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 第二章 ナッキャ・ストラフィーネ

 ナッキャの手術から数日経ち 喫茶店ユニのママであるナッキャのおばさんへの説明も終わり リディアもクライネ外科医にユウロスの治しかたを教えた・・・

 彼女は まだ術後の様子見でユウロスの家の客間のベッドに横になっていた
 遠い目で天井を見上げるナッキャ 何想うことなく静かに時だけが経つ
 不意にノックの音
「どうぞ」
「失礼するよ」
 ユウロスが本を片手に入って来た
「暇つぶしにいい本を持ってきたから読んでみるといい それから話し相手が必要ならば今のところはUAIで我慢して みんな作業しているから」
 ナッキャはユウロスとその本に視線を向け それをまたもとの天井に戻した
「そう」
 静かにつぶやいた
「・・・ ・・・ 」精神的ショックが大きいってリディアが言ってたけど ここまでとは・・・
 ユウロスはその場にいられなくなりナッキャに本をわたし 一言告げ部屋を出た
 静かになった部屋の中でナッキャは何想うことなく天井を遠い目で見ていた

「ああぁー どうしたらあの元気を取り戻してくれるのかなぁー?」
 「ユウロス殿 わたしも何度か試みたのですが・・・」
「だめだったか あれを・・・ 夢の中でな」
 「リディア殿の用意したものですか?」
「そうだ」
 「分かりました」
「じゃあ 昼食をつくるから 処置は頼むよ」
 「はい リディア殿に了解をとります」
「ああ」
 ユウロスはエプロンをかけ食事の用意に入る

 彼女の瞳は機械的に瞬きを繰り返すだけで静かに時の行きすぐのをその脳髄が把握することなく見ている やがて窓から入ってくる木漏れ日が夕日の赤に変わり そのまま夜がおとずれる そして まるで機械的にすうっと眠りの中に落ちた
 「・・・」さて・・・
 

 気がつくとナッキャは静かに深い霧の中をはだしで進んでいた
 深い霧の中不意に前をよぎる人影
「だれ そこにいるのは」
 しかしその影はだんだん遠くなる ナッキャは深い霧の中走って足音を追いかける もう少しで追いつくという時に 目が眩むもほどの光りがナッキャを照り付ける
「眩しい」・・・
 熱いと思った瞬間に痛みもなく体が引き裂かれる妙な感覚に陥った 反射的につぶっていたその目を開き辺りを見ると 視界を遮っていた深い霧はかけらもみえず昼間の下宿している喫茶店ユニ付近の交差点に立っていた しかし 全くの無音 人の気配も感じられなかった 振り向くと
「・・・ だれ?」
 そこには土色の肌のナッキャそっくりの女の人が立っている
 ナッキャは恐怖のあまり声も出ず動くことも出来ずにいた
 恨めしそうにナッキャを見ているそれは怪しげな薄笑いにも似た悲しみに泣き叫ぶような声を上げると その場から空気の中へ消えるように立ち去っていった
 

 ナッキャはベッドから突き出されるがごとく起き上がり 息を弾ませ 全身にじっとりと脂汗をかいた体を抱きしめるようにして震えていた
 そんな事とは関係なく窓からは朝日が差し込んでいた
 「・・・」やれやれ ひとまずは成功と・・・

 ユウロスの頭の中に目覚まし時計のベルの音が届く
「ううっ」
 布団から手を伸ばし目覚まし時計のスイッチを切った
「ふう・・・」
 ベッドから起きだし左手で頭をくしゃくしゃとかき
「UAI 報告を」
 「・・・ユウロス殿? 朝食の後にしませんか?」
「むう」
 ユウロスは顔を洗う為に寝間着のまま部屋を出た
「マスター おはよーっ」
 エプロンをかけて朝食の用意をしているバルキリーがユウロスに言った
「ああ 今日の朝食は?」
「パンとコーンスープを用意したのですけど・・・」
「着替えてからね」
「はい」
 エプロンを外しいすに掛けユウロスが来るのを待たずに食べ始めるバルキリー 着替え終え台所に入ってきたユウロスはバルキリーになにを言うわけでもなく朝食を取り始めた

 「よろしいでしょうか? ユウロス殿」
 音声が食事を終えお茶をすすっているユウロスに告げた
「ああ」
 「現在ナッキャ殿は深い眠りの中にあります 昨夜行ったモノですがデータをリディア殿に送った結果まずまずの成功を収めているとのことです それから そろそろ点滴を外して食事に移行してもよいとのことです」
「分かった はじめは消化しやすい物だったよな」
 「はい」
「クライネを呼んで処置をしてもらって」
 「はぁ」
「食事の用意ぐらいバルキリーでも出来るでしょ」
 「よろしいのですか?」
「ああ 私はちょっとミレアの所へ行ってくるから」
 「がんばってください」
「なぜそこで返答が変わる?」
 「お金を得るためにいろいろ聞きに行くんでしょ?」
「分かってた?」
 「無論 そうそう 私のシステムのみの電気代なら上の太陽光発電及び地下の蓄電装置でまかなえますよ」
「本当?」
 「はい年間438時間の日照時間があれば問題ありません」
「システムフル稼働で?」
 「そうです」
「むう・・・ まあいい 行って来る」
 「はい」

 歩道と中央分離帯に背の高い街路樹の植えてある道へ出た車は左折し ミレアの住む科学省第13研究室へと近づいていた
「あれ?」
 ユウロスが歩道へと目を向けるとそこに買い物袋を片手に研究室の方へ歩いていくミレアの姿があった すぐに車を歩道へ寄せミレアに合図する 重そうに買い物袋を持っているミレアが気がつきユウロスの車にマイペースで近づいてくる
「ユウロスどうしたの?」
「ああ お金の稼ぎ方を教えてくれないかなぁ と思って・・・」
「研究室まで送ってもらえる?」
「どうぞ」
 ミレアは後部座席に買い物袋を抱えて乗り込み
「ユウロス」
 車を走らせ始めていたユウロスが名前だけ呼ばれたのでそのまま聞き返す
「ん?」
「本当にあなたって私より賢いの?」
「尺度にもよるんじゃないかな? 技術的に勝る物があっても 生活ができなくてはねぇ」
「はぁ・・・ そうそうツァイルの調子はどう?」
「あれか? 今 自分で何か作っているよ」
「ふーん」
 話している間に車は駐車場に止まり 二人は研究室の中へ入っていった

 ほぼ同じ時刻ガルフブリーズ フリールのハンガー内
 彼女は作業のじゃまにならないようにユウロスと同じ色の髪をまとめると 長距離対応の大型パーソナルジェットのフライトウイングのおいてある場所へ歩き始める
「UAI バルキリー見なかった?」
 「バルキリーですか?」
「うん」
 「・・・ いえ ・・・」
「そう 手伝ってもらおうと思ってたんだけどなぁ じゃあディーを呼んで」
 「現在就寝中ですが」
「あら ・・・」
 「手伝いましょうか?」
「いいわ 代わりにフライトウイングのパーツ交換をするから」
 「分かりました では」
「さて ・・・」
 フリールは工具と予備パーツを用意し白く大きな翼の形をしているフライトウイングをパーツごとに分解し始める しばらく作業をしていたフリールの視界にふらふらと歩いているリディアの姿が入った
「リディア どうしたの?」
「えっ? あ? ここは?」
 とまどっているリディアにフリールは
「・・・ ここは私のハンガー」この人はぁー・・・
「そっか 考え事してたからか」
「また何か人にいえないことでも考えてたんじゃないの?」
 リディアは一瞬動きをとめて視線をフリールからそらす
「ふうん」
 フリールはリディアの側により両手でリディアの頭を固定しユウロスの様にその瞳をのぞき込むようにしてリディアに言う
「さあ 私の目を見て」
 リディアはフリールの言葉に反射的に従い目を合わせたが 何かを思いだしたように堅く目をつぶった その頭を固定したまま強めの口調で問いつめるフリール
「・・・ 言いたくないことなのね?」
「ごめん なさい」
 顔を背けて力無く答えた
 それを聞いたフリールはその手を離しまるでリディアが存在しないかのごとく作業に戻った
 消え入りそうな声で何かを告げると翼を広げその場から離れて行くリディア
「ばか」
 聞こえなかった声に答えるように言葉を発したフリール
 

 翌日 ユウロスの倉庫のユウロスの寝室
 「ユウロス殿 ユウロス殿っ」
「な なんだよ」
 囁きかけるようないつもと違うUAIの声に反応し起きあがろうとする
「・・・」
 とっさの判断で声を上げる代わりに息を吸い込むユウロス
「なんだこれは?」
 「なんだと言われましても 昨夜あなたが寝ている最中に突然こうなって現在に至っています」
「突然と言ったな」
 「はい」
「2nd・3rdエネルギー流動は?」
 「突然の出来事でしたので計測していません」
「そうか・・・ むう」
 布団越しにユウロスの上で眠っているナッキャ
 「よろしいでしょうか?」
「ああ」
 「昨夜は私はなにもしていません がナッキャ殿は何か長い間夢を見ていたようですその直後にここに また極度の興奮状態にあったらしくかなり汗をかいていました」
 UAIの報告が終わって数秒 なにも反応しないユウロスに
 「あの ユウロス殿?」
「重いー」
 「ユウロス殿?」
「リディアを呼んでくれ 私では手に余る」
 「あと40分ほどで到着なされます」
「40分か」長い・・・
 思わず視線が時計に行くユウロスであった

 しばらくしてナッキャがもそもそと動き
「ん?」
 頭を上げ眠そうなそのまなざしで辺りを見回す
「おはよう」
 ユウロスが挨拶をするがとまどっているのかナッキャの耳には届いていない 数秒してようやく
「ここは?」
「ここは私の部屋 君は昨夜突然現れたんだ もっと簡単に言えば瞬間移動したと言うことだ」
 まだ混乱しているのか ナッキャは何か言おうと口が動く が いきなり大声を上げて泣きだしだ
 仕方なくユウロスは子供をあやすように泣いているナッキャを扱う
「・・・ ・・・ ・・・」参ったなぁー・・・
 「ユウロス殿」
 ユウロスは顔を横に振りコンタクトを拒否した
 「はい」
 泣き付かれているユウロスはふと以前同じ様な光景に出くわした事を思い出し そのとき泣きついていたフリール・ノジールの事を思い出していた
「・・・」やれやれ ・・・
 

 ガルスブリーズ内部居住空間内
「・・・」はぁー 人に言えないのがつらいことは分かっているつもりだけど・・・
 ガルフブリーズ内部の通路を翼を消した状態で その足でとぼとぼと歩いて行くリディア
「いっそのこと しゃべった方が楽なんだろうけど・・・」
 うつむいたままどこまでも続くかのような長い通路を足で歩いて行く
「どうしよう・・・」
 その足が止まったのはワープシステムの前だった
「・・・」だれも いないな ・・・
 辺りを確認し そして ワープシステムの装置の中へ 数秒後彼女はガルバリアβへと移送された
 

 ユウロス倉庫の地下のラボにあるワープシステムルーム
「ふう 出迎えはなしか」
 「申し訳ありません」
「いや いい」
 リディアはユウロスの造ったワープシステムから歩き出し 地下に移動したラボに出た
「おはようございます リディアさん」
「あ おはようリディア」
 作業していたツァイルとバルキリーが出てきたリディアに挨拶をする
「おはよう 二人とも何しているの?」
「ツァイルのスタビバーニアの設計」
 即座に答えたバルキリー
「そう・・・ じゃ」
 リディアは階段へと足を進める
 

