「ねぇ彼女ぉ、暇ぁ?」
秋里市市街、そこにはブティックやおもちゃ屋等が立ち並んでいた。 日も暮れかかった頃、そこではウィンドウショッピングをする若い娘や、親子連れがいてそれなりの活気を呈していた。 そんな中、一人の青年が片っ端からナンパを続け、ことごとく失敗していた。 そろそろ帰ろうかとしていたとき、彼の視界の片隅に一人の女性が映った。 その女性は誰かを待っているのか、建物の柱に寄りかかったままきょろきょろしていた。 そして、手持ちぶさたに右手でリンゴを放りあげたりしていた。 しかし、彼の意識が認識したのはそんなことではなく、彼女の外見だった。 整った顔立ちは間違いなく美女の部類に入るだろう。 しかも、背が高く、Tシャツにジーンズというラフなスタイルは、図らずも彼女のスタイルの良さをアピールしていた。 そして、長髪をまとめたポニーテールと相まって、活発そうな印象を与えていた。 このような美女をほおっておく手はないということで、彼は女性に声をかけたが、反応はそれまでとあまり変わらないものであった。 いや、それまでで最悪の反応であっただろう。 「あたしはあんたにつきあってるほど暇じゃねえんだ」 女性は冷たくあしらったが、それでも青年はしつこく食い下がってきた。 「いいじゃないか、どうせ……」 言葉を遮るかのように、その女性は持っていたリンゴを彼の前に突き出した。 ぐしゃっ! 鈍い音と共に彼女はそれを片手でいとも簡単に握りつぶしてしまった。
「……怪我したくなかったらさっさとあたしの前から消えな」 「は……はひぃぃ」 女性が低く、ドスの利いた声で青年を脅した。 すると情けない声を上げ、彼はすぐに彼女の前から姿を消した。 「……ったく、これだから休みにこんなとこには来たくなかったんだ……」 その女性──村雨由羅──は近くにあったゴミ箱に握りつぶしたリンゴを放り投げ、ぶつくさ呟いてた。 すると、すぐ後ろから声がした。 「ごめんね。無理言っちゃって」 その声に聞き覚えがある由羅は、後ろを振り返りつつ、目線を下の方に向けていた。 そこには見覚えのある少しほわっとした可愛らしい顔があった。 それは引っかかったと言わんばかりに微笑みながら由羅を見つめていた。 「しっかし……いくら気配を消そうとしても、あたしにはわかるんだよ」 「そっかぁ、今日はうまくいくと思ってたんだけどなぁ」 由羅を驚かすのに失敗した萌と呼ばれた少女はそれをごまかすかのように照れ笑いをしていた。 いや、少女と言うのは彼女に対して失礼だろう。 彼女は由羅と同じ20才なのだから……。 彼女は由羅と古くからの幼なじみの神島萌で、由羅と同じ公立秋里大学に通っていた。 萌はただでさえ幼い顔つきに加えて、くりっとした大きめの瞳のためか実年齢よりもはるかに幼く見えた。 しかも、背の低いのも加わり、どう見ても小学生としか見えないだろう。あげくの果てに、一部を後頭部で纏めた髪には、トレードマークのように大きなリボンをつけていた。 それがより一層外見年齢の幼さを際だたせていた。 それに対して由羅は昔から格闘技──特に空手──に精通していたために、身体には無駄な脂肪が付いておらず、モデルでもとおりそうなプロポーションであった。 しかし、神は二物を与えずとはよく言ったものである。 由羅は男勝りの口調と態度で、しかもヘタに怒らせると突きや蹴りが飛んできた。 それでせっかくの美人が台無しというのが萌の意見だった。 「まぁ……いいけどな。で、どうだった?」 「うん、これがあったから買っちゃった」 言われてから気がついたのだが、萌の隣には大きめの紙袋が置いてあった。 「何買ったんだ?」 「ふふふ、おっきなクマさんのぬいぐるみぃ!」 「相変わらずだなぁ、萌も……」 由羅は半分あきれ顔だった。 「一体いくつ買えば気が済むんだ?部屋が埋まるまでか?」 「えー?そんなことしたら寝られないじゃないの」 「……そういう問題か?」 これには由羅も本気であきれた。 「それに、他にも集めているのがあるし」 「そう……だな。