リリカルなのは、双子の静 第一話


 高次空間内、次元空間航行輸送船コバヤシ丸、ブリッジ内。
 既に非常灯に切り替わっているブリッジ内を、もう何度目かの爆発音と振動が襲う。
「第4貨物室でも爆発!」
「メインフレームに致命的なダメージを確認!」
「機関室はあと一時間持ちません!」
「総員退船! 退船だ!」
 船長の叫び声に、それまで懸命の復旧作業に追われていたクルー達はその手を止め、すぐに救命ボートへと走り出して行った。
 火の手が周りはじめたブリッジから、最後に船長が逃げだして行き、やがてブリッジも炎に包まれた。

 高度に複雑体系化した技術群が起こした、大規模なブレイクスルーによって得た技術、魔法。
 それらによって高次空間内を航行していた船体は、内部の爆発と火災により、ついには高次元空間上に船体を維持できなくなり、バラバラになりながら何処かの世界へと崩れ落ちて行く。
 窓越しに崩壊してゆく船体を、ユーノ・スクライアは見つめていた。
 そして自分が責任者として発掘したロストロギアが、近くの世界へと消えて行くのを見ると、輸送船のクルー達の制止も聞かずに、一人救命ボートからその世界へと転移して行った。




 海鳴市藤見町高町家、深夜。
 日本家屋の二階の窓が開けられ、少女が夜空を見上げる。
 少女の名は高町静。私学に通っている双子の姉と同じく、春の花を名前にもつ、小学三年生である。
 目がさえて眠れない彼女は、雲の少ない夜空に大熊座を見つけると、そのまま北斗七星のひしゃくを追って北極星を探しはじめた。
 唐突に、夜空に光の筋が一つ描かれる。
「流れ星!」
 思わず声を上げた。その静の視界に、いくつもの光の筋が町へと降り注ぐ光景が広がる。
「うわぁ」
 その光景の美しさにに見とれていると、ふとその一つがこちらに向かって来るのに気付いた。
 次の瞬間、真っ直ぐに向かって来た光は、静の視界を始め、全てを真っ白に染めていた。

 静は自分が死んだと思った。
 気が付くと床の上に倒れて天井を見上げており、先程までの光が嘘のように暗く静かな自分の部屋が広がっていたからだ。
「死んじゃった… 当たり前よね、隕石にぶつかったんだし」
 一瞬で死んだのだろうと思うと、それまでお世話になった人の顔が脳裏に浮かんでは消えてゆく。
 もう先生にお世話になる事もないんだなと、主治医の顔を思い出し。
 あの人達の手を煩わす事もないんだなと、お姉ちゃんの先輩を思い出し。
 親しかった友人にも会えないんだなと、車椅子の友人の事を思い出し。
 もう家族に会う事もないんだなと、家族の事を思い出した。
 どうしようもなく悲しくなった。
「ごめんなさい、なのはお姉ちゃん。 おかぁさん…」
 自分でも驚くくらい寂しい声に、静は泣き出してしまう。
 そうして静が家族の顔を順に思い出しながらに泣いていると、部屋のドアが開かれた。
「静ぁ、まだ起きているのー?」
 静の姉、高町家の長女美由希がドアを開きそう声をかけたところで、彼女は部屋の中で倒れたまま泣いている静に気付いた。
「静、どうしたの?」
「お、お姉ちゃん?」
「泣いているの?」
 美由希は静が怖い夢でも見たのだろうと思い、そばによって優しく抱きしめる。
 すぐにしがみついてきた静の頭を優しくなでながら、落ち着かせようと声をかける。
「どうしたの? 静」
 声をかけた直後、それまで美由希にしがみついて来ていた静の力が消え。変わりに静は美由希の感触を不思議そうに確かめ始めた。
 そんな静の行動に美由希も戸惑う。
 別段怖がっている、と言う訳ではないのだが、美由希にすがりついている、と言うわけでもない。
 人生経験豊富な母なら何か分かると思うが、美由希はそこまで人生経験があるわけではない。むしろ今までの人生の大半を修練で過ごしている身がどこか哀れに感じる。
「…えっと、どうしたの静?」
 戸惑ったまま静に質問を投げかける美由希は、仕方なく静の返事を待つ。
「あのね、お姉ちゃん…」
 ぽつりぽつりという感じで静の口から告げられる言葉。
 たどたどしいが、年に似合わない説明口調で告げられる内容は、要約するとこうである。
 隕石に当たって死んだと思ったけど、死んではいないの? と。
 静の言葉が途切れると、すぐに美由希は静を抱きしめ直す、あまりにも微笑ましくて可愛い事に笑いながらではあるが。
「もー、美由希お姉ちゃん笑いすぎ!」
「ごめんごめん、じゃあ今日は一緒に寝ようか」
「…いいの?」
「うん、枕持ってくるから待っててね静」
「うん!」




