リリカルなのは、双子の静 第五話

 海鳴市内、海鳴臨海公園。夕刻。
 公文からの帰り、静は寄り道をして臨海公園に来ていた。
 ベンチに座り、空を見上げながら、伊勢に話しかける。
『ねぇ伊勢、protectionは光を防げるかしら?』
『不可能です。外部からの圧力を跳ね退ける物ですから、基本的に物体と魔力に対しての防御と考えてください』
『LSAERというものがあるわよね、あれをクラス4オーバーでも撃てるのよ。それを私たちは発光と呼んでる。 …もう一つの飛行と合わせて、HGSであるわたしに可能な事なの』
『攻撃魔法の変わりとしては、十分な威力があると考えます』
『威力はあるけど、現時点では無理ね』
『非殺傷設定に出来ないからですか?』
『それもあるわね。でも第一には魔法ではないからよ。第二には、使った後の影響が分からない事』
『管理局に対する自衛手段の一環と、保身のためですか』
『そんな感じ。でもあの時上空にいたら間違いなく撃ってたわ。そしてあの子が死んでいると言う事も考えられはするわね』
 言いながら静は自分の肩を無意識に抱く。
 なのはは、あのフェイトと名乗った少女と話し合いを求めている。フェイトをなのはの目の前で焼き消していたら、事態は悪い方に向かっているだろう事が想像できたからだ。
『そう言えば、伊勢に搭載する。…という言い方は変ね。実装する攻撃魔法はどうなっているの?』
『安全系の確保がネックになっています。元々高ランク魔力保持者の使用は考えられていませんでしたので、大量の魔力に対応していません。基本設計のレベルからの物なので、こればかりはデバイスマスターの手を借りなければ改善できません』
『なかなか上手く行かないわね』
『私が主体的に運用する場合は、安全圏内での使用が可能です。ですが静さんが主体的に運用する場合は、破損前提での使用となります』
『…一応記憶しておくわ。使用する場合において、具体的にはどんな感じかしら?』
『自動使用の場合は、スフィア… シューティングゲームのオプションのような物を生成して、そこから射撃します。生成されるスフィアは安全圏限界で4、通常使用は2を想定しています』
 説明と同時に送られてくるイメージを受け取りながら、確認してゆく静。
『静さん主体で運用する場合は、安全域で1。およそ10秒の臨界使用では20ほどのスフィアを使用可能です。ただし使用後は安全のためにstandby modeへ移行し、静さんからの魔力を受け付ける事は出来ません』
『詳細は後で詰めるとして。私の魔力って、そんなに大きい物なの?』
『平時のサンプルしか在りませんが、単純に数値化した場合は、なのはさんより少しばかり劣る程度です。ですから予想される全魔力を私に向けると簡単にスクラップになりますので、注意してください』
 伊勢の言葉に、静はため息を吐く。
『私単独では、まだ結界も展開できない。これじゃあ本当に役立たずだわ』
『魔力制御はなのはさんより上手いのですから、比較的早くに私に頼らなくとも、結界や転移魔法は出来るようになりますよ。がんばりましょう』
「…それしかないのね」
 魔法が一朝一夕で簡単に使えるようになるとは、静も思ってはいない。
 ユーノからも聞いているが、通常は年単位の修練が必要になる。
 それでも、なのはの戦力になることが出来ない事からの不安は募る。


 伊勢と細かいところを詰めながら話をしている間に、空が夕焼けに染まり始めた。
「そろそろ帰らなきゃね」
 そう言って辺りを見渡すと、こちらに向かって真っ直ぐ歩いて来る、銀髪の姉妹に気付いた。
 一人は知らないが、もう一人は静の主治医でもあるフィリス・矢沢。彼女は静に気付いて手を振ってきた。
「なにかしら」
 ベンチから立ち上がった静は、やってくるフィリス達の方へと歩み寄る。
「こんばんわ、静」
「こんばんわ、フィリス先生。そちらの方は?」
「あー、リスティ・槙原。君の事はフィリスと美由希から聞いているよ」
「初めまして、高町静です。リスティさんは、お姉ちゃんの知り合いなんですか?」
 面倒くさそうに自己紹介したリスティに、静はそう問い返す。
「ああ、うちは下宿屋をやっていてね。そこの下宿生が美由希と友達なんだ、それで知っている訳さ」
