▼Demand act.3

「悪いね、先に汗を流させてもらった」

 シャワーを浴びてバスローブを羽織り、居室に戻るとようやくリツコが目を覚ましていた。
 まだ呆然としている横顔を眺めながら、再び缶ビールを開けて煽る。

「大丈夫かい?」
「ええ、平気……ちょっと、余韻を味わってただけ」

 汗に金髪が張り付いた、やや憔悴して見えるリツコの顔も、悪くなかった。
 何時もクールに澄ましているせいだろうか?
 か弱い顔を見ると、ゾクゾクする。

「喉乾いたろ」

 ミネラルウォーターをグラスに注いで、ベッドに戻る。

「水じゃダメ、お酒入れて」
「気付けに?」
「アルコールの方が水分の吸収が早いのよ」
「なるほど」

 更に氷とウィスキーを足し、薄い水割りをつくる。
 一息でそれを飲み干して、ようやくリツコの顔に血の気が戻った。

「何時もあんなに激しいのかい? 司令の身体が持たんぜ」
「違うわ……だから、物足らないって言ったでしょ」

 リツコを毎夜必ず『満足』させられるような男は、恐らく居ない。
 加持でも難しいだろう。

「これで、少しは責任取った事になったかな」

 空いたグラスにもう少し濃い水割りを造りながら、加持はベッドに乗ってリツコに寄り添った。
 汗の匂いと化粧の匂い、そして放った精の匂いと女の匂いとが入り混じる。

「ああ、汗流しちゃったのね……ちょっと不満よ、それ」
「どうしてさ?」
「激しくして、汗まみれになった男の身体の匂いが好きなのに」
「そりゃ申し訳ない事をした」

 バスローブの前合わせから、リツコの細い手が滑り込んで来る。
 名残惜しそうに加持の胸を撫で擦ると、二つ三つ溜息のような大きな息を吐いて、リツコはシーツをまとって立ち上がった。

「私もお風呂使って良い?」
「もちろん」
「まだ寝ちゃダメよ」
「マジかい?」
「当たり前でしょ」

 何処まで貪欲なのだろうかと呆れながら、加持は酒を煽った。
 どうやら、朝までバーで付き合っていた方がよっぽど楽だったらしい。
「じゃあ風呂も一緒にどうだい」
「洗ってくれるの?」
「良いね。そういうのも、嫌いじゃない」

 今着たバスローブを再び脱ぎ捨てて、二人でバスルームへと入る。
 安いビジネスホテルなら、シングルのバスはユニットで狭いと相場が決まっている。
 けれどここは、格式は一等のシティホテル。
 ビジネスライクなシングルルームでも、バスルームは広く、ドレッサーとトイレはちゃんと別になっていた。

「お湯張るかい? シャワーで済ます?」
「ちゃんと浸かるのが良いわ」

 リツコがシャワーで軽く汗を流す間に、加持は湯船に入ってカランを捻る。
 さすがに高層ホテルだけあって設備が良いのだろう。水圧が強く、見る間に湯船が溢れた。

「メイクも落として良いかしら?」
「ああ、別に良いさ」

 ピアスを外し、丁寧に顔を洗うリツコの横顔を風呂に浸かりながら眺めた。
 チークを落とした肌は白い。日に当らない仕事が長いせいか、リツコのメイクは顔を白くするよりむしろ、赤みを差していたようだった。

「悪くないね」
「何?」

 マスカラまで落としてシャワーで流した顔を見て、加持は思わず呟いた。
 まだ大学生だった頃の顔に戻ったリツコは、ひどく若く見える。

「昔は化粧っけが無かったじゃないか。今でも素顔の方がよっぽど可愛い」
「そう言われるから化粧するのよ。若く見られると仕事がしにくいわ」

 確かにそうだろう。
 二十代で技術部を統括する今の地位に就いたリツコ。明るく染めた髪も、わざわざ念入りにする化粧も、見た目で小娘と思わせない為の彼女なりの努力なのだ。

 加持が身体を伸ばして浸かる湯船に、リツコが滑り込む。
 当然、湯は盛大に溢れるが、せっかくホテルで過ごす夜なのだ。贅沢に使わなければ損というものだろう。
 湯船は腰を下ろして座る日本式の深いそれではなく、手足を伸ばして寝そべる欧式の形だった。
 仰向けに足を伸ばした加持の太腿の上にリツコの尻が乗り、二人で浴槽の縁に頭を持たせる。
 浮力に支えられて浮かび上がろうとする乳房に腕を廻して抱き絞めた。
 化粧を落としたリツコは、なぜか身体まで細く小さく、頼りなく感じられる。