 台所のテーブルについているナッキャにホットミルクを手渡し
「落ち着いたかい」
 ユウロスの質問にこくりと頷きホットミルクをすするナッキャ
 「ユウロス殿 リディア殿が到着されました」
 UAIの言葉から数秒してリディアが台所に現れた
「ご苦労さん」
 ユウロスの軽い挨拶に重く返すリディア
「ユウロス 黙っているのってすごく疲れるんだけど」
 言い終え目を合わせたリディアはユウロスの冷たい視線が全身を突き抜ける感覚に陥った
「やめろ」
 リディアの絞るような声にユウロスはあわてて左手で目を覆い隠し
「すまない ・・・ 私は席を外す 後は頼むリディア」
 言い捨てるように自室に引きこもった ユウロスが去った後 リディアは取り直して
「私の質問に答えてもらえる?」
 カウンセリングを始めた

 ユウロスは机に手を突いて黙っている
 「大丈夫ですか?」
「私は  私は無意識のうちに・・・」
 「それに関しては大丈夫です」
「そうか」
 ユウロスはいすに座り込み 何かを考えているかのごとく黙り込んでしまった
 五分 十分と時間が流れる
 「・・・ 気がかりなのですか?」
「いや そうじゃない・・・ 」そうじゃない ・・・ はずだ

「あの リディアさん」
 カウンセリングも一段落しスキャナーで体の様子を診ているリディアにナッキャが言った
「なに?」
「なんで 背中に羽があるんですか?」
「えっ?」
 リディアはあわてて振り向き確かめたが翼は消した状態であった
「翼なんてついてないけど?」
「でも 見えるんですけど・・・」
「それは こんな翼?」
 リディアはその翼を誰の目にも見える状態に戻しながら言った
「そうです」
「UAI 彼女の2nd及び3rdエネルギーシステムをスキャンして」
 「わかりました ・・・ 彼女 ナッキャには不完全ではありますが実用水準の2nd魔法を使用する能力が認められます」
「そうか ありがと」
「せかんどまほうってなんなんです?」
 若干取り乱したように質問をするナッキャ
「魔法というのは元来人間のもつと考えられた第三種的なエネルギーを使用し それによって得られるあらゆる過程結果等を指すもの 2ndの意味は通常の魔法に使われるエネルギーを指すの」
 落ち着かせるように しかし端的に説明したリディア
「超能力みたいなものですか?」
「そう ほとんど同じよ それからあなたの体だけどもう完全に治ってるわ」
「えっ?」なんで 手術からまだほとんどたってないのに
「想いの力 それが魔法 あなたが生きたいと願ったから 体の再生速度が一時的に向上し 回復が早まった 今まであなたが魔法を使用できなかったのは何かが鍵になって魔法の発動を完全に押さえていたから」たぶん あなたは死ぬことしか考えていなかった もしくは未来を求めなかったか
 若干の沈黙の後 静かな中 二人の耳に グーー と腹の虫の鳴る音が聞こえた
「ユウロス」
 音の主はナッキャの前で翼を現しているリディアに驚きもせず 少し疲れたような表情で台所に出てきて告げる
「リディア ご飯食べていくか?」
「いただくわ」
「分かった」
「ユウロス ナッキャは回復した だから 一人分追加だ」
 それを聞いたユウロスは沈黙のまま驚きを持ってナッキャに目を向けた しばらく見られていたナッキャはユウロスに
「何かついてますか?」
 気がついたように
「ああ ごめん 術後あれだけの期間で回復したのが信じられなくて」つい・・・
 言い終えるとエプロンを掛け食事の用意を始めるのであった

 食事の用意ができあがる頃になると地下のラボからバルキリーとツァイルが上がってきた 二人はリディアにナッキャの完治を告げられると「おめでとう」を言い そのままテーブルにつき四人で話をしていた 程なくテーブルに並べられた遅い朝食ブランチを5人で食べ始めるのであった

 朝食を終えたユウロスは一人台所から離れ 倉庫にある電気自動車に充電用のプラグを差した
「むう ・・・」気になるな
 しばらく右往左往した後
「UAI ちょっと出てくる」
 「ユウロス殿 どこへ行かれるのです?」
 UAIの質問に答えることもなくユウロスは倉庫から外へと出ていった
 「ユウロス殿? ・・・」

 外へ出たユウロスは喫茶店ユニへとその足を早足で進める
「しかし」
 ふと気がついたとき彼は走っていた 息が切れたのに気づき我に返ったのだ 服装を正し再び早足で歩き出す 彼の視界に喫茶店ユニが入る そのまま中に入った 客がいないのを確認して
「ナッキャのことを聞きたい」
 奥から出てきたママが唐突なユウロスの行動に質問を返す
「ユウロスどうしたの?」
「ナッキャに・・・ いやナッキャを取り巻く人間関係について知りたい」
「あの子に何かあったの?」
 心配そうに聞き返すママにユウロスは
「彼女のことでしたら心配なく 全快しましたので今日 後ほどここへお送りします」
 ママは安堵の表情をうかべ つぶやくように言った
「よかった」
「ところで 今日私がここに来たのは 彼女が今まで死ぬことのみを内面に包括して生きていた理由を知りたく 来たわけで・・・」
「とりあえず座って ユウロス」
 言われるままに カウンターの席に着くユウロス ママは水を一杯出し
「ナッキャの両親は離婚したの これは後から聞いた話なんだけとね・・・」
 ママはユウロスを信頼しているのか知っている限りを話した それはナッキャの生い立ちや境遇 彼女の持つ不可解な能力それに対する周囲の反応 そしてナッキャを預かるまでのいきさつなどであった 話を聞き終えたユウロスは短くそれに対する意見を述べ時計を見て
「そうですか 分かりました ではまた後ほどナッキャをお送りいたします」
 ママの返事を聞いてユウロスは喫茶店ユニを出た
「まだ 幸運な方か」・・・
 つぶやき 石畳の道を自分の家へと歩きだした
「夢か」現か幻か あるいは
 つぶやき とぼとぼと自分の住む倉庫へと歩くユウロス 右手をポケットに入れうつむいた様子で
「なんで 私が」
 腹立たしさと行動とを重ね比較し ため息を一つついて
「買い物にいくか」

 そのころ ユウロスの家の台所では食事を終えツァイルが作業に降りていった後 女ばかりの話に一段落付いたところでナッキャが
「ねえ ユウロスは? さっきから戻ってないけど」
 「さぁ 私にもなにも言わずに出て言ってしまいました」
「そのうち戻ってきますよ」
 バルキリーはそう言って落ち着いた様子でお茶をすする
 その様子を見たリディアは落ち着いた口調で
「まあ バルがこの様子では問題ないだろう」
 しばらく三人は話に花を咲かせていたが
 「ユウロス殿から連絡がありました 車を出しますが誰か乗りますか? なおツァイルは作業中により拒否しました」
「私は遠慮する 用も済んだし 早々に引き上げるとしよう では」
 リディアは立ち上がり台所から倉庫の方へと出ていった
「行きます?」
 バルキリーがナッキャに訪ねる
「行く」
 短く答えたナッキャはバルキリーと共に台所を出た

 ユウロスは公衆電話からUAIに告げた場所で自分の電気自動車がくるのを待っていた
「そろそろ 来る頃なんだが・・・」
 彼の車は角を曲がって現れた助手席と後部座席にそれぞれ一人を乗せた状態で
「なんだぁ」バルとナッキャじゃないか
 目の前に止まった車の運転席に乗り込み
「ショッピングセンターに行きますよ」
 言い聞かせるように言い車を走らせた

 二十分後 車はショッピングセンターの広大な駐車場に止まった
「さて 私は行く所があるので後で入り口の噴水の前で落ち合おう バルキリー 財布を渡しておく 食料及び生活用品の購入をたのむよ」
 ユウロスから投げられた財布を受け取ったバルキリーは 離れて行くユウロスの背中を見て
「マスタぁー もう・・・ ナッキャさん行きましょうか」
 全く表情の変化のないナッキャは一瞬の沈黙の後 聞き返す
「何か言った」
「買い物に行きますよ」
 ナッキャを急かすよう言ったバルキリーは 運転席に置いてかれたこの車のキーを拾い上げた
「ユウロスは?」
「さっき用事があると言って・・・ って聞いてなかったの?」
「あははっ ちょっと考え事してたから」
 何かをごまかすように返事をしたナッキャ 二人は車のドアロックを確認してそれなりに話しながらショッピングセンターの食料品店へ入っていった

 ユウロスはショッピングセンター内の商店街の中にあるフレーム刃物店の中に入った
「おお ユウロスか」
 フレームはカウンターの上にチェックメイトの状態にあるチェスをそのままに立ち上がった
 店内を奥へ入るユウロスはカウンターの前で止まり
「できているか 約束の期日は過ぎたはずだが」
「当日に取りに来なかったからな 後ろのケースに飾ってあるのがそうだ」
 ユウロスはケースに近づき中の刀の刃を一通り確かめる フレームはカウンターを出てケースのキーを取り出し鍵を開ける
「刃の具合とカーブの具合が若干甘いな たが問題はないな」
「ユウロスにそう言われるのなら俺もこの店を続けられるな」
「ああ 質については安心していい 代金は支払い済みのはずだ確認後包んでくれ」
「分かった」
 フレームは鍵を開けたままカウンターに戻り入金を確認するため操作する
「これか 代金は支払ってあるがお釣りはどうするデータで送るか?」
「少しならキャッシュでもらおう」
「分かった」
 フレームは現金を取り出し数を数えユウロスに渡し 奥から刃物梱包用の木箱を持ってきて手早く梱包して行く
「出来たぞ」
 ユウロスは刃の入った箱を抱え上げ
「家の方がごたごたするからしばらく来ることが出来ないよ」
「落ち着いたら来ればいい」
「ああ」
 ユウロスはフレーム刃物店を出て箱を抱えたまま一度駐車場へと足を進める

「平和だなぁ」
 空を見上げたユウロスの視界には一匹のドラゴンが上空を旋回しているのが目に入った 見上げていた視線を戻し何を思うこともなく駐車場を自分の軽自動車に向かって歩き始めると 上空から落下音が聞こえてくる
「なんだ?」
 音源の方向を見上げると まっすぐユウロスに向かってドラゴンが落下してくるのが見えた
「どわぁーーーーーーーーーーーーーっ」
 叫びつつ逃げるユウロス 数秒後ドラゴンが地面と激突する瞬間の衝撃に備える彼であったが衝突する際の音が聞こえない
「あれ?」
 大きな物が静かに地面につく音がした後
「マスター 危ないなら私を呼べばいいじゃないですか」
 ユウロスは振り返り
「バル」
 そこにはバルキリーの姿が
「怪我は ありませんよねぇ?」
「あ ああ」
 相当間の抜けた返事をするユウロス その様子を見て思わず吹き出すバルキリーであった 無論バルキリーの後ろには気絶したドラゴンが横たわっていたのであった
 

 翌朝 ユウロスは寝間着のまま正面入り口前のポストに入っている新聞を取りだしそれを読みながら倉庫の中へ入った 昨日 買い物の後にナッキャを送り届けたので幾分か静かになっていた
「やっと 退屈な日常がおくれる」
 静かに新聞を読んでいるユウロス その記事の中には昨日のことが書かれていた
「マスター 朝食どうします?」
 新聞を畳んで答えるユウロス
「そうだねぇ 私が作ろうか」
「じゃあ お願いします」
「ところで ツァイルは?」
 「ラボで作業しています」
「朝食をとるかどうか聞いてくれ」
 「はい」
「マスター はいエプロン」
「じゃあ 新聞お願い」
 ユウロスはバルキリーに読みかけの新聞を渡し変わりにエプロンを受け取り エプロンを掛け朝食の用意を始める
 「ユウロス殿 ツァイルは朝食はいらないそうです」
「分かった ありがとう」

