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春分点歳差運動 |
地球の歳差運動のため、春分点は黄道上を移動する。 |
約72年で角度1度、約2150年で角度30度、西向きに移動する。 |
この歳差の周期は2万5772年である。このため、 太陽年は恒星年より約20分24秒 短い。 |
また、天の北極は天球上で黄道の北極を中心とした円を描く。 |
現在の北極星は こぐま座α星(ポラリス)である。 |
西暦1万3000年頃には、天の北極はこと座α星(ベガ)に 移動する。 |
歳差による春分点の移動を最初に発見したのは、古代ギリシャの天文学者ヒッパルコス(紀元前190年ごろ - 紀元前 120年ごろ)である。 |
中国晋の天文学者、虞 喜(270年 - 345年)は、ヒッパルコスとは別に、地球の歳差運動を発見している。 |
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歳差による星の位置変化 -FNの高校物理 / 歳差・章動と地球の向き - 国立天文台暦計算室 / |
地球の運動と160万年前の気候変動の関係 - アストロアーツ / 現在の太陽黄経 ( 二十四節気 )- Fudaraku Voice / |
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軸歳差運動 (北極星の移動)
Wikimedia Commons |
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過去6000年間の黄道に沿った春分点の経路 / File:Equinox_path.png
-Wikimedia Commons |
バビロニアでは、黄道上にある主要な星座が1年で一巡するのをみて、黄道を12分割した十二宮を考案した。紀元前1千年紀以降、 |
バビロニアの黄道十二宮はエジプト、ギリシャ、ローマ、インドなどに広まった。この黄道十二宮は、隋と唐の時代に仏教経典と |
ともに中国に伝わった。十二宮が中国に伝わった後、道教に取り入れられ、十二支に対応するようになった。 |
十二支は、商王朝、乃至それ以前に起源を持つと考えられている。十二支の動物は、戦国時代後期の秦の篆書に初めて登場し、 |
東漢の時代に、十二支と干支が組み合わされた。 干支紀年法は、60年周期の漢字の組み合わせで年を数えていく方式である。 |
生肖は、干支の十二支の部分に動物を当てはめたものである。後漢の元和2年(西暦85年)の改暦以来、60年周期の干支を1年 |
ごとに機械的に進めていく干支紀年法が用いられるようになり、現在まで続いている。 |
干支のうちの十二支の部分だけを用い、それに動物を割り当てたものが生肖紀年法である。 |
干支 -wiki / 生肖纪年 -zh.wiki / 黄道十二宮 サイン(占星術)-wiki / 獣帯黄道帯 -wiki / 黄道十二星座 -wiki / |
黄道十二宮がまとめられた紀元前二千年頃には、春分点はおひつじ座の方向にあった。しかし歳差運動によって、春分点が |
徐々に移動して、現在はうお座の方向にある。 |
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BC2000年から AD2000年までの春分点の移動 |
歳差運動で地球の23.4度の傾きが13000年後には反対側に傾く。黄道に対して赤道の傾きが変わるため、二十四節気は移動し |
現在と反対の位置になる。西暦13,000年頃には、天の北極はベガ(こと座α星)の近くにある。 |
天球に対して、地球の自転軸の向きが変わるため、季節の星座も変わる。夏の星座が冬の星座になる。 |
しかし、カレンダーでの「1年」とは、「太陽年」や「回帰年」と呼ばれるもので、太陽が1周して戻ってくる目印には分点・ |
至点を使う、地球の公転運動とは関係がない 。季節の星座は入れ替わるが、カレンダーでの各月と季節の対応は変わらない。 |
歳差運動とカレンダー-星のこと / 季節のめぐりの周期-国立天文台(NAOJ) / 一月は将来も冬なのか?-こよみのページ |