「ここで洗うかい?」
「そうね、たまにはそんな贅沢がしてみたいかも」

 備え付けられたバスソープを浴槽に注ぎ、浮いているうちにシャワーで泡立てる。
 水面が白く細やかな泡で一杯になり、全身に滑らかな感触が広がる。

「家の風呂は日本式で無いと落ち着かないが、ホテルの風呂はやっぱりこういうのが嬉しいね」
「あら、案外庶民派?」
「色々と金がかかるんだよ、贅沢は出来んさ」
「あちこちから給料せしめてる割に地味なのは、目立たないようにするための偽装かと思ってた」
「何時でも同じネクタイだったり?」
「そうそう」

 化粧を落として微笑むリツコに、まだ無邪気だった若い頃の面影を感じる。
 身体が温まると、白かった頬にも赤味が増した。

「リッちゃんはどうなんだい?」
「何が?」
「暮し向きさ。司令は釣った魚に餌はやらない主義なのかい」
「別に、お給料だけでも余るもの。お金を使う暇も無いし……私に小遣いよこすぐらいなら、技術部の予算がもっと欲しいわ」

 NERVの技術部門を取り仕切るキャリアの面影は、そこには無い。
 昼間の職場や夜のバーのカウンターでは見せない横顔に、加持は安心すると同時に切なさを感じた。
 恐らく、ゲンドウと共に過ごす夜も、リツコは大人のオンナのフリをしている。
 まだ少女の面影を残す素顔は、誰にも見せないリツコの秘密なのだろう。

「案外、リッちゃんには主婦が向いてるんじゃないか?」
「嫌よ。毎日家に篭って旦那さんの帰りを待ってるなんて」
「そうじゃなくてさ……そうやって、気を抜いて笑える場所が必要なんじゃないかと思ってね」
「あら、口説いてくれるの? 嬉しいわ」
「おいおい、俺かよ」
「貴方が趣味のスパイを止めるんだったら、真面目に考えても良い……けど、やっぱりミサトと修羅場になるのはゴメンだわ」

 そういってリツコが微笑む。
 哀しげな影の無い、純粋な笑み。
 そんな表情を見られただけでも、八年ぶりの一夜には価値が有ると思えた。

「あんっ……くすぐったい」

 突然胸に掌を滑らされて、リツコ声を上げた。
 背中から前に廻した腕がぐるりと乳房を掴み、そのまま腋の下へと滑る。

「すぐに慣れるよ」
「慣れないわよ。胸の下はくすぐったいったら」

 酔いが残っているのかいつもより高く聞こえるリツコの声が、風呂場の天井に響いて降って来る。
 大きな乳房の下側の輪郭に指を滑らせる。
 くすぐったいと身体を捩って嫌がる様子が面白い。

「肌が粟立ってきたじゃないか」
「でも、あんまり笑うと酔いが回るわ」
「それも良いだろ」

 リツコにリードされ翻弄され続けた今夜だが、ようやく自分のペースを取り戻した加持が勢い付く。
 後ろから羽交い絞めにして、ピアスを外した耳朶を噛む。
 首筋からうなじの生え際にも歯を立てる。

「んっ……んふっ」

 くすぐったいと笑いながらも、嬌声に喘ぎが混じり始める。
 その間も、リツコの身体を隅々まで、加持の大きな掌が滑り続けた。

「あぁっ……んもう、私ばっかり」

 ぐるりと身体を回して、リツコが向き合った。
 加持の腹に、胸に、同じように手を滑らせる。

「おいおい、反撃はナシだぜ」
「どうしてよ」

 そんなふうに唇を尖らせるリツコの表情も、珍しい。

「散々リードされてたから、今度はこっちのペースでしたいんだけどね」
「ダメよ。そんな風に自分の方が慣れてるなんて粋がっても」
「別に粋がってる訳じゃないさ」
「一方的なセックスなんて嫌。それなら司令と変わらないもの」

 確かに、ゲンドウとリツコが笑いながら風呂場でジャレ合う図、というのはいささか想像し難い。

「まいったね。これだから同級生と付き合うのは面倒なんだ」
「若い子ばっかり追い駆けてるのは、言うことを聞かせて楽がしたいから?」
「そういう発想が全く無いとは言えんね」
「今からオジさんみたいな事してどうするのよ」