 同時刻ガルフブリーズ 居住区 ユウロスのハンガー
 その一角 機械ばかりが周囲を取り囲む中で 自然の草木におおわれた庭園の中 静かに水辺にたたずむ山桜が満開を迎えていた
「ユニットに問題はないと」
 庭園という一つのシステムユニットのチェックを終えたリディア 彼女はユウロスからこの一角の管理を委託されていた
「ユウロスも 運が悪いな この桜 君がいないときに限って・・・」
 リディアは言葉を途中でやめ 欠伸を一つし 自室へと戻っていった
 「『君がいないときに限って・・・』
  『いっそのこと しゃべった方が楽なんだろうけど・・・』
  『どうしよう・・・』
  ユウロスは 生きている? どういうことだ?
  UAI00へ ユウロスに関するデータの引き渡しを要求する
  権限がないのは分かっている
  だが
  だめか いったいどういうことだ?
  そう言えば バルキリーを見ていないな・・・
  リディアは何かを知っている様だし・・・
  よし」

 約3時間後 フリールの自室
 「フリール フリール・ノジール」
 UAIのささやきかけるような声に
「なに?」
 寝ぼけたまま返事とも寝言ともつかないような返事をし ユウロスより短いが同じ緑みを帯びた髪を右手でくしゃくしゃとかきながら ベッドから這い出した
 「フリール あなたに聞いてほしい物があるのですが?」
 目をこすりふらふらと洗面所へと進むフリール
 「聞いてます?」
「ちょっと待ってて」
 寝ぼけた声で返事をし顔を洗う タオルで顔を拭きしっかりした声で
「いいよ 用件はなに」
 「聞いてほしい物があるんです」
 フリールは時刻を確認しながら
「音声だけ?」
 「映像もあります」
「分かった じゃあ 初めて」
 UAI01はフリールの目の前の空間にパネルを開き リディアとバルキリーの不審な行動とそれに対するUAIの見解を述べた
「そう リディアは今どこに?」
 「現在自室にいますが」
 フリールはそれを聞くと隣接するユウロスのハンガーへのロックを解除し入っていった
 「・・・」もしかして 武器庫へ? ・・・

 約20分後 リディアのハンガー
「もう少し短く切った方がいいかなぁ」
 リディアはこれから行われるであろう惨劇を予測することもなく 自慢の盆栽の手入れをしている
「うーん」
 いろいろとアングルを変えながら 自慢の盆栽の手入れをするリディア

 ハンガーの扉の向こう側ではフリールがユウロスの武器庫から取り出した対光学及び空間迷彩のスーツを着込み扉を開き 迷彩のスイッチを入れた
 ハンガーの扉を開く音を聞いたリディアは開いた扉の方を向き
「誰か来たのかな?」
 しかし誰もいないのに気づき再び元の作業に戻った
 次の瞬間リディアは右頬に強い衝撃を受けたのを皮切りにし 直後 一瞬にして無数の打撃を全身で受け 痛覚を初めとする感覚が麻痺したまままるで人形のように床に倒れた しばらくして感覚がはっきりしてくると背中が何かで押さえつけられているのが分かった
 フリールは迷彩のスイッチを切り 片足でリディアを押さえつけたまま
「さぁて ユウロスに関して洗いざらいはいてもらおうか リディア・フェイル」
 リディアは全身から痛みの響いてくる体が満足に反応せず返事をしようにもできないでいた その様子を見たフリールはリディアが動かない内にと空間固定装置をリディアにセットし リディアの回復を待った すこしして
「う う あっ・・・」
 頼りない絞るような声を出しながらリディアは立ち上がり まるで生まれたばかりの馬のようにふらふらとよろめき 倒れた そんなリディアにかまうことなくフリールは
「ユウロスに関して 全てをはいてもらうよ」
 一度 フリールを見上げ 顔を背けて消え入りそうな声でユウロスの名をつぶやくと ユウロスが宇宙空間に放り出されてから今までリディアが関わってきた出来事を 力のない声で話し始めた

 数時間後 ユウロスの倉庫内ユウロスの自室
 昼食を食べ終えた彼は今 昨日のドラゴン落下の件で飼育施設に往復メールを出し その返事を待っているところであった ただし2時間以内に返答がこなかった場合は自動的に消滅するようにセットしてある 現在消滅の時間まであと約26分
 端末機の前でユウロスがくつろいでいると電話が鳴り始めた 特に急ぐこともなく受話器を上げた
「もしもし ユウロスです ・・・ ミレア どうしたんだ ・・・ 仕事? 清掃員? 別にかまわないよ 分かった ・・・ 明日の朝9時に科学省管理棟で待ち合わせだな 分かったありがとう」
 ユウロスは受話器を置き
「そう言えば ミレアって映像付きで電話してこないなぁ いつも音声専用の電話でかけてくるのは 本当に音声専用の電話しかないからかなぁ? まあいいか」
 時計を見たユウロス メール自動消滅まであと約23分
「そろそろ 来るはずなのだが・・・」

 20分経過・・・
「おかしいな ちゃん届いているはずなのだが・・・」
 「返信来ました」
「ふう・・・」やれやれ
 胸をなで下ろしたユウロスは内容を読みとり
「了解したか では今夜9時ぐらいに行くか UAIバルキリーは?」
 「現在 自室でくつろいでいます 呼びますか?」
「ツァイルにも通達してくれ 今晩にドラゴンの飼育施設に行くので時間をあけておくように とな」
 「了解 車の方を用意しますか?」
「そうだが 何か?」
 「充電しないと走りませんよ走行距離にも問題があるし 出来れば使わない方が良いと思いますが」
「そうか ツァイルはラボか?」
 「はい」
「分かった」
 ユウロスは自室から出ると地下のラボへとその足を進めるのであった

 ほぼ同時刻ガルフ・ブリーズ ユウロスのハンガー内のワープシステムの前にフリールの姿があった 彼女はワープシステムの移送先座標をセットして装置の中央に立った
「ワープ スタート」
 彼女の言葉に反応しワープシステムはフリールをここからガルバリアβへと送り出した

 ユウロス倉庫の地下のラボにあるワープシステムルーム
 フリールは装置の中央に現れ 辺りを見渡す 彼女の視界にはガルフ・ブリーズのユウロスのハンガーにあったものと全く同じ形状同じ配置のワープシステムが入っている
「ユウロス・・・」

 「ユウロス殿 ワープシステムが作動 フリール殿が到着された模様です」
「なに?」
 階段を地下のラボへと下っていたユウロスはUAIの報告を受けて立ち止まった
 「とりあえず フリール殿に説明をいたしますね」
「あ ああ」
 ユウロスはぎこちない返事を返し 再び階段を下り始めた
「フリールか はぁ・・・ やっぱり」怒ってるだろうなぁ・・・

 ラボに着く直前の踊り場でユウロスの視界にフリールが入った
「フリール・ノジール」
「ユウロス」
 二人はお互いの存在を確認するが如く黙っていた 少ししてユウロスがフリールに歩み寄り
「歩きながら・・・」
 フリールは頷きユウロスの後を着いて行く ロックされている扉を開きユウロスはラボよりさらに下のボートクラスの宇宙船の置かれているハンガーへの階段へと入って行く
「どうして 黙ってたの?」
 ユウロスはなんの反応も示さないままフリールの前を歩いている
「黙ってないで 何か言ったらどう」
 声高に叫ぶが ユウロスはやはりなんの反応も示さない 彼女の知っているユウロスであればすぐに何らかのリアクションを起こすのに なんの反応を示さないユウロスに再び
「ユウロス?」
 無視された と 言うよりは存在自体を確認されていない 自身を否定されたそんな感覚に陥ったフリールは 静かに手を握りしめ不安を押さえ込もうとする
 しばらく二人はその重い空気を引きずるように階段を降りる 階段を下りきり 目の前の扉のロックを解除し開いた 明かりをつけ
「これは 私がガルフブリーズへ帰るために造ったボートだ まだ一度もそらには出ていない UAI チェックは?」
 「チェックは終わっています 現在はチャージ中です」
「分かった」
 UAIに返事を返すとユウロスは近くにあるパーツボックスの上に座り
「さて どこから私がここにいるとの情報が入ったんだ?」
 フリールはユウロスと同じパーツボックスに背中合わせに座り
「ガルフブリーズのUAIがリディアの不審な行動に疑問を抱いて私に相談を持ちかけたの それで真偽のほどをリディアに・・・」さすがに リディアを拷問して とは言えないなぁ
「そうか リディアには悪いことをしたな」
 ユウロスの言葉を聞いて ビクッ と反応したフリール
「おい まさか」
「あは あははははははははは」
 間の抜けたような笑いでごまかそうと必死のフリールは あわてて
「ところでユウロス ハンガーの山桜 今年は今までにないほどに満開だよ」
「ほうー」
 ユウロスの返事は冷たかった 長い沈黙の後
「あぁー ごめんなさぁーい」
 と言った後 リディアとの一件を洗いざらいはくフリール
「リディアは優しいからな フリール リディアの優しさにつけ込むようなことはなかっただろうな」
 ユウロスの言葉に少しおびえたような表情のフリールは無言で首を縦に振る
「そうか ならいい」
 二人の間に沈黙が続くが ふとフリールが気がついたかのように
「ユウロス いや・・・ チーフ 仕事たまってるよ」
「う いや それが一番の問題なんだ なぁー」
 少し困ったような表情で何かを考えるように軽くうつむいたユウロスに
「やっぱりそれが一番ユウロスらしい」
「へぇ?」
 かなり間の抜けた表情で聞き返すユウロス
 フリールは立ち上がって服装を正し
「帰るわ 装置まで送ってもらえる?」
「・・・ああ」
 ユウロスは言葉を詰まらせたまま返事をし 先に階段へと歩き始めたフリールの後を追う

 ワープシステムの真ん中に立ったフリールにユウロスは
「いいか?」
「いいよ」
 ユウロスは返事を聞き移送のスイッチを入れた そのユウロスにフリールは
「また・・・ またピアノを聞かせてよ 待って」・・・
 彼女はユウロスの前から言葉半ばに消えた そこにはスイッチから手を離し静かに天井の向こうのそらをおもうユウロスの姿があった
 

 夕刻 倉庫の屋上で椅子に座り静かに休息をとっているバルキリー
「そろそろ 夕食の用意を始めないと」
 立ち上がろうとしたバルキリーに 紅茶の用意を持って上がってきたユウロスは
「下ごしらえは済んだから ゆっくりしてて良いよバル」
「あ はい」
 バルキリーはユウロスがついだ紅茶を一口のみ
「でも 休暇中なのにマスターのお世話をしてるなんて なんか変ですね」
「そう? でも休暇でなくとも いつもこうだったでしょ?」
「だって マスターは一人で身の回りの事を済ませてしまいますから」
「まあ 良いじゃないか それに 私は君がいると安心してあとを任せることができるからな」
「マスター? ・・・マスターの仕事を押しつけるのだけはお断りですからね」
「あうー そう言う意味で言ったわけではないんだけどなぁー」
 とりとめのない会話が交わされる中
 「よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
 UAIの呼びかけに返事をしたのはバルキリーだった ユウロスの口は言葉を発しようとしたそのままに止まっている
 「ボートの準備は終了しました それから・・・」
「それから?」
 今度も言葉を発したのはバルキリーだった 再び止まったままのユウロス
 「はあ お客さんです」
「倉庫の入り口?」
 「はい」
 ユウロスはそれを聞き 屋上の玄関側の隅まで行き下を見下ろす
「ナッキャ?」
 つぶやいたユウロスは辺りに視線がないのを確認して 無造作に屋上から飛び降りた

