リリカルなのは、双子の静 第九話 遠見市、フェイトの部屋、昼。 ソファをベッド代わりにして、フェイトは天井を見上げていた。 身体的な傷は綺麗に消えたのだが、魔力的なダメージがフェイトに療養を余儀なくさせていた。 一方のアルフはこれからの事を考えていた。 なのはとユーノ、それに姿の見えない誰か。彼女達だけなら、フェイトとアルフにそう大きな障害にはならない。 だが、時空管理局と、クロノ・ハラオウンと名乗った魔導師は、あまりにも大きな障害だった。 少なくともアルフでは、クロノ一人に一矢報いる事は出来ても、勝てると考えられる相手ではない。 そして管理局に本腰を入れられては、隠れ家であるここも安全であるとは言い難い。 あまりにも不利な状況、そしてプレシアとフェイトの関係に思い至ったところで、アルフはフェイトの側へと向かう。 「まだジュエルシードを集めるつもりかい?フェイト」 「うん、お母さんとの約束だから」 返ってきた言葉に、アルフはフェイトの心理を計り損ねた。 「でもっ、時空管理局も出てきたんだよ!? 逃げようよ、二人でどっかへさ…」 「お母さんを置いては行けないよ、アルフ」 「でもっ! あのクロノってヤツは一流の魔導師だよ! どうにもならないよ!」 「それでも、だよ。アルフ」 「もう嫌なんだよ。フェイトが傷つくのも、泣くのも悲しむのも、あたし嫌なんだよ」 そうして必死に訴えかけるが、フェイトは精神リンクの事を持ち出してアルフに謝った。 「…ゴメンね、アルフが私の事心配してくれるのは分かるよ。でも、私もお母さんが心配なんだ。お母さんにもう一度笑って貰うんだ」 笑顔でそう答えたフェイトに、アルフはもう、自分ではフェイトを支えられないと、気付いてしまうのだった。 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、訓練室。 なのは達がアースラで訓練生活を初めて、数日が経っていた。 訓練内容はなのはと静では別々の物だ。二人の魔力特性と、デバイスの特性とを考慮して決められていた。 なのはは実戦を経験しているので、実戦経験を積ませることに重点が置かれ。一方の静は、戦闘訓練こそすれ、防御、補助魔法を中心とした魔法そのものの訓練に重点が置かれていた。 クロノにとっても、ユーノにとっても、二人の上達速度は異常だった。その事はスカウト対象としてリンディを喜ばせることになるが、それが具体的な姿を見せるのは後日の話となる。 そして静は今、訓練室でクロノと向かい合っている。 静がデバイスを使っての魔法使用を習熟したと判断したユーノが、クロノと相談した上で、一度模擬戦を経験させておくべきとの結論が出たからだ。 模擬戦で静が主に使用するのは、あれからずっと貸し出されている、名前のないストレージデバイス。このデバイスとのやりとりは、念話と音声入力の音声出力に変更している。 静のデバイスとなった伊勢の方は、必要なパーツが集まっていないので、静の手に戻ってきている。もちろん問題点が改善された訳ではないので、色々な補助に使っている。 「こちらは手加減するつもりだ、戦闘の感覚をつかんでくれればいい」 「分かったわ、よろしく」 始まりの合図と共に、静は飛行を開始し、同時にエリアサーチを開始した。 静は言葉を発することなく、クロノをロックし、デバイスにRapid Laserの指示と魔力を送る。 「Rapid Laser.」 そんな無機質で単調なデバイスの声と同時に、細い光が連続して照射される。 照射から着弾までほぼゼロ時間の、コヒーレントな光の特徴を纏った魔力が、クロノの防御魔法に、小さな穴を連なって開け、クロノを貫いてゆく。 想定していたよりも、一回り以上強力な貫通力に、クロノは驚愕の言葉を呑んで、回避行動を取りながら本気で防御魔法を展開する。 その間にも、静はより優位な位置取りをと、クロノの上方へと回り込んで行きながら、防御魔法を貫かなくなったRapid Laserの連射を止め、直後にChain Bindを四重に展開してクロノの動きを封じようとするが、三つは回避され、一つは攻撃魔法で吹き飛ばされた。 「感覚が掴みづらいわね…」 「ならこっちから行くぞ」 クロノの言葉に、静はProtectionの準備をしながら回避行動を取る。 かなりの速度で誘導された魔力弾が、回避行動を取り続けている静に迫るが、その速度に惑わされることなく静はProtectionで受け止めた。 その瞬間にかかる魔力負荷と、身体の負荷を体感する。 「続けて行くぞ!」 クロノは静の行動を読み取りながら攻撃を続行する。 それは基本的には効率よく攻撃を受け止めつつ、相手を攻撃する訓練といえた。なぜならばクロノの放った魔力弾は何処までも追いかけてくるからだ。 「さて…」 どうなるか、と呟くことなく、静は魔力弾にRapid Laserを叩き込む。 