Page-Lmemo Magic story of Broom rider 2nd Part-A.
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箒乗りの 魔法の話 その二
 パートA 緋袴の彼女…


 暑かった残暑も、もう面影もなく去り。 あたりを染めていた蝉の声も今はなく。
 空は日々ゆっくりと深くなって行く。
 秋がゆっくりと静かに夏の町を染め始めていた。
 そんなある日曜日、寮の玄関に一人の生徒が帰ってきた。
「希亜ぁー、荷物来とったでー」
 管理人室から呼び止められる、関西弁の元気なトーン、声の持ち主は管理人の一人猪名川由宇。
 希亜と呼ばれた人物は、同じく関西弁で返す。
「荷物? 誰からです〜?」
「たぶん実家からとちゃうか」
「そですか。 で、荷物の方は何処に行ったん?」
「そっちは、部屋の方に運んどいたで」
「はいな、では」
 ぺこりと頭を下げ、ふよふよと廊下を飛んで行く希亜。
 彼が部屋に向かったことを見届けて、由宇も管理人室に戻ろうと振り返る、ふと手に紙の感触があることに気づき…
「あ、これ忘れとった」
 その手に持っている一冊の同人誌、それはサークル"Witch`s broom"つまり希亜の姉のサークルの新刊だった。


 寮、軍畑&弥雨那の部屋。
「軍畑さんはまだなんですね」
 部屋に着いた希亜はそう言いつつも、既に興味の方は送られてきた荷物にあった。
 即座に段ボール箱を開く、中身はハードカバーの魔術書が2冊と一冊の絵本と、
「書き込み済みCD-Rに〜 …何だろうこの箱、魔法によって封がされてるみたいだけど」
 それに手紙が一枚。
 とりあえず手紙を読む希亜。 その手紙には荷物の内容と、彼の曾祖母の事や彼の姉の同人の新刊の事が書かれていた。
 小箱の鍵穴に指をふれ、開錠の為の術式である呪文を静かに詠唱する。
 詠唱の終了と同時に、鍵穴からカチリと音が聞こえた。
 開かれた小箱の中には、箒を作る材料の一つ、空の深き碧を溶かし込んだような八面体の結晶のようなものが3つ入っていた。
「これで箒を作ることが出来ますね」
 夏休みに、自身の魔力のみを暴走させてまでして作った、姉の言う高密度魔力結晶、空の碧を深く溶かし込んだその姿から希亜はアズレグラスと呼んでいる。
 大きさはまちまちで、三つのうちひときわ大きいのが拳ほどもあるのを満足げに眺めふたを閉じた。
「他には新刊… あれ?」
 ごそごそと段ボール箱の中を探すが、それらしい冊子は入っていない。
「入れ忘れかな。 ! あう…」
(まさか由宇さんが? …なきにしもあらずやね〜)
 そう考えながらも希亜は送られてきた荷物の整理をするのだった。