 後ろにユウロスがいることなど気がつきもせず ナッキャはいつもと違いなんのリアクションもないことに戸惑っていた
「・・・ いつものが出てこない 停電してんのかなぁ?」
「そう言う訳じゃあないんだが」
「ひぃいあぁあっ!」
 驚きの声をあげたナッキャは振り返り 胸に手を当てて自分自身を落ち着かせようとしている ふと気づいたように心臓を守るように当てていた手を見つめながら胸元から離した
「大丈夫か? 如何に回復が早いとはいえ 病み上がりで体力が通常より劣っていることには変わりないんだからな 気をつけた方がいいぞ」
「うん ありがと 今日は学校があったんだけど こんなに遅くなったんだけど? ・・・ あの魔法について教えてくれる?」
 両者とも ナッキャの話し言葉がおかしいと思いつつも そのことにはふれず
「構わんが・・・ お前さん ・・・学校からまっすぐ来なかったか?」
 若干の沈黙の後 思い出したように
「あ 悪いけど 今夜は行かなければならないところがあるんだが・・・ だから 出来れば次の機会にしていただけないだろうか」
「次の 機会ですか?」
 今までの元気がどこかへ消えたのかナッキャから沈んだ口調が帰ってきた いきなりの豹変に戸惑ったユウロスはナッキャを中へ招き入れ 食事だけでも一緒にと彼女に告げ 自室から一冊の本を待ってきて渡した
「この本は?」
 エプロンを掛けながらユウロスは
「それは 魔法についての正しい知識を持つための本 とりあえずその本を読んでもらいたい」
 ナッキャは本を開いて一言
「これ 何語?」
「それは・・・」
 ユウロスは本をのぞき込み
「ごめん それはここの言語じゃなかったねぇ UAI バルキリーを」
 「はい」
 程なくバルキリーが台所へ
「マスター お呼びですかぁ」
「うん この本を下のスキャナーにかけて ここの言語に訳してもらって」
「はい 分かりました」
 バルキリーはユウロスから本を受け取ると再び倉庫の方へと出ていった
「不安なのか? 自分のこれからが」
 ユウロスの言葉に驚き なぜ? という視線を返すナッキャに
「自分を取り囲む環境が自分を中心に激変するんだ 戸惑うのは当たり前だな」・・・「私にも経験があるが たぶん今の君の状態より些細な事だと思うよ」なぜなら 死から生への変化なのだから
 ユウロスの言葉にまるで人形のように静止した そのナッキャの口が動き
「未来が 怖いの これから自分がどうなっていくのか分からなくて」
「大丈夫だよ 君 あ ナッキャの周りにはちゃんと支えてくれる人がいるから 仲間を大切にな」
 まるで子供をなだめるように言ったユウロスの言葉に ナッキャは飲み込みかけた言葉を出す
「あなたも 私を支えてくれるの?」
「君の知らないことであれば」
 ユウロスは即答した 後日ユウロスは語る 人生最大のターニングポイントの始まりだったと

 食事も終わり 食器を洗っているバルキリー以外はテーブルでくつろいでいた
 「ユウロス殿 ボートの発進準備は完了しています」
「分かった」
 時計が8時前後を指しているのを確認して ツァイルは立ち上がった
「ユウロス 私はもう少し新しいスタバの調整をしてくる 時間になったら呼んで」
 ユウロスにそう言ってツァイルは地下のラボへ 告げられた本人は目をぱちくりさせ
「すたば?」
 「スタビ・バーニアの事です」
 すかさず説明を入れるユウロス制作のUAI と 今一つ分かっていない本人
「はぁ・・・」このギャップはいつまでもついて来るなぁ
 食器を洗い終えたバルキリーは 遠い目をして惚けているユウロスと 何か黙って考え事をしているような二人を見て
「どうしたんですか? 二人とも押し黙って」
 その言葉に二人はそれぞれの想いから現実に戻ってくる 二人はそれぞれに
「ん? 考え事を・・・」
「えっ! あっ? なに?」
 言葉を返されたバルキリーはあきれた様子で ため息をついたのであった

 そのため息から しばらくして ユウロスは食事前に翻訳した魔法に関する本がテーブル上にあることを確認して 立ち上がり
「さて ナッキャ 家まで送るよ」
「あ はい でも一人で帰れますから」
「いいのか?」
「ええ 一人でいると考えが進みますから」
「分かった」
 ナッキャは本を鞄の中に入れ倉庫の入り口へ ユウロスも見送りのためにあとをついて行く
「じゃあ 気をつけて」
「また来ますね 魔法のことを教わりに」
「今度からは事前に電話をもらえるかな」
「はい」
 ユウロスの視界からナッキャが消えた後数秒して戸を閉め
「UAI外部へのゲートをロックしてくれ」
 「了解 外部への戸をロックします」
「全員へ通達 8時50分に屋上へ出ておくように」
 「通達は以上でよろしいのですか?」
「派手に着飾りでもするのか?」
 「それもそうですね 通達します」

 ナッキャは街灯に照らし出される精巧に組まれた石畳の歩道を ユウロスにもらった本を持って帰途についていた
 ふと空を見上げる 視線の先にはいつもと変わらず眩しいほどの星が空を覆い尽くしている
「これから」・・・か
 彼女の住んでいる喫茶店ユニからユウロスの倉庫までそう離れているわけではない 程なく彼女は玄関の鍵を開け養母に「ただいま」を告げた
「お帰りなさい 夕飯はどうする?」
「ユウロスの所ですましてきたからいいよ」
「また? ユウロスの事が気に入ったんじゃないの?」
「ま まさか・・・ あんなぱっとしない人」
「まぁ ユウロスは確かに悪い人じゃないと思うけど どこか陰があるような気もするんだけどねぇ」
「ふーん」

 ユウロスの倉庫の屋上
「へぇくしゅんっ」
 情けなくくしゃみをした当の本人
「大丈夫ですか? マスター」
「風邪は万病の元ですよユウロス 今日はやめた方がいいのでは?」
「そう言うわけには いかないんだがな」
 会話をしながら小型のボートクラスの宇宙船に乗り込む ふと気づいたようにバルキリーが言った
「マスター このボート名前はなんて言うんですか?」
「つけてない」
 即答だった あっけにとらわれるバルキリーをよそに単座の運転席である前部座席に座っているユウロスはドラゴン飼育場へとボートを発進させたのであった

 ドラゴン飼育場 ・・・の隣にある国境警備隊基地人宿舎
「おい 今日はやけにドラゴンたちがうるさいな」
 ドラゴンたちの寝床が一望出来るその窓辺で 隊員らしき男はいつもと違う様子に同僚とおぼしき男に話しかけた
「ああ なんでも誰かが話を付けに来るそうだ」
「誰かって?」
「さあ」
 二人はいつもと違う様子のドラゴンたちを後目に窓を閉め 睡眠を貪ろうと各々のベッドに入っていった
 

 翌朝 ユウロスの倉庫は至って静かであった その静寂に時計の時を告げる鐘の音が水を差そうとも やはり倉庫の中は静寂に包まれるのであった

 科学省管理棟前
「そろそろ来ないと・・・」
 ミレアがそわそわしながらユウロスの到着を待っている と
 遠くの空から何かが落ちてくるような音がし 彼女が音の方向を見上げると
「嘘 そこまで」しなくても
 まぎれもなくそれはユウロスだった 彼はそのワルキュリア・アイに乗って亜音速でやってきたのだ 程なく彼はミレアの前に静止しワルキュリア・アイから降りてそれを畳むと ポケットから例の懐中時計を取り出し
「26秒早かったか」
 ミレアは目の前の事象について もはやなんの疑問も抱こうともせず 目の前の彼を見て
「どうしたの? 目が落ちくぼんでくまが出来てるよ」
「いや ちょっとねぇ 会議が長引いて つい40分ほど前に終わった所だから・・・」
「大丈夫?」
「まあ なんとか」
 管理棟へと入って行くミレアを追いかけるように ユウロスはワルキュリア・アイを片手について行く
「それから 仮眠をとってすぐに来たの?」
「よく分かったな」
 私もよくやるから
「ふーん」似たもの同士 か
 二人はミレアが先導する形で建物の中を進んで行く ユウロスは眠気を振り払いつつ視線をいろいろと動かしながら後ろをついて行く
 ミレアが立ち止まり 目の前のドアをノックし入っていった
 ユウロスはまだ眠いらしく ミレアのあとに続けて入るつもりが
「ぐわっ」
 閉まりかけたドアに一度挟まれてから部屋の中に
「リイ つれてきたよ 補充の清掃員」
 ミレアに親しげにリイとよれた青年は不満げにミレアに言い返す
「そんなにリイリイと呼ぶなと言ってるだろ 俺はネーティ・アゲトンと言う名前なんだから」
「まあ そう言わずに」
「その後ろにいるのが・・・」
「ユウロス・・・ ユウロス・ノジールです」
 彼は必要以上の注意を周囲に払い眠気を紛らわそうとしている
「ユウロス君か 君には来月度 つまり今月の25日から来てもらうよ 来月度は仕事を覚えるために何人かと一緒に回らせる 詳しいことはここに書き出して置いたのでよく見るように」
 書類を受け取ったユウロスを見て ミレアは
「またまた 相手に説明するのが嫌でまとめておいたんでしょう?」
 ミレアの言葉にネーティは若干反応を示すが平静を装い
「ここにサインを・・・ このサインによって君は来月度からここの清掃員として正式に採用される」
 ネーティの説明を聞きながら ユウロスはサインを入れた
「・・・後は先ほどの書類にあるから そちらを見てくれればいい」
 事務的な話が一段落したのか 先ほどより軽い口調で
「ところでミレア 前に話していた彼とはユウロスの事か?」
「ええ そうだけど」
 半ば無意識に半ば反射的に右足が半歩後ろに下がるユウロス 彼は落ち着かないのかちらちらとミレアのほうへ視線を向けている
「大丈夫」
 ミレアはユウロスにそう言って
「ユウロスは・・・」
 ミレアはユウロスの持つ様々なオーバーテクノロジーにはふれずに 自分が感じたユウロスの話をネーティに話した
 結局三人はしばらくとりとめのない話題を話し ある程度一段落ついたところで話を切り上げ二人はネーティの部屋を出た
 廊下を進みながら 書類とワルキュリア・アイを持ったユウロスはミレアに
「従弟だったんですね あの方は」
「ええ7歳下の従弟なの」
「何でリイなの?」
「あだ名なの てもリイは家族以外に言われるのは好きじゃないみたいだけどね」
「ともかく ありがとう 私の所は公共料金と食費さえ払えればいいから これで何とかなるよ」
「じゃあ 研究費は?」
「しばらくはいらないよ 今はね」
「じゃあ 今は何してるの?」
「二人の世話とちょっとした理論の公式 と悩みかな」
 付け足したユウロスの言葉に ミレアは即座に
「な 悩み あなたが?」
「私をなんだと思ってるの?」
 ちょっとふくれっ面のユウロスに対しごまかすように笑いその場を取り繕うとするミレア
「まあ いいか」
 その日帰宅したユウロスの惨状は語るまでもなく・・・
「ぐーーーーーーっ」
 ZZZ
 

 翌日 早朝 まだ夜が明けきらないうちにユウロスは目覚めた 白んだ空からは光が部屋の中に射し込み部屋を薄明るく照らし出していた
 彼がベッドから起きあがり のびをした後 ふと気づくとそこには 昨日のままの格好でバルキリーが彼のいすに座ったまま机にうつぶせの状態で寝ていた
 彼は音もなく着替えを取り出し部屋を出たところでUAIの声がかかった
 「バルキリー殿はユウロス殿が就寝なされてから 部屋の片づけの途中に・・・」
「そうか あのまま一番遅くに・・・ そっとしておいてやれ それから室温は風邪を引かない程度にな」
 「はい」
 UAIの返事を聞いてユウロスは風呂へと入って行った

