1998年12月23日(水)

一昨日、大阪外大の上原さんと共に、モスクワへ留学してきている大学院生を招待した。
彼女は日本とロシアの政府交換留学生である。

日本に行ったロシアの留学生たちは約20万円の奨学金を日本政府から貰って生活している。日本で生活するには十分な金額である。

片や、おなじ留学制度でロシアへ来ている彼女は、一月250ルーブル(約1500円)の奨学金をロシア政府から得るだけで往復の飛行機代から住居まで自分で賄わなければならない。

貰えるのはその250ルーブルの奨学金とロシアでの滞在ヴィザだけである。
その奨学金はほとんど3日間食べるだけで消えてしまうような金額なのだ。
それもいつ、どこで貰えるかは誰も教えてくれないし、どこにも明記されていない。


ちょうど、9年前、夫が第一期政府交換留学で来た時も、日本へ来るロシア人留学生に対しては毎月18万円が支払われていた。ところが私たちが得ていたのは310ルーブル(2500円程度)
ひどくお金に困ったことがある。
アメリカ、西ドイツ、カナダから同じように来ている留学生たちは、ロシアの奨学金のあまり安さを考慮して、毎月、大使館から100ドルを得ていた。各国政府はその当時のソ連の状態を克明に調査し、留学生たちの生活を考慮したのである。
その100ドルがあれば、どんなに助かるかしれないと、わたしたちは何度ため息をもらしたことやら・・・。
そして、大使館でパーティがあれば、必ず招待されていた。貧乏故に子どもにコカ・コーラでさえ考えてしか買えなかった私たちにとって、大使館のパーティは夢のようにふんだんに食べ物があった世界に違いなかった。

ところが、政府間の協定に基づいて来ている留学生に対しては、管轄機関である大使館は何もしてくれない。何もしない、困っている留学生がいてもねぎらいの言葉すらないのである。

大使館員は、家賃ただ、メイドを政府のお金で雇い、お抱えの運転手を勝手に使え、とにかく贅沢三昧名生活をしている。だから、困っているものを見ても、何の関心も優しさのひとかけらも示せない。充足し切った生活だから・・・。

在外居住登録に行っても、すげなく冷たく、「わかりました。」で、おしまい。
後は、どんな困ったことが起きても、面倒は見てくれない。



まあ、日本大使館に対する注文は別にして、日本の文部省は、なぜこんなにひどい不平等条約を受け入れるのだろうか。
明日の日本の文化を荷って立つ若者たちが、食べるのも困っていても、それは、その道を選んだ者の勝手であると考えているのか。

学問を志すものは赤貧に甘んじよ。それが学問への一番の近道であるとでもいうのであろうか。

ドクター・コースの学生はおしなべて20代後半の年齢に差し掛かっている。普通、企業に勤めると、その専門性においてかなりの給料が貰える。
それでも、なお、研究職を目指してしまう。

ところがほぼ同年代の、外務省の研修生は、モスクワの一等地に何部屋もからなるアパートを与えられ、飛行機は往復ビジネスクラス☆☆。給料は月額手取り50万円。もちろんメイドさんを雇い、洗濯や掃除をまかせる。そのうえ日本車やヴォルヴォの新車を乗り回し、モスクワ大学の語学コースではお客様扱い。この落差は一体、何なのだろう。

情報の最先端にいる研究者の卵たちは、生活のために汲々とし、生活そのものを何とかするために疲れ果ててしまっているというのに・・・。



文部省の官僚さんたち、お願いですから、自分たちがもし、ロシアで生きて研究をしたらという想像力を持っていただきたい。

ここロシアでは、何をするにも手間暇がかかる。お金がないと特にそれは顕著になる。
お金を持っていないとわかると、図書館や研究所では、手のひらが変るように相手の態度も変る。図書館や古文書館でのコピー代は結構かかる。

しかし、日本へ帰ってからの研究のため、是が非でもロシアでないと手に入らない文書や資料がコピーとして必要なのだ。
チビチビとお金をケチってコピーを取ると、コピー係のおばさんは馬鹿にして、相手にしてくれない。

ロシアは日本以上に現金な国であることも確かなのである。


そんな状況を一度でもお役人は、理解しようとしてくれたことがあるのだろうか。
彼女は、ここロシアでは国費留学生は、国賊扱いされると、泣いた。

大学や研究所は、日本人と見れば、出来るだけ多くのお金を取って私腹を肥やそうとしている。しかし、政府交換留学生とあらば、寮の部屋を空けてやらねばならぬ。ヴィザの手続きをただで取ってやらなければならない厄介者なのだ。勢い、係のロシア人たちは横柄な態度を取るようになる。


日本の官僚たちは無能だとしか思えない。不平等な条約を当たり前と受け取り、あまつさえ、ありがたがってさえいる。その上、留学生を派遣する国の状態を知り情報を集める努力を怠っている。


他のページにも何度も書いた通り、研究者はここでは日本人の中で一番虐げられている。文部省は出張命令を出しながら、ヴィザの手配すらしてくれない。

ここでの住民登録や事務手続きがどんなに手間と骨の折れることか・・・。お金を貰おうと思ったらなお更のことだ。(国費留学生である彼女はこちらに来て、1ヶ月と半。一円のお金も手に入れていない。)

どうか、どうか。もう、お金がなくて泣いてしまうような国費留学生をもう決して増やさないでいただきたい。

高い志を持っていても、途中で神経をすり減らし、体を壊して帰ってしまうというようなことを起こさせないでいただきたい。


文部省のお役人よ。一度、彼女たちの立場になって、ロシアへ来てごらんなさい。
すると、あなたたちがどんなにひどいことをしているか、よ〜くわかるから。

不平等な取り決めを反古にできないなら、何らかの対策を立ててあげてください。
お願いします。

当時(今もだけど)、ルーブルは急落の道をまっしぐらで、89年9月に出発の時は60000円相当のはずだった。それが11月には6000円、90年4月には3100円、そして留学期間が終わる91年7月には1400円くらいの価値しかもたなくなった。

☆☆ちなみに国立大学の先生は、教授になったとしてもほとんどの場合、海外出張はエコノミークラス。学長にしてようやくビジネスクラスである。

へんへんの指導教授であるW先生(当時東大の研究所長。学部長に相当する)が昨年東大総長とともに、モスクワ大学との姉妹協定をむすぶため、モスクワへ出張した。W先生と総長は大学の同期である。行きはばらばらにモスクワ入りしたので、先生はいつものようにアエロフロートのエコノミークラスを使った。が、帰りは総長といっしょ。で、飛行機はどうなりましたか?とたずねると、「隣りにすわれるよう大学にたのんだけど、エコノミーのお金しかだせないといわれてねぇ。でも同級生なのにあちらがビジネスこちらがエコノミーじゃあんまりだから、差額を自腹で払ったんだ。」

ついでにいうと、今回の我が家のモスクワ入りも、家族の分の航空券は自腹。大使館員や企業の外国勤務時に「家族の航空券は私費」なんてところあるんでしょうか?外務省職員のみならず他省庁からの出向者、さらには日本人学校の先生たちも外交官待遇だというのに!!!

研究者の日本政府による位置づけってこんなものです。

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