「お姉ちゃんと同級生の、ぽややんとした、神社の管理もなさっている方ですか?」
「そうそう、うん。ぽややんかぁ、ぴったりだね」
 静の人物評が壷に入ったのか、リスティは半ば笑いながら答える。
 その視線が微妙にフィリスの方を向きっぱなしになってはいるが、静にはその意味は分からなかった。
 しばらく笑って、静とフィリスを困惑させもしたが。
「…いやいや、大うけさせて貰ったよ。それで聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
 リスティは何とか持ち直して、唐突に真面目な顔つきで静に問いかける。
「二週間ぐらい前に、街の方で妙な事件があったのを覚えているよね?」
 妙なと言われて、静は記憶を思い返すが、該当する物はなく首をかしげる。
「ほんの数十分の間だけ、街が巨大な植物で覆われた件なんだが」
「ああ、あの時はすごかったです。おかげでお気に入りをクリーニングに出す羽目になりました。 …でもあれは妙な事件ではないですよ、少なくともわたしには」
「ふむ。その事なんだが、少し良いかな。HGS関連も含めて聞くことになると思うんだが」
「いいですよ。フィリス先生も同行していただければ幸いです」
「じゃあ近くまで来たし、翠屋にでも行こうか」
「…ウチですね」
「ああ。ここいらなら翠屋が最高だからね」
 三人で臨海公園から翠屋へ向かう。
 途中、リスティは二週間前の事件の事について話し始めた。
 彼女が妙な事件と言った事件自体は、既に全国に伝わっている。
 最終的な被害に関して、人間の怪我等は多かった物の、重傷以上の死傷者は0。
 街自体に関しても、道路表面くらいが一番被害を受けた程度で、それ以外のインフラに関しては被害そのものがなかった。
 道路や建物、そして関連するインフラが根こそぎ被害を受けたはずなのだが、巨大な木々が桜色の光に包まれ、溶けるように消えて行く過程と共に、かなりの被害が修復されていた事が、防犯カメラをはじめとした色々な記録によって、明らかになっている。
「そして、そのカメラの幾つかに静が飛び上がる姿と、どこからか二度打ち込まれた光が捉えられていた。写真にしてあるから翠屋で見せるよ」
「綺麗に写ってましたか?デジタルのイズの塊で、判別するのに一苦労なのは嫌ですよ?」
「あー、見づらいのも持ってきているが…、全部見て貰うか」


 海鳴市、翠屋。夕刻。
 片隅のテーブルに、静、美由希、フィリス、リスティの四人が座り、リスティの出した写真を見ている。
 美由希はシフトの上がりで、家に帰るところだったのを保護者代わりにとつき合っている。
「本当に良く写っているわね、この機械幾らするのかしら」
 デジタルノイズの全くない写真に驚嘆する静。写っているのはビルの間から巨木に向かって伸びている光だ。
「この時に、空を飛んでいたのは君だね?」
「間違いないわ。街を覆っていた巨大な木々が、光に包まれて消えていくのを、ずっと見ていたから」
「この光が、どこから来た物か分かるかい?」
「ええ、商店街の端にある大きなビルの屋上からよ」
「そうか。…君が撃った物ではないんだね?」
「わたしが撃ったら、こんな感じに光が見える事はないし、あんな風に物理法則を無視したような…、魔法みたいな事にはならないわ」
「…確かに」
 静の答えに納得したのか、リスティは紅茶を口に含む。
「でも、わたしが嘘吐いていても、かなりの人が見ているからすぐに分かる事だと思うけど?」
「ああ、聞きたいのはここからだよ」
 カップを戻して、静へと向き直り、リスティは極めて真面目に質問を投げかける。
「…君は魔法という物を信じるかい?」
「ええ」
 リスティとしてはかなり真剣に訪ねたのだが、それがさも当然の事のように静は即答した。
 予測していなかった事にリスティの表情が固まる。
 同時に隣に座っていた美由希が、持っていたティースプーンを落として驚愕している。
 その瞬間、確かにこの場の時間は止まっていた。
「…あの、わたしこれでも小学三年生なんですよ?魔法くらい信じていたって良いじゃないですかぁ!」
 いきなり百面相を始めるリスティと、何か見てはいけない物を見てしまったような美由希に、静は言い返した。