 そんな風にくすぐり合ってる間に、互いの身体が温まる。
 バスソープで滑らかにまとわり付く湯の中に、それとは別の粘り気を感じた。

「じゃあリッちゃんはどうしたいのさ?」
「お互いにしたいようにするのよ。相手の邪魔をするのはナシで」
「ふーん。じゃあやってみて?」

 リツコは腰をずらして加持の股間の上にまたがった。
 たっぷりと充血した陰唇の厚みと、裡から溢れる愛蜜の粘り気、そして絡み合う下生えの茂み。
 無邪気な笑顔と、昂ぶったままの女の部分の落差。

「素股って、する方も気持ち良かったりする?」
「熱くて硬ければ楽しめるわ」
「なるほど」

 腰と股間を密着させ、ゆっくりと身体の間に挟み付けるようにして加持のモノを刺激しはじめるリツコ。
 その手は泡を掬っては加持の顎や首になすり付けている。
 お返しにと、加持も水面に浮いて波打っているリツコの胸や細い首を泡塗れにする。
 手を伸ばしても、抱き合っても、全てが石鹸の泡に滑る感触が心地良い。
 二の腕を掴み、肩から背中、首筋へと手を滑らせて、顔を近づけて唇を捉える。

「んっ……ぁっ」

 口付けるのは、今夜初めてだった。
 夢中になって絡み合い、貪り合ってる間は、キスする余裕も無かった。
 唇を啄ばむような軽いキスは、初めからしない。いきなり舌を伸ばして舐め合うようなキス。
 リツコも髪に指を絡ませ、互いに口腔内を弄り合い、吸い合う。
 うなじから背筋を滑り、加持の手がリツコの尻に回る。
 上体を預けさせて胸を押し付け合い、密着した腰を更に揺するように尻を掴んだ。

「あっ……あんっ」

 柔らかな感触に満足する。
 やはり、特に下半身に女らしさを強く感じる。
 そのまま尻を撫で回し、後ろから股間に触れる。

「今も、後ろでする?」
「たまには、ね……でも、滅多に無い」
「そう……じゃあ」

 うなづいて、リツコの後ろを指で弄る。
 細かな襞が泡に滑り、そこはあっさりと加持の指を呑んだ。
 リツコの口から吐息が漏れた。
 期待した以上に敏感だ。

「後ろも感じるかい?」
「もちろん……ゾクゾクするわ」

 その広さを確かめるように、更にもう一本指を差し入れる。
 さすがに前ほどは広がらないが、そうして使われる事を待ち受けている、そんな感触だった。
 加持は首を巡らせ、用意されたアメニティセットの中からリンスのボトルを選ぶ。

「ローションないけど大丈夫?」
「平気よ……はぁ……早くして」

 どんなプレイも受け入れるリツコだが、焦らされる事には慣れて居なかった。
 リンスを注いで入念にマッサージする加持の手に、息が上がる。

「前から? 後ろから?」
「どっちでも…ねえ、早く入れて」

 弄る手に向かって尻を押し付けながら、リツコが身体をくねらせる。
 擦りつけ合う身体の間で、加持のモノは既に十分な硬さを備えているのだ。
 多少準備が足らずとも、受け入れてしまえば後はどうにでもなる。焦らされる時間の方が、辛い。

「じゃあ、後ろから」

 ずっと密着していた腰を持ち上げ、リツコの身体を反転させる。
 背中を胸で受け止めて、浴槽の左右に足を掛けさせて腰を持ち上げる。
 手や指を添えなくても、リツコの後ろは既に開いたまま待っていた。
 触れる先端の熱さに息を呑む。

「んっ……んふぅっ……んんあっ」

 熱い湯の中から、胎内へ。
 細い筋肉の襞の感触を味わいながら、奥へ、先へと進んでいく。
 深さに限界が有る前の穴とは違い、後ろはどこまでも加持のモノを呑みこんでいく。

