リリカルなのは、双子の静 第十一話


 海鳴市藤見町高町家、夕刻。
『アルフさんが大変なの!?』
『…落ち着いて、お姉ちゃん』
 突然なのはから呼びかけられ、静は諫めるように返す。
『う、うん。今、アリサちゃんの家にいるんだけどね! 怪我した大型犬を拾ったのを見せて貰ったんだけど、それがアルフさんだったの!』
『…アルフさんって、誰?』
『フェイトちゃんの使い魔だよ! あの大きな犬!』
『そう言う事。…少し準備するから、合図したら携帯でこっちに電話して貰える?』
『分かった、待ってるね』
「ユーノ、フェイトの使い魔が見つかったわ」
「本当!?」
「ええ。とりあえずユーノにはフェレットになって先に向かってもらって、こっちは引き取り人を立ててみるわ」
「引き取り人?」
「ええ、クロノかリンディさんに引き取ってもらうの、少なくとも大型犬の飼い主として。あの二人なら万が一にも身元が割れないから良いと思うけど」
「なるほど」
「とりあえず、こっちはこの手段で呼びかけてみるわ。ユーノはアリサの家に向かって、なのはに中継してもらえば何とかなると思うから」
「分かった」
「さて、まずは電話ね」


 アリサ邸、庭、夜。
「本当にありがとうございました」
 クロノはそう言ってアリサに頭を下げ、車に乗り込んだ。
 既にアルフは用意して貰った高町家の車に、フェレットのユーノと一緒に乗せてあり、なのはと士郎は既に乗り込んでいる。
「じゃあ、またねアリサちゃん」
「うん、また…」
 ぎこちなげに手を振り、なのはを見送るアリサ。
 程なく車が走り出し、アリサから離れてゆく。

「ま、上手く行ったようだな」
「ええ」
 士郎の言葉にクロノは安心して返す。
 クロノを仮の飼い主として、アルフを引き取った。静の申し出た方法に、皆が肉付けして、合法的に引き取ることに成功したのだ。
 途中アルフが狼を元にした使い魔だというのに、大型犬扱いしていたという誤解があったが。
「それで、どうするつもりだい?」
「フェイトを助けて欲しいんだ…」
 士郎が何気なくクロノに問いかけたのだが、返ってきたのはアルフからの願いだった。
「どういう事だ? 詳しく聞かせてくれないか?」
「ああ… 一つ約束して、フェイトを助けるって。あの子は何も悪くないんだよ…」
「約束する」
 既にユーノを介して静と相談していたアルフは、クロノに対して話し始めた。
 アルフの知る限りのプレシアとフェイトの関係を…
 その内容の、特にプレシアがフェイトに対して行った様々な行いは、なのはの想像を超えていた。
 なのはが思わず声を上げてしまったのも、仕方のない事だった。