 静自身、伊勢と会う前にも、おとぎ話のような魔法があればいいなと、HGS関係で真剣に考えたりしてもいたのだ。
 技術の一つの到達形式としての魔法と、おとぎ話としての魔法。その両方を信じている静にとって、リスティの質問は即答できる物だったのである。
 とは言え、赤面しながら抗議する静は、どこからどう見ても子供そのものであり、同席しているフィリスも、影から見ていた恭也と忍も微笑ましさに頬が緩むのであった。
 そんな中でリスティは一人困惑していた。少なくとも静のリアクションは、魔法を完全に肯定している者の物だ。赤面しているのが、おとぎ話としての魔法を信じている事、それに対してだけなのかは分からないにしてもだ。
「ゴメンね静。いつもクールガールな静がそんな事信じていたなんておかしくて」
「美由希お姉ちゃん…」
「ま、クールガールにも可愛いところはあったと言う事だろう」
「リスティ、静に焼かれても知らないわよ? リスティの部屋からは、高町さんのお家が見える事だし…」
「そ、そいつはちょっと」
「で、本題は何かしら?」
「ああ。本題は、街を埋め尽くしたあの桜色の光について、知っている事を教えて欲しい」
「真っ直ぐに来たわね…」
「その方が楽だからね」
「あの光は、一つの木に向かって二度打ち込まれたわ。そして二度目が打ち込まれた直後に、巨大化した植物を覆い尽くして、やがて消えていった。あれが理解不能な物であるという点では、魔法だと思っているわ」
 ほとんど淀みなく、魔法という物を完全に通常の物として認識している静の返答に、リスティは戸惑いを見せ、別にしまっておいた写真を取り出して静の前に差し出した。
「じゃあ、これを見たことがあるかい?今月初めにこの近辺に落ちてきた物体だ」
「この世界の外から事故によって飛来した。とても不安定で、高エネルギーを内包した物。名前はジュエルシードよ」
 冷静に淀みなく答えた静に、リスティの表情が再び固まった。
 だが静はまるで獲物を狙うかのように、目を細めて言葉を続ける。
「知っていることを話して貰うわ、リスティさん。ジュエルシードは、一つでこの街を消滅させる以上のエネルギーがあるのよ。少なくとも地球上でこれを安全に扱う技術はない、そう言いきって良いわ。そしてこれには正当な所有者と、保管すべき場所が既に存在するわ」
 リスティは困惑していた。小学三年生に威圧されてしまっている事と、求めていた物ではあるが、とんでもない情報が出てきた事に。
「わたしがこれまで話さなかったのは、誰にも信じて貰えないから。それに国内に対応した組織がない事、この二つが理由よ」
 静の言葉にリスティは自分の髪をかき上げ。
「専門じゃないが、対応する組織ならある。僕は警察の人間だが、そこに出向中でね。 …ただ、日本支部は規模が小さいんだ」
 なぜか最後は尻つぼみに呟いたリスティは、咳払いをして言葉を続ける。
「元々はHGS患者も含めて、一般の人とは異なる力を持った者の人権を管理するための情報組織だったんだが。情報の重要度が高くて、幾つかの組織と統合して現在の組織に組み込まれている。それで…」
 まるで何か言い訳でもするように、説明を続けるリスティ。続けられた組織の説明なのだが、どうしても名前には触れられずに続けられている。
 一般の人とは異なる力を持った者の人権を管理するための情報組織、異能力者人権管理機構のお世話になっている静は、その組織が統合された事は知らなかった。
 美由希は興味津々に聞いているが、フィリスは説明しているリスティに、意地悪く微笑んでいる。
 静は名前が出てこない事に、じっとリスティを見つめて、無言の圧力を送る。
 リスティの視線が静の視線に絡めとられた。
 フィリスは静のこういう面を知っているだけに面白がっており、意地の悪い笑みを崩さないでいる。
「ああっ、もう! あんまり俗な名前だから言いたくないんだ」
「でも言わないと分からないわよ? わたしは完璧に知らない訳だし」
 静のあくまでも冷静な声に、我を張って恥ずかしがっているのが馬鹿らしくなったのか、リスティはため息混じりにその組織の名前を吐いた。国際救助隊と、付け加えて近々名前が変わるかもしれないと言う事もリスティは話した。
