4.家庭・学校で行える機能訓練
はじめに
機能訓練で病気を治すことはできませんが,子供たちの身体的条件をできるだけよい状態に保ち運動能力を最大限に生かすことで生活を活発にし,不自由さや苦痛を少なくできます.子供たちにとって身近な介護者が機能訓練にかかわることは,訓練を生活に生かす上でとても意義があります.訓練の方法はちょっとしたこつを飲み込めば誰にでもできる簡単なものばかりですが,我流ではいけないので必ず理学療法士や作業療法士の指導を受けましょう.どの時期にどんな内容の訓練をしたら良いかの判断は難しいので専門病院に定期的に相談する必要があります.家族やその他の介助者の大切な役割は子供の状態の変化に早めに気がついて適切な指導を受けるようにすることです.
機能訓練は能力いっぱいのことをさせる場面もあり,時として障害の進行と正面から向き合わなくてはならない厳しい場ともなります.身近な大人が子供たちのからだの状態をよく理解し一緒に障害と向き合うためにも積極的にかかわってほしいと思います.
機能訓練の方法についての説明は,この章の2項:筋ジストロフィ−の理学療法,3項:筋ジストロフィ−の作業療法に書いてありますからよく読んで理解してから実施するようにしてください.呼吸理学療法(呼吸訓練)については 5章5項 に書いてあります.
機能訓練の実際
年齢や進行度に応じた機能訓練の方法と,その時期の子供のからだの状態で注意すべきことなどを説明します.
1.歩行が特に問題ない時期 (幼稚園〜小学校1〜2年)
この時期は比較的安全に何でもできるので活発に動くことで機能維持を図りますが,筋肉を使いすぎて負担をかけないように,生活を含め訓練には適度の休息を取るよう配慮してあげましょう.
★一般的な訓練プログラム★
下肢筋のストレッチ:下肢筋の中で固くなりやすいものを伸ばします(図1).入浴後にすると良く伸びて効果的です.
起立台起立訓練:起立台を使う起立訓練は下肢,特にふくろはぎの筋肉(アキレス腱)を伸ばすのに効果があります.1回10〜15分,1日2回程度.登校前,下校前などに実施できると歩きやすくて良いでしょう.起立台は長く使える便利な訓練器具ですのでぜひ1台用意しましょう(図2).
動作訓練:1日30分以上の歩行.四つ這い(指を伸ばして),膝たち歩き,床からの立ち上がり,階段昇降など.
筋力維持訓練:腹筋運動,背筋運動,お尻の持ち上げ運動,足挙げ運動など
図1下肢筋のストレッチ
(筋ジス家庭療養の手引きより一部改変)(図2)起立台 2. 歩けるが不安定な時期 (小学校2〜4年)
運動は十分させたいが安全面での配慮が大切になる時期です.歩くときの身体の揺れが大きくなり,床から立ち上がることができなくなったり,階段昇降が難しくなるなど筋力低下のためにできない動作が増えてきます.そこで以下のことを注意します.
- 転んだとき頭をひどく打たないように保護帽をかぶるようにします.
- 訓練のときもけがをしないように介助者が側に,いてあげてください.
- どうすれば上手に介助できるかも習っておきましょう.
- 長い距離や人込みは歩きにくいので歩行と車椅子の併用を考えたほうが良いでしょう.
- 下肢の変形の程度が左右で大きく異なると立った姿勢や歩き方にかたよりができ,将来脊柱の変形を起こすもとになりやすいので注意しなくてはいけません(図3).
- 脚をけがしたり捻挫したときは,何日も訓練を休むと急に歩きにくくなります.また痛めた脚をかばって悪い癖が残る事がないように筋ジス専門病院を受診して訓練方法を指導してもらいましょう.
★一般的な訓練プログラム★
下肢筋のストレッチ:引き続き同様の方法で行いますが,変形の程度にかたよりがある
場合は変形が強くて体重の乗りにくいほうを重点的に行います.
起立台による起立訓練:1回10〜15分,1日2回以上歩きにくいときは回数,時間を増やします.
歩行訓練:1日30分〜1時間程度,起立
訓練後などできるだけ筋肉が伸びた状態で歩くほうが安全です.途中で歩きにくくなった時は
図4のように脚を伸ばしてあげると歩きやすくなります.
動作訓練:立ち上がり(床から立てれば床から,難しければ台を使って,それも無理な
時は椅子から),階段昇降(2〜3段,手すりを使って,必ず介助者がそばについて),四つ這い(手や肘の筋を伸ばすと手がしっかりつけるようになるので介助者はその方法を習いましょう).
筋力維持訓練:図2に示した訓練の中で可能なものを続けます.安全に運動する方法として固定自転車こぎ,水泳なども取り入れましょう.
3.歩けない(非常に歩きにくい)が床上の移動は楽にできる時期 (小学校4〜6年)
歩けても一日に何度も転ぶようなら,ふだんの移動は車椅子にし,歩行は介助者が付き添える時に十分気をつけて行います.下肢装具をつけるならまだ歩けるこの時期に作ります.装具は製作や毎日の装着に手間がかかりますが,つければ長時間の起立訓練や下肢の変形の予防が楽にでき,歩行訓練もできます(図5).装具の装着や訓練に十分対応できる場合には装具を作ったほ
うが良いでしょう.下肢の変形が強いときは簡単な手術をして変形を直してから装具をつけることもあります.