 海鳴市藤見町高町家、朝。
 高町家の朝は早い。父士郎と長男恭也、そして長女の美由希の三人が、早朝から鍛錬に励んでいるからだ。
 二番目に起きてくるのは母、桃子である。
 それからすぐに三女の静が起きて、母と一緒に朝食の手伝いをする。
 最後が、たまに寝坊するが、一応は朝食直前に起きてくるだろう、次女のなのはである。
 これがいつもの高町家の朝の風景といえる。
 今朝も例外に漏れず、朝食の用意が出来てもなのはは現れない。
 いつものように部屋まで迎えに行こうとリビングを出ると、寝ぼけ眼をこすりながら、私立聖祥大附属小学校の制服を着込んで階段を下りて来ている所だった。
「お早う、なのはお姉ちゃん」
「おはよう静ぁ」
 元気よくかけた声も、いつものように眠そうななのはの声で返される。
 静はなのはの為に、リビングに通じるドアを開けてなのはを通した。
 二人が席に着くと、ようやく家族揃って「いただきます」と食事を始める。

 食事が終わると再び朝の忙しい時間が始まる。
 なのははすぐに用意して学校へ行ってしまう。送迎バスが来る時間に間に合わせる為だ。
 静はそれを見送ってから、学校へ行く用意をする。
 なのはとは違い、静は公立の小学校に通っている。
 高熱を出してしまい受験できなかった為だが、静はそれを残念に思っていても後悔はしていない。
 そうしてランドセルの中を確認し終えて、ふと視線がベッドの下に向かうと見慣れない物があるのに気付いた。
「なんだろう」
 手を伸ばして拾い上げてみると、かなり汚れた何かのケースに見えた。
 少し考えてみるが家族の中でこれを持っていそうな人物は、全く思いつかない。
 開けてみようと思ったが、どこから開くのかすら見当もつかない。
 時計を見てそろそろ登校時間にさしかかっているのに気づき、仕方なく机の引き出しに仕舞う。
「静ぁー、早くおいでー」
 部屋の外から美由希の声がかけられた直後、ランドセルを背負い戸締まりを確認して、慌てて部屋を後にした。
「美由希お姉ちゃん待ってー」
 階段を下りる足音と、静の声が部屋に小さく届く。やがて玄関を施錠する音を最後にこの部屋も静かになった。




 海鳴市藤見町高町家、静の部屋、夕刻。
 ドアが開き静が学校から戻ってきた。
「えーと。今日は、何もないわね」
 そう言ってカレンダーを見上げる。
 習い事である弓道は週末、公文は昨日と明後日、翠屋関係の予定もなし。月一での病院の検査は来週の月曜日に行く予定になっている。
 PCを立ち上げ、メッセンジャーとメールを確認すると、友人からのメールが一件来ていた。

 ななせちゃんへ、今日の夕方くらい図書館に行きます。
 良かったら会ってお話ししましょう、栞。

 ななせというのは静のハンドルネームであり、栞というハンドルネームは、図書館で知り合ったはやてという、静と本当は同級生になる子供だ。
「とりあえず、宿題を済ませて、図書館はその後の方が良いかしら…」
 自分に言い聞かせるようにして、ランドセルから教科書とノートを取り出して宿題を始める。
 別段、静は良い子であろうとは思っていない。ただ彼女の中のなのはという像に、少しでも近づきたい為に努力しているに過ぎない。
 実際のなのはがどうあれ、静の中では、なのはは尊敬するべき姉なのだから。
 とは言え、家族であるだけに、欠点も知っているので、全ての点で尊敬していると言う訳でもないが。