「それで、対処はどうするのかしら?」
 リスティが言いたくなかった組織の名前に、静は全く興味を見せずに話を進めさせる。
「…君に協力して貰いたい」
 静の冷静ぶりに、リスティは呆れながら、そう願い出た。
「色々問題があるわよ」
「どんな問題だい」
「世界の在りようがひっくり返るわ。それを覚悟できなければ、協力そのものが出来ないわ」
 静の言葉にリスティは天井を見上げる。
 目の前の少女は、多分あまりにも大きな事件を抱えている。しかもそれはあの妙な事件を含んだ一連の不思議な事件の真相と、その背景を捉えているだろう事を、リスティの経験と勘が告げている。
 出向であり、組織の末端の自分ではどうしようもない。だが判断材料としての情報は得たい。
 あー、とか。うー、とか唸って考え事を始めたリスティに対し、静はここへ来てようやく伊勢に念話を送る。
『ゴメンね伊勢。彼女はプロだから、わたしが隠し事をしてもすぐに見破ると思うのよ』
『確かに。ですが、まずは美由希さんにも教えた方が良いと思いますよ』
『そうね』
 伊勢に返事を返し、静は美由希へと視線を向ける。
「静…」
 美由希は静の名前を呼ぶが、どう話して良いか分からずにいた。
「怖いわよね」
 そう言って静は微笑む、不自然なほどに、ごく自然な笑みを浮かべて。
「こ、怖くなんか無い!」
 叫ぶが早いか、美由希は静を抱きしめていた。そうしないと、今度こそ本当にどこかへ消えてしまいそうな気がしたからだ。
 まだ翠屋が開いて間もない頃、静を引き留めなかった事で後悔した事がある美由希は、その事を思い出さずにはいられなかった。
「震えているよ、お姉ちゃん」
「分かってる」
 震えながら静を抱きしめる美由希に、奥で見ていた恭也と忍が何事かと駆け寄ってくる。
「静、美由希、一体どうしたの?」
「フィリス先生、何があったんですか?」
 恭也に訪ねられたフィリスは説明しようとするが、それはリスティに遮られた。
「一言では説明できないな」
「そうね」
 難しい顔をして恭也にそう答えるリスティに、静も相づちを打つ。
「今日はこれまでにしよう、ちょっと上司と相談してくるよ」
 そう言ってリスティは立ち上がる。埒があかないと思ったのだろう。
「分かったわ。出来ればこちらに協力して欲しいけど、それは甘えになるわね」
「完璧には無理だろうね」
「善処を期待するわ」
 フィリスはリスティに続いて席を立つ。
「じゃあ、ゴールデンウィーク開けにね」と、複雑な表情を浮かべながらではあるが、フィリスもそう言って行ってしまった。
 後に残されたのは、静と静に抱きついている美由希と、事態が掴めていない恭也と忍の四人。
「家で話すわ、少なくともここで語る事は良くないと思うから」


 海鳴市藤見町高町家。夜。
 月村忍を交えて、高町家全員に対し、なのはと静とユーノの三人で、今月初めから身の回りに起こっている事の全てを話しはじめた。
 伊勢に記録されている交戦データを、ホワイトボードに映しながら話し始めようとするが。
 フェレットのユーノがしゃべる事に、いきなり場が大混乱した。
 それも何とか収拾して説明を始める。
 今月初めにあった出来事から始まり、伊勢との邂逅、なのはとユーノの出会い、幾つかの収集、フェイトとの遭遇、温泉の山奥での再戦。
 内容は事前に相談し、齟齬が出ないようにしてからではあるが。
「なるほど、ここ暫くなのはが早起きしたり、夜に急に出かけて行ったのは、そう言う事だったのか」
 士郎はこの途方もない話を聞いて、そう感想を漏らした。
「危なくない訳は、ないよね?」
「うん」
 美由希の言葉になのはは短く答える。
 恭也もなのはの事を気遣うが、既に決心しているなのはの返事を聞いて納得した。
 忍は興味の方が勝っているのか、この中で唯一好奇心の瞳を向けてくる。
「以上の事は、口外しない事。これは安全を守る上でも重要よ」
 小学三年生とは思えない静の口調に、皆が頷く。
「そして、方針を説明するわね。私達は…」
 ユーノと静の説明によって、これからの方針が告げられる。
 主目的はジュエルシードの回収及び本来の輸送先への譲渡。
 二つ目に、フェイトと名乗った人物とその使い魔の対応と目的の調査。