「ああっ」

 胎の底に息衝く子宮に、薄い肉一枚を隔てて触れる。
 その感触に、リツコの身体が硬くなり、根元まで呑みこんだ入り口で締め付けられた。

「後ろも凄く、良い具合だ」
「はぁ…私も…感じるわ」

 入り込んだ中の感触ばかりではない。
 下腹の上に乗る、リツコの尻肉の弾力。
 腰はゆるく揺するだけに留め、加持の手はリツコの乳房やうなじや太腿の裏を滑り続ける。

「ああっ…ダメよ…そんな、優しいのじゃダメ」

 リツコはもっと強い刺激を欲しがった。
 しかし自分から動こうにも、持ち上げられた足は丸い浴槽の縁にしか届かず、身体を動かす事が出来ない。
 もどかしさに、自ら股間に手を伸ばす。
 充血して膨らみ開いた花弁を捲り上げ、花芯を自ら摘む。

「ああ…ああ…あああっ」

 加持のペースなどお構い無しに、自分だけ先に進んで行ってしまうリツコ。
 焦らすのを諦めて、加持がリツコの手に自らの手を添える。

「どこが良いんだい?」

 囁きながら、耳を噛む。
 生え際から耳朶を舐め上げ、更に首を伸ばして耳の穴にまで舌先で触れる。
 背筋を戦慄かせながら、リツコは耳ですら感じていた。

「どこでも良いわ、好きにして。でも、キツクして欲しいの」

 右手をリツコの股間に添えながら、加持は余った左手で胸を掴んだ。
 浮力に支えられ自在にカタチを変える、柔らかな肉槐。
 その先端に鮮やかに色付いた乳首を、爪を立てて摘み上げる。

「いっ…ああっ」

 リツコの肌が震えた。
 優しく指の腹で摘むより、そうして痛さの混じった刺激を与えた方が悦ぶ。

「やらしい身体だなあ」
「そうよ…だからもっと、痛くして良いの」

 滑る指先や掌では、リツコの欲しがる強い刺激は与えられそうになかった。
 加持は右手を湯船から伸ばして、カランに下がったシャワーヘッドを引き寄せる。
 先端のサイズは丁度、女性の握りこぶしを細くしたぐらいだろうか。ネックの部分は手首よりずっと細い。

「こういうの、経験ある?」

 滑らかな樹脂製のシャワーヘッドに、傷付けるような突起や段差が無い事を確認し終えて、加持はリツコの目前にそれを差し出した。

「どうするの?」

 潤んだ瞳は、得体の知れない刺激の予感に、恐れよりもずっとハッキリと期待を浮かべて揺れていた。

「いや、刺激が足らないんなら、こうするさ」

 コックを捻ってお湯を出す。
 浸かっている湯船の湯よりややぬるい、体温ほどの水流を出しながら、シャワーヘッドをリツコの身体に当てて滑らせる。
 水圧で形を変える肌を眺めつつ、シャワーはどんどんリツコの身体を下へ下へと進む。
 下生えを水流で掻き分けて、更に股間へと近付き、裏から捲り上げるように包皮の中へと水圧を加える。

「んんっ…良いわ、それ」

 腰を揺らしながら、リツコが背中を反らせた。
 水圧へと自ら股間を押し付ける。
 けれど、加持が意図したのはそんな生ぬるい愛撫では無い。

「まだまだ、これからだよ」

 たっぷり花芯に刺激を加えると、加持はシャワーを止めた。
 そして、シャワーヘッドをリツコの入り口にあてがう。

「後ろだけじゃ足らないんだろう?」
 そう囁かれた途端、リツコの肌が粟立った。

「ああっ……ああああっ」

 さすがに硬く、キツイらしい。
 それでもリツコは逃げるどころか、押し当てられるシャワーに向かって更に腰を押し付けていく。
 突然手応えが無くなって、それはリツコの胎内へと呑みこまれて行った。
 ヘッドの硬い丸みが、細い肉ひだを通じて後ろ側に収まる加持のモノにも伝わる。

「いいっ…いいわっ…おかしくなりそう」

 リツコの喘ぎは、喘ぐというより叫び声に近い音量で、狭いバスルームにこだました。
 腿を深く曲げ、膝を持ち上げて、更に胎内に刺し込まれたシャワーヘッドを握る手に力を加える。
 腰の動きで後ろ側を前後させつつ、腕の動きで前はそれと逆に動かす。
 前後を貫かれ、限界まで押し広げられ、リツコは喘ぎ続ける。
 見開いた瞳孔の焦点が合っていない。
 眦から涙が零れて落ち、開いた口の端から唾液が溢れる。