 「あまり外に対して素直な人じゃないですね やっぱり」
「そうだな だが あれはああでないとユウロスとは言えんよ」
リディアは地下のラボにあるUAIの本体の横で 3人の様子を写したパネルの前に立っていた
 「でも良いんですか? リディア殿」
「なにがだ?」
 「ユウロス殿に来たことを告げなくても」
「かまわん ちょっと様子を見に来ただけだしな」
 「はぁ・・・」
「では 私は帰る」
 「分かりました」

 昼過ぎ
「なに リディアが?」
 「はい ちょうどユウロス殿が起きた頃に帰られました」
「何か言っていたか?」
 「いえ 特にお伝えすることはありません」
「そうか ありがと」
 UAI本体を目の前に誰もいない地下のラボで昨日の書類に再び目を通し始めようとしたとき
 「ユウロス殿は結婚はなさらないのですか?」
「ああ」
 あっさりと答えるユウロス
 「それはどのような理由で?」
「したくないからだ」
 「それだけですか?」
「ああ これに関しては理論を立てたところで役にたたんからな」
 「はあ」
 ユウロスは顔を上げ
「それは どこでデータを手に入れたんだ?」
 「ユウロス殿が私のためにさいてくださった予算の中から・・・」
「率直に言うと?」
 「辞書からです・・・ ユウロス殿も男性いずれは結婚して・・・」
「待て待て 私は・・・」
 ユウロスがUAIの言葉を制止し 一度視線を逸らせ 力無く答えた
「私は もう なにも守ることができないから・・・」
「そうなのか?」
「どわぁーーーーーーーーーー」
 突然背後からリディアの声が耳に入ったユウロスは耳まで真っ赤にして絶叫した
 当のリディアはユウロスの絶叫に耳をふさいでいる
 しばらくして落ち着いたかユウロスはリディアに
「いったい いつの間に」
「私はユウロスの主治医だぞ」
「そ それは 質問の答えになっていないな」
「だから ちょっと忘れ物をして取りに戻ったんだけど 捜し物をしてて うろうろしてたらユウロスの話し声が聞こえてきたから」
 疑いの眼差しを向けたままユウロスは
「そのまま 聞いてた訳か?」
「うん」
 そのまま 黙っているユウロスにリディアが話しかけようとした瞬間
「訳は 話さないからな」
 ユウロスがリディアに釘を差した
「いいの?」
「ああ ・・・ ところで捜し物は?」
「これ」
 リディアはユウロスに一枚の写真を渡す 受け取ったユウロスはそれを見て
「今年の咲き具合はどうだった」
「何かから解放されたみたいに咲いたわ」
「そうか」
 その写真にはユウロスのハンガー内にある山桜が満開の花をたたえている姿があった
「・・・霞たる 淵の畔の 花の香の 秘めたる想い 静かに匂う」
 そう言ってユウロスは写真を見つめていた
 

 翌朝
「お早うございます マスター」
 自室を出たユウロスに 元気のいいバルキリーの挨拶が耳に入った
「お早う いつも元気だねぇ バルキリーはぁ」
 ユウロスはあきれるでも感心するでもなくただ眠そうに言葉を交わし洗面所へと歩いて行く
 しばらくして顔を洗い着替えたユウロスが台所に現れた
「マスター今日はなんの日か覚えてますか?」
「今日か・・・」
 ユウロスは壁に掛けてあるカレンダーに目をやるが 思い当たる節もなく
「今日は何かあったか?」
「今日はですねぇ」
 バルキリーが言いかけたところでツァイルが部屋から出てきた
「お早うユウロス」
「ああ ツァイルお早う」
 バルキリーが気を取り直して言い直そうとしたとき
 「ユウロス殿 ミレア殿が倉庫入り口に」
「ああ いいぞ通して」
 「はい」
 また何か妨害されるのがいやなのか バルキリーはユウロスのそばにより視線を合わせ
「今日はマスターの誕生日なんです」
 バルキリーの言葉に部屋がユウロスを中心に一瞬静まり返る
「バルキリー本当? それ」
 いつの間にか台所まで入って来ていたミレアが聞いた
 バルキリーはなにが楽しいのかにこやかに話す
「はい 今日で満51184歳になります」
 対照的にバルキリーの言葉に驚いているユウロス
 その様子をしっかりと観察するツァイル
 別に驚くでもなくミレアは
「じゃあ何かプレゼントを贈らないとね」
「もうこの年になると年齢なんて考えなくなるなぁ」
 遠い眼差しで虚を見ているようなユウロスにバルキリーは
「マスタぁ ケーキを焼いたのですが・・・」
「ケーキって言っても・・・ 朝早くから?」
「はい」
「そうか ありがとうバル でもケーキは夜にね」
「はぁい」
 明るく返事をしたバルキリー
「ユウロス 今夜はパーティーだな」
「でわ 買い物にでも行くかなぁ」
 あまり気乗りしないのか窓の外をぼんやりと眺めながらユウロスはミレアに返事を返した
「その前にユウロス」
「ん?」
「朝御飯 おごって」
「なるほど だから こんな時間に来たのか」
 ユウロスは朝食を作るだろうバルキリーの姿を探したが すでに台所からいなくなっていた 仕方なく席を立ち
「適当に作るから そこで待ってて」
 そう言ってユウロスはエプロンをかけ朝食を作り始めた

 昼前
 自室で静かに本を読んでいるユウロスに
 「ユウロス殿」
「どうした?」
 「明後日から仕事ですね」
 ユウロスはカレンダーを確認し
「ああ そうだが」
 「ユウロス殿 くれぐれも科学技術などに影響を与えないようにして下さいよ」
「・・・」
 「ユウロス殿?」
「注意はするが・・・ 自信はないなぁ」
 「ユウロス殿ぉ」
「まあ 善処しよう」
 「ユウロス殿の善処は信用できません」
「分かった 分かった ・・・ 所で用件は何だ?」
 「あ はい フリーナ殿の伝言を預かっています」
「フリーナって フリーナ・ノーベルか?」
 「はい」
「ふむ」
 「よろしいでしょうか?」
「ああ」
 「内容はこうです『休暇中とのことなので定期報告書の作成は私が行いますが 一刻も早くチーフの復帰をお待ちしております』以上」
「たぶん リディアかフリールあたりから聞き出したんだろうな」
 「はい 伝言はフリール経由での到着です」
「そうか 分かった」
 「では 失礼します」
「ああ」

 しばらくしてきりのいいところで本を読むのをやめ 本をテーブルの上に置き部屋を出たユウロス台所ではバルキリーとミレアがとりとめのない会話を交わしていた
「あ マスター」
「二人とも紅茶入れるけど飲むかい」
「うん」
「いただきます」
 ユウロスが二人の返事を聞き水を入れたポットを火にかけた後
「マスター 買い物に行きますので財布とお車をお貸しいただけますか?」
「ああ 構わないが・・・ 何処へ?」
 ユウロスの質問にミレアが口を挟む
「ユウロスそれ以上は聞かないのものよ」
 その言葉に思わずミレアを見るユウロス
「ね」
 念を押すミレア
「うっ うーん・・・ まあいいかぁバルキリー財布は私の部屋の机の上にあるから持っていっていいが 車は免許持ってないでしょ?」
「免許がいるんですか?」
「ああ」
「それなら大丈夫だよユウロス あたし免許持ってるから」
「そうなの?」
「うん ほら」
 自動車の免許を二人に見せるミレア
「ほんとだ いつも歩いてるからてっきり持ってないものだと思ってたけど」
「あはははは 最近は健康のためにね」維持費を回したなんて ねぇ・・・
 ごまかすように言ったミレアであった
 程なくミレアとバルキリーはユウロスの車で町へと出ていった
 ユウロスは二人が出ていったのを見届けるとラボの方へと足を進め倉庫の中に消えた

 運転しているミレアが外の景色を見ているバルキリーを横目で確認して
「ねえバルキリー」
「バルでいいですよ ミレアさん」
「あ じゃあバル ユウロスは何をもらったら喜ぶと思う?」
「うーん そうですねぇ 実用品ならたいていの物は大丈夫だと思いますけど」
「実用品?」
「はい『派手なプレゼントは後でどうせ廃棄するのだから』と言って受け取らないんです」
「そうなの?」
「はい」
「変わっていると言えば変わってるけど ユウロスらしいわ」
 特に言葉もなく運転を続けるミレア

「ユウロス 誕生日ということですけど リディアさんやナッキャさんは呼ばないのですか?」
 地下のラボで設計図であるリアルフレームデータを書いているユウロスは 唐突なツァイルの質問に思わず固まる
「ユウロス?」
 まだ固まっているユウロス
「まあ 騒ぐのは人数が多い方がいいからみなさんお呼びしますね」
 ツァイルはユウロスの目の前でそう言って 階段の方へと行ってしまった
 しばらくしてようやく動き出したユウロス
「うーむ あれは少しは私でもあるし まあいいか」
 言葉を述べた後 再び黙って作業に戻るユウロスであった

 夕刻
 もう日も暮れようかという頃 なぜかユウロス一人屋上で紅茶を飲まされていた
「私の家なのだがなぁー」
 溜め息をつくように言葉をはくと 再び紅茶をすするユウロスであった
 ほどなく彼はバルキリーに呼び出され にぎやかなそれでいてどことなく抜けているユウロスの誕生会が始まるのであった
 

 翌朝
「うーん」
 ユウロスが目を覚ますと 目の前には酔いつぶれた人々の姿が・・・ 頭痛のする頭を抑えながらなぜこうなったのか思いだそうとするが思い出せないでいた そのままふらふらと立ち上がり着替えを部屋へ取りに行き風呂場へと入っていった
 それからしばらくして
 ピーンポーン
呼び鈴が鳴るがリビングではみんな酔いつぶれて寝込んでいる

 風呂場にて何思うことなく風呂に浸かり天井を見上げているユウロス 昨日リディアからもらった一時的にアルコールに耐性をつける薬を服用 パーティー自体は問題なく?終わったが その薬の副作用で二日酔い状態のユウロス
「うーーーーーっ ぎぼぢわるーい」
 「ユウロス殿」
「どうした?」
 「お客さんです」
「誰だい?」
 「さあ」
「悪いが 対処してくれ こっちは頭が痛くて・・・」
 「典型的な 二日酔いの症状ですね」
「頼むよ」
 「分かりました お大事に」

 UAIは小型カメラで訪問者を確認しながら 端末を扉の上から出し
 「申し訳ありません 時間を改めて来ていただけますか?」
「うわっ」
 突然頭の上からの声に驚いた若者 その服には国境警備隊のワッペンがあった
 「驚かせて申し訳ありません また時間を改めて来ていただきたいのですが」
「はあ」
 若者は まるで狐につままれたような表情のまま 扉の前から離れていった

 風呂から上がったユウロスは未だ酒臭いリビングの戸を全て開け地下のラボへとリビングから出ていった

 それから数十分後
「うーん あうっ! あれ?神経系が変だな」
 体のバランスが取れず うまく起きあがれないツァイルははいずるようにして台所の椅子に腰掛け体のチェックを始めた
「まだアルコールが抜けてないのか 結構効くなぁ うーん・・・ そうだな UAI」
 「呼びましたか?」
「うん悪いけど ユウロスにスタバもってきてもらえない?」
 「スタビバーニアですね?」
「うん」
 「ちょっと待ってて下さい・・・ 許可がおりましたスタビバーニアを転送します 背中のカバーを開いて下さい」
「分かった」
 ツァイルの背中のオプションサイトのカバーが服のスリットに合わせて開く
「どうぞ」
 「座標確認 始めます」
 ツァイルの背中にツァイル自作のスタビバーニアがワープアウトする
「接続確認 システムに問題なしと さて」
 ツァイルはそのまま宙に浮きリビングで寝込んでいる人を起こしにかかった
「バルキリー ほら 起きて」
 起こされているバルキリーは幸せそうな寝顔のまま
「んんー もうおなかいっぱい・・・」
「ああもう 寝言言ってないで 起きてよ」
 夢から目が覚めたのかボーとした表情のバルキリーはリビングを見渡した
「大丈夫?」
 そう ツァイルが声をかけた直後 バルキリーはツァイルをはねのけトイレへと走って行った かすかに聞こえてくる嘔吐の響き ツァイルは頭を軽く横に振り溜め息を一つついたのであった