 三つ目に、時空管理局からの介入に関しては、相手を見極めてからの対応をする事。
 最後に、この世界の関連組織には、ジュエルシードを譲渡しない上での協力。
 この四点が丁寧に説明され、ホワイトボードをスクリーンにしていた伊勢からの映像が消える。
「方針は以上よ。さっきも話したけど、このタイミングで話すのは、リスティさんの言っていた組織からの介入があるかもしれないからよ。何事もなければユーノに全て収集して貰って、当初の保管場所である時空管理局本局へ向かって貰うつもりだったわ」
 なのはと静、そしてユーノは、家族の方を見る。
「私たちは、みんなの協力を求めます。ただし正面戦力以外で」
「御神流は役に立つと思うが?」
「戦闘飛行できないなら、正面戦力たりえないわ」
 恭也の言葉を切って捨てる静。父士郎もその事にため息を吐いた。
 皆がなのはの行動を支持するのだが、桃子はそんな家族の様子を見て、一人だけ難しい顔をし始めた静に気付いた。
「どーしたの静?」
「なんでも「無い訳はないわよね? 話してくれないの?」
 静の言葉を遮りながら。桃子は歩み寄り、なのはと静に優しく問いかける。
「静もなのはも頑固だからね。おかーさんが止めても、行っちゃうでしょ?」
「…言葉にするのが恥ずかしいわ」
「ごめんなさい」
 それぞれの言葉に、桃子は苦笑しながら二人を抱きしめる。
 その背後ではユーノがしゃべるフェレットとして美由希と忍の注目を集めていた。




 翌日、海鳴市藤見町高町家。夕刻。
「はい、高町でございます。あアリサ、どうしたの?」
 学校から帰ってきた直後、まだランドセルを背負ったままで電話に出た静は、アリサからの矢のような愚痴を受けた。
 曰く「なのはが隠し事をしている」、曰く「親友であるのに裏切られた気分だわ」、曰く「なんで静は携帯を持っていないのか」と。
 その問いに静はたった一言「親友であるが故に、今は話すことが出来ないのよ」そう、諭すように答えた。
 電話の向こうで「そんな事は分かっているわよ」と、小声が聞こえる。
 静の知る限りアリサという人物は直情的な性格の持ち主だ。こうしてなのはの心配をしてくれることをありがたく思う。
「ありがとう」
「な、何よ急に」
「全て上手く行ったら、全てを話すわ。そして、あなたも巻き込ませて貰うわ」
「言ったわね!? うまく行かせないと承知しないんだから」
「覚悟していなさい」
「な、なんか怖いわよ? 静」
「そう? そろそろなのはお姉ちゃんが帰ってくる頃だから、切るわね?」
「うん」
 受話器を置き、ため息を一つ吐く。
『ご苦労様です』
『お姉ちゃんも不器用だから』


 海鳴市藤見町高町家付近。
「私服の方が良かったんじゃないか?」
「こう言うのは形式も必要なのよ」
 仁村知佳とリスティ・槙原の二人は、最寄りのバス停から高町家へと向かって歩いていた。二人とも制服姿で、リスティは秘書のように鞄を持っている。
 知佳はリスティからもたらされた、断片とはいえあまりにも荒唐無稽な話の調査という名目でやってきている。知佳はリスティの人となりをよく知っているので、彼女の言っている事に嘘偽りがない事も確認してはいるが、上に報告を上げるには、確実な情報が必要なのだ。
 そんな二人に、背後から声が掛けられた。
「あ、やっぱり。お久しぶりです」
 学校帰りの美由希は、二人に駆け寄る。
「やぁ、昨日ぶり」
 知佳が答えるより先に、リスティがそう挨拶をする。
 美由希は友人の下宿先の同居人である二人と知り合いなのだ。
「今日は、僕はおまけだからね」
「あの件ですね。昨日なのは達から話を聞きまして、びっくりしましたよ」
「家族には話したのね」
「あの子は見かけによらず、頭が良い」
 リスティの言葉に、美由希ががくりと落ち込む。
「…いいもん、高町家で一番馬鹿だもん、料理も出来ないし。剣しか握ってないし…」
「美由希は、まぁ。ガンバレ」
「リスティ…」
 リスティの慰めにもならない励ましに、苦笑する知佳だった。


 海鳴市藤見町高町家。
 なのはがまだ帰ってきていないので、説明も相談もされることなく、雑談によって時間が過ぎる。
「お待たせしました。どうぞ」
「まさか、本当に出てくるとは…」