その名の通り、光の線と化した静の魔力が連続的に魔力弾を貫通してゆき、魔力弾は徐々に削られ霧散した。 それとほぼ同時に、後から迫る魔力弾をRound Shieldで受け止める。 「すごく飛ぶのが上手いね」 そんなユーノの感想に、なのはも同意する。 「それに、あの攻撃は避けるのが大変だよ」 「そうだね」 まるで光そのものの静のRapid Laserに、なのはは自分ならどうするだろうと考えながら、空中を飛び回りながら戦闘の感覚をつかもうとしている静を見上げていた。 やがて、終わりを告げる合図がして、二人が降りてくる。 「Bindは使いどころが難しいわね」 「静は、どこかでトレーニングでもしていたのか? 独特だが、飛び方が素人とは思えないが」 「あーーーー…、そこは黙秘するわ」 クロノから目をそらして、恥ずかしそうに答える静。 「そう言えば、フライトシュミレーターで静に勝てる人いなかったよね」 「お、お姉ちゃん!」 何となく姉妹の会話から察したクロノは、咳払いをした。 「とりあえず感覚はつかんでくれたと思う。術式の取り扱いにまだ慣れてないようだから今回の模擬戦のだめ出しはしない。静はこの後も術式の訓練だ、ユーノ見てやってくれないか?」 「分かった」 「休憩が終わったら、次はなのはと僕とで模擬戦をする。何か質問は? …じゃあ休憩にしよう」 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、ブリッジ。 レポートの纏めが一段落したエイミィは、椅子の背にもたれかかる。 「どう?」 そこへリンディがのぞき込むようにして現れた。 「丁度今、纏め終わったところです、ご覧になりますか?」 「お願いするわ」 映像をだしながらエイミィは説明を始める。 「なのはちゃんは砲撃型で分かり易いのですが、静ちゃんは難しいですね。まだ一度しか模擬戦をしていないから、まだこれから、といった感じでしょう」 「そうね」 「でも一つだけ珍しいのがありましたよ。これRapid Laserって言う貫通型の攻撃魔法なんですけど、収束率が100%を軽く越えている上に、速度が光と同等なんです」 射撃している静と、受け止めるクロノの映像を出したエイミィは、説明を続ける。 「こうやってみると秒間6発くらいに見えますけど、実際には一秒間に64発ほど射撃されてます」 リンディはエイミィの説明を聞き続けるが、変わった魔法ねと思う程度だった。 「でも彼女はユーノ君に指導を受けているから、結界魔導師が向いているんじゃないかしら?」 「かもしれませんね、静ちゃんは戦うのが嫌いと言ってましたから」 「そう…」 二人の視線の先には、クロノと静の模擬戦の様子が流れ続けていた。 国際救助隊、海鳴支所。夕刻。 国際救助隊、海鳴支所と言っても、規模は小さく人員は現時点で6名のこぢんまりした物だ。 当然建物も豪華な物ではなく、中古物件であり、外観は雑居ビルの様相を呈している。 そのビルの入り口をくぐり、広報兼受付に陣内啓吾と御神美沙斗の二人が近づくと、受付の女性が二人に気付いて会釈をした。 敬吾も美沙斗も、その受付の女性と顔見知りであるところもあって、会釈と軽く挨拶を交わす。 「陣内啓吾と御神美沙斗だ、話は通っていると思うが?」 一応確認のため、と言う程度に確認をお願いする。 「少々お待ち下さい、支所長につなぎます」 受付の女性は事務的にそう言って内線をつなぎ連絡を取る。 「そのまま事務室へ上がってください。それと、お帰りなさい」 それぞれに受付の女性に返事を返し、二人は事務室へと階段を上る。 二人とも海鳴の地には縁があり、敬吾は養女を、美沙斗は娘を、それぞれの縁者に預かって貰っているのだ。 しかも、ここの支所長である知佳は、敬吾の養女の住む下宿の同居人の一人である。 だから支所長仁村知佳に「お帰りなさい」と言われても、敬吾は全く違和感を感じなかった。 それはそれとして、敬吾と美沙斗は姿勢を正すと。 「申告します。陣内啓吾、および御神美沙斗の二名は、国連特使として時空管理局との全権代理人、及び補佐として着任しました」 と言い切ってから、敬吾は肩の力を抜いた。 「そう言うわけでよろしく」 「はい、よろしくお願いします」 「データがデータなんで、そっちには送られなかったが、この件に関する経過報告書とその資料は、その山全部だ」 疲れ切った表情で、リスティは一つのデスクの上をまるまる占領している、冗談のような紙の山を指さす。 実のところ知佳もリスティも、あれから一度も家に帰っていない。その成果が、この冗談のような報告書の数なのだ。 報告確認のためにも、事態把握のためにも、敬吾と美沙斗の二人は、今日はここに泊まりだなと覚悟するのだった。 それから遅れること数時間、外務省や総務省の役人がやって来て、泥縄式にミーティングが行われる事になる。 この翌日、フェイトとアルフがさざなみ寮で看護されていた事が発覚するが。 二人の人物像以外には、新たな情報は得られなかった。 