 翌日の放課後。
 掃除を終えて廊下を歩いていた希亜の視界の横を、ポニーテールの人物が走って行き、すぐ前の角を曲がって行った。
(あれ? 今の悠さん… じゃないよね。綾香さんでもなかったし…)
 しっかりと視認したわけではなかったが、人物をその人の持つ雰囲気で判別する癖のある希亜は、そう考えつつ歩いてゆく。 その先は自称白衣の剣士である悠朔が、放課後にたそがれている事の多い屋上だった。
 ドアを開けて屋上に出る、
(さっきの人と朔さんか…)
 視線の先の二人をその目で観察しながら、ゆっくりと歩みよる希亜。 彼の耳に二人の会話が入ってくる。
「パパ。 今日もいい天気なのに、こんなところで…」
(パパかぁ、…ってあれ? 悠さんは… 高校生ですよねぇ)
 とりあえずその件について、そこで考えるのを止めた希亜は、そのまま二人の側まで歩みより。
「今日も暇そうですねぇ」
 そう呼びかけた。
 悠朔の視線が希亜に向けられる。
 もう一人の人物も希亜に視線を向け、
「パパ、この人は?」
「こいつは寮生の弥雨那 希亜だ」
 何かを考えている悠の声を半ば聞き捨てながら、希亜はその人物を見つめる。
 何処で見たようなパーツでモンタージュしたような… コンピューター合成で二人の子供の顔を予測するような。
 希亜の視線が悠朔ともう一人、彼を「パパ」と呼ぶ人物、その二人の間を往復する。
 しばらくそうしていたが、不意に希亜は口を開き、
「親戚か何かですか?」
 そう質問していた。
「私の娘だ」
 にべもなく答えた悠朔だがその顔は、
「はぁ… 珍しくだらしない顔してますね〜」
 そう希亜が指摘したとおり、悠朔の顔は苦悩の隙間から溢れ出た、そんな隠しきれない笑みが、ほころびこぼれている。
 直後その娘と紹介された人物が、希亜を敵でも見るような視線、それも殺気のこもったものでにらみ付けいてた。 視線以外のすべてでそれを感じた希亜は、背筋に氷よりも冷たい物を感じ、走馬燈が走り出しそうな情景が頭の中をよぎる…
(…お、お母さん。 先立つ不幸をお許しください…)
 思わずひるむ希亜。 彼はよく「眠たそうでなにを見ているか分からない目をしている」と言われる…
「綾芽、こいつはこういう奴だが私を馬鹿にしているわけではない」
 悠朔の言葉に彼女の瞳から殺気が消えてゆく、
「ごめんなさい。 私は悠綾芽、綾香ママとパパの娘です」
 目の前でさらりと謝り、身の上を語った綾芽。 端で楽しそうに希亜のリアクションを待っている朔。 そして希亜はしばらく考えていた。
 脳裏に展開する様々な思考が現れては消える。
 やがてそれは一つの対処という意味での結論に達していた。
「そうですか」
 だから希亜は素っ気なくそれだけを答えて、
「夜にでも詳しく聞かせてもらいますね、朔さん。 私は部活に行きますゆえ…」
 そう言って尻尾頭をぷるぷると揺らし、右足と右手を同時に出して歩いて行った。
(なにを考えた、彼奴は)
 そう思いつつも、激しく動揺している希亜を文字通り珍しい物を見るような視線で見ている朔だった。
「パパ、あの人は誰ですか?」
「自称音速の箒乗り、見ての通りののんびりした奴だ。 毒にも薬にもならんし、それ以上の物はない」
 そこでとりあえず言葉を止めた。
(確かにのんびりした奴だ… だが物好きな奴だし、時にはとても冷たい言葉を吐く。 気が付けば側にいたりもする。 「あなたの心…」)
 そこまでで思考を止めた、なにか致命的な言葉を思い出しそうだったから。
「パパ、何を考えているの?」
「あいつの事だ。 希亜が何を考えているかは分からんが、何をしたいのかは分かるつもりだ」
 そこまで言って、綾芽の方を一瞥し言葉を続ける。
「あいつは、他人に頼らずにお前のことを調べるだろう、俺の時がそうだったようにな」
「調べてどうするの?」
「どうもしない、あいつの中で完結する。 言い換えれば相手の心を知りたいのかもしれん… いや相手の心の動きを知りたいのかもな」
「何でそう言う事をするの?」
「多分。 …臨床心理士、カウンセラーのつもりなんだろう、あいつのそう言う判断は、俺には合うんでな」
「信じてるんだ、希亜君の事」
「評価しているだけだ、信じてはいない」
「ふーん」
「まぁ、頼っても害はない奴だよ。 …こっちが道を踏み外さない限りは、な」


「驚きました…」
 渡り廊下の自販機の前で、炭酸飲料を飲み干した希亜はとりあえずそう呟いていた。
(あの二人は、多少の差異はあれど同じ感じがするんですよね。 もう少し見ていないとそれが何であるのかは分かりませんが…)
 空きかんをゴミ箱に捨て、ゆっくりと歩き出す。
(軍畑さんにでも聞けば、何か分かるかな… むう〜)
 そんな事を考えつつ一路漫研部室へと歩き出す。
 校舎に入り階段に足をかけた希亜に声がかけられた。
「ん〜?」
 誰だろうとのんびり振り返る希亜、目の前にはポニーテールの、先程綾芽と名乗った人物がいた。
「ちょっと良いかなー?」
「…ええ、まぁ。」
「私の事でパパに迷惑かけたくないから、説明するんだけど…」
 言いよどんだ綾芽に、希亜は。
「私は構いませんけどぉ… ここで?」
「あっ。 じゃああっちで」
 綾芽はそう言って校舎から出て行く、若干不審に思いつつも付いて行く希亜。

 どんどん人気の無い方へと進んでゆく綾芽に希亜は訪ねる。
「そんなに聞かれては困ることなんですか〜?」
「うん…」
 短く答えた言葉から、少しの迷いを感じる希亜は、黙って後を付いて行くことにした。