 そうして宿題を終えて、机に突っ伏す。
 そのまま何となく窓の方を見ていると、昨夜の出来事が思い出され、思わず赤面する。
 そうして今朝の事、あのかなり汚れたケースの事に思い至り、引き出しを開く。
 取り出してよく観察するが、形状は左右不対象な五角形。直線を主体とした幾何学模様が施されたコンパクトともとれる。
 上下に半分に分かれそうな線が入っていることから、それが何かの入れ物だろうとしか見当がつけられない。
「どうやって開けるのかしら?」
『技術者以外が、外部装甲を外す事はお勧めできません』
 静の思考に直接言葉が届いた、澄んだ透明感のある女性の声だ。
 一瞬、間が開く。
「…どうやって開けるのかしら?」
 静は確かにとまどったのだが、幻聴だと思う事にした。
 なにせ普段からジャンルにこだわらない本を読み、色々な物語や事象を想像する静にとって、それらは自分の中で想像した物と何ら代わりはなかったからだ。
『申し遅れました。本品は試作型デバイス、名前はまだありません』
 先ほどと全く同じ、澄んだ透明感のある女性の声で告げられた。
 静がもう一度幻聴だと思いこむまでの間、再び間が開く。
 ようやく幻聴と判断して、そのまま自称試作型デバイスを机の上に置き、静はベッドに入った。
「幻聴が聞こえるなんて、疲れてるのね」
 そうやって今までの事を思い出す。
 あの日、受験できなかった日に、なのはお姉ちゃんと約束した同じ中学に行く事。
 そのためにずっとがんばってきている事。苦に思った事はないが、やっぱり疲れていたんだろうと思い、静は自分を納得させた。
『申し訳ありません、ここは何処でしょうか』
 思考に割り込んでくる声を問題なく無視する。
『静さん? 返事をしていただかなくてはこちらも現状を把握できません』
「あーもーやかましい!」
 そう叫んで静は頭ままで布団の中に入り込む。
 その後も続く、自称試作型デバイスの質問に、ついに頭に来た静は、どこからともなくカナヅチを取り出して来ると。
 その自称試作型デバイスに、怒りの限りの力で振り下ろした。
 ギィンッ…
 金属に金属が叩きつけられる音とはほど遠い、鈍い音が部屋に広がる。
 そしてカナヅチは、試作型デバイスの直前で何かに当たり跳ね返されていた。
『信じていただけましたか?』
 そんな声を無視して、静はあらん限りの力で、もう一度カナヅチを振り下ろした。
 ギィンッ…
 再び金属が叩きつけられる音とはほど遠い、鈍い音が部屋に広がる。
 やはりカナヅチは、試作型デバイスの直前で何かに当たり跳ね返された。
「…信じるわ。けど、ちょっと待っててね」
 そう言って静は、カナヅチを放り出して部屋から出て行った。