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、転送ルーム。 「初めまして、国連特使としてやって参りました、国際救助隊の陣内啓吾です。敬吾と呼んでください」 「ようこそアースラへ、艦長のリンディ・ハラオウンです」 比較的砕けた感じでそう挨拶する敬吾に、リンディもにこやかに答える。 「どうぞこちらへ」 リンディに案内されるままに、敬吾も転送ルームを後にした。 天井が高く広いアースラの通路を、リンディと二人きりで歩いてゆく。 ずいぶんと人が少ないんだなと、そんな感想を持ちながら、ミーティングの後、徹夜で目を通した報告書の内容を反芻する。 とは言え報告書の殆どは、敬吾よりも上層の人間に対する物であり。現場の人間である敬吾にとって、半分は意味のない物だった。 「ところで、こちらに乗り込んでいる高町姉妹はどうしていますか?」 「あの子達なら、今は訓練室でトレーニングをしている時間ですわ」 「魔法のですか?」 「ええ、とても良い素質がありますから」 手放しであの二人を褒めるリンディに、敬吾は昔の戦場で見たゲリラの教官の姿をダブらせた。 とは言え、相手の文化では小学校卒業程度の年齢でも、能力さえあれば仕事に就ける程に、就業年齢が低い。 今の所分かっているのは、こちらで言う義務教育がほぼ小学校だけのような物であり、高等教育などは一切省かれ、専門教育がその上に位置する感じだろうか。 情報では既に一世紀以上、少なくとも数世代にわたって、社会が運営できているのだから、この点は間違いではない。 ただの文化の違いだろう。 それに、敬吾の仕事は国連とのパイプ役であると同時に、管理局の事を理解する為に来ているのだから、文化の差異に異を唱えることは、仕事の妨げになりかねない。 「やはり気になりますか?」 「ええ、何せ魔法自体、お目にかかったことがありませんから」 「では先に訓練室に寄りましょうか」 リンディはにこやかにそう宣言した。 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、訓練室。 「ここが訓練室、手前にトレーニング施設があって、奥に…」 説明を初めて少ししたその瞬間、リンディが今まさに説明をしようとしていた奥の模擬戦用の部屋から、全てを白に染めるほどの光が溢れてきた。 リンディも敬吾も、思わず腕でその光を遮ろうとするが、それでも圧倒的な光量に視界が白く染まってゆく。 直後、シャッターの動作音が響き、光が遮られる。 それでも、シャッターのわずかな隙間から白い光が溢れている辺り、内部はどうなっているんだろうかと不安になる敬吾とリンディ。 「内部は一体どうなっているの!?」 リンディは慌てて、模擬戦用の部屋を管理しているコンソールの前の武装隊員に尋ねた。 「実験をしているんです。攻撃的な要素はありませんから安全ですよ」 「…実験ですって?」 平然と答える武装隊員に、リンディはいぶかしげに答える。 「ええ、もう終わったみたいです。シャッターを上げます」 ゆっくりと持ち上がってゆくシャッターの向こうに、視線を向ける敬吾だが、まだ目が少しばかり眩んでいるのか、焦点が上手いこと合わない。 巫女装束の女の子と、鎧を着た上にコートを羽織っている男の子と、海鳴の私立の制服を着ている女の子、そして何処かの民族衣装を着た男の子がいることまでは理解できた。 「まださっきのが残っているな」 目を懲らすのを諦めて、目を閉じて手のひらで目を暖める。 「大丈夫ですか?」 「ええ、さすがに眩しすぎたので、まだ少し眩んでいますが」 「では、向こうに行ってみますか」 「そうですね」 重厚な扉を抜けて、訓練室の奥の空間に入る。 「艦長」 「凄い光だったけど、一体何の実験なの?」 すぐに気が付いたクロノに、リンディは不思議そうに問いかけた。 「わたしの魔法で、どの程度の光を出せるのか試していたの、データは取れたわ」 リンディに説明する静は、その後ろから付いてくる人物に何となく見覚えがあった。 あれは確か、さざなみ寮にいる猫又ッぽい人の保護者で、名前は… 忘れたわ。 芋づる式に出てくる幾つか欠落した記憶に、静は訪ねてみようとは思ったが、その記憶に自信がないことを理由に取りやめた。 「紹介しておくわね、国際救助隊の陣内敬吾さん」 「陣内です、敬吾と呼んでください」 にこやかに挨拶をする敬吾に、クロノが手慣れた様子で一同を紹介して行く。 「そうだ、美沙斗が高町家に戻ってきているから。暇があったら会ってやってくれ」 去り際にそう言って、敬吾とリンディは訓練室を後にした。 二人はこの後、艦長室で事務的な確認をし、敬吾はあてがわれた部屋に案内される途中、食堂の手伝いを申し出るのである。 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、食堂。