 車は国際救助隊海鳴支所に入り、一同がその会議室に向かう。
 アルフは出迎えた静に魔法で支えられながら、会議室に入った。
「みんな集まったわね。早速だけど方針を伝えるわ、我々はプレシアテスタロッサを逮捕し、事件の全容を明らかにします」
 通信パネルの映像越しに、リンディは皆にそう告げた。
「しかし、相手の居場所はまだ不明でしたね?」
「アルフさんなら場所の特定が出来ると思うわ」
「なるほど、だが…」
 敬吾とリンディがパネルの向こうで話をしている。
 長引きそうだと思ったクロノは、前回のような突発的な行動に出ないようにとの配慮もあって、なのはに訪ねてみる事にした。
「なのは、君はどうしたい?」
「私はフェイトちゃんを助けたい」
「どうやって?」
「そ、それは…」
 助けたいという思いだけが先走っていたなのはの思考に、冷や水が浴びせられる。
 アイディアがすぐに考えつくはずもなく、なのはの視線がすがるように静に向けられた。
「静ぁ…」
「思いつかないでもないけど…」
「聞こう」
 なのはのすがるような視線と、クロノの真剣な眼差しを、静は交合に見る。
「聞き流してもいいのよ、所詮子供の意見なんだから」
「構わない」
「お願い静」
「フェイトをおびき出して、なのはお姉ちゃんが説得するか、交戦して勝つ事」
「どうやって?」
「餌はジュエルシード」
「リスクが大きすぎる」
「そう思うわ。ただし上手く行けば、相手側の戦力を削る事が出来る。 …他にも問題点は多いわよ、戦闘時間はなるべく短くする必要があるし、完全にフェイトの単独行動にする事も要求される。それに、アルフの同意を得られなければ無理よ」
「しかし…」
「なのはお姉ちゃんが負けたら、私とアルフとユーノで彼女を止めるわ。それだけよ」
「大丈夫。私がフェイトちゃんを止めて、助けてみせるから!」
「どうでしょう艦長。この方法で、行動の許可を願います」
「分かりました、許可します」
 クロノの要求に即座に答えたリンディ、その直後、静の頭は鈍い音を立てて机に伏していた。
「静?」
 美沙斗の呼びかけに、静は泣きそうな顔を向ける。
「なんで、なんでこんな子供の意見が通るのよ…」
「普通の小学三年生は、そんな事考えつかないものだぞ?」
「私の日常を返して…」
「ならばその日常を守って見せなさい。静にもその力はある」
 鋭くも暖かい美沙斗の言葉に、深くため息を吐いた静は、ゆらりと立ち上がり、涙をぬぐい時間を確認する。
「アルフ、すぐにフェイトを呼び出せるかしら?」
「何とかなると思う」
「何とかして、場所は海鳴臨海公園… って海の方の大きな公園なんだけど、分かるかしら?」
「大丈夫、分かるよ」
「クロノはバックアップ。ここでなくてもいいから、プレシアからのアクションを交戦域に到達させないようにして、後はいろいろとやってくれて良いわ」
「分かった」
「リスティ、車で私達を臨海公園までお願いします。到着したら結界の外側で待機」
「やれやれ、こんな小さな子に命令されるとはね」
「あ… そうね、私には命令権はなかったわね、ごめんなさい」
 先程までの勢いが消えた静は頭を下げ、深呼吸をし、その場でバリアジャケットを展開した。
「先に外に出るわ…」
 肩を落としたまま会議室から出て行った静。
「だいぶ参ってるな… なのは、絶対にあの子に戦わせるな」
「うん!」
 力強くうなずくなのは達を送り出したリスティは、気怠そうに立ち上がり部屋を出ようとする。
「何処へ行くの?」
「公園の近くで待機しておく」
 そう言ってリスティは後ろ手を振って出て行った。


 海鳴市海鳴臨海公園、夜。
 アルフの呼びかけにフェイトが応じた事を確認して、フェイトが到着するのを待っている。
「静、元気出してよ」
「大丈夫よ、やるべき事はやるわ。だから、お姉ちゃんはフェイトにその思いを全てぶつければいいのよ」
 答える静の表情は、先程のこともあり、どことなく疲れているように見えた。
「フェイトが、来たよ…」
 アルフが見上げた先に、全員の視線が向けられる。そこは公園を照らす街灯の上で、フェイトはバルディッシュをサイズフォームに展開してゆく。
「フェイト、もう止めよう。あんな女の言う事、もう聞いちゃダメだよ… このままじゃ不幸になるばっかりじゃないか、だからフェイト!」
「アルフ… それでも私は、あの人の娘だから」
 夜の闇の中に吸い込まれるようなフェイトの答えに、なのははその足を踏み出した。
「ただ捨てれば良い訳じゃないよね、逃げれば良い訳じゃもっとない、きっかけはきっとジュエルシード」
 まるでなのは自身にすら言い聞かせるような言葉を広げ、なのはその歩みを止め宣言する。
「だから賭けよう、お互いが持っている全部のジュエルシードを!」
「Put out」
 なのはが回収した全てのジュエルシードが、なのはの周囲に展開される。
 そしてそれに呼応するように、フェイトの周囲にもジュエルシードが展開した。
「それからだよ、ぜんぶそれから…」
 レイジングハートを構えても、なのはの言葉は続く。
「私達の全ては、まだ始まってもいない。本当の自分を始めるために。いくよ。最初で最後の本気の勝負!」