 数分後に戻ってきた静は、お茶菓子をもっていた。
 机の上にそれらを置き、椅子の前に立つ。
「完全に存在を信じたわけではないけれど、さっき殴りつけたことは謝る。ごめんなさい」
 そう言って静は、深く腰を曲げ頭を下げる。
「信じて貰えて何よりです」
 単純な音声で聞こえてきた、澄んだ透明感のある女性の言葉に、静は呆れたように椅子に座り込む。
「はじめから音声で話しかけてくれれば分かり易かったのに」
「有為な魔力を計測しましたので、念話で話しかけたのですが」
 目の前の試作型デバイスの言葉に、静は答えようとしていた物事を放棄した。
 完全に自分たちの常識とはかけ離れた物が目の前にある。という事を再認識させられたからだ。
 疑うと言う事は、全力で叩き付けたカナヅチが届かなかった事から、既に放棄している。
「残念だけど、質問に完全に答えることは出来ないわ。それでも良いなら質問して」
「分かりました。では、ここは何処ですか?」
「海鳴市、って地名分かる?」
「…いいえ」
「日本国は?」
「分かりません」
「じゃあ、地球は?」
「第97管理外世界にある惑星の名前ですね」
「ここはその日本にある海鳴市、の高町士郎の家。私は三女の高町静」
「本局に送られる予定だったのですが、事故でここに不時着したのでしょう」
「そうなの?」
「はい。他にも重要な物資があったと聞きましたから、かなりの警備がされていると思いましたが、何者かに襲われて輸送に失敗したようです」
「海賊にでも襲われたの?」
「ケース内で外部を観測できませんでしたので、推論になりますがそうだと思います」
「これから、どうするつもり?」
「出来れば、静さんに私のマスターになっていただきたい」
「どうして?」
「デバイスの説明になりますが、私は魔導師が魔法を使うのを補助するために存在します。私の中にあるデータでは、この世界では魔導師になることが出来る人物は本来存在せず、とても希有であるとありました。ですが静さんは高ランクの魔導師となる事が可能です」
「だからわたしに、あなたのマスターになって欲しいという事?」
「はい、デバイスとしての本懐を遂げさせていただきたいのです」
「…ごめんなさい、本懐の指す意味が分からないわ。デバイスとしてありたいと言う事で良いのかしら?」
「はい」
「魔法にはかなり興味があるけど、デメリットはあるかしら?」
「…第一には、魔法を秘匿していただきたいのです。 第二には時空管理局の管理外世界ではありますが、管理局の方針に従った方が良いと思います」
「第一の方は良いわよ。で、時空管理局って? ここが管理外世界と言うくらいだから、相当大規模な組織よね? 時間犯罪も取り締まるの?」
「時間犯罪とはどのような物ですか? 該当する単語がデータにないので」
「こっちのSFで出てくるの、タイムトラベルを利用して行われる犯罪行為の事よ」
「架空の犯罪として、物語の中で出てくるのですね?」
「そうそう」
「私のデータの中にはそう言った系統の魔法自体が、架空の物しかありませんので、現時点では不可能な犯罪であると思われます」
「分かったわ、じゃあ時空管理局についてお願い」
「分かりました。主目的は質量兵器の根絶とロストロギアの規制ですが、犯罪の取り締まりから判決を経て刑の行使まで行われます。組織規模は次元世界最大であることは言うまでもありません」
「芋づる式に分からない単語が出てくるわね」
「申し訳ありません、出来るだけ簡単に説明しようと思うのですが…」
「いいわ、世界を隔てているわけだし。分からない事の方が多いのは仕方ないわよ。とりあえず魔法を隠す事と、出来るだけ管理局には従った方が良いという事ね?」
「はい」
「分かったわ、あなたのマスターになる」
「では、名前を付けてください」
 静はそう言われて戸惑った。ゲーム等でも、名前を付けるのに延々と悩むタイプなのだ。
「とりあえず、あなたの紹介をお願いします。 …それと、ゲームでも名前付けるのに時間がかかる方だから、ゴメンね」
 何か名前に方向性は無いものかと思い、静は自分の事も含めて正直にデバイスに訪ねた。
「分かりました。試作型デバイスとして制作されました。名前待ちのデバイスです…」
 そうしてデバイスは延々と自分の説明を始めた。
 何度も途中で静の質問が入ったが、それにも丁寧に答えてゆく。
「纏めると情報管制を主とした機能として、管制人格があって、戦闘には向かないと言う事で良いかしら?」
「全体のバランスとしてはそうなります」
「うーん、悩むわね」

「あなたはわたしに道を示せるかしら?」
 しばらく悩んだ末に、静はデバイスにそう訪ねていた。
「幾つかのデータは提供できますが、それは不可能です」
「分かったわ、良いモチーフがなかったからこう名付けるわ、伊勢と」
「イセですね」
「この国の地名、古くからの神の棲む土地の名、昔の戦艦の名前にもなったわ。イメージが違うと思うなら拒否しても良いわよ」
「いえ、伊勢のお名前、謹んで頂戴いたします」
「ありがとう。 …で次に、どうすればいいのかしら?」
「マスターの都合の良い時間に、魔導師としての訓練をしたいと考えていますが、現在はシステムチェック及びリカバリー中ですので、全機能が使えるわけではありません」
「なるほど… こっちとしてはこちらの世界の常識を知って欲しいんだけど、そっちの機能が回復するまでは、こっちの方を優先した方が良さそうね」
「分かりました」
「情報はどうやって取得できるの?」
「本のような媒体の場合はスキャンすることによって取得します」
「やってみて?」
「部屋の中の書籍を検索、順次スキャンします」
 何が起きるのかと思って当たりを見渡す静。
「終了しました」
 伊勢の声がそう聞こえるまで、静の目には変わった事は何も映らなかった。
「これって、誰にも分からない?」
「微細な魔力の流れを把握できれば、簡単に分かります」
「そう、少なくともここでは有効ね。私には何も分からなかったわ」
「訓練すれば分かるようになるかもしれませんが、こればかりは特性次第ですね」
「そう、今日はわたしは何もないから図書館へ行きましょうか。 本当はその表面の汚れも落としたいんだけど、それには色々と道具が要りそうだから後でね」
「これは外部装甲が変質してしまっていますので、パーツの取り替えになります」
「専門の所じゃないと無理か…」
「はい」
 後日外装が気に入らなかったから、交換するために自己修復しなかった。という伊勢の意志が告げられるのだが、それはまた別の話である。