お昼時。 敬吾が食堂の手伝いを願い出て数日が経っていた。 主に料理を通してだが、アースラクルーともうち解けている。もっともリンディの既に壊れたと言っても過言ではない味覚の、凶悪な甘党加減には閉口したが。 「今回は香港の中華料理だったが、おかしくなかったか?」 その敬吾が作った昼食を、丁度食べ終えたなのはと静に訪ねた。 「おいしかったですよ」 「ごめんなさい。何処がおかしいかまでは分からないわ」 前者はなのはの答えで、後者は静の答えである。 「香港の味付けだったから、日本人には合うかどうか分からなくてね」 そう言う敬吾だが、同席していたアースラスタッフやなのは達の反応を見て、ミットチルダで屋台を引くのもいいなと思うのだった。 食事も終わり、静が皆に振る舞った紅茶を飲んでいる。 この場に残っているのは、なのは、静、ユーノ、クロノの四人で、敬吾は後片付けに、アースラクルーはそれぞれの部署に戻っていた。 「休憩が終わったら、次は魔法の訓練だったわね」 「はい、もっと精密に、より早く展開できるようになりましょう」 「そうね」 伊勢はまだ発注したパーツが揃っておらず、ひとまず静の手元に戻ってきていた。 複数魔法の同時使用を前提とした訓練や、自身の特性に合った魔法の構築などをメインに行ってきた静は紅茶を口にする。 「静は優秀だと思うよ、飲み込みも早いし、何より魔力の扱いが精密だからね。このまま行けば、早いうちに僕を超えると思う」 誇らしげに呟くユーノに、クロノは自分の疑問をぶつけるべきか悩んだ末、口を開いた。 「思うんだが。君は、以前に魔法を使ったことがあるんじゃないか?」 「わたしが?」 「ああ、力の扱いに慣れているように思えるんだが」 「… そうね、慣れているわね」 ややって答えた静は、何処か遠い目をしていた。 「ええーーーっ! 静は魔法が使えていたの?」 「お姉ちゃん。わたしは力の扱いに慣れているだけよ」 「どういう事?」 「話したくないから、教えないわ」 「そんなぁー」 「まぁいい、静はフェレットからしっかり教わってくれ」 「僕はフェレットじゃない!」 『ユーノ落ち着いて、クロノは同年代の男の子に構って欲しいのよ。語彙が悪い方に出てくるのは、好きな子をいじめるのと大差ないわ。要するに寂しいのよね』 『あー、なるほど。確かに部族でもそう言う傾向の子も見かけたよ』 『スクライアでもあるのね。 …考えてみれば、今の姿がクロノの中身なんでしょう。なまじ執務官になっているから、ユーノを同等に扱うのを、精神が許容しないだけで』 『これでもスクライアでは発掘責任者なんだけどなぁ…』 『ま、全部私の予想でしかないけれど』 「なんだよ、急に押し黙って」 「静もユーノ君も、なんでクロノ君を見てニヤニヤしているの?」 「そうね。クロノも年相応な部分では、損と苦労をするのね。と、そう思っているのよ」 「どういう事だ?」 「いいの? 説明しても… わたしの当てずっぽうな推測を、斜めに構えて見る事が出来るなら、話すわよ?」 「いや、悪い予感がするから止めておくよ」 「そう…」 「静、クロノ君をどういう風に考えていたの?」 「少年期の人生経験が希薄だと思っているだけよ?他意はないわ。これ以上は秘密」 「ええーっ」 「そろそろ訓練室に行きましょうか」 「そうだね」 静に連なるように全員が立ち上がり、食器を片付けに持って行くと、エプロン姿で調理長と話している敬吾が顔を出してきた。 「クロノ執務官」 「はい、なんでしょうか」 「午後は暇なんだ、訓練の様子を見ていても良いかな」 「構いません。でも危険ですから訓練室の奥、模擬戦室には入らないようにして下さい」 「ありがとう、こっちが終わったら向かうよ」 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、訓練室。 ガラスでもアクリルでもない、透明な材質の防御壁。その向こうに向けられた、敬吾の視線の先。 そこにはなのはの攻撃魔法を、まるで厚みのない魔法陣で受け止める静の姿があった。 不可解な出来事はHGSで慣れている敬吾でも、生で見る非常識さに、驚きを隠す事は出来ない。 ここ数日で、魔法の事について色々とレクチャーを受けてはいるが、正直上層部に説明しきる自身はない。 「…分かってはくれないだろうなぁ」 報告書にまとめる事を考えると、正直胃が痛い。 その国を知るには、その国の歴史を知ることが必要なのは当然である。これは敬吾の知識と経験から得た事実だった。 とは言え、教科書で出てくる歴史という物は、正確に言うと歴史ではなく、権力者の語った歴史という物になる。 昨日、管理世界の歴史の教科書に当たるデータを翻訳してもらい、読ませてもらった。 内容は何処の国でもある、思想教育的に模範的な教科書だった。 一世紀半ほど昔に管理世界が安定化し、現在の社会形態への移行が始まり。 およそ半世紀ほどの昔に管理局は成立した。 