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π=3と教える教科書への疑問     (2001.4.7)

 
次の時代を担う子供たちの学校の新しい教科書には、円周率(π)は、3と書かれているそうです。
私達古い世代は、π=3.14159265358979・・・・・を、
「御人よ、異国に向こう産後厄無く」などと語呂で覚えて、親しんできました。
また、私は学生時代、大学の研究室で、コンピュータにπを何桁まで何分で計算させられるかと、学生同士でプログラムを組んで競い合ったりしたこともありました。
 
こんなところから、私は円周率を3と教えるのはどんなものかと思ってしまいます。
πは無限に続く数値なのです。ここに「数のロマン」があるのです。それを3と決め付けてしまい、無味乾燥な数を子供たちの頭に植え付けてしまうのには、本当にこれでよいの?と疑問を感じざるを得ません。
 
「ゆとりの教育方針」が生み出した結果だそうですが、いくら「ゆとり」の為でも、「誤り」を教えるのはまずいと思います。πを3と教えることは、「ゆとり」ではなく「誤り」に思えます。
また、新しい教科書では、図も出来るだけ簡略にしたとのこと。わかりやすくするのは当然ですが、必要なところも取り去ってしまう簡略化はまずいと思います。図を見て子供達がじっくりと考えることも必要だと思うのです。
  
日本人のノーベル賞受賞者から見ても、日本が世界に誇れるのは「理論物理学」や「数学」の世界であり、これに秀でた頭脳だと思います。
π=3と教え、物事を短絡的に見させる教育は、これを自ら放棄しているようにも思えてなりません。
また、「電卓」の授業も加わるとか。これもどうかと思います。
学校で電卓の速さを競わせて何になるのでしょう。むしろ計算の仕組みを教えるという意味では、「ソロバン」を復活させるほうが有益な気がします。電卓で簡単に計算が出来ることが「ゆとり」と考えるなら、大きな間違いだと思います。
 
また、社会科の教科書から、「慰安婦」という言葉が消えてしまったそうです。確かに「慰安婦」という言葉を載せたくない気持ちはわかります。でも、都合の悪い歴史的事実を隠してしまのは、情報公開が叫ばれている世の中で、大いに疑問が残ります。
 
日本の教育の指導者は、どこか狂っていると思うのは私だけでしょうか。

 

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