 海鳴市立図書館内、夕刻。
 伊勢は図書館に入るなり、書籍のスキャンを始めていた。
 静は泥棒でもする気分で、借りる本を物色しながら、所在なく本棚の間を歩いていた。
「あれ?ななせやん、どないしたん?」
 唐突にかれられた声に、静は全身をビクンと振るわせ、さび付いた扉のように振り返る。
「お、お…」
「を?」
「脅かさないでよ」
「大げさやなー、ちゃんとメールしたやない」
 図書館なので小声ではあるが、からからと快活に笑うのは、車椅子に乗った静と同じ年の少女、八神はやて。
「…忘れてたわ。でも、合うのは久しぶりね、栞」
 静とはやては、お互いをハンドルネームで呼び合う仲で、良くメールのやりとりをしている。
 静のハンドルネームは、ななせ。静曰く「名字も作ってるわよ」との事。
 そしてはやてのハンドルネームは、栞。はやて曰く「あの頃は良く本に挟んで作ったもんや」との事だ。
 二人は本棚の間から、談話室へと向かう。殆どの場合、そこで話をするのが常だ。

 やがて静の門限も近くなり、二人は連れだって図書館を後にする。
 はやての車椅子を押しながらの取り留めのない会話、それも分かれ道に差し掛かった所で終わる。
「じゃあ、またね栞」
「またお話しよーなー、ななせ」
 お互いに手を降って分かれる。時間がある時は家まで押して行くのだが、はやての「これからも、ずっとこの身体とつきあわないかんのやから、出来る事は自分でするわ」という方針を尊重して、静に余裕のある時に限り、はやてを手助ける事にしている。
 やがて、はやての姿が見えなくなると、静は思考を切り替えて伊勢に話しかける。
「どうだった?」
『データの整理中ですが、機能チェックにも処理を割いているので時間がかかります。日常的なデータを優先して整理していますので、この世界での常識から外れるような事は、少なくなると思います』
 静の手提げ鞄の中には、図書館で借りた本が2冊、日本神道に関する本と、戦艦伊勢に関する本だ。
 伊勢が戦艦伊勢の武装システムと最新鋭のシステムとを参考に、デバイスの武装システムを組み上げ、静に呆れられるのだが、それは後日の話になる。
「それにしても、わたしだけこうやって話すのは、変よね?」
『訓練して念話が出来るようになれば、その心配もなくなりますよ』
「難しい?」
『これは基礎ですから、こつさえ掴めれば簡単にできます』
「そうなんだ」
『所で、データを整理中に分析したのですが、時空管理局はこの国で言うところの、三権分立されている司法と立法、一部行政の3つの分野にまたがっています ね。データ元の本では司法と立法と行政が、お互いに監視しあったほうが上手くゆくとありますので、管理局はあまり安定した組織ではないことになります』
「えーと…」
『興味ありませんでしたか?』
「そうじゃないわ、まだ学校でも習っていないから言葉の意味が分からないの」
『あ、申し訳ありません』
「謝ることでもないわ、わたしはまだ子供だから」
『管理世界では能力さえあれば子供でも仕事に就くのです』
「世界は、広いわね〜」
 そのまま、小声ながらも話しながら帰宅した静は、家の手伝いがあるからと伊勢を引き出しの中に置いて、いつものように夕食の準備を手伝うのだった。


