3.成人患者の就職上の問題点
筋ジス成人患者は,その疾患の特性から症状の進行度に個人差が大きく,就職問題においても患者さんが抱える問題の中核は異なります.就労上の共通点として,生活の問題,通勤手段の問題,就労形態と環境整備の問題,などが挙げられます.これらの共通問題について述べることにします.
(1)生活の問題
一般に,出身地で自分に適した職場を得ることは,困難であることが多く,生活の場を新しく職場の近くに求めることになります.生活の自立は,より適した職場を得ることに必要な条件の一つです.また,出身地で職場を得ることができた場合でも,生活の自立と安定は就労を支える重要なものです.
家庭生活の自立を,実際的に,精神的に支えていく協力者の有無は,就職する上でも,またそれを維持していく上でも大きな意義を有しています.既婚者の場合,たとえ配偶者に障害があってもお互いに日常生活を補完し合うことができ,未婚の単身者の場合であっても共同生活が可能であれば,ボランティアや地域のサービスを活用しながらある程度の自立生活が可能となります.
(2)通勤手段の問題
通勤手段の確保は大きな問題です.公共の交通機関を使用することが不可能な場合,何らかの通勤手段を継続的に確保することは,就職上不可欠の条件であると言えます.送迎バスがある作業所などを除けば,現在就労中の筋ジス患者のほとんどが本人,もしくは家族の運転による自家用車,または(電動)車椅子を利用しています.
1.自家用車の使用
まず,残されている運動機能で車の運転が可能であれば,自家用車通勤の可能性を検討するべきでしょう.免許の取得に際し都道府県の運転免許センターに相談します.車の改造については,自動車メーカーに相談するとともに,改造費の補助制度の活用などを市町村の障害福祉課に相談します.
自家用車通勤にあたり,生活の場と職場双方に移動を容易にするための環境整備が必要です.駐車場の位置や荒天時の対応,自家用車乗降リフトなどは検討してみる余地があります.
2.車椅子使用
最近では,高性能の電動車椅子が開発されているものの,荒天時や路面の状況によっては走行に困難が予想されます.天候に合わせた通勤方法を考えておく必要があります.
3.その他
歩行が可能な場合でも,荒天時には様々な困難があります.レインコートや傘の使用が動きや視野の妨げになるため,その対処も考える必要があります.タクシーの継続的利用は,料金の割引制度があるとは言えあまり現実的ではないようですが,荒天時の対応としては考えておくべきでしょう.
(3)就労の形態と環境整備の問題
筋ジス患者の就労先としては,一般企業,自営,授産所,作業所などがありますが,業務内容としては,こと務,印刷・製版,縫製など,手先の作業を主としたものが多いようです.職場の環境問題として,身体的問題,労働条件,心理的問題,などがあります.
1.身体的問題
- 身辺介護
病気の進行や病状の悪化による運動機能低下は,職場での身辺介護の問題をより切実なものにします.特に一般企業の場合,同僚やこと業主の理解や配慮が不可欠であると思われます.授産所や作業所では,家族が付き添って介護している場合もあります.家庭生活同様,職場での身辺介護の問題は,筋ジス患者にとって不可避の課題です.
- 建物構造の問題
障害を理解した上で成り立っている授産所や作業所を除き,一般企業などでは決して障害者にとって働きやすい建物構造ではないようです.福祉制度を活用した改造など,こと業主の理解と配慮が必要です.
2.労働条件
- 労働賃金
労働賃金の問題は,生活を営む上で直接的に重要な問題です.一般的な障害者の賃金は健常者に比較して高いと言えず,その生活は苦しいものとなっていますが,就労や一般社会で生活することは,賃金の多寡を超える深い意義をもつものと考えます.
- 作業量と労働時間
業種によっては,長時間の労働を余儀なくされるものもあります.製品納期が厳しく設定され,短期間に大きな労働負荷,すなわち心身への過負荷がかかる業種も多くみられます.長時間の労働については,主治医に相談の上,適宜休息をとる工夫や業務の変更など,職場の理解を求めることが必要です.
3.心理的問題
- 対人関係
同じ職場の同僚や上司などとの良好な人間関係は,作業の能率を高め,労働意欲を増進させるなど,士気を高める最大要素であると言われています.一般企業においても,良好な人間関係を保ち,与えられたポジションで能力を発揮している人が多い反面,対人的不適応を訴える人も見受けられます.積極的に良い対人関係を築く努力と,悩みを相談できる友人の存在が重要になってきます.また,社会的に孤立しないためには,趣味を広げたり,常にボランティアや福祉機関との連携を保つ必要があります.携帯電話やパソコン通信などのメディアを利用してみるのも良いでしょう.
- 仕事に対する満足感
労働意欲を支えるもう一つの要素として,仕ことに対する満足感が挙げられます.単純な作業内容に満足感が得られず,意欲を失っていく人は障害の有無を問わずあるものです.悩みを相談できる同僚や友人の存在が重要になります.
おわりに
就職に際しては,疾患に対する正しい知識をもち,将来の見通しを立てておくことが必要です.専門医療機関や家庭医,福祉こと務所などと常に連携を保ち,ボランティアや同僚,友人との関係をより良いものにしていくことが重要です.
参考文献
- 奥田恵子:就労患者の実態と問題点-男性患者について- 筋ジストロフィー在宅患者の生活指導と援助(筋ジストロフィー第4班刊行),17-20,1993
- 小野沢 直:就労患者の実態と問題点-女性患者について- 筋ジストロフィー在宅患者の生活指導と援助(筋ジストロフィー第4班刊行),15-16,1993
- 高井輝雄ら:筋ジス在宅患者調査(3),筋ジストロフィーの療養と看護に関する臨床的,社会的研究 平成5年度研究成果報告書 193-194,1993
(吉岡恭一)