 それからしばらくして 昼にさしかかった頃 再び呼び鈴が鳴った
 「ユウロス殿 先ほどの方です」
「分かったすぐそちらへ行く」
 程なく倉庫入り口の戸を開けるユウロス
「何か?」
「あ 私 国境警備隊ドラゴン飼育員のキア・ヤウナと申します」
「はあ」
「先日 夜にお越しいただいた ユウロス・ノジール様ですね?」
「え? あ ああ 何かご用で」
「先日の書類が上がりましたので お届けに」
「ああ ありがとう」
 書類の入った封筒を受け取ったユウロスは目の前の国境警備隊員に
「あれから落ち着いていますか?」
「ええ 大きな混乱はありませんが・・・」
「・・・ まあそんなものでしょう」
「・・・ 失礼ですが お仕事は?」
「明日から科学省第一研究所で清掃員を」
「分かりました ではパーソナルデータはシークレットとさせていただきます」
「うん 了解している」
「では 失礼します」
「どうも ご苦労様です」
 ユウロスの言葉に何か違うと思いつつも 倉庫から離れていくキアであった
「どうしたの?」
「ん? いやちょっとな」
 ユウロスは書類の入った封筒を片手にまだ眠そうな表情のナッキャの横を通り抜けた
「ユウロス」
「ん?」
「電話貸して」
「ああ リビングにあるからどうぞ」
「ありがと」
 ユウロスに返事をしながらナッキャは先にリビングに入っていった
「さて・・・」
 後かたづけをすべくナッキャの後を追ってリビングへ

 2時間後
「マスター お茶は入りました」
と 片付いたリビンクのテーブルの側にいるユウロスの前に紅茶の入ったティーカップが置かれる
「ああ ありがと」
 バルキリーは側にいるミレアとナッキャとツァイルの分の紅茶をティーカップに注ぐ
「そう言えばリディアは?」
 ユウロスはさっきまでリビングにいたリディアがいないことに気づいた
「それならさっきお風呂へ行ったけど 何でも『ユウロスの作る風呂は広くて心地良い』とか言ってた」
「まあ 確かに私は広いお風呂を作るしその心地よさを心がけてはいるが」あいつ そんなに風呂好きだったかなぁ?
 そんなことを考えながらまだ少し熱い紅茶をすするユウロスに
「ねえユウロス また魔法教えてよ」
と 言ったのはナッキャであった 即座に
「魔法? 魔法って何?」
 ミレアが言った
 ユウロスは渋い顔をして
「あーあ 泥沼」
 「そうでもありませんよ ミレア殿は」
「お前なぁー」
 ユウロスが目の前にいない人物に対してまるで呟くような感じでUAIに言い返した
「ねえ ユウロス教えてよ」
 好奇心のみで言い寄るミレアにユウロスは周りの視線を気にするでもなく のこりの紅茶をゆっくりと飲み干して カップを置き立ち上がる そして視線を集めているのに気づき思わず
「どうした?」
 ユウロスが全く動じなく言ったので 皆一様にとまどいを見せる その間をごく自然に抜け倉庫へでて行く直前で
「悪いがみんなで来てくれないか」
 そう言って倉庫へと出ていった リビングではバルキリーがそそくさとティーポットを洗い片づけている ミレアとナッキャはユウロスの後を追って倉庫へと出ていった
 2人に付いていこうと席を立ったツァイルはリディアが風呂に言っていることが頭にあったので出がけにUAIに通達してから倉庫へと出ていった

 そのころ風呂場では
「ああ 極楽極楽 やっぱりユウロスの風呂は良いわぁー」
 とても自然で無防備な表情で 湯船にゆったりと浸かったリディアが湯船の縁に頭を乗せた その淡い桜色の髪の毛が湯の中に広がりとても幸せそうな表情で天井をぼーっと見上げている
 「・・・」後にしよう 今話しても無駄だな
 そんなUAIの判断など知る由もなく リディアはゆっくりと心地よい眠気に覆われてゆくのであった

 地下のラボ
 一足先に降りてきたユウロスはラボの中程まで進み 辺りを見渡す
「あれ? これはバルのハイブリッド・ライフルだよなあ」
 機械工作用のテーブルの上に置かれた分解された部品群を見て
「整備中か?」しかしこれは時間凍結の状態で保存してあったはずだが・・・ まあいいか
 ユウロスはそれらにシートをかぶせ 近くにあるキャスター付きの大きなホワイトボードをそこから離れた開けた場所へと押してゆく
 程なく ナッキャとミレアが降りて来た
「ユウロスどうしてこんな所へ?」
 ミレアの質問にホワイトボードを押してきたユウロスは
「魔法なんて物は恐怖の対象になりかねないからね」
 すんなりとそう言って ホワイトボードをその場にまたラボの奥の方へと入っていった
 ユウロスがワルキュリア・アイとバリア発生装置を持って戻ってくるまでにバルキリーとツァイルが降りてきていた
「ああ みんなそろったね」
 言いながら 少し離れた場所にバリア発生装置をセットし ホワイトボードの前に戻ってきた
「マスター 何で私とツァイルまで呼ぶのですか?」
「必要だし いてくれた方がいいから・・・ だけど どうしたの?」
「え? あ ちょっと疑問に思ったものですから」
「そうか」
 ユウロスはホワイトボードの前に立ち専用のペンを持って
「始めようか 例えば・・・」

「生き返った気分」
 リディアは寝間着を着て風呂場から出てきた
 「リディア殿 ユウロス殿が魔法の説明のために下のラボに来いとの事です」
 彼女はUAIのことなど気にかけず 冷蔵庫を開けて中にあるよく冷えた牛乳の瓶のふたを開けそのまま口を付けて 残り半分約0.5リットルを自分のペースで飲んでゆく
 「あの リディア殿?」
「ぷはぁー ふう ユウロスってやっぱりグルメねぇー 買ってる牛乳の味も違うねぇ」
 UAIの事など全く気にもとめないリディアであった

 夕刻
 ナッキャがミレアと共に帰宅した後 地下のラボの機械工作用のテーブルの側にバルキリーとユウロスの姿があった
「マスター ごめんなさい」
「別にかまわないさ」
 ユウロスがバラバラになったハイブリッド・ライフルのパーツを一つ一つチェックして行く バルキリーの話によると分解したものの組立かたが分からなくなったらしい
「バル 取扱説明書 用意しようか」
「すみません」
「・・・」どうも こう謝られると なんか 虐めているような気がして・・・
 ユウロスはチェックしていた手を止め さっきから謝ってばかりのバルキリーの後ろに回り込みそのまま抱きしめる
「あっ・・・」
 驚いて声を上げたバルキリーにユウロスは
「バル 君は何も悪いことをした訳じゃない 謝る必要はないんだよ」
 そう やさしく声をかけるが
「・・・ごめんなさい」
「・・・しょうがないやつだな」
 そのユウロスの言葉に硬直するバルキリー だが
「きゃっ」
 彼はバルキリーを抱え上げ
「海にでも行こうか」
「えっ? マスター?」
 とまどっているバルキリーにユウロスは
「バルキリーのマスターは 君の沈んだ表情に耐えられるほど強くはないんだよ」
 ユウロスに告げられて 困惑しているバルキリーに ユウロスはただ一言
「ね」
 そう言った
 バルキリーはしばらく黙っていたがマスターの腕に手を当て
「マスター 私 海よりは なにかおいしい物食べたいです」
「そうか では今日の夕食は外へ食べに出るか」
「はい」
 返事を聞いてバルキリーをおろすが 自分の非力さを考えず抱き上げたので疲れてしまったユウロスであった
 

 翌日昼
「こんにちは ユウロスいる?」
 ミレアがリビングに現れた
 本を読んでいたバルキリーはしおりを挟んで本を閉じ
「マスターなら仕事に行きましたけど」
「仕事? どっちの?」
「ミレアさんが マスターに紹介した清掃員の方です」
「そう じゃあ・・・ お昼食べさせてくれないかなぁ」
「何にします?」
「何でもいいよ」
「そうですか UAIツァイルに何が食べたいか聞いて」
 「はい」

 ほぼ同時刻 ナッキャの通う大学構内
「はーあ 結構難しいな」
 とある部屋の窓の外に広がる空を見上げ ユウロスからもらった本を閉じ再び視線を戻した
「どうしたのナッキャ」
「なんでもない」
 友人の問いかけにそう答えた
「ナッキャさぁ 最近明るくなったね」
「えっ? そう?」
「うん 表情が何かすっきりしてる もしかして」
「もしかして?」
「誰か好きな人でも出来たの?」
「えっ」好きな 人・・・ ・・・ ・・・
 そう言った後そのまま反応が止まったナッキャ
「へえ そうなんだ」
 ・・・ ・・・ ・・・「たぶん」
「ねえ 教えてくれない?」
「ううん 今はごめん」
「ナッキャ・・・」ほんとに変わったね
 しばらく並んで外を眺めていたが
 キーンコーン
 鐘の音を聞いて
「そろそろ 食堂に行かない?」
「うん」
 2人は窓から離れ部屋から出て行った
 

 数日後
 ユウロスがいつも通り仕事先である集合研究棟の分担先の部屋の清掃をしていると
「ん?」
 いつもの場所にある目の前のキャスターのついたホワイトボードに見慣れぬ数式が書いてあったなんの問題のない式ならば一瞥しただけだろうが この式は
「間違いだらけだな」しかもめちゃくちゃだし・・・
 しかし言葉を発した直後 バルキリーの「だめですよマスター 他人の研究に干渉しては・・・」
言葉を思い出し
「・・・ まあ いいか」
 と再び清掃の手を動かすのであった 程なく掃除も終わり部屋を出た
「ユウロスさん・・・ ですね」
「ええ」
 ユウロスは突然の呼びかけに返事をしてから相手の方を向き
「あなたは?」
「私はロボット工学が専門のスウエ・ロアーナです この前の戦闘用ロボット・・・ ツァイルと言いましたか? あのロボットはお一人で作ったと聞いていますが・・・」
 話し続けるスウエの言葉を聞き流し 胸のネームプレートに表示されているネームを読みとり 顔を見上げる どうやら若手のエンジニアらしい それを確認した後
「私はただの清掃員 あれは趣味で作っただけだ 詳しく知りたいのなら一度ミレア・ファーケンに会って話を聞いてからにしていただきたい」
 そう告げたユウロスに聞き返すスウエ
「ミレア・ファーケン? 誰です」
「科学省第13研究室の第4分室を借りている 私の友人だよ では私は仕事があるから失礼するよ」
 そう言ってすぐ先の廊下の角を曲がったユウロスを追いかけたスウエだが 先を歩いているはずのユウロスの姿はなかった
 

