1999年10月26日(火)

このところ、ロシア語が出来るようになった上の娘は友達の家へ行ったり、一緒に近所のマクドナルドへ行くことが多くなった。


休みの日や授業のない午前中などに必ず、親をおいてどこかに行く。

ドゥニャンは上の娘の授業がない日は嬉しくって仕方がない。なんせ、家にいても掃除洗濯、ご飯の支度、ジョーチリンリンの遊び相手しかすることが何もないのだから、彼女がいると、いくらでもお喋りができるし、なんといっても若い女の子、家の中が華やいで明るくなる。

しかし、そんな親の気持ちも知らないで、娘はどんどん友達に誘われて、マクドナルドなるロシアの繁華街に出かけていくのだ。

「繁華街に行くには、親の同行が日本では必要である。まだ、日本では中学生、義務教育のうちは、子どもの行動に両親は責任があ〜る!!だから、ママが一緒に付いていってあげる。」

「マクドナルドが繁華街??どこが繁華街なの?ママ、ちょっと変なんじゃない?」

ロシアにはいわゆるゲームセンターのある商店街とか、デパートなどという気の利いたしゃれたものはない。勢い、近くにあるマクドナルドが繁華な所と言うことになると思うのだが・・・。

「いや、どんな子どもと付き合って、どんな事を喋っているのか、ママには知る必要があります。どうしても一緒に付いていってあげなくては、子育ての責任を果たせなくなる。」

「いやだぁ。ママが付いてきたら皆の会話の中に入って来て、仕切るじゃない!!絶対、い・や・だ。」

「横のテーブルでおとなしく黙ってみてるだけだから・・・。絶対に皆の会話に入っていかないから。」

「そんなこと言ったって、ママは絶対余計なことを喋るから、やだ。」

「それじゃ、お金をあげません!!」
「いいもん、自分の小遣いで行くもん。」
「マクドナルドでお金を使うために小遣いをあげているんじゃありません!」
「じゃ、他にどんな使い道があるのか教えてよ。」

確かに困ったことに、ここモスクワでは、小遣いの使い道はあまりない。

「とにかく、義務教育のうちは、うちでは繁華街に子どもたちだけで行くのは駄目です!!ママを連れってってくれるなら許せるけど・・・。日本のどんなお母さんも、娘が不良の道を歩みつつある時に止めに入るのです。それが親の勤めと言うものです。」
「ママ、ちょっとおかしいんじゃない?皆に笑われちゃうよ。いつもママが迎えに来てるのだって、どうしてナツメのお母さんはいつも迎えにくるのかって聞かれたんだよ。」
「あれは、必要だからよ。人の顔を皆はロシアしてるし、ユーゴから来てるゾーリツァだって皆と同じ顔してるから、危なくないけど、なつめはカワイイし、日本人だってすぐにわかるから・・・。」
「あれだって鬱陶しいんだよね。ここ、ロシアでは、みんな親なしでマクドナルドへ行くの!!もう!!ただ、付いて来たいだけなんでしょ?絶対嫌ですからね。来たら、絶交だからね!!」

「じゃあ、ホッペにチュッチュウってキスして。」

「なんで?」
「だって、ロシアだったら、みんなそうしてるもん。なつめがロシアの子どもみたいにママを連れて行かないんだったら、ロシアの子どもたちがお母さんにしてるみたいに抱き付いてホッペに3回キスしてよ。」
「いやねぇ。気持ち悪いったらありゃしない。ママちょっと変なんじゃないの?」

ドゥニャンは、ハタっと思い当たった。そう言えば、娘たちが抱っこしてと、せがみに来なくなってから久しい。
これなしになんでこんなに長い間、我慢できたのであろう。
ペッタンコだったお腹がみるみる間に膨れ上がり、9ヶ月間、しんどい思いをしてお腹に入れて歩いて、生まれた後も片時もわたしから離れることがなかった子どもたち。
たったの数年前までドゥニャンの膝を競って取り合ったではないか。

「いや、ロシアに住んでいる限り、ロシアのいい所を出来るだけ吸収したいってママは思うわけ。あれは親子の絆を深め、その太くて強い絆を確かめるためにあるものなの。どうしてもスキンシップっていうのは親子の間で必要です。だから、キスをしてくれないうちはどこへも行かせません!」
「いやだ!!もう行かなきゃならない時間がくるじゃない!どこまでもわたしの行く手を阻もうとするわけ?ママは。」
「違う!!ママは、あなたはまだママのことを必要とする歳だって言いたいわけ。ママの愛を浴びるようにひたすら享受する年零なのよ。わかる?」
「わかった、わかった。わかったから、行かせて。もう、行くから。」
「え〜!!行っちゃうの?ママがこれだけお願いしてるのに・・・キスなしに?」

「ママ、一つだけ言うけど・・・。」
「ナニナニ?」


「あのね、道歩く時、大きな声で歌を歌うの止めてくれない?それから、バスを待ってる時に踊るのも止めて!!」
「へっ?なぁんだ。そんなこと・・・。」」
「あれは、わたしが嫌がるからしてるんデショ!」
「・・・・」
確かに娘のむきになる反応は面白いが・・・。なんでそれを今!言われなければならないのだ。
ドゥニャンは、ただ、娘に付いて行って娘がお友達と会話するのを聞いていたいだけなのに・・・。

「ねえ、わたし、今日もヒマなのよ。お願いだから一緒に連れってってェ。」
悔しくも、甘い声で頼まなければならないことになった。でも娘の決意は固い。どうしてもドゥニャンを連れていってくれない。
「駄目って言ったら、駄目なの。じゃあ行ってくるから。」


ドゥニャンは哀しくもジョーチリンリンの頭と背中を撫でつつ、
「だぁ〜れもママのこと、かまってくれないんだよぉ。あ〜〜〜、さびしいなぁ。」
と、つぶやく。親の悲哀を背中に背負って・・・。

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