 確かに綾芽は少し迷っていた。
(いくらパパの友達だからって、こんな事信じてくれるのかな。 パパは信頼出来るみたいに言ってたけど…)
 辺りを見渡し、人気がないことを確認し、振り返って口を開く。
「えっと…」
 希亜が自分と同じくらいの背の人物と、思わず再認識する綾芽。
 同時に、小さな子供を相手にしているような雰囲気を感じてか、とりあえず希亜を君付けで呼ぶことにした。
「希亜君? だったよね」
「ええ、そうですよ〜」
 相変わらずマイペースに返ってくる希亜の返事。
「私には本当の事だから。 だから真剣に聞いてほしいの」
「その前に、一つ良いですか? 私は、あなたが伝えたいことの全てを、受け取っても良いのですか?」
「え?」
「私は魔女の系譜の者ですから…」
「でも、誤解がないように知ってほしいから」
「分かりました」
 真剣な綾芽に希亜は静かに手で「少し待って」と合図する。
 どこからともなく濃紺のつばの広い三角帽を取り出してかぶり。 制服のポケットから袋を取り出す、その袋から小さな羽根飾りの付いた小槌の様な物を取り出し、目の前の宙に浮かべ、
「そらの想いを秘めし鎚よ、契約の下、希亜が命ずる。 我が前にその真の姿を現せ。 Relese, The Wingd Hanmmer!」
 希亜が唱えた、何処かアニメの台詞のような呪文に反応して、その小槌は二つの羽根飾りの付いた、細身の柄を持つハンマーのような姿になっていた。
 自分の身長ほどもあるそれを左手で静かにつかみ、石突きの部分をそっと地面に付け。 そのまま希亜は一度瞳を閉じ、魔法を発動させる。
 もし綾芽が魔力を感じられるのなら、ほんの一瞬の錯覚にも似た時間だけだが、綾芽は希亜の内部で膨大な量の魔力が虚無へと弾けるのを感じただろう。
 はっとしていた綾芽が再び希亜を見ると、彼はそっと手で「どうぞ」と話を促すだけだった。
 ゆっくりと息をし綾芽は口を開く。
 だがその直前から、希亜の脳裏にはとても多くの、そしてあやふやな物までも混じって、綾芽が伝えようとしてくる想いその物を感じていた。
「私… 未来から来たの。 私にはパパとママしか分からないの」
 だから、言葉へとレベルダウンもしくはリフォーマットされた想い、それを受け取る必要性を感じずに希亜は口を開く。
「分からなかった」
「えっ?」
「分からなかった、でしょう? 今のあなたの手はもっと色んな物を抱えようと、同時にもう既に幾つかの物を抱えている」
 キョトンとしてしまう綾芽に希亜はまだ言葉を続ける。
「さすがに〜、未来から来た事については何とも言いようがありませんが。 あなたは年の割には無垢にすぎる、一見してではですが、私にはそう見えます」
 言葉を言い切った希亜は、キョトンとしたままの綾芽の、その瞳の奥にある物をのぞき込むような視線で、静かに綾芽を見つめている。
 綾芽にとって希亜の視線は見つめられている、という感じではなかった。 見透かされているという印象も少しはあったが、希亜の視線その物は、どこか眠たげなものがあった。
「失礼ながら〜、魔法を使わせていただきました」
「そうなんだ…」
 納得したような、それでいてどこか落胆したような声が希亜に返された。
 だが希亜は、そのことを全く気にしないかのように言葉を続ける。
「私のこの魔法は、こう言うときには便利なんです〜。 もっとも〜、この魔法本来の効果でなく、私の魔法特性というか癖みたいな物で、私の魔法は空を飛ぶこと以外には、暴走状態にあるそうなんです〜」
「まだ、修行中なんだね」
「それはどうでしょう。 でも、あなたは私に対して心を閉ざさなかった、だからあなたが伝えたいことは、ほぼ受け取ったつもりです。 あ、ご心配なく。 私はこれでも魔女の系譜の者です、秘密は守りますよぉ」
「魔女って、芹香さんみたいな?」
「…芹香さんがどんな人物かは正確には知りません。 が、私の家系の魔法使いはグエンディーナの魔法と、この星に昔からある魔女と呼ばれる人々の伝えてきた知識、その二つが混在していますから」
「そうなんだ」
「そう言えば、さっき私の事をかなり怖い目で見ていましたけど… 私何か気に障るような事しましたか?」
「パパを… 馬鹿にしたように見えたから、つい」
「そですか、あの人は小動物ですから、誰かが見ていてあげないといけないんです… って、いや… だから刃物を向けないで下さいよぉ!」