 翌日
 大きなあくびをしながらユウロスは自室を出て台所へと向かった
「あれ? バルキリーは?」
 「まだ自室で寝ています」
「そうか まあいい」

 やがて 朝食を済ませたユウロス 今日は休日なのでゆっくりと紅茶を飲んでくつろいでいた
「ユウロス バルキリーは?」
 ツァイルの問いかけに
「まだ起きてないのかな? ちょっと行って起こしてくるよ」
 いいながら席を立ち バルキリーの自室の戸を開け中に入った
「あっ ごめん」
 すぐさまユウロスは着替えているバルキリーの姿を確認する直前に彼女に背中を向けた
「マスター もう ノックぐらいしてください」
 あまり怒っていないのか彼女の言葉に勢いはない
「ごめん・・・ しかしバル お前さんまた気に入った服でも手に入れたのか?」
「はい ご覧になります?」
 そう言ってバルキリーは 着替え終えた服を一瞬にしてワンピースタイプの水着に変え 後ろ姿のユウロスに近づき抱きついた 背中の感触に驚いた彼は
「おい バル」
「こちらを向いても大丈夫ですよ マスター」
「ほんとに?」
「はい」
 バルキリーが離れたので振り向いたユウロス 目の前のバルキリーはここエルフヤード・ヘリオスの今年のニューモードのワンピースタイプの水着を着ていた
「水着か・・・ でもバル ワンピースの水着なんかどうするの?」
「い いいじゃないですか」
「だって 泳ぐときは下半身はヒレなんだろ」
「いつもいつもがそうじゃありません ちゃんと足でも泳げます!」
 大声を上げたバルキリーにユウロスは
「ごめん その・・・ いつも泳いでる姿はヒレのほうしか見たことがないから・・・」
「・・・ そう言えばそうですねぇ マスターの前ではほとんどヒレを使わないと追いつかないですから」
 記憶をたどっていたユウロスは 当初の目的を思い出し
「あっ バル 朝御飯もう済ましちゃったけど・・・」
「えっ もうそんな時間なんですか? でも時計は・・・ あーー 止まってるぅ・・・」
 お気に入りの目覚まし時計を持ち上げ止まっているのをもう一度確認して
「あの マスター お願いします」
 差し出されたバルキリーの目覚まし時計をユウロスは受け取りながら
「ああ 時計の中身は今まで通りでいいよな?」
「はい」
「分かった それから朝食暖めておくよ」
 そう言ってユウロスはバルキリーの自室から出ていった
「・・・ やっぱりちょっと恥ずかしかったかなぁ・・・」
 バルキリーは戸を閉め 一度姿見の前で着ている水着をチェックした後 また一瞬にして水着をいつものエプロンドレスふうの服装に替え 部屋を出ていった

 バルキリーが食事を終え後かたづけをしていると
「おじゃまします」
 そう言ってユウロスからもらった本を片手に 倉庫からリビングに入ってきたナッキャに気が付いたバルキリーは
「ナッキャさんいらっしゃい ・・・あらミレアさん 今日も昼食ご一緒にどうですか?」
 ナッキャの後から入ってきた 最近いつも昼食を食べに来ているミレアは照れくさそうに返事を返した
「マスターなら ハーブ栽培装置のほうです」
 言いながら 台所直結のハーブがプランターに植えられている その中から
「おーい バル呼んだかー?」
 声の主は右手に乾燥させたハーブを詰めた袋を持って台所に出てきた そして
「ああ 2人ともいらっしゃい とりあえずハーブティーいれるけど 飲む?」
 2人がそれぞれに飲むと意志表示した後 ナッキャは持ってきた魔法についての本をユウロスに見せて
「ユウロス これまた教えてよ」
 すぐさまミレアも
「この前のつづき」
 ユウロスは反応せずにハーブティーを入れる作業に入る ユウロスの返事がないのでバルキリーがあわてて
「ああなったらしばらく返事はしませんよ それがマスターですから」
「ふーん」
 そう頷いたナッキャは 火にかけたポットの横で乾燥したハーブを選んでいるユウロスの後ろ姿に見入っていた
 そんなナッキャの横でミレアはその様子を見て 彼女の視線の先をしばらく眺めていた
 それからしばらくしてユウロスのいれたハーブティーがミレア ナッキャ バルキリーの前に出された
「飲めるの?」
 思わずそう言ったミレア
「大丈夫だよ」
 ユウロスは毒味とばかりに飲もうとしたが 自分の分をいれるのを忘れていたのに気がつき とっさに
「バル 一口いいかな?」
「あ はい」
 返事を確認した後 バルキリーの前のティーカップを取り 一口飲む そして何事もなかったかのようにバルキリーの前にカップを戻し
「ね 大丈夫だよ 使った葉っぱも無薬品で育てたし」
 そしてユウロスは二人が飲み始めるのを待つ おっかなびっくり口に運びすするミレアと ちょっとためらった後一気に口に運び飲み始めるナッキャ 二人はそれぞれに感想を述べる
「毒じゃないんだから そんな飲み方しなくてもいいじゃない」
 とのユウロスの言葉に 苦笑したミレアは
「悪かった しかし飲む前に説明ぐらいあってもいいだろう?」
「まあ そうだな」
 そんな二人の横で バルキリーはユウロスがさっき一口飲んだカップを手に取り いつも通りに静かに飲む
「どう? バル」
 バルキリーは静かにカップを口からはなし
「もう少し高い温度で入れてみてはいかがですか?」
「そう? さっき飲んだ分にはそこまで思わなかったけどな まあ バルの方が舌がいいから今度からはそうするよ」
 言いながら ユウロスは倉庫の方へ出ていった

 数時間後 地下のラボ
「これは 実践しないと身に付かないからなぁ」
 ユウロスはバルキリーの目覚まし時計を修理しながら ミレアとナッキャに魔法の説明をしている 先ほどからナッキャが明かりをともす魔法を練習しているのだが 安定しない 接触不安定の豆電球の明かりのようにぺかぺかとかろうじて付いている状態である
「今日はここまでだな」
「もう少し・・・」
 ナッキャのその返事にユウロスは
「これ以上はナッキャの体力をいたずらに消費するだけだから 止めようと思うのだけど」
「え そうなの?」
「ああ 一応ナッキャの身体のデータを取りながら行っているからね」
 ユウロスはねじを締めながら言い終えると
「わたす物があるから ナッキャ 上で待っていてくれるかな?」
「うん」
「ユウロス 私にも何か魔法使えないかな?」
「ミレアが 魔法を?」
「変かな?」
「いや そう言う訳じゃ 無いけど」
「おもしろそうだな 今度 測定してみようか?」
「測れるものなのか?」
「もちろん ともかく先にあがって待っててもらえるかい?」
 ユウロスの言葉にそれぞれに返事をして ユウロスのもとから階段の方へと歩いていった
「さて・・・」
 彼はそのまま 機械工作用の大きなテーブルへとその足を進めるのであった

 バルキリーが台所の一角にある酒の棚をのぞき
「あれ? お酒がもう少なくなってる また買いに行かないと」
 そのままバルキリーは一本取りだしコルク栓を開け匂いをかぎ
「また 寝る前に飲もうっと」
 そう言いながら 栓をしてもとの棚に戻した
「バルキリーさん 何してるの?」
 入ってきたナッキャの声に驚いたバルキリーは しどろもどろに
「べ 別に な 何もしてないよ 何も あはははははははは」
 妙に乾いた笑いのバルキリー
 ナッキャはバルキリーの背後に酒の入った瓶がおかれている棚を見て
「お酒飲もうとしてたんだ?」
「そ そんな ただちょっと少なくなってきたから買いに行かないとって思っただけですぅ」
「そう言えば 最近酒を使う料理が多かったからな」
 ナッキャの後ろからミレアが言い そのまま彼女はテーブルについた
「と とりあえず二人とも何か飲みます?」
「じゃあ 何か口当たりのいいものを」
 まるでワインか何かを頼むように平然とそう言ったミレア もちろんわざとである
「私も」
「ナッキャさぁん」
 バルキリーはため息を一つついて チューリップ型の大きめのワイングラスを二人の前と自分に用意し 先ほど匂いをかいだワインを取り出して それぞれのグラスに静かに注いだ
 ミレアはまるで味わうように匂いを確かめ
「いい香りね」
 口の中へ 少しして飲み込み
「かなりいいものなのか? バルキリー」
「そう聞いてます でもマスターはお酒だめなんで 料理ぐらいにしか使いませんし」
 二人が話している間にナッキャが飲み
「美味しいー こんな美味しいお酒があったなんて知らなかった」
「でしょー」
「ね もう一杯いい?」
「どうぞ」
「じゃ私も」

「ん?」酒臭い匂いが
 ユウロスが地下のラボからあがってきて台所に近づくにつれ その匂いは強くなってきた
「この香りは・・・」 そうだ 以前バルに飲んでもいいと言ったワインだな 開けたのか
 そんなことを考えながらユウロスは倉庫から台所に入った そこにはテーブルの上に2本の空き瓶が転がっていた
「あぁ まぁすたぁ おそかったららいですかぁ」
 既にへべれけなバルキリーの横で 顔は赤いもののしらふのミレアは
「ユウロス バルキリーって酒に弱いのか?」
「いや そんなことはないぞ ん?」
 既に空になった瓶のラベルの一部の数字を確認したユウロスは
「こんなのよく飲んだな」
「バルキリーさんが一人でその瓶を開けたんです」
 ナッキャの言葉にユウロスはため息を一つつき
「しばらくはだめだな」
「えっ?」
 ナッキャがその瓶のラベルを見て
「アルコール度・・・ 97%?ほんとに?」
「それはある料理用に買ってきた専用の酒なんだ 飲むものじゃないんだよ」
「それを 空けたの?」
「もう一つの方は 友人からすすめられたものだこっちの方は飲むためのものなんだが よりによってこれを空けるとは」
 その後のバルキリーの行動とユウロスの惨状といったら・・・

 翌日朝
「マスタぁー」
 ユウロスにすがりつくようにして訴えかけるバルキリー
「お願いです 教えてくださいぃ あたし あたし昨日何したんですかぁあ」
「だから 何も覚えてないって言ってるじゃないかぁ」
 二人の背後には散らかった台所とあの後さらに空いたボトルが数本転がっていたのであった
 実際には部屋を散らかしたのは酔っぱらったバルキリーとナッキャなのだが ユウロスもバルキリーに無理矢理飲まされたので 昨日 あれ以降のことは全く覚えていないのであった
「そんなぁー」
「・・・」それは私が言いたい・・・「ともかく 片づけようバル」
「はい」
 二人が片づけを初めてしばらくして
「あら?」
 すっとんきょうなバルキリーの声に
「どうした?バル」
「あ お早う」
 ミレアの声にユウロスがバルキリーのいるほうへと歩み寄る
「なんで? 何で二人がここにいるの?」
 ソファーの裏側にクッションを枕にして二人が寝ていた その様子を見てユウロスは頭をかきながら
「あらあら・・・ バルとりあえず朝食を用意しようか」
 ユウロスにそう言われてふと時計を見たバルキリー 今は7時過ぎである
「マスター 今日は仕事ではないのですか?」
「あ・・・ 悪いバル朝食の用意頼むよ」
 ユウロスはバルキリーの返事も待たずに自室へ駆け込んだ
「さて 朝食の用意を始めないと」
 バルキリーがまだ少し散らかっている台所を片づけながら 材料を出そうと冷蔵庫を開けるべく手を伸ばす
 「バルキリー殿」
「なぁに?」
 冷蔵庫の扉を開け中のものを取り出しながらUAIとの会話を続けるバルキリー
 「後二人分も追加して下さい」
「そう言えば 昨日は見かけなかったけどツァイルはどこに行っていたの?」
 「地下のラボからガルフブリーズへ行ってリディア殿に会っていました」
「そう で今は?」
 「もうすぐそちらにつきます」
「ありがと」
 「いいえ では」
 パタンと冷蔵庫を閉めて 調理を初めてゆくバルキリー の背中の方向倉庫への入り口から
「ただいまぁ」
「邪魔するぞ」
と ツァイルとリディアの声が
「お帰りなさい っと いらっしゃい」
 その様子をソファーの上から眺めているミレア ちなみにナッキャはまだソファーの後ろで静かに寝息を立てている