 海鳴市藤見町高町家、夜。
 夕食を準備している場で、静の双子の姉のなのはは、傷ついたフェレットを預かりたいと、戸惑いながらに家族に告げた。
 一瞬真剣に悩んだ士郎が、静の方へと視線を向ける。
「わたしは構わないわ、むしろ良い事だと思うわよ」
 士郎の視線にそう返す静。
 昔、静が子猫を見殺しにしてしまったとされた事があり、それを知っている士郎は気遣って言葉をかけようと思ったのだが、静から返ってきた答えに士郎は頷いて答えた。
 だが、次の瞬間。
「ところで、フェレットってなんだ?」
 との士郎の質問に、なのははテーブルに頭をぶつけ、静は席に着いてなかったのでその場でこけた。
 最終的に桃子の「しばらく預かるだけなら、かごに入れておいて。なのはがちゃんとお世話できるなら良いかも」との方針で恭也と美由希も賛成した。
 喜んでいるなのはを見てようやく静も喜ぶ。
 その一連の静の様子を見ていた士郎は、内心で静にも良かったなと思うのだった。


 夕食を終え、片付けも手伝い終えて、静はお茶の入ったコップを片手に部屋に戻ってきた。
 少し考えて部屋に鍵をかけて、窓のカーテンを閉める。防音はしっかりしているので話し声程度ならまず聞こえる事はない。
 そうして机に付くと、借りてきた本を取り出して、引き出しから伊勢を取り出した。
『お帰りなさい』
「ただいま。 そう言えば伊勢ってかなり人間みたいに自然に話『…聞こえますか? 僕の声が… 聞こえますか?』
 突然割り込んできた男の子の声の念話。
「誰なの?」
『広域にわたって無作為に告げられています、場所は機能不全のため特定できません』
 驚いた静の問いかけに伊勢はそう返す。
『聞いてください、僕の声が聞こえるあなた、お願いです僕に少しだけ力を貸してください! お願い僕の所へ! 危険が、もう!』
「ずいぶんとせっぱ詰まっている声だけど、途切れちゃった…」
『途中から1:1の念話に切り替わっていましたが、静さんに宛てた物ではありませんでした』
「盗聴したって事?」
『はい、静さん一度心でこちらをイメージして、口に出さずに語りかけて見てください』
「やってみる」
 静は目を閉じ、明確に伊勢の姿をイメージする、そうして何を語りかけようかと考えた矢先、隣の部屋の戸が閉まる音に続いて階段を下りてゆく音が聞こえた。
『なのはお姉ちゃん?』
『1:1の念話ですが、なのはさんは出かけていったようですね』
『こんな時間帯に? ちょっと見てくる』
 静か部屋を飛び出し、玄関でなのはの靴がない事を確認した。
 そのままサンダルを履いて玄関前を見渡すが、なのはの姿は見えない。
「どうしよう」
「なにが、どうしようなんだ?静」
 気配もなく後ろから恭也の声がかけられた。
 思わず驚き、その分の抗議をして、ようやく静はなのはが家を飛び出した事を告げる。
「お兄ちゃん、なのはお姉ちゃんをお願い」
「分かった」
 恭也はそう答えて、心配するなとばかりに静の頭をぽんぽんと撫でると、夜の町へと出かけていった。
 いつの間にか美由希と士郎も玄関前に居合わせている。
「さぁ、静はもう家に入りなさい」
「うん、でもなのはお姉ちゃんが帰ってきても、あんまり叱らないでね」
「分かった」
 美由希のその言葉を聞いて、静は一度部屋に戻る。