 夕刻 寮の食堂
 一人で食べている悠朔の前に陰が落ちる。 視線をあげると、
「前、座りますね」
 刺すような視線が希亜に向けられる、だがそんな物も彼は気にするでもなく、
「あ、拒否権は認めませんから」
 そう言って彼は悠朔の前に座り、手を合わせ。
「いただきます」
 そう言ったまま手を止めた。
「では、聞きましょうか」
 思わず悠朔はため息を付く、今までどれだけの人物にそれを説明しただろうか。 そう思い憂鬱になっていると目の前の彼は、
「おおかたの状況は色々と、と言うかあの後本人から直接説明があったんです」
 そこまで言って、希亜は一度言葉を切る。
「何かあったのか?」
 朔の言葉にぴくっと反応する希亜。
「そうか」
 してやったりと思いつつもそれを表情に出さず、朔は希亜に視線を合わせて、
「勝ったな」
 そう言い放った。
「ううっ、敗北感がぁ〜」
 がっくりとオーバーアクション気味にうなだれる希亜。
 とは言え、朔が勝ったからと言って何かがあるわけではない。 この二人の会話ではいつもの事だった。
 ともかく、その様子をおもしろそうに見つつ、湯飲みに残ったお茶をすすり、朔は口を開く。
「で、何処まで聞いたんだ?」
「要点としては昔の記憶がない事と、お前さんと綾香さんを両親だと思っている事ですね。 それ以上かもしれませんが」
 うなだれていた頭を素早く戻すと、希亜は簡潔に言いはなった。
「『思っている』か…」
「はい」
 朔の鋭い眼差しが希亜に突き刺さる。 だが希亜は特に気にするでもなく言葉を続けた、深く蒼い瞳の中に朔を映しながら。
「外観が、雰囲気が似ているからと言って、お前さんが思いたい通りであるとは限らない」
 朔の視線が鋭さを増す。
「とは言え、逆もまた然りです」
「…そうか、相変わらず怖いことをずけずけと言う」
(しかし、当たらずとも遠からずか…)
 そんな思考が朔の脳裏をよぎる。
「はい… 本当はもっと怖いことも考えていたんですけど、そちらの方はちょっと私自身信じたくないんで忘れました」
「そうか… 他には?」
 そう言って朔が視線を向けると、目の前の希亜はサンマの塩焼きから身をほぐしていた。 彼は朔の視線に気づくと、そのままサンマの身を或る程度はきれいに分けながら顔を上げる。 どうもそちらに集中していたらしく、先程の言葉は届いてない様子だった。
「何を聞きたいのですか?」
「お前の質問を聞きたいんだが…」
 拍子抜けしながらも質問を待つ朔。
「あら… では。 そうですね、お前さんに良く似ていますよ。 脆さと欠落が見えるところは」
「欠落は分かるが、脆いとは?」
「ええ。 立ち止まったらもう走り出せない、そんな感じの脆さを私は感じました」
 箸を進める希亜の前で、朔は湯飲みを片手にしたまま黙り込んでいた。
 朔自身の事を棚に上げても、言われてみると確かにそう思える部分が綾芽にはあるように思えたからだ。 確かに朔自身、綾芽の全てを知っている訳じゃない。 その事については綾香にも同じ事が言えるし、全てを知ることなど不可能だ。 だが綾芽に関しては知らないことが多すぎるのも事実だった。 「所詮は他人か」と思わないでもないが、朔にとって綾芽の存在は赤の他人と認識するには大きすぎた。
 そこまで考えて朔はふと思った、目の前でこちらを見るでもなく箸を進めてゆく希亜、彼は全てを楽しんでいるのではないかと。
「どうしました?」
 先程から微動だにしない朔を不思議に思い、そう声をかけた希亜だが返事は返って来ない。
「そうですか… 少なくともこのままでは、そう大きな問題もないでしょう」
 まるで無責任にそう言って、大根下ろしを口に運ぶ希亜。
 朔はまだじっと考え込んでいた、今までに何度も考えた事を。
 だからだろうか、次の希亜の呟きを聞き逃したのは。
「あなたと同じで、心はとても美味しいですよ」