それじゃ、せっかくここまできたんだ。いろいろ回ってみるか」 「うん!」 本屋によったり、電気屋によったりとして、夜の帳が降りてしばらくした頃には、二人の持つ荷物の量はだんだんと多くなっていった。 「こんなことなら里美さんも誘った方がよかったかなぁ?」 背中に背負ったリュックをぱんぱんにし、さらにクマのぬいぐるみの入った袋を抱えた萌が愚痴る。 それに対して紙袋やビニール袋を持った由羅。 それは結構な重量になっていたのだが、彼女の持ち方はそれを感じさせないでいた。 「しょうがねえだろ、きょうは用事があって忙しいみたいだから」 ちなみに、里美と言うのは二人の一つ上の先輩で、高校の時からの知り合いでもあった。 「あ、ちょっといい?」 ふと、萌はとある建物の前で立ち止まった。 そこは最近できて、よく当たるとのもっぱらの噂の占いの館だった。 普段ならば高校生等が行列を作っているのだが、期末テスト直前で夜も更けてきたと言うことで、比較的すいていた。 「ここって、なかなか入れないみたいなのよねぇ、ちょっと占っていこうか?」 「あたしはいいよ。占いは信じない方だからな」 「そうだったわね。じゃあ、行ってくるからちょっと待っててね」 それだけ言うと、荷物のいくつかを由羅に預けて館の中に消えていった。 しばらくすると萌が戻ってきた。 しかし、その表情には少し陰りが見えた。 「どうしたんだ?なんか不吉なことでも言われたか?」 「うん……平均的にはいいみたいなんだけど……」 「だけど?」 萌の言葉尻をとらえて由羅が突っ込んだ。 「危険なことがあるかもしれないから注意しろって言われちゃった」 「危険なこと?……なんだそりゃ?」 「うーん、何だろう。でも、こればっかりは外れて欲しいわね」 「まあ、占いっていうもんは当たるも八卦、あたらぬも八卦って言うからな。あまり気にしなくていいんじゃないのか?」 「うん……でも、身勝手よね。いい占いは当たるように期待するのに、悪いのは当たらないように思うなんて……」 「人間なんてそんなものさ……物事は都合のいいように解釈したがるからな」 妙に達観したように話す由羅であった。 「萌、ちょっとすまないが、先に行ってくれないか?」 「何かあったの?」 「いや、ちょっと用事を思い出してな」 「わかった。じゃあ、近くの本屋で待ってるね」 何の疑いも抱かずに萌はとことこと歩き出した。 「さて……と」 萌が視界から消えるのを確認した由羅は、近くのデパートへと向かった。 ●
「由羅ちゃん遅いなぁ」 本屋でファッション誌を立ち読みしていた萌は、由羅がなかなか来ないのが気になっていた。 「ちょっと外に出てみるか……」 一人つぶやき、店の外に出てきょろきょろと辺りを見回していた。 その時、横の方から呼び止められた。 「君、ちょっと……」 誰かと思い、見てみると、警察官だった。 「小学生がこんな遅くまでで歩くのは……」 警官が全てを言う前に、萌はポケットから一枚のカードを提示した。 それは大学の学生証で、貼ってある写真も、その所有者の外見が小学生みたいであることを示していた。 「わたし大学生です」 「こ、これは失礼。でも、遅くまでであるかない方がいいですよ」 それだけ言うと、警官はそそくさとその場から離れていった。 「ふう、まいっちゃうわね」 ポケットに学生証をしまう萌は、ふと人の気配に気がついて振り返ってみた。 そこには、いつの間にいたのか、由羅がくすくすと笑っていた。 「お前も災難だなぁ」 由羅が皮肉めいて言うと、萌も負けじと言い返す。 「そりゃ、由羅ちゃんはいいわよ。男の子が話しかけてくれるんだもの」 「こういう場所で話しかけてくるのはろくな奴がいねぇよ」 「でも、それでもまだいいじゃないのよ。わたしなんか声をかけられるとしたら、さっきみたいにお巡りさんがほとんどだもの」 それは萌の悩みの一つでもあった。 外見年齢が幼い萌は平日、街を歩いているだけで、警察官に補導されかけることが何度かあった。 彼女の方もそれに慣れたのか、免許や学生証を常に携帯していた。 「……で、いったい何の用事だったの?」 「それは……秘密だ」 「ふうん、そう」 萌はそれ以上詮索はしなかった。 由羅を信頼している以上に、彼女自身が信じられないほど素直だったからだった。 「ねぇ、由羅ちゃん、おなか空いたよぉ」 唐突に萌が由羅に訴える。 「そういや、昼飯からまだなにも食ってねえな」 「でしょ?何か食べようよぉ」 まるで子供がだだをこねるように言う萌に、辟易しながら由羅は辺りを見回す。 その視界の中あったカレー屋に、ある看板を見つけたのだった。