『あの念話は、誰かがなのは姉ちゃんに送った物なんだね』
 自分の机に突っ伏して伊勢に念話を送る。
『そう思われます』
『… …あれ? 念話が使えている?』
『もしかして気付いてませんでしたか?』
『全然、気付きませんでした』
 静と伊勢の間に、微妙な間が開く。
『1:1の念話です、もう少し明確に私をイメージする事が出来ればより精度の高い通信になると思います』
『わがまま言って悪いけど、なのはお姉ちゃんを追える?』
『追跡は静さんの家族の方に迷惑がかかるかと思いますが』
『あ、そうじゃなくて。映像とかで見る事が出来ないかなと思って』
『十分程お待ちください、最優先でその機能をチェックします』
『お願いします』
『マスター、そう言うときは「がんばって」って言いましょう』
『分かった、がんばって伊勢』
『はい』
 そのまま十分を待つつもりだった静だが、母桃子に風呂に入るように言われたので、待つことなく風呂へ向かう。
 彼女にしては珍しくカラスの行水のように、急いで身体を洗い、最終的にドライヤー片手に部屋に戻って来た。
 しっかりと鍵を閉めたのを確認して、ドライヤーを動かした所で、伊勢に念話で話しかけられた。
『必要機能にエラー破損箇所なし、準備完了しています』
『ゴメンね遅れて。早速だけどどうしたらいいの?』
『まず、なのはさんを見つけます。彼女もかなりの魔力保持者なので、魔力探索で見つけられると思います』
『それで次には?』
『位置を特定したらサーチャー、偵察機のような物ですね、それを飛ばして現地の映像を確認できます』
『分かった、やってみる』
『一言だけよろしいでしょうか?』
『何?』
『静さんに出来ないとは思いませんが、慣れない魔法で虚脱感を感じる事になるかもしれません』
『それくらいなら大丈夫』
『もう一つ、女の子なんですから身だしなみには気をつけた方が良いかと…』
『え?』
『髪の毛は気をつけて乾かした方が…』
「うわーーーっ!」
 姿見に映った自分の惨状に気付いた静は、慌てて髪を乾かす事に専念する。
 しばらく急ぎながらも、髪を乾かした静は幾分落ち着いたのか、ドライヤーを戻しに部屋を出た。