 夜、寮上空約16000m。
「少し言い過ぎたかな」
 空の高みに舳先を向けたRising Arrowに垂直に腰掛けたまま、希亜は静かに目の前に縦に緩いカーブを描く暗い地平を見つめている。
「とは言え、脆さと言う側面を感じるんは血筋かと思わないでもないんですけどね。 調べてみれば分かる思うんやけど… まぁその辺りは本人たちの問題で、私が関与する必要も無いか〜」
(もっとも私なんかよりは、色々な面でつよいんですけどねぇ)
 それからしばらく星空を眺めていたが、ふと思考の端に引っかかる物を感じた。
「そう言えば、私はあれの事をどう考えているんでしょう…」
 希亜の言うあれとは綾芽のことである。
 いろんな格好をしている人物が見られる学園の、袴姿の同級…
「同級生? になるのかな… でもまぁ、少なくとも嫌いではないですね〜 なれど…」
 そこで言葉を発するのを止める。
(心にばらつきか欠落があるというか、普通なら様々なものが流れ込んでくるのに… それだけ心の深部に何かあるのか…)
「推測の域は出ないから、何ともいえないんですけどねぇ。 ただ単にそういう訓練をしていたのかもしれませんし…」
 ふうっ、とため息を付く。
 ぼんやりと頭の上に浮かぶ月を見上げる。
 いつの間にか、そこに彼女の姿を重ねていた自分に気づいて、やや大げさにため息を吐き。
(あの時の視線、怖かったなぁ)
 彼はしばらくその場にいたが、やがて重力に身を任せ寮へと落ちていった。




 数日後、漫研部部室。
 あれから希亜はちょくちょく綾芽と顔を合わせていた、主に昼時に朔と一緒に屋上でだが。
 いつもは備品である少し型の古いパソコンに出納を打ち込んでいる希亜だったが、今日の彼は部室に入ってからと言う物、ずっとスケッチブックに向かっていた。
「弥雨那ちゃん、何を描いているんスか?」
「材料が届きましたので〜、新しい箒のデザインです… 夏休みに作った木製の天津丸Mark-2パワーアップタイプが上手くいったので作ってみようと思ったんです」
「天津丸まーくつーぴー… あ、夏休み明けに乗って飛んで来た奴ッスね」
「はい。 …でまぁ、次の箒のデザインを考えているところなんです」
 スケッチブックに書かれた、色々な箒のラフデザインを見る軍畑、それらは全てRising Arrowのように、まるで箒を表したオブジェのようだった。
「に、しては。 全然纏まっていないみたいっスね」
「う〜ん、イメージがわかなくて…」
「ま、焦らずに頑張る事っスね」
 軍畑の言葉に空笑いで返す希亜だった。


 夕刻。
 煮詰まってしまったので、少し早めに漫研を後にした希亜。
 丁度部室棟を出た時だった。
 視界の端にふと引っかかる緋袴姿の人物… 振り返り、それが綾芽だと気付き。
「こんばんわ〜、あれ?」
 言ってからまだ明るいことに気づく、どうやらいつも日が暮れてから帰っていたので、それが習慣になっていたようだ。
 若干戸惑ってから綾芽は口を開く。
「『こんばんわ〜』って希亜君、まだ明るいよ」
「そですね」
 思わず頬を指先でぽりぽりと掻きながら答える希亜。
「どうしたの?」
「綾芽さんこそ。 どなたか待っていたのですか?」
「うん、パパを待っているの」
 パパと言われて、希亜の脳裏に朔の姿が浮かぶのに若干の時間がかかった。 同時に初めて会った後の事も…
「ゆーさくさんですか」
「うん、パパを連れてママの所へ行かないといけないから」
「そう、ですか。 …よろしければ、一緒に行ってもいいですか〜?」
「え? いいけど…」
「大丈夫。 あの時感じたあなたの心は、私が責任を持って墓までもって行きますからぁ」
「う、うん…」
 戸惑う綾芽に希亜は言いなおす。
「私は魔女の系譜であることを誇りにしていますぅ。 私の言う魔女のイメージは、深い森の中に棲み、大自然より得た知識と、迷信ではない力を持ち、人々のためにその腕を振るう、そんなイメージを持っていますぅ。
 ですから、私もそれに見習っているつもりです。 もちろん綾芽さん、あなたが迷惑というのでしたら、私はすぐにでもこのお節介を止めますよ〜」
「気遣ってくれるのはうれしいけど… どうして?」
 何処となく希亜に子供っぽい印象を受けるのか、綾芽は彼よりも少し背伸びするように返す。
「お節介なんですよ、私自身がね」
「そうなんだ」
「あ、ゆーさくさんには内緒ですよ〜 あの人がこんな事知ったら、笑われてしまいますから」
「そうかな」
「…そう言う事にしておいてください」
「いいよ、そう言う事にしておいてあげる」
「…にしても、遅いですね悠朔さん」
 言いながら視線を綾芽から外し、校舎の方をのぞき込む。