「おい、萌、あれやってみるか?」 萌を見てみると、彼女も同じ看板を見つけたのか、瞳を輝かせていた。 「うん!いこういこう!」 さっきとはうって変わって元気になった萌は、由羅の手を引きながらそのカレー屋へと向かった。 ●
「ご注文は?」 オーダーを取りに来た店員に、 「カツカレー特盛り」 と注文する二人の声は見事にハモっていたが、二人を見て、店員は聞き間違いしたのではないかと思い、もう一度聞き直した。 「えっと……カツカレーの特盛りが二つでよろしいでしょうか?」 「はい」 「しょ、少々お待ちください」 店員が厨房の方に消えると、しばらくして店長と思われる人物が出てきた。 「こちらのお子さんの方も、本当に特盛りでよろしいのでしょうか?」 ”お子さん”と言う単語に反論しようとする萌だったが、それを由羅が制した。 「ああ。それと、二人ともタイムトライアルに挑戦する」 そっけない一言だったが、店長を驚愕させるには十分だった。 結局、すったもんだのあげく、二人の前に出されたカレーは、どう見ても、3人前以上はあった。 それを指定の30分で食べるのは、小学生の女の子では無理と店員は見ていた。 しかし、20分後、店員はもとより、由羅を除くまわりにいた客全てが唖然とした。 由羅よりも早く、萌がそれを全て平らげてしまったのだった。(もっとも、由羅もぎりぎりで食べきったのだが) 「これでただですよね」 それを食べてもなおけろりとしている萌。 「た、確かに。そうですね」 一方、店員の方はしどろもどろだった。 「では、一応こちらの証明書の方にサインを……」 証明書にサインをした二人は、さっさと店を出た。 「しっかし、一体お前の胃袋はどこにつながってんだ?」 「どこだろう?甘い物は入るところが違うって言うくらいだから、辛い物もはいるところが違ったりして」 「……そんなもんか?」 ●
食事を済ませ、家路につこうとする頃にはすでに夜中になり、寝静まった家庭もそこかしこにあった。 そんな中を、由羅と萌の二人は少々急ぎ足で帰っていた。 「ふう、それにしても今日は大漁だったわね」 「そうだな。あたしも欲しいのが結構買えたしな」 由羅と萌は歩きながら雑談をしていた。 「でも、これが一人暮らしのいい点よね。門限なんてないし」 「確かにな。あたしだって昔は時間制限はあったからな」 萌が普通に歩きながら、由羅はその前を後ろ向きに歩きながら話していた。 その時由羅は、何も存在しないはずの萌の背後の空間が突然割れたように見えた。 だが、それは割れたと言うより、空間から何かが這い出てきたと言った方がよかった。 街灯の光に照らされたものは、由羅の知識には全くない異様な物だった。 そして、それが今まさに萌に襲いかかろうとしていた。 「萌、危ない!後ろ!!」 反射的に叫び、萌を守ろうとダッシュしようとしたが、両手に負った荷物がその動きを阻害していた。 「え?何?……きゃあっ!」 一瞬遅れて萌が振り返って見た。 それは何か獣じみた、あえて例えるならば、狼を醜悪な雰囲気にして、それが二足歩行しているかのようなものだった。 それが萌に向かって襲いかかってきたのだった。 「な、何なの?これ」 襲われた方の萌はとっさのことに判断が一瞬送れた。 それが彼女の運命を決めたのだった。 その身長二メートルほどの、化け物としか形容できないものは、逃げようとした萌の首を掴んであっさりと捕まえたのだった。 そして、その細い首をじわじわと締めはじめた。 TO BE CONTINUED |