 しばらくして着替えたユウロスがテーブルについている一同に紅茶を出し 時間を確認する
「まだ 大丈夫だな」
 そう言って 紅茶の香りを楽しむのであった

 昼過ぎ ユウロスの職場
 午前中に外の清掃を終え 昼食の後彼の担当である3号館の清掃を始めるところであった
「あれ 鍵がかかってる」
 すっかり板に付いた作業着のユウロス 彼は担当の部屋を掃除しようとドアノブを回したのだった 鍵だけ閉めているのかと思い とりあえずノックしてみる しかし
「おかしいな・・・ とりあえず聞いてみるか」
 独り言をいい 近くの部屋の内線を使い
「すいません 3号館の2階の1号室が開いてないのですが ・・・ はい 分かりました後に回します」
 彼はやれやれという表情を見せ そのままその部屋の掃除をして次の部屋へと出て行った
「ユウロス?」
「へっ?」
 聞き慣れた声に呼ばれて振り返ってみるとそこにはナッキャの姿が
「・・・ ナッキャこそ どうしてここに?」
「ユウロスこそ」
「私は 見たら分かるだろうけどここの清掃員だよ」
「ははっ ミレアさんの紹介の仕事だけあるわ でもユウロスだったらもっといい仕事に就けるのに」
「ま 管理人としてはこの方が都合がいいんだよ」
「そうなの」
「そゆこと」
「ふーん」
「それで ナッキャはなぜここに?」
「ここは私の通っている大学なの それで教授に質問があってきたんだけど・・・ いなかったから・・・」
「そうか ところで今日はどうする?」
「それより 昨日は私に渡す物があったんじゃないの?」
「あ・・・ 忘れてた 昨日用意したのはナッキャの 平たく言えば魔力を安定させる道具なんだが 後で家の方に取りに来てくれないか・・・」
「ナッキャー 教授いた? あ この人はこの間の・・・」
「あ こんにちは」
 とりあえず挨拶を返すユウロス 結局この後ナッキャも含めて数人から質問攻めにされるユウロスだった

 夕刻 バルキリーの自室
「あああっ あたしってどーして酔うと記憶が飛んじゃうんだろう・・・」
 ベッドに腰掛けたままに天井を見上げ呟いたバルキリー
「UAI 昨日あたしマスターになんて言ったの?」
 呼びかけるが返事はない
「UAI?」
「良いんですか? 一応ユウロスから止められていますので」
「マスターが・・・ そう ・・・マスターは昨日の事は?」
「すっかり記憶にないそうです それにデータに見向きもしていません」
「分かったわ ありがとう」マスターが気にしていないのなら あたしが気にすることも無いのよね
 何か割り切ったのか 彼女は立ち上がり
「そうだ そろそろ夕飯の用意をしないと」
 そう言って部屋から出て行った
「やれやれ ユウロスを心底信頼しているのか・・・」

 台所
「バル 遅かったじゃないか 夕飯作っちゃったよ」
「・・・マスター 少し早くないですか?」
「ああ と言ってもこれだけ人数が来るとは思わなかったから・・・」
 ユウロスとバルキリーの視線の先には ナッキャとその保護者であるおばさんに ミレアとツァイルにリディアの姿があった
「マスター こんなにお客様が来ているのに なんであたしを呼ばなかったんですか!?」
「私は 今来たところだが」
 リディアは平然と言い放つ
「まぁ 良いじゃないか それよりもテーブルに運んでくれ」
「あ はい」
 ユウロスの手伝いを始めたバルキリー その様子を見ながらリディアは呟く
「安心した」
「何がですか?」
「ツァイル ユウロスは精神構造が我々の中で最も人間に近い 悪く言えば我々の中で最も不安定な精神構造を持っている だからかな心配になるのは・・・」
「・・・ユウロスの親のようなことを言うんですねリディアさんは」
「否定はしない」
 パーティーが始まる 招待客はなく 今ここに集まったと言うだけで夕食はパーティーとなった
 

 翌日 夕刻
「ところでユウロス 今度お祭りがあるんだけど行かない?」
「祭り?」
 丁度仕事を終え車を運転して ナッキャと共に帰っているところだった 住居である倉庫に住んで既に5年目になるユウロスは この時期に行われるお祭りに心当たりはなかった
「何処であるんだ? 家の近くではないよな」
「うん 友達の下宿のそばにあるの」
「そうか… それは何時?」
「次の休みだけど」
「明後日か 予定はないな」
「じゃあ」
「…まぁ 行ってみるか」
 いつも通りの他愛のない会話、学校のことだったり、友人のことだったり…
 あれ以来 魔法を教え始めてからではあるが ずいぶんとよく話すようになったと感心しながらユウロスは運転する
 車はようやくユウロスの家の近所にさしかかろうとしていた
「今日も寄るかい?」
「うん」
 

 ユウロスの倉庫
「お帰りユウロス、っといらっしゃい」
 ツァイルが車から出てきた二人を出迎えた 丁度ラボから上がってきたらしい
「ただいま」
 そのまま三人はリビングへと住居の方へ入っていった
「おじゃましてるよ」
「お帰りなさい」
 最近よく食事を食べに来るミレアとバルキリーがテレビを見ながらそう言う テーブルの方には既に夕食の用意がされている
 バルキリーは立ち上がると
「夕食にしましょうか マスター 少し待っていてくださいね」
 そう言って キッチンに立ち夕食を暖め直す
「ねぇ 前々から思っていたんだけど…」
 ナッキャはほぼいつもエプロンドレスを着ている彼女の方を見たまま言葉を続ける
「…バルって ユウロスとどういう関係なの?」
「私とバルは主従関係だが どうかしたか?」
「え?」
 戸惑うナッキャに 盛りつけをしている手を止めずにバルキリーも答える
「私はマスターのために作られた マスターの所有物の一つですよ…」
 さらりと言い切るユウロスと 誇らしげに言うバルキリー
「…だって私は生き物ではありませんから」
 そう言葉を続けたバルキリーがナッキャに向けた視線には 憧憬の色が含まれていた その事にナッキャは思わず言葉を失う
「じゃあバルは ユウロスのことをどう思っているの?」
 ミレアの質問に 着々と夕食の準備を進めていくバルキリーは答える
「好きですよ マスターとして 人間として」
「結婚とかは考えないの?」
「それー 申し込んで断られた …たしか 5万年近く前のことだったかなぁ」
 懐かしそうにユウロスは言う
「私は この関係が一番気に入ってますから… さぁ夕食にしましょう」
 ナッキャはバルキリーが人間ではないと言うことは信じられても ユウロスの所有物だと言うとは信じられなかった
 ミレアは こういう事についてはあまり考えないようにしている 彼女なりの処世術なのかもしれないが ユウロスと言う人物に底知れぬ物を感じていたのも事実だった
 

 地下のラボへと続く階段
「どうした? 今日はあまり話さないのだな」
 食事の輪に一人取り残されていたナッキャに ユウロスは声をかけた
「え? …なに?」
「あんまり食事が進んでないみたいだが…」
「そう… かな」
「ああ」
 肯定したユウロスにナッキャは
「バルキリーさんってユウロスの奥さんだと思ってたの」
「私は…「でも ユウロスが独身だって聞いてなんか安心しちゃった」
「それは 言いたい事とは違うのではないか?」
「ち 違わないよ」
「そうか」
 その日のナッキャの魔法は 彼女の精神の揺らぎを反映してか まったく安定しなかった
 

 翌日 大学構内
「ユウロス」
 最近よく聞き慣れた声にふりかえるユウロス
「ん? ナッキャか」
 そこにはいつもの人がいた 彼女はユウロスに駆け寄ると
「昨日はごめんなさい」
「? 魔法の方なら気にすることはないが?」
「そうじゃなくて バルキリーさんの方」
「ああ あっちも別に問題ないが」
「そうなの?」
「ああ …むしろ戸惑っているのはナッキャじゃないか」
 見上げたナッキャと視線が合う
「やっぱり 分かる?」
「無論だ 私で良ければ相談に乗るぞ」
「どうして?」
「なにが?」
「どうして 私に優しくしてくれるの」
 ナッキャの見つめる瞳に 不安よりも疑問よりも渇望を感じたユウロスは
「そうだな …私はお前の求める物全てを与える事など出来はしない なればこそ 私は私のこの手の届く限りの事であれば お前の求めに答えようと思う もっともどう答えるかは私の自由だがな」
「だから どうして?」
「私は 代償はあれどお前の未来を開いたからだ その責任は果たさねばならん」
「どうして?」
 答えたつもりが さらに問いつめられ 思わずひるんでしまうユウロス
「どうして? ねぇ」
「一番根っこの所は 私にもよく分からない 一緒にいて楽しいからかもしれないし そうでないかもしれない」
「そう なんだ」
 会話が途切れ静かになる
 どうしてナッキャにかまっているのか 唐突になされた質問とはいえ その答えを出せなかったユウロス 彼は何がそうさせるのかではなく いったいどれだけの思考がそうさせるのかを考えていた
 だが そんな時間が今の二人にあるわけでもなく チャイムが鳴る
「次講義だから 行くね?」
「ああ 気を付けてな」
 

 夕刻 ユウロスの家 リビング
 食事も片づけも終わり ツァイルがバルキリーと共にラボの方に行ってしまった
 付けっぱなしのテレビは報道番組を流している
「ミレア 私はナッキャの事をどう思っているのだろうな」
「…ユウロス?」
 唐突と言えば唐突な質問に まじまじとユウロスの瞳をのぞき込むミレア
「もしかしたら 今の私は正常じゃないかもしれない」
「ヲイヲイ…」
「答えられなかったんだ なぜ私はナッキャと接しているかを」
 そこまで聞いてようやく話の筋が見えてきたのか ミレアは
「取りあえず お茶をもらえる?」
「分かった」
 静かにそう言って席を立つユウロスの背を見ながら
(ユウロスがねぇ… でも異種間じゃないのかな これって まぁいいか)
「どうか したかな私は」
 つぶやくユウロスをやや楽しそうにミレアは見つめている

「どうぞ 普通の紅茶だ」
 言いながらミレアの前にティーカップを置き ティーポットから自分のティーカップにも紅茶を注ぐ
「それで 何でそんなに慌てているの?」
「慌てている そう見えるか」
「うん」
 深くため息をつき ミレアの前の席に座るユウロス
「何に慌てているか分かるけど 言っても分かるとはおもえないよ」
「どうして!? …すまん 取り乱したな」
「脅かさないでよまったく ナッキャのこと意識しているんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ 彼女があなたの前から消えたら?」
「…それは 想像したくないな」
「嫌 なんじゃない?」
「そうだろう」
 即答したユウロスは ミレアはいたずらな笑みを浮かべている
「…ミレア 楽しそうだな」
 疑いの眼差しを向けるユウロスに対し ミレアはいたずらな笑みを浮かべたまま
「ええ」
 自然に答えるのだった
 

 その夜 ユウロスのラボ
「結局 今日はナッキャ来なかったな」
「そうですね 何かあったんですか? ユウロスは知っているみたいですけど」
「ああ …多分知っている はずだ」
 ユウロスはツァイルを前に 彼の防具のデータを作っているところだった
「原因はあなたですか」
「ああ」
「そうですか… じゃあ私は 今日の所は部屋に戻ります」
「え?」
「お似合いですよ二人とも 彼女もそう言ってましたし ゆっくりと考えて下さい」
 すたすたと そしてひらひらと後ろ手を振りながら ツァイルは行ってしまった
「おい」
 相手がもう一人の自分でもある事と 何故私だけという思いが
「どう言う事か」
 ユウロスにそう言わせていた
 

注意 まだ続きます


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Ende