3.筋ジストロフィーの作業療法
はじめに
作業療法ということばは,まだ聞き慣なれない方も多いと思いますが,ここで使われる「作業」とは,仕事,日常生活の諸動作(食事・整容・更衣・排泄・入浴など)や家事動作,そして遊びや余暇活動など,人間の生活全般に関わる諸動作や活動を言います.
人間は何か活動しているとき,身体や手・足を動かします.そして同時に頭や心も使っっています.したがって活動を行うことは,身体と精神(心)の相互に働きかけることになります.
ところが筋ジスの場合,いろいろな障害によって活動が困難になったり,あきらめなければならないという問題がおこります.このことは生活全体に影響し,生活が消極的になってしまう大きな原因になります.そこで作業療法では,心身の機能を回復させたり,または維持・開発できるように,一人一人の状態に適した作業活動を考えて援助していきます.
(1)目的
- 身体機能の中で,特に上肢(肩〜手)機能を可能な限り維持する.
- 手指の変形や拘縮の発生を予防・増悪阻止または改善する.
- 日常生活動作(食事,整容,更衣,排泄,入浴など)能力を可能な限り維持・延長 または改善する.
- 活動を通して喜びや楽しみを見い出し,少しでも主体的な生活ができるようにする.
(2)作業療法の実際
1.身体機能に対する作業療法
- 機能訓練
筋力を維持したり,手足の関節の拘縮や変形の予防に対する機能訓練は,「筋ジストロフィーの理学療法」や「家庭・学校で行える機能訓練」の項目にある筋力維持訓練やストレッチ,関節可動域訓練と同様に行います.
ここでは特に手指の機能についてお話しましょう.手指はいろいろな活動にとって大切な機能ですが,比較的長期にわたって維持できます.しかしその状態は,筋力低下や筋肉の短縮などによって手指全体が曲がったり(屈曲拘縮),スワンネック変形などををおこしやすく,その結果物を握ったり,摘んだり,操作したりするのを困難な状況にしてしまいます.それを少しでも予防する方法として,指全体を伸ばしたり(図1),手の装具(図2)を使用する方法があります.障害の程度によって手指の変形も複雑になりますので,医師や作業療法士に相談して下さい.
- 活動を用いた訓練
作業活動を実際自分で行うことも,筋力や関節可動域を維持する方法の一つです.
<作業活動を実施するときの留意点>
- 興味のあるものからはじめましょう.
- 上肢機能の状態に応じたものを選びましょう.例として次のようなものがあります.
肩・肘・手の全部を使う活動:ボール投げ,バッティング,陶芸,革細工など
肘〜手先を主に使う活動:ブロック遊び,切り絵,油絵,水彩画,囲碁など
手先を主に使う活動:文化刺繍,ちぎり絵,パズル,VTゲーム,紙粘土など
- 作業を行うときの姿勢(座る,寝た状態)を決めましょう.
- 自分に適した作業環境を整えましょう.テーブルの高さ,道具の重さ,持ちやすい 握りの工夫などが大切です.
- 活動量は疲労感や自覚症状,姿勢の崩れなどに注意して決めましょう.
作業種目は,創造的なものや娯楽的なものなどさまざまです.また子供の場合は,特に“遊び”を通して言葉や知的能力を発達させることができます.
もし作業の全工程ができない場合でも,家族の方と分担して一緒に完成させるのもよいことだと思います.
運動機能に適した無理のない方法で,適度な活動を行い続けることが身体機能の維持につながると考えます.また何か作品を完成させることで,満足感や自信を得ることができますし,さらにより素晴らしいものへとチャレンジする気持ちも湧いてくるでしょう.
2.日常生活動作に対する作業療法
日常生活で行う代表的な動作として,食事・整容・更衣・排泄・入浴があります.これらの動作の自立度は図3に示すように年齢によって変化していきます.この変化には座位バランスや移動能力,上肢機能など運動との関連が大きく影響していると考えられています.そのため運動機能を少しでも維持することが大切ですが,それ以外にいろいろな工夫によって自分でできることもあります.詳しい方法は第3章「5家庭・学校における環境調整」をご覧下さい.
これらの動作は毎日行っていくものです.可能な限り自分で実施することが大切ですがもし介助が必要になった場合でも,所要時間や疲労などを考慮してどの動作を自分で行うか,または介助するかを決めて下さい.介助される側と介助者がお互い安全に気持ちよく生活するために,個人個人に合った方法をみつけていきましょう.
3.QOL(生活の質)の向上について
人間は誰でも限られた生活環境の中で,少しでも充実した毎日を過ごしたいと願い,生活の質について考えます.
障害によって自由に身体を動かすことが困難になることで,“どうせできない”“何もしたくない”と自信を失い,必要以上に他人に依存してしまうこともあります.しかしその中で,「できる」ための工夫をしたり,「自分のできるもの」や「自分の楽しみ」をみつけていくことが,自信をもつことや自分らしく生きていくことにつながると思います.
(幸福圭子)