質量兵器というレッテルの下に、軍事技術や兵器体系においては、科学文明をも否定する事になった取り決めは、この時より発効されている。 成立の背景になった思想に対しては、現代兵器系を理解している敬吾には、電波的な文章として受け取る以外にはない。そう言う世界があったのかもしれないが、それは想像の域でしかない。 そうして治安維持の武力を魔法に頼り、膨張政策の結果も相まって、現時点では大幅な人員不足に陥っているという。 ここ数年新規に併合される世界がない事から、膨張政策は止まっていると思える。 仮に地球が管理世界に併合されたとすると、その後の文明崩壊、治安悪化、人口減少は避けられない。 なぜならば、ここは管理局の言う、魔法の素質のある人間が生まれる素養のある世界ではない。 魔導師を治安維持要員とする管理世界の方法を、そのまま持ってくれば治安が破綻するのは目に見えている。管理世界から最高の技術がインフラ毎やってきたとしても同じ事だろう。 そして魔法そのものが文明の土台ではないのだから、文明そのものを一から作り直す必要性すらある。 とすれば、管理局との争いは避けられない。私なら、大人しく降伏して管理局に潜り込み、内部腐敗と不協和音を増幅させる事を目的にするだろう。 この点リンディ提督とは、地球を管理世界に併合するのは、管理世界の寿命を縮める事になる。と言う意見で一致している。 高町姉妹のような例外があるとしても、地球の生態系では、リンカーコアの自然発生確率は、確立が存在する程度であり、それを誤差と見なせば完全にゼロである事。 地球全体を一つとして見なした場合、安定している社会ではない事等、上げればきりがないが、併合を否定する理由には事欠かないし、肯定する理由は少なすぎる。 リンディ提督と言えば、一つ提案を持ちかけられた。 内容は、次元犯罪者等に対する対犯罪情報ネットワークの一端になって欲しい、と言う事だ。 簡潔であるが、事が大きすぎるのに慣れた今となっては、それ以上の感想はない。 この件については、中間報告と合わせて既に上司に打診しているので、向こうの反応待ちと言う事になる。 上手く行けば、管理世界から様々な情報を引き出せる訳だが… 考えを戻せば、高町姉妹に対して、熱心に魔法を指導しているのも頷ける。将来は引き抜いて、管理局員にでもするつもりだろう。 彼女たちが成長して、真に自分の意思で行くのなら良い、その点だけなら個人の問題だ。政治的には複雑な物になるだろうが、今は棚に上げておく。 だが彼女たちはまだ子供だ、その心を誘導するなど容易い事。その上ああ言った特殊な能力は、国際救助隊と人権の名の下に、保護及び観察される。 高町静はHGSである事から既にその対象内であり、本人も知っている。彼女は平和である事、そして普通である事を何より愛する人間、という事らしい。 では高町なのはは? 今はまだ、全くの未知数だ。彼女については静以上に注意が必要だろう。 「敬吾さん、こちらにいらしてたんですか」 呼びかけられて敬吾は振り返る。 「ああ、エイミィさん。どうかなさいましたか?」 「艦長がお呼びです、艦長室までご案内しますのでどうぞ」 「分かりました」 敬吾は立ち上がると、訓練室の中へと手を振り、エイミィと共にこの場を後にした。 この後、リンディのお茶を警戒して、食堂でお茶を用意したのは、学習の効果であろう。 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、静にあてがわれた部屋。 一日の訓練が終わり、クロノに頼んで収集した魔術書のデータを、伊勢経由で読んでいると、呼び鈴が鳴らされた。 「どうぞ」 「やっほー、静ちゃん」 「エイミィ、さん?」 「だ、大丈夫。今は非番だから」 前回、勤務中に寄ったエイミィが、クロノに耳を引っ張られながら出て行ったのを見ている。それだけにまさかと思った静だが、今回はそうではないようだ。 「前の続きなんだけど… その前に静ちゃんの、あの魔法の分析が出たから先に渡すね」 「データも見るけど、エイミィさんの率直な感想も欲しいわ」 「あたしが見る分には、問答無用の貫通攻撃。という感じかなぁ」 伊勢で受け取ったデータを、そのまま翻訳して読み込んでゆく。 「どう?」 「この密度だと… もしかして、お姉ちゃんのStarlight Breakerを貫けそうね…」 「多分出来るんじゃないかな、魔力密度と弾速が桁違いだからね」 「その代わり、有効範囲は狭いわよ? Rapid Laserでおよそ1Cm、Hyper Laserでも30Cm。Hyper Laserの方は魔力消費も激しいから、継戦能力は低いわね」 「これになのはちゃんのStarlight Breakerの収束仕様が合わされば、かなり便利なんじゃないかな」 「あー、それはこれには入らないのよ、容量の都合で。無くても何とか使えはするけど、これに関しては訓練が必要ね」 「それは、残念」 「術式と名前だけは考えてあるわ」 「ほうほう。