 リスティは目の前に差し出された抹茶に、驚きと諦めの混じった言葉で答えた。
「仁村さんは、紅茶でしたね」
「ありがとう、静ちゃん」
 続いて紅茶をティーカップに注いだ物と、ティーポットの両方を知佳の前に置く。
 静の席にには番茶の入っている土瓶があり、美由希はコーヒーを飲んでいる。
 全て静が用意した物で、しかも四者それぞれの物を飲んでいるという、異様な光景が展開されていた。
「それにしても、世間は狭いね」
「そうねー、世間と言うより海鳴がそう言う密度が高すぎる感じはするけどね」
「でもそのおかげで、日本には東京と海鳴に支部と支所がある」
「あはははっ、始めにここの支所を任せられた時は酷かったわー」
「あの時の知佳は本当に散々だったねー」
「へぇー」
 玄関が開かれる音との、なのはの声が聞こえた。
「帰って来たわね」
 美由希が出迎えようと席を立つが、なのはの足音は階段を上って行ってしまった。
「なのはー、お客さんが来ているわよー」
 そう言って美由希はリビングから出て行く。

『静…』
『何?お姉ちゃん』
 知佳とリスティの会話に相づちを打ちながら、静はなのはからの念話に答える。
『…何でもない』
『うちのお姉ちゃんは嘘を吐くのが下手で、少しはお兄ちゃんを見習ってくれても良いのに…』
『にゃっ! 静?』
『アリサから電話が来たわよ。なぜかわたしが携帯電話を持っていない事まで責められたわ』
『それは静がPCの方を選んだから』
『そうね。アリサには事が終わったらちゃんと話すのよ、それまでは待ってくれるから』
『うん。ありがとう静』

 湯気の立ち上がる番茶を飲みながらの念話を終えると。丁度美由希となのはとユーノがリビングに入ってくるところだった。
「なのはお姉ちゃんは何を飲む?」
「じゃあ、お茶をお願い」
「分かったわ」
 静は席を立って緑茶をいれる。
「ま、まだ種類が増えるんだ…」
「にゃっ」
 美由希が呆れ、なのはが驚く。
「リスティさん、おかわりはいかが?」
「ティーカップを一つ、知佳と同じ物にさせて貰うよ」
「かしこまりました」
「なのはちゃんは聖祥なんだね」
「は、はい。三年生になりました」
 緊張しているのか、なのはは知佳の質問にぎこちなく答えた。知佳は自分も聖祥の卒業者である事を告げると、その緊張も幾分かは解けたようだ。
 なのはが席に着くと同時に、静はなのはのお茶と、リスティのカップを並べる。
「すぐにでも始めますか? 当事者は揃っているわ」
「えっと、お父さんかお母さんは良いの?」
「今日は、シフトの都合で閉店まで帰ってこないんですよ。ですから私が保護者代わりです」
「美由希は頼りないけど、大丈夫だろう、静もいる事だし」
「ううっ、私って…」
「じゃあ、準備するわね」
 そう言って静はホワイトボードを用意し、ユーノがホワイトボードの前に儲けられた台の上に立ち、静はその横に立った。
「さて。世界の在りようがひっくり返る覚悟は、出来ているわね?」
 後日、この時の静ほど怖い物はないと、知佳やリスティは語る。
 だが比較的見慣れているなのはや美由希は、静が緊張している事に気付くくらいだった。

 始まった説明だが、ユーノが言葉を話す事と、プロジェクターとしての機能を果たしている伊勢に、知佳とリスティは驚いた。
 逆に、それなりに繁栄している地球が、次元世界では辺境の田舎でしかない事には、あまり驚く事はなかった。
 てきぱきと慣れた様子でユーノの補佐をし、時には静主体で説明がなされる。
「…ここまでで、質問はあるかしら?」
 時空管理局の説明と魔法の説明を終えたところで、二回目の質疑応答の時間が取られた。
「静ちゃん。本当に、小学三年生?」
 知佳の問いかけに、静が固まる。そして遠い目をして、ぶつぶつと呟き始めた。
「…わたし、このたたかいがおわったら、モトノショウガクサンネンセイニモドルンダ。ショウライハ…」
「にゃっ! 静が壊れた!」
「わー! 静! 気を確かに!」
「静っ、リラックスリラックス!」
「あー、あれって死亡フラグって奴?」
「もぅ、リィースティー!」
 ややあって、復帰した静は「ごめんなさい」と、赤面して謝る。
 そしてユーノ主体で、これまでの経緯を追いつつ、ジュエルシードの説明が始まった。