 それから少しして朔は校舎から出て来た。
「どうした?」
「パパを待っていたの」
「そうか… で、お前は?」
「お前さんと一緒に帰ろうと思いまして」
「そうか」
「じゃあ希亜君も格闘部の道場まで来るの?」
「ご一緒します」
 格闘部と聞いて若干躊躇した朔だが、綾芽の顔を見て。
「行こうか」
 そう言った。


 格闘部道場前。
 道場の内外で鍛錬が行われている。 体育会系だけに、希亜の所属する漫研と違い活気のある雰囲気を受ける。
「はぁ〜、なんかこう、まわりいっぱいでやっているとぉ、少し物騒ですねぇ」
「そうかなー」
 綾芽の後について、組み手の間を進みながらの希亜の言葉に、困惑しながら返す綾芽。
「どこにいるんだ?」
「道場の中だと思うよパパ」
 そのまま道場の入り口まで来る三人、綾芽と希亜はそのまま中をのぞき込む。
「いませんね〜」
「おかしいなぁ」
 綾芽が首を傾げながら朔の方へ、つまり後ろへと振り向いた。
「あ、ママー」
 振り返る朔と希亜、二人の視線の先に綾香はいた。
「あ、連れて来てくれたのね。 ありがと綾芽」
「うん!」
 元気よく返事を返した綾芽にそう言って綾香は朔の前まで来る。
「何の用だ?」
「ちょっとね…」
 そう言って綾香は朔に背を向けて歩き出す、朔もその後を着いて行ってしまった。
「少し、時間がかかりそうですね〜」
「どうしようか」
「そですね」
 二人はしばらくそこから見える稽古風景を眺めていた。

「ところで綾芽さん」
「何?」
「私の事、どう見えます?」
「どうって?」
「貴方の感じたままを言っていただければOKですよ」
「まだ。 まだよく分からない。 お節介な男の子、かな…」
「そうですか」
「…何でそう言う事を聞くの?」
「私がどのくらい信頼されているか、それを知りたかっただけです」
「え?」
「私は魔女の系譜の魔法使いですから」
「どういう事?」
「詳しく説明すると長いんですけど。 簡単に言えば、あなたが私の事を信じてくれればくれるほど、私はあなたをより正確に見る事が出来るんです。 あの時の魔法も、あなたが私に疑問を抱いて心を閉ざしていたら、私はあそこまで詳しくあなたを見る事は出来ませんでした」
「心を見る魔法じゃないの?」
「違いますよぉ、元々は精霊たちと語る物なんですが、今のところそれ以上に私に向けられた意識や物体を感じる事が出来る魔法ですねぇ。 でもこれ、前にも説明したような…」
「そうかな、じゃあ今考えている事は分からないの?」
「無意識に周囲にばらまいていない限りは〜、感じる事は出来ませんよぉ。 それに今は使っていませんから」
「そっか」
 ふと、そこで会話が途切れた。
 辺りではそれぞれに稽古が続けられている、乱取りをするもの、型を練習するもの、畳を突くもの。
 そのほか色々な、結構雑多な情景の中にいる二人。
 今度は綾芽が希亜に質問をした。
「え? 戦う事ですか?」
「うん、希亜君はこういう武術とかはしないの?」
「しない〜、と言うよりは、出来ないと言うべきでしょうか」
 悩みながらに返事を返す希亜。
「出来ないって? どうして?」
「人間は昔から地に足をつける事で生活してきました、これは分かりますよね」
「馬鹿にしてる?」
「いえ、それをふまえてもらった方が分かりやすいですから。 で、ですね。 もちろん武術も地に足をつけて戦う事がほぼ前提条件になっています」
「あ…、そっか」
「はい、地に足をつけて生活する事は私にも出来ます、でもそれは私にとっては不自然な物みたいでして。 一度親戚に空手を習っていたのですが、続きませんでした。 理由は推して知るべしです」
「そっか、浮いちゃうんだ」
「はい、無意識になるとどうもその傾向が強くて、あの人が言うには『希亜にはたいていの人間の武術は、知っている程度以上には上達できない』って言われましたから」
「なるほどね」
「とは言え戦う術がない訳でもないんです」
「え?」
「攻撃魔法は師との契約によって禁止されています、でも自分専用の武器を作る事は禁止されませんでしたから。 夏休みに作ってきました」
「え?」
「まぁ、暇でしたから…」
「暇だからって、そんなの簡単に作れるものじゃないよぉ」
「本来は私専用の魔法の杖の二つ目なんですよ。 でもまぁ、作ったのは良いんですが、よく考えたら武器としては使う機会って無いんですよね。 実際に使ったのは曾祖母の家の草刈りですし」
「…草刈り? なんで? 武器なのに草刈りなの」
「モチーフは元々農機具ですから」
「え? …そんな武器あったかな?」
「ありますよ」
「う〜、教えてよ」
「そうですね〜、持ってきていませんからぁ…」
 そこまで言って希亜は、スケッチブックを開きぱらぱらとページをめくる。
「確かこの辺りに…」
「絵に描いたの?」
「はい完成予想図を書いてあったのですが… あら」
 めくり続けて最後のページまで行ってしまった。
「どうやら、別のスケブみたいですね。 まいいや、今描きますね」
 そう言って、新しいページを見つけ、そこに鉛筆でさらさらと描いて行く。
 その軌跡は直線で構成され、無骨でそして鋭角的なフォルムの像が出来つつあった。
「鎌?」
「はい、Scythe "Soul-Divieder Ver.2.45b"って言います、名前だけは凝ってみました」
 そのまま希亜は、そこに自分を描き込む。
「こんなに大きいの?」
 武器と言うよりは兵器、とりわけ何か大型の非実弾系のランチャーを持っているような構図に、思わず綾芽は言ってしまう。
「ええ、そうですよ」
「重くない?」
「静止重量は37キロ程ありました。 ま〜、通常時はただのアズレグラスですから」
「はぁ…(そんなのどうやって持つのよぉ〜)」
 そんな事を考えつつ辟易した表情で綾芽はため息を吐くのだった。