装具をつけない場合でも起立訓練はできるだけ続けます.脊柱の変形の予防などのために,歩けなくなっても起立訓練を続けることが大切ですが,下肢の変形が進むと立
てなくなるのでストレッチを念入りに行う必要があります.
生活面では,着替えなど身の回りの動作でできることは励まして自分でさせましょう.車椅子はできるだけ自分で動かし,周囲の人も不用意に介助しないよう気をつけます.
この時期には上肢の変形も起こり始めるので予防のための訓練が必要です.また脊柱の変形(図6)を予防するためには姿勢や座り方にも十分注意し,身体に合った椅子やテ−ブルを使うよう心がけなくてはなりません.鏡を見せて子供自身にも良い姿勢への自覚を促しましょう.
★一般的な訓練プログラム★
ストレッチと関節可動域維持訓練:
[下肢]図1のストレッチ砂袋による矯正
(図7),砂袋を使った下肢のストレッチ屈伸運動.
[上肢]肩から指まで1日1回は動かしましょう(図8).
動かせるところは自分で動かしてその後を手伝うようにします.
[頚]の前屈,[体幹]を捻る運動
起立,歩行訓練:1日1〜2時間(装具をつけた場合)
動作訓練:四つ這い,できなければずり這い(できるだけ手をついて左右対称の姿勢で),起き上がり,車椅子こぎ(廊下などを1日延べ20分程度)
装具:下肢の変形を防ぐために起立訓練のとき以外も装具をつけます.
4.床上での移動が難しくなってくる時期 (小学校6年〜中学校)
身体全体を使う大きな動作がほとんどできなくなる一方,脊柱の変形が進みやすい時期です.脊柱の変形は成長期に進みやすく,成長が止まってしばらくすると進みにくくなります.脊柱変形の予防に効果のある起立訓練をその時期まで継続できれば理想的ですが,下肢の変形が進んだりして続けられないことも多いのが現実です.脊柱変形の進行予防には体幹装具を始めいろいろな対策がありますから病院のスタッフのアドバイスを受けながら適切に対応していきましょう.
呼吸訓練もこの時期から始めます.
手動式車椅子では不便ですから身体によく合った電動車椅子を処方して貰いましょう.
★一般的な訓練プログラム★
起立訓練:下肢の変形が進んでいなければ実施できます.立っている姿勢がゆがんでいないか,装具が身体に合っているかときどき確認してもらいましょう.
ストレッチと関節可動域維持訓練:
[上肢,下肢]1日1〜2回すべての関節を正しい方向に動く範囲いっぱい動かしてあげましょう.
その時自分でも精一杯動かすようにすれば筋力維持にもつながります.
[体幹]仰向けに寝て砂袋などを使ってできるだけ脊柱のゆがみを矯正した状態で15分くらい寝ます
(図9).
この間に手足の運動や呼吸訓練をすると良いでしょう.体幹を横に曲げたり(側屈),捻り
運動もしましょう.
[頚]前屈,側屈.頚の変形は脊柱変形につながるので十分注意しましょう.
動作訓練:ずり這いまたは座位の保持 5分くらい,寝返り,上肢を使う作業
装具:身体の状態によって長下肢装具,短下肢装具,体幹装具,手の変形予防用装具などで変形を予防します.
呼吸訓練:腹式呼吸,ユニフロによる訓練,発声訓練,深呼吸(呼吸に合わせて腕を開いたり閉じたりするとより効果的です)など.訓練時間は5分くらいを目安にします.やりすぎると酸素を取りすぎて頭がふらふらすることがあるので注意しましょう.
5.背もたれなしには座れない時期 (中学校2〜3年以上)
この時期になると変形や拘縮が急速に進む心配はなくなります.呼吸機能が低下してくると風邪をこじらせたりする心配がありますから,介助者は予防のための呼吸訓練方法を習いましょう.
座ってばかりいると疲れる上に姿勢が崩れてくるので時々仰向けに寝て姿勢を直すようにしましょう.
★一般的な訓練プログラム★
関節可動域維持訓練:[上肢,下肢]すべての関節を1日1〜2回,機能の残っている手首や指を特に念入りに動かします.
[頚]前屈,側屈
体幹の変形進行予防:砂袋を使った矯正位保持,15分程度.側屈,捻り運動には胸郭の柔軟性を保つ効果もあります.
装具:短下肢装具,体幹装具,手の装具
呼吸訓練:腹式呼吸,ユニフロによる訓練,発声訓練,深呼吸など.呼吸機能にあった抗量で行います.
用手胸郭圧迫法(介助呼吸):深呼吸や咳をするのを助けます.
排痰法:痰を喉もとまで送り出すための体位のとりかた,痰を出しやすくするための呼吸方法,咳を介助して痰を出す方法などを覚え,必要に応じて実施し痰を胸に貯めないようにします.
文献
- 1)国立療養所下志津病院 筋ジス研究会:筋ジス療養の手引き.1986
- 2)Irwin M.Siegel(野島元雄他訳):神経筋疾患のマネージメント.第1版,三輪書店,1992
(武田純子)