「んあああっ…いいっ…いいのっ…もっと!」

 浴槽の縁を蹴るようにして、リツコは自らも動き始めた。
 手で胸を鷲掴みにし、尻に受け入れた加持のモノを絞め上げ、硬く大きなシャワーヘッドの刺激によがり狂う。

「ああっ…いああっ」

 加持の方にとってもそれは、刺激が強かった。
 リツコに根元をキツク絞め上げられたモノの裏側を、硬い感触が激しく前後に走る。
 股間でヘッドを握り締めていた手に、熱い奔流がかかる。
 それは更に勢いを増し、水面を持ち上げて飛び続けた。
 強すぎる刺激に絶頂を迎えたリツコの胎内が収縮し、潮と小水を吹き上げたのだ。

「止めないで、まだ止めないで」

 首を左右に振り、髪を振り乱してリツコが叫ぶ。
 一度の絶頂で飽き足らない、貪欲なオンナの本能が叫んでいた。

「壊れちまうぜ!?」
「壊れてもいいっ!!」

 激しい動きに浴槽からどんどん湯が溢れた。
 波立つ水面が二人の動きを更に加速させる。

「ああっひぁあああっ」

 再びリツコの股間から奔流が走る。
 今度は硬く収縮した膣内から、入り込んでいた風呂の湯と愛蜜が飛び出した。
 二度、三度と、続けて絶頂に反り返るリツコの背筋。
 加持の限界も極まった。
 大人のオンナを演じる顔と、少女のような素顔の落差。
 その素顔から漏れる、獣のような唸り声。
 涙を流し、涎を垂らし、それでもまだ足らないとのたうつ、白く柔らかな肌。
 全てが絶頂へのプレリュードだった。

「イくぜ…良いのか?」
「イって…一緒に」

 それは高みに昇ると言うより、奈落へ落ちる感触だろう。
 刺激の強さに気が遠くなった。
 水蒸気の充満したバスルームの空気では、酸素が足らない。
 それほどに、激しかった。

「ああああああああああああああっ」

 ひときわ高く啼く、リツコの悲鳴が長々と響く。
 底知れぬ尻穴の奥へ向かって、加持の中から白濁した熱い奔流が迸る。

 全てが終わった時、湯船はすっかり空になり、二人は身体を離す事も出来ないまま、ただぐったりと互いに寄り掛かって意識を手放した。


 酔いが回り過ぎた翌朝の頭痛を抱えて、リツコは目を覚ました。
 バスルームから出た記憶は無かったが、夜中にトイレに起きたのは覚えている。
 飲み過ぎたせいか、風呂場に長く居たせいか、身体が冷えた。
 狭いセミダブルのベッドに温もりを求めて肌を寄せ、再び眠りに落ちる時、次に目を開いたら加持が居ない気がして、なかなか寝付け無かったのを覚えている。

 そして、予想は現実のものになった。

『一緒に出たんじゃマズイから、お先に失礼する。
 モーニングコールとルームサービスを八時に頼んだ。
 金は俺が払って出るから、そのまま帰ってくれて良い。
 昔を思い出して、楽しかったよ。 じゃ、また――リョウジ』

 デスクに備え付けの便箋に認められたそっけないメモを見て、リツコは不意に目頭が熱くなった。
 一人の男との思い出が鮮やかに甦った一夜は、彼を永遠の思い出の中へと失ってしまう夜でもあった。
 もう二度と、合う事は無いのだろう――そんな予感に胸が締め付けられて苦しくなる。

 窓際に立って、もしかしたら今走り去る所かもしれない車の姿を探す。
 それを見つける事は出来なかったが、振り返らずに行ってしまった事だけは、間違いなく分かる。
 ただ一つ救いが有るとすれば、リツコが手渡したデータを託す為にもう一度、ミサトと合うだろうという事だけ。
 それはミサトにとっても恐らく、最後の邂逅になるに違いないのだが……。

 リツコはきつく唇を噛んだ。
 加持が望むモノを手渡してしまえば、それが彼の命を縮める事になる。
 それは初めから分かっていた。
 自らも、もう後には引けない。
 自分自身の長すぎた回り道にも、答えを出すべき時だ。

 けれど今は、捨てられた少女のように、ただ泣きたい。


 加持の香りが残る枕を抱き絞めて、リツコは静かに、素顔のままで涙を流した。


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制作・著作 「よごれに」けんけんZ

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