 部屋に戻って来るなり。
『念話は距離にはあまり関係ないですから、側にいなくても、相手が見えなくても話しかけられますよ?』
 念のため、とばかりに伊勢の言葉が念話で告げられる。
「あーー、そう言えばそうみたいだね」
 伊勢に言われて初めて実感したのか、がくりと項垂れる。
 だが次の瞬間目的を思い出し立ち直った。
『始めるわ、やり方を教えて?』
『わかりました。イメージとしては…』
 伊勢の言葉がぴたりと止まる。
『伊勢?』
『魔力という物の感覚をつかんで貰わないとかなり難しい事に気付いたので、どう説明しようかと思いまして』
『そっか。 …じゃあサーチャーを飛ばしてみる? 子供の足だからそんなに遠くに行っているとは思えない… ちょっと待っててね?』
 何かに気付いたのか、静はノートPCを取り出して電源を入れた。
「フェレットを預かると言う事だから、動物病院に向かってないかな?」
『その動物がなのはさんにSOSを送ったと考えるのは、少し厳しいですね』
「どう…『どうして?』
『あれだけ強力な念話を送る動物は、現時点で格納されたデータにはありません』
『あうー』
『可能性があるとすれば、変身魔法を使っている事でしょうか』
『なんで? そんな事したらややこしいだけじゃないの?』
『変身魔法を使用して、治癒を早くする方法がデータに存在します』
『分かったわ。とりあえず今はサーチャーを使う方法をお願い』
『了解。今回はサーチャーを一つだけ飛ばします。静さんからは私に魔力とサーチャーへの指示を念じる事によって届けて貰います。私からはサーチャーから得られる映像を机の上に投影します』
『魔力はどうやって送り込めばいいの?』
『そ、そうですね…』
『えーと…、まずは適当にイメージしてやってみます』
『お願いします』
 静にとって魔力はなんだか分からないものである。仕方ないから自分の中の気、のような物を仮定して、それが伊勢へと送り込まれる事を想像し、それを意識してみる事にした。
『そっ!そっ! そんなにいっぱい送り込まなくても大丈夫ですっ!』
 慌てる伊勢の声に、静は送り込まれるイメージを細い物に変えてゆく。 それが一本の細いワイヤーのようになった頃。
『そのくらいで十分です』
 と、伊勢の声がかかった。
『このまま維持する感じて良いの?』
『はい、間違って切断されても魔力の備蓄で動きますから、慌てずにつなぎ直してください』
『分かったわ、切れたら教えて。じゃあお願い』
『始めます、まずはなのはさんが向かった方向に飛ばします』
 伊勢がそう言うと、机の上に俯瞰した映像が現れた。
 映像はそこそこのスピードで移動してゆく。
『操作を念じてください』
『う、うん』
 静は高度を上げる事を念じる。すると映像の範囲が広がって行く。
 そうして少しずつ操作方法を覚えていると、映像の中に突然、煙のような物が現れた。
 急いでズームさせる。
 何かが道路の中程で蠢いている。その位置からすぐ近くに、なのはが座り込んでいるのが見えた。
『お姉ちゃん!』
 映像に映るなのはが、フェレットだろう小動物と会話しているように見えるが、それを謎に思う暇もなく、映像の先のなのははそのフェレットから赤い何かを受け取ると立ち上がって何かを言葉にし始めた。
『あれはデバイスです』
『お姉ちゃんも魔法を使うんだ』
 映像の中で、なのはが変身して行く。私服から、なのはの通っている学校の制服に似た衣装へと。
『バリアジャケットだと思います』
 静はもっと情報を知りたくて、集中をしていた。それも無意識に。
『静さん?』
『せめて音が拾えれば』
『分かりました、音声をつなぎます』
 伊勢がそう言った直後、静の思考に音が届く。
『封印するべきは忌まわしき器、ジュエルシード!』
 フェレットが話した言葉に続き、なのはの言葉が続く。
『ジュエルシード封印!』
 なのはの事場の後に続いて大人の女性の声が聞こえるが、残念ながら静にはなんと言っているのか分からなかった。
 直後、なのはが持っている杖から、桜色の光がいくつも伸び、蠢く黒い塊にからみついてその動きを封じて行く。
『リリカル、マジカル。 ジュエルシードシリアル21封印!』
 再びなのはがそう述べると、杖から再び桜色の光が伸び、今度は黒い身体を貫いて行く。
 やがて断末魔を上げて、その黒い体が桜色の光を放ち、ガラスが砕けるようにはじけた。
 なのはの相手がいた場所に青い光が見え隠れしている。
『これがジュエルシードです。 レイジングハートで触れて』
 フェレットの指示に、なのはが杖の先を青い光に向ける。するとその光を放つ小さな物体は、杖の先にある赤い球体に吸い込まれていった。
『解説をお願い』
『第1級指定ロストロギア、ジュエルシードのシリアル21ですね。 ロストロギアとは…』
 伊勢によるジュエルシードの解説を聞きながら、静はサーチャーを操作し続けて、移動を始めたなのはを追う。
 やがて公園のベンチにたどり着きお互いに自己紹介となった。
『スクライア、私を作った人物と同じ民族ですね』
 フェレットがユーノ・スクライアという人物である事が分かった直後に、伊勢が言った。
『あの子は知ってる?』
『いえ、ユーノというスクライアはデータにありません』
『そう。それにしても次元震なんて… 街中にイワン以上の物があと20個もあるってどういう事よ!』
『イワンとは何です?』
『人類が作り出した一番破壊力のある爆弾よ』
 念話でそう言って、静は深くため息をつく。
『あ、そろそろ良いわ。なのはお姉ちゃんも帰ってくると思うから』
『では、魔力の送り込みを停止して、音声のやりとりもカットして下さい』
『イメージしてみる』
 静は伊勢からコードを引き抜くイメージで、魔力のラインとデータのラインを停止させてみた。
『…少し乱暴です、先に流れを停止するイメージでお願いします』
「あ、ごめん」
『それにしても、ジュエルシードはやっかいですね』
「手に負える物じゃないと思うんだけどー」
 脱力して机に突っ伏す。
 しばらくじっとしていた静はむくりと起き上がる。
『そう言えば倦怠感は無いわね』
『それは何よりです』
『伊勢。お姉ちゃんとあのユーノから、私と伊勢の魔法の事、隠せる?』
『一卵性双生児なんですよね?』
『なのはお姉ちゃんと?』
『はい。その場合、姉妹そろって同じような魔力資質を持つ事は珍しくないですから。とりあえずは、私からは緊急時以外には念話を使わなければ何とかなると思います』
『そうすると、私の方が大変かな』
『静さんは、そうですね。出来るだけ接触を減らした方が良いと思います』
『分かった、そうしてみる』
『しかし、どうして秘匿するのですか?』
『お姉ちゃんが、お姉ちゃんのやりたいことに専念できるように。かな…』
 その夜、なのはが連れて帰ってきたフェレットが、静以外の家族の間で人気になる。
 静はそんななのはに「お帰りなさい」と優しく告げるのだった。




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Ende