世の中には功罪相半ばという事柄がままあります。たとえば医学の分野であれば癌に対する抗癌剤治療などがその最たるものでありましょうし、またどんな治療法にも功罪両面があるともいえます。今回は循環器領域で繁用されるアスピリンという薬の功罪についてお話しします。
アスピリンの起源は古くギリシア時代にも遡り、人々が熱や痛みを和らげるためにヤナギの樹皮を使っていたことに端を発します。ドイツの製薬会社がそこに
着目し「鎮痛解熱薬」として製品化に成功したのが19世紀末。ラテン語で柳はサリックスであることからアセチルサリチル酸と命名されたこの薬は20世紀に
米国に渡り、人気薬品として一大ブームを巻き起こしたといわれています。かくして100年以上にもわたり世界中で広く使われてきたこの薬ですが、近年その
使われ方が大きく転換しました。
【鎮痛解熱薬として】本剤には胃腸粘膜障害を起こしやすいという副作用が古くから知られ、そのために多くの方が胃潰瘍や吐血に苦しんだ歴史があります。近
年、副作用を減らすよう工夫された他の鎮痛解熱薬が市場に出回り、次第にアスピリンの使用量は減っていきました。現在の我が国でもアスピリンはごく一部の
市販薬で使われているのみでありますし、この用途での使用は今ではお勧めできません。
【抗血小板剤として】これに対して1970年代から画期的ともいえるアスピリンの全く別の使用法が考案されました。その時代に急速に増え始めた狭心症や心
筋梗塞・脳梗塞の予防・治療にアスピリンの持つ「抗血小板作用」が役立つとして一躍脚光を浴びたのです。血液が固まり始めるときに血管内で働く血小板の働
きを抑えることにより血管壁に不要な血栓ができないようにするのです。それ以前の製剤では1錠中に300mg以上のアスピリン成分を含んでいましたが、こ
の量では抗血小板効果が逆に減弱してしまうことがわかり、80年代には抗血小板作用がもっともうまく発揮される80〜100mgのアスピリンを一日一回服
用する使用法が確立されました。そして現在、世界中でこの製剤が狭心症や脳梗塞治療の標準薬としてひろく使われ、当院でも沢山の方々がその恩恵にあずかっ
ています。しかしながら当然、血液が固まりにくく出血しやすくなるという危険性もあり、またこの量でも消化器副作用をゼロには出来ないこともわかっていま
す。アスピリン服用時にはこれら功罪両面に注意を払う必要があることをぜひ覚えておいてください。