で、どんな名前なのかな?」 「収束式光圧砲」 さらりと日本語を口にした静と、どう返して良いか困るエイミィ。 しばらくの間、時が止まったかのように二人は微動だにしなかった。 「多分、直訳してConvergence type optical pressure gun?」 「…何で疑問系? それにそのままじゃない?」 「そう言われてもね」 「静ちゃんの魔法には華がないのよ」 「要らないわよ?」 即答の静にエイミィは一瞬言葉を失うが、 「静ちゃんって、なのはちゃんとは違うんだねー」 そう、しみじみと呟いた。 「例え発生が同じでも、経験が違うと別物になるのは、当たり前だと思うけど?」 「それはそうだけどさぁ、それよりももっと格好いい名前にしようよ」 「そう? んー …Starlight Penetration?」 「うんうん、そっちの方が良いよー。 じゃあ、この名前はこれで。前の続きを聞かせてよ」 「何処まで話したかしら? 温泉の話? 翠屋の話?」 「温泉の話の途中だったよ」 「じゃ、続きね」 静の話す海鳴の出来事に聞き入るエイミィ。 こうして夜は更けてゆくのであった。 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、食堂。 「今日で十日だよね」 「ああ、君たちがアースラに乗り込んできてからだな」 この十日間の間に、なのはとユーノのペアでジュエルシードを3つ回収し、フェイト達が1つ回収した事を確認している。 「こちらに9個、向こうに6個、残りは最大で6個か。そろそろ見つけづらくなるわね」 「伊勢、発見箇所を地図に出してもらえる?」 「了解」 海鳴周辺の立体地図が表示され、そこに発見されたジュエルシードのシリアルナンバーが表示されてゆく。 「ジュエルシードが確実に魔力に反応する訳じゃないとは言え、これらの見つかった周辺では、まず見つからないと考えて良いだろう」 「逆に言うと、魔力を与えてしまうというのも、手段ではあるのね」 「それは危険だ」 「そう思うわよ? ただ、管理局という最大限のリスクがある前提で、フェイト達が暴挙、いえ賭に出る可能性はあるわね」 「どうしてそう思う?」 「彼女は、後に退くことはないわ。理由は知らないけれど、そう感じさせる物があったわね。それに管理局が出てきた事で、行動時間限界が限られてしまった。もう一つ挙げれば、ジュエルシードの残りは半数を切っている事。要するに追い詰められているのよ」 「なるほど」 「…もう一つ考えられるのは、後詰めがいるかもしれない事かしら。彼女達はジュエルシードを集めているだけという印象が強いのよの、それは誰に? そこが引っかかる場所なのよ、整合性がとれないというか、背後がなければ全体を構成する要因が足りないのよね」 「彼女たちの後ろに黒幕がいると言う事か」 そう呟きながらも、クロノはなのはから聞き出していたフェイトのフルネームから、プレシア・テスタロッサの存在を念頭に置いていた。 既にプレシアが行方不明になっている事実も合わせて、クロノはなのは達に口外はしていない。 「そう考えれば辻褄は合うわ。とは言え、想像の域を出ていないのは確かね」 「大丈夫だよ静、ちゃんと私がフェイトちゃんとお話するから」 「そうね、それで分かる事の方が重要になるわね。…わたしの予想通りなら、だけど」 そんなふうに話をしたその日の夕刻、アースラに警報が鳴り響いた。 なのはに続いてブリッジに入った静は、ブリッジの周囲を覆うパネルに映し出されている映像を見て、そのままクロノ執務官の方へと視線を動かした。 パネルには、海鳴沖でフェイトが呪文を詠唱している姿が映し出されている。 「フェイトちゃん」 「すごい魔力だ…」 降り始めた雨はすぐに豪雨になり、フェイトの周囲にいくつもの放電を纏った巨大なスフィアが姿を現している。 既にこの場にいた啓吾は、非常識なまでの現象を真正面から受け止め、魔法という物の恐ろしさをその身で感じていた。 高ランク魔法使いは戦略兵器を優に超える、との結論を出した彼は、後にロビイストとしての行動を開始するのだが、それはまた別の話である。 流石に危険を感じて、海鳴に避難警報の発令を促そうとした彼だが、リンディに止められた。 彼女たちの結界の外に、アースラから広域結界を張る事で現時点では事なきを得ており、この艦の出力では彼女たちに破られる心配はないと言い切ったからだ。 詠唱が終わり、フェイトがバルディッシュを振りかざした直後、いくつもの稲妻が海へ突き刺さり、空を、海を、暴力的な力でのたうち回った。 瞬時に沸騰した海が生き物のように泡立ち、海面を歪ませる。 「無謀ですね、間違いなく自滅します。アレは個人でなせる魔力の限界を超えている」 クロノはそれらの様子を驚きながらも分析して行く。