 それからしばらく二人は、特に中身がある訳でもなく話をしていた。
 やがて二人の視界に悠朔と綾香の姿が入る。
「帰ってきましたね」
「うん。 ママー」
 先に駆け出した綾芽のその姿を、小さな子供が母親を渇望する様子と重ねてしまい、希亜は自己嫌悪気味に、
「私には、だめですね」
 そう言って、三人の方へと歩き出すのだった。




 数日後、リーフ学園事務棟前。
 とりとめのない会話を交わしながら、希亜と和樹は段ボール箱を持って高等部の方から歩いて来ていた。
 希亜は午前最後の授業が休講になった所を、和樹はたまたまこんな時間に漫研に顔を出そうとして廊下を歩いていた所を、それぞれにたまたま南さんに捕まり彼女の作業の手伝いをしているのだった。
「希亜君は、今書いているって聞いたけど、進んでる?」
「由宇さんからですか?」
「そうだよ」
「まぁ、強制参加という感じですけど、今のところはぼちぼちです〜。 それで、千堂さんはどうですか?」
「俺の方も、ぼちぼちでんなぁ」
「下手ですねぇ…」
 関西弁風に戯けて答えた和樹に希亜は鋭く冷たいツッコミを返した。
 少し間があいたが、二人はまたたあいのない会話を続けながら、段ボールをそれぞれに抱えたまま、保育所、幼稚園から大学院や研究施設までをそろえてなお広大な学園の諸事務を司る事務棟へと入って行った。


 事務棟保管庫前。
「はい、二人ともご苦労様」
「ありがとうございます」
 そう言って和樹は出されたコーヒーカップを手に取り。
「南さん、これってかなり古い書類ですね」
 そう言って、段ボール箱から取り出した書類を開く、表紙には学園寮出納管理簿と書かれた紙が新たに貼ってあった。
「ええ、寮の倉庫を整理していたら出てきたから、こちらの保管庫に入れに来たの」
 出された物がコーヒーだったので、紅茶も含むお茶党の希亜は、コーヒーに手も着けずに開かれた出納簿をのぞき込む。
「修繕費、多いですね」
「昔からみたいよ、私が引き継いだ時もそうだったから」
「そうなんですか」
 和樹はパタンと出納簿を閉じると。
「じゃあ僕らはこの辺で、行こうか希亜君」
「はい」
 二人は南さんに会釈をしそこから離れて行く。