 以前なのはや静に話した物より、更に具体的な数値や、過去の被害報告がなされる。
「なんだか、ぴんと来ないな。想像の埒外すぎて」
 リスティの言葉に知佳も頷く。
「ま、ともかく。どう狭く見積もってもこの海鳴が危険な事には違いない訳だ。だからと言って避難させるのは無理だな、関係者を説得する事自体が難解だし。地方小都市とはいえ、一つの都市の人間を避難させるなんて現実的じゃない」
「そうね」
「それで、ユーノはどうするつもりだい?」
「近いうちに時空管理局がやってくると思う。僕としてはそちらに協力していただけると助かるんですが」
「確かここは管理外世界だったわよね」
「はい、第97管理外世界というのが、管理局が付けた名称です」
「さっきの説明からすれば、国外という扱いだろう」
「それなら、こっちは国連管理下の専門組織として機能すれば良いだけだから、そんなに難しくはないわよ」
「知佳には外交官の権限を与えて貰うくらいかな」
「補佐官をお願いしないと、私じゃ経験が浅いから」
 リスティとの相談を終え、知佳はユーノの方へと向き直る。
「こちらの方針としては、そちらと、時空管理局のジュエルシードの収集に協力する代わりに、次元世界の情報の提供をお願いする事になるわ」
「外交ルートを開くにしても、相手がちゃんと存在する事を証明しなきゃならないんだ。その辺りの協力を頼む事になる」
「分かった」
「ただ、これだけは注意して欲しい。僕らが相手がちゃんと存在する事を証明しても、君の思うような外交ルートは開かれないかもしれない」
「それは… 仕方がありません」
「まぁ、その辺りはなるようになるわよ。ユーノの世界でも摩擦や衝突、それ以外のいろんな物があるでしょう? それと同じ事よ」
「静っ、それはちょっと冷たすぎるんじゃない?」
「…ゴメン、言い過ぎたわ」
「いや、静の言う事はもっともだよ。手の届かない事はしょうがない、だから僕らは僕らで出来る事をしよう」
「じゃあ、こちらの方針説明に入る前に、もう一つの収集者達について説明するわね」
 フェイト・テスタロッサとアルフの映像が表示される。
「金髪の少女、フェイト・テスタロッサと、名称不明の狼女、この二名がジュエルシードを収集しています。現在の所は目的も含めて不明です」
「魔導師としてのランクはかなり高いと思うし、在る程度は実戦慣れしている。使い魔についても同様に考えて良いと思う」
「彼女の行動は、基本的に迷いが感じられました。お姉ちゃんがコンタクトを取ろうとしていますが、現在の所名前しか分かっていません。仁村さんとリスティ には悪いのですが、こちらの方針ではこのまま彼女にコンタクトを取り続けることになっています。ただし力ずくという側面が強いですが」
「そのフェイトという子が、何かを握っているという感じなのかい?」
「こちらに対して、明確な戦意までは抱いていません。魔力的にはともかく、相手であるお姉ちゃんを傷つけていない事も考慮する材料としています。前回の接触の最後に、ご丁寧にこちらに忠告した事も、その現れだと考えているわ」
「フェイトちゃんには何か理由があると思うの。その理由を聞く為にも、フェイトちゃんにお話を聞いて貰うの!」
 なのはの言葉に、怪訝な顔をするリスティ。
「薄氷を踏むような物だと理解はしているわ。でもね、こちらの唯一の戦力がなのはお姉ちゃんであり。魔法の特性上の問題からしても、その意欲を削ぐ事は出来ないのよ」
「静は闘わないのかい?」
「わたしの発光では手加減があまり出来ないのよ。まかり間違って相手に勝ちましたが、相手を消滅させました。ではなんの情報も得られないでしょう。それに私のバリアジャケットだけではフェイトやその使い魔の攻撃は防げないのよ」
「フィリスに、静の事をもっと詳しく聞いてくるべきだったなー。単純攻撃力だけなら静はかなりのものなんだが」
「…嬉しくはないわね」
「嫌いかい?」
「頼らないようにはしているわ。でも訓練は必要ね、何かあった時にどれくらいの事が出来るのかは知っておくべきだし…」
 静の言葉が止まる、同時になのはとユーノも黙り込んだ。三人は海鳴の街中からの、強力な魔力の波動を感じたからだ。





Ende