そして、出てくるであろうジュエルシードを回収し、フェイトの魔力が尽きた所を確保しようと企図していた。 静は暴力的なエネルギーの流動に、敬吾とは違う意味で、魔法の怖さを再確認しつつ、同時にクロノが狙っている事をほぼ正確に掴んでいた。 落ち着きを取り戻し始めた海面を、苦しげな表情を浮かべて見下ろすフェイトの様子から、なのはは目を離せないでいた。 そして、海面が落ち着きを見せ始めた直後。海面から空へと、ジュエルシードからの魔力放出が次々と現れた。 「ジュエルシードの反応6、これで全部です」 エイミィの報告にリンディは艦長席で頷く。 「あのっ、私急いで現場に…」 「その必要はないよ、放っておけばあの子は自滅する」 慌てて駆け出そうとしたなのはの言葉を、クロノが遮った。 「仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たしたところで叩けばいい」 「でも…」 クロノはなのはの言葉を聞かずに、部下に捕縛の準備を指示した。 その間にもフェイトがジュエルシードを封印しようとするが、魔力の消耗が激しいのか、その動きは精彩を欠いていた。 「私達は、常に最善の選択をしないといけないのよ。残酷に見えるかもしれないけど、これが現実よ」 側になのは達がいることを踏まえて放った言葉に、なのはは考える。 敬吾は肩を竦め、静は伊勢と状況の予測を開始する。 『どう思う? このままフェイトが力尽きたら、フェイトの背後関係が出てくると思うんだけど』 『その可能性も高いですね』 『他に考えられる可能性は?』 『なのはさんが、あの場に向かうと思われます。その場合は戦力の集中をするべきかと思います』 『どちらにしても、回収し終わった直後が一番嫌なタイミングね』 ユーノはなのはの背に視線を向け、念話で会話を送る。 クロノは出口に近い場所へと、自然に移動しながら指示を出し、それらの姿を見ていた。 俯いていたなのはが、急にユーノへと振り返る。 その様子をクロノはユーノの後背から、静は振り返ることなく魔法によって気付いた。 暫く念話で会話を交わしていたのだろう、ユーノが笑みを見せた直後、なのはとユーノの姿がブリッジから消えた。 振り返ることもなく、なのはとユーノがブリッジから消えた事を察した敬吾は、ゆっくりと艦長の側へと向かう。 同時に静は振り返って出口へと歩き出した。そうして歩いたまま和装のバリアジャケットを纏い、悠然と出口へと向かう。 「行くわよ、クロノ執務官」 出口前を塞ぐように立つクロノに、静はいつものように冷徹に告げる。 「だめだ! 許可できない」 「状況は変わったわ、それを認識しなさい」 「なのはちゃんとユーノ君、転送ポートを使用して対象の結界内に出現、フェイトちゃんへ向かっています」 「それでも「良いわよ、行ってきなさい」艦長!」 静は艦長に向き直り、無言で頭を下げる。 「静…」 呟くクロノに頭を上げた静は、いきなりバインドをかけた。 以前なのはに使った物の改良型で、Soft Catch Bindと名付けて伊勢に登録してある。もちろん戦闘用の物ではない。 基本的に静の高加速に追従させるためのバインドであり、一升瓶に入ったみりんでも、ワインボトルでも、割れる事無く運ぶことが出来る優れものではある。 ただし、中身の心配は考慮されていない。 「何を!? ってなんだこれは?」 完全に自分を捕まえるバインドではなく、むしろ簡単に逃げ出せる。そんな特性に気付いたクロノは静へと視線を向ける。 「転送室のスタンバイを、10秒で向かうわ」 クロノに返されたのは返事ではなく、要求と宣言。 言いながらブリッジから廊下へ飛び出し、そのすぐ後をバインドされたままのクロノが、引き摺られるように飛んでいった。 閉まったブリッジの扉の向こうから、クロノの悲鳴が聞こえるような気がしたのは、気のせいではないはずだ。 何とも言えない空気が漂う中、敬吾は一歩リンディへと歩み寄る。 「言葉を選びましたね?」 「何の事かしら?」 敬吾とリンディはお互いにモニタを見つめたまま、そう言葉を交わした。 「クロノと静ちゃんの二名、対象の結界内に転送!」 エイミィの報告の直後、クロノと静の二人がモニタの端に映し出される。 海鳴沖上空。 『お姉ちゃんとユーノが、既にフェイト達と接触しているわ。一気に距離を詰めるわよ』 『了解』 『データリンク、開始』 真っ直ぐに海面へと加速する静と、静のSoft Catch Bindで保持されたままのクロノ。 『お姉ちゃん、こっちはユーノのサポートに回るわ』 『分かった』 静は重力加速度よりも遥かに速い加速で一気にユーノに迫り、一瞬にして逆制動をかけた。 『クロノ、Soft Catch Bind… バインドを解くわよ?』 『…了解』 返事はした物の、クロノはその場で周囲の状況を見る。 ユーノと静が、それぞれChain BindとLaser Bindで、ジュエルシードから溢れ出るエネルギーを押さえつけ、なのはとフェイトが、ジュエルシードを封印する。 