 外に出た二人はそのまま高校の方へと進んでいた。
「そう言えばこの前ウィッチズ・ブルムの本読ませてもらったけど、あれって魔術書かなにかなのかい?」
 ウィッチズ・ブルム正式にはWitch`s broomとアルファベットで綴られる、それは希亜の姉が主催するサークルであり、主に魔女にまつわる物語を扱っている。 また希亜も姉より許可を得てこのサークル名を使っている。
「Witch`s broomの本ですか? 魔術書ではないはずなんですけど… コラムなんかにはそう言った事も書いてあるんですけどね」
「コラム集だったよ、たしか…」
「ふ〜ん、姉ぇちゃんそんな本出したんだ〜」
「え? 知らなかったのかい?」
「ええ、そう言う話は聞いてませんでしたよぉ」
「おかしいな、由宇は希亜から借りているって言っていたけど」
「そんなはずは… あう」
 言葉の止まる希亜、和樹はそれを見て「ああやっぱり」とでも言いたそうな口調で、「心当たり、あるんだ」
「ええ、そりゃもうしっかりと」
 返した希亜の声は「やっぱり由宇さんですから」とでも言っているようなものだった。


 授業中。
 教科書を、それも授業とは関係ない場所を読んでゆく希亜。 ふと顔を上げ、辺りをそれとなく見渡すと。
(あ、綾芽さんだ)
 この高校は大学のような単位取得形式のシステムを取っているので、基礎科目の多い一年生である以上、それなりに同じ授業になりやすい、だから同じ講義室にいる事自体は珍しい事ではなかった。
 希亜の視線の中に入った彼女は、こちらに気づくはずもなくノートの上でシャーペンを走らせている。
(ノートを取っている。 と、言う訳ではないようですね)
 黒板に新たな項目が追加されている訳でもなく、ノートを取る必要がないことを横目で確認しながら、しばらく彼女を視界のはしに納め続けていた。


 放課後。
 頭上を甲高い爆音が轟き渡る。
「…戦闘機のエンジン音?」
 振り返り見上げた希亜の視線の先には、飛び去ってゆくYF-19改の姿があった。
 しばしば空を飛んでいるそれは、希亜の気に入ったデザインをしており、その飛行機の滑走路等が学園内にある事も知っていた。 とは言え、そばまで寄って見たことはまだ無いのだが。
「結構飛んでるよね〜」
 とりあえずシルエットを確認した希亜は再び歩きだす、だがその歩みは唐突に止まった。
「前進翼・ヴェイパートレイル・ベクターノズル。 零戦クラスの運動性能、この辺りをコンセプトにしてみるか〜」
 頭の中で翼端から雲の線を描きながら急旋回をする、前進翼の箒を思い描きながら。
 それを実現するのに何が必要なのかを考えてゆく希亜。
 思考に夢中になりすぎて、宙に浮き上がり吹いてくるそよ風に流されるのにも気づかずに…




登場人物(A-Part・登場順)
 猪名川 由宇
 悠 綾芽
 悠 朔
 軍畑 鋼
 千堂 和樹
 牧村 南


今回の色々

音声魔術って体力系のスキルだって聞いたから、魔力を感じられないと思ったけどいいのかな…


アイテム(A-Part・登場順)
Wingd Hanmmer
 C-partにて若干の説明あり
 希亜君専用、通常魔法の成功率が3倍になる道具、逆に言えば希亜の通常魔法の成功率はそこまで低いのである。

天津丸Mark-2パワーアップタイプ
 形式はAmatsumaru-Mark-2P、亜音速中距離航行箒。 C-partにて若干の説明あり。
 低速航行用箒の天津丸とはまた別の箒である。

Scythe "Soul-Divieder Ver.2.45b"
 C-partにて若干の説明あり。
 見た目はSpecinefのyflether(読み:アイフリーサー)である。
 Wingd Hanmmerを更に強化したようなものであり、魔法成功率は更に上がる
 (正確な倍率は未設定)。
 Mode-lancharでは魔法塊の射出が可能、Ver.2.45bではおおよそ音速で射出される。
 希亜の夏休みの私的時間はこれの製作(ヴァージョンアップ)にもっとも割かれる。
 お気付きの人もいるかも知れないが、これはβ版である(笑)

学園寮出納管理簿
 学園寮の、破壊経歴の金銭面版、と言える


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Ende