセクシーなタイツ。
一瞬ドキッとしましたが、全く嫌らしさを感じさせず、むしろ健康的な色気が心地よい。
ソロでは、緊張してコチコチになる女性ダンサーも多く見かけますが、キム・リフェはそんな感じが全くなく、
アチチュードのバランスやアラベスクの180度開脚のといった難しいポーズの場面が多いこの踊りを、のびのびと踊っていました。
キム・リフェは、中国雑技団級の体の柔らかさ。股が裂けてしまうのではと心配になるほど、180度を超える開脚を、いとも容易く、何度もやってのけたのには驚き。
クラシックバレエではお色気はご法度とされているけれど、そんなことどうでも良いという気持ちになってくるほど、心地よいセクシーな踊りなのです。
何より、ピルエットの正確さには驚嘆です。片足で立ってゆっくり廻るとグラグラと不安定になりがちですが、支えの脚の軸はほとんどブレず、回転は全くスムーズ。
これは素晴らしい技術です。二人の踊りでも、キム・リフェとジョン・ヨウンジェの呼吸はピッタリ。リフトでは、ジョン・ヨウンジェは、腰をかがめて、キム・ジヨンの腰と腿を掴んでグイッと上げ、渾身の力を振り絞って
キム・リフェを頭上に片手で高々と持ち上げ、キム・ジヨンは脚を水平に180度開いたポーズや、真っ逆さまに落ちそうな垂直なポーズをピタリと決め、観客の大きな拍手を受けました。
ジョン・ヨウンジェは、サポーターとしての大役を無事果たして、レヴェランスでキム・リフェと顔を見合わせてホッとした表情でした。
一方キム・リフェは、約8分の長い踊りにも拘わらず、終始笑顔を絶やさず、終わっても、息を弾ませることもなく、汗ひとつかかず、堂々として余裕綽々、平然としていたのは流石です。精神力が強く度胸がすわっているのでしょう。
病的なまでに華奢で弱々しさを感じさせる舞姫もみかける中、
ふっくら豊かな胸、ピチピチとした肢体、はちきれんばかりの太ももには健康的な色気が漂う。キム・リフェは、心も体も健康的な理想のバレリーナなのでしょう。
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アラベスクのバランスに続けて、ゆっくりと脚を胸まで挙げて抱え込み、片足のトゥで立ったままグッと堪える。
アチチュードに挙げた脚を手で持ちながら、ゆっくり回転。一瞬グラッとなるも必死に堪えて回転を続ける・・・。
ハラハラする中に、堪えと粘りが織り成す美の極致。
キム・リフェの柔軟性と平衡感覚は驚異的。しかも、全然わざとらしくなく自然で、このうえなく美しい。うっとりして目を離せませんでした。
かって舞踊評論家の故蘆原英了が、「アダージョは緩い動きの連続である上に、片足で支えられて立つことが多いから、体の重心を保つことが重要である。
従って、アダージョで最も大切なことは、体の『平衡』と『安定』である。ゆっくりとした動きは易しいと思われがちであるが、アダージョのパほど複雑になってくると、
実に容易でなくなってくる。
早く動けば、まだバランスは誤魔化せるが、ゆっくり動くとそれができない。そのために非常な筋肉の緊張がいる。事実、アダージョでは、こらえる為の力が異常に必要である。
このことはアダージョにおけるピルエットを考えればよくわかる。
アレグロのピルエットは、急激に廻るのだから却って易しい。しかし、ゆっくり回転するというのは、何と難しいことだろう。まるで力学の法則を無視したような遣り方である。
アダージョでピルエットできる踊り手は、それほど多くはない。アダージョの特徴は、実に平衡と安定にあると言っても過言ではない。」(バレエの基礎知識:昭和25年)と言っています。
キム・リフェは、数少ない「アダージョでピルエットが完璧にできる踊り手」の一人なのだと思います。体の「平衡」と「安定」を身に着けるため、彼女がどれだけ苦しい稽古を積んできたか計り知れません。
「スパルタクスのアダージョ」の素晴らしい踊りは、その精進の賜物に違いありません。→
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