端的に言えば、この場で行われつつある行動はそれだけだった。 『クロノ』 管理局執務官としてどうすればいいか、その問いには既に答えが出ている。 『クロノ?』 だが、今するべきはそれではない。そこまではクロノでも分かってはいた。 『クロノ執務官?』 『ああ、静か。なんだ?』 呼びかけられている事にようやく気付いたクロノは、静へと目を向ける。 そこにはクロノの事など視界に入っていないのか、バインドを維持する静の姿があった。 『…ジュエルシードはこれで全部回収されるわ、次に何が来ると思う?』 静からのあきれた感情のこもった念話を受けて、クロノはようやく何をするべきか答えを出した。 『分かった、対処する』 『いい顔よ、少なくともさっきまでよりはね』 『からかうな』 『なら、気を抜かない事ね』 『二人とも集中して!』 『ごめんなさい』 そんな念話を交わしながらも、ジュエルシードの封印作業は進んでゆく。 なのはとフェイトはそれぞれに詠唱に入った。お互いに大出力の魔法を放って一気に封印するためだ。 魔力が収束してゆく間、クロノはエイミィに指示を出して、封印後に手を出して来るであろう存在に備える。 クロノの読みが正しければ、背後にいるのは大魔導師プレシア・テスタロッサの関係者だ。最悪は本人かもしれない。 クロノが周囲を警戒する中。ユーノと静によって押さえつけられたジュエルシードに、なのはのDivine BusterとフェイトのThunder Rageがぶつけられた。 それは奔流となって混ざり合い、ジュエルシードが存在する空間を球状に包み込む。 周囲の空間には衝撃波をまき散らし、なのはの桜色と、フェイトの金色の魔力が球体の中で荒れ狂う。 『各ジュエルシードの安定度、上がります』 目の前の凶暴なまでの魔力の奔流が生み出す球体に対し、伊勢の報告に静は一安心する。 既にユーノと静のバインドは解除され、現時点では個々にProtectionを展開して衝撃波に備えている。 そうして、なのはとフェイトの魔力によって生み出された球体が消えた直後。エイミィから全ジュエルシードの封印完了の報告がもたらされた。 「なんて、でたらめな…」 そんなクロノ本心からの呟きは、降り続ける雨と風にかき消され、誰に聞かれる事もなかった。 上昇してきた封印の完了したジュエルシードを挟んで、なのはとフェイトが向かい合い、なのはがフェイトに話しかけている。 周囲のサーチに重点を置いている静には、風と雨のせいで、なのはが何を語りかけているかは分からなかったが、言葉はだいたい想像できた。 そんな姉に、静はがんばってと思いながらも周囲を警戒している。 全て終わったと安心したユーノが、未だに周囲を警戒している静に気付いて問いかけようと静に近づく。 「しまった、アースラがっ!」 クロノが叫んだ。それはクロノだけに届いていた、エイミィからの悲鳴のような通信が切れたからだ。 すぐにこちら側にも危険が及ぶ。そう呼びかけようとした矢先。クロノの視界に、空から海面へと突き刺さる紫色の稲妻が入った。 すぐにジュエルシードを確認する。直撃はなく、未だに安定している。 だがその側にいるフェイトは放心したように空を見上げていた。 フェイトの口から「おかあさん」と呟かれた直後、そのフェイトに先程と同じ規模の紫色の稲妻が直撃した。 無情に響くフェイトの叫び声に、クロノは顔をしかめる。 彼女は仲間ですらないのか、と。 同時に、フェイトが直撃を受けた雷撃に弾かれたなのはに気付いて、静は飛び出した。 一気になのはの背後に回り、その身体を抱き止める。 「あ、ありがとう静」 「どういたしまして」 大魔法を使った疲労と、先程の雷撃の余波で、なのはは飛んでいるのが精一杯だった。 静もなのはの状態を把握していたので、なのはの側で防御に徹し、伊勢に分析を任せていた。 宙に静止している6つのジュエルシード。 それまで側にいたなのはとフェイトが離れた事により、誰もいない空域に静止し続けていた。 そこへフェイトを抱えたアルフが向かうが、既に察知していたクロノも一直線に向かっていた。 間一髪でアルフの前に立ちはだかったクロノだが、競り合いに破れ、海面へと叩き付けられる。 「上手いわね」 クロノがジュエルシードを幾つか確保した瞬間を見ていた静はそう呟く。 アルフがそれに気付き、クロノはこれ見よがしに、アルフに見えるように確保したジュエルシードを確保した。 悔しそうに残りのジュエルシードを確保したアルフが、上昇を開始した直後。再び紫色の雷撃が辺りに降り注ぐ。 『直撃来ます。複合防御展開』 『了解』 冷静に答えて、各防御魔法に回す魔力を一気に上げる。 静の視界が紫色の光に包まれ、凄まじい魔力負荷がかかった。 歯を食いしばってそれに耐えるが、同時に周囲の状況も冷静に観測し続け、フェイトを抱えたアルフが転移して行くのを見届ける事になった。 |