 宣言したなのはを、フェイトは見つめていた。
 フェイトにとって、目の前のなのはと言う少女は不可解な存在であり、現時点での最大の障壁になっている。
 なのはに勝って、ジュエルシードを取り返して、母さんに喜んで貰うんだ。
 と、そう思考する反面。アリシアと呼ばれたらしかった、プレシアの愛を一心に受けた頃を、思い出さずにはいられなかった。
 もう、あの頃の幸せは戻ってこないかもしれない。
「それでも…」
 フェイトは呟くことによって、目の前のなのはと言う少女に全力でぶつかる決意をし、身構える。

 始まった戦いを見て、ユーノは結界を展開する。
 静は伊勢に、フェイトとなのはのデータを取り続けるように指示し、自身も解析しながらに、二人の交戦を見つめる。
「心配かい?」
「心配はしてるわ、でもそれ以上にプレシアの動向が気になるわね」
「あの女か…」
「アルフは何故、プレシアがジュエルシードを求めるようになったか知らない?」
「あたしは知らされてないんだよ…」
「そう、もう一つ良いかしら?」
「なんだい」
「いつからプレシアは、フェイトを愛さなくなったのか分かるかしら?」
「あたしが物心ついた頃には、もうプレシアはフェイトを愛してなんか無かったよ…」
「と言う事は、少なくともフェイトが愛されていた時期があったのね?」
「ああ、それは間違いない。フェイトが昔は優しかったんだって言ってたから…」
「アルフは、それを見てないのね」
「ああ」
「真相はフェイトとプレシアの中か…」
 幼い子供を愛さなくなった親に対し、子供は自分が悪いから親は愛してくれないんだと思いこむ事は、育児放棄や児童虐待の事件などに見受けられる。
 静の知識は事件や小説が元になっているが、少なくともその可能性は高いと考えている。
 もしそうならば、フェイトはプレシアの事に対して、区切りを付けなければならないだろう。
 子を愛さない親もいる。
 だが静は、フェイトとプレシアの関係は、それとは違うように感じずにはいられなかった。
 静の両親は、静が考えているよりも尚強く家族を愛している。そんな両親でさえも、静のHGSには戸惑いを隠せなかった。
 そして、翠屋の開店。
 なのはの交通事故。
 静のHGSの一段の覚醒と家出。
 それら全てを乗り越えてきた、それは家族が居たからこそだ。
 フェイトにはアルフしかいない上、両者とも社会との接点が薄い。それがどれほどの事か、静は想像するが、全ての想像が悪い方へと向かっていく。
「本当に、お姉ちゃんには、フェイトの心を折って貰わないと… いけないのかもしれないわね」
「見かけによらず、怖いこと言うね」
「そうかもしれないわね」
 アルフとユーノ、そして静の視線の先。海上でのフェイトとなのはの戦闘は続く。
 およそ十日間とは言え、クロノから受けた訓練が、なのはをフェイトとまともに戦える水準にまで引き上げていた。
 一つの攻防が終わり、距離を取ったフェイトの足下に巨大な魔法陣が展開される。
「フェイトは本気だよ」
「そうでなければ、意味がないわ」
 なのはの周囲をいくつものフェイトの魔法陣が現れては消えてゆく。
 観測した魔力の形式と流れから、静が予備知識として色々な魔法の種類を教えられた中に、似たような魔力の形式と流れを持つ魔法に行き当たる。
「転移転送じゃないわね、バインドかしら?」
 呟く静の視線は、帯電した黄金色のスフィアを、次々と展開するフェイトに向けられている。
 直後、なのはの腕が不自然に持ち上がり、金色の光の輪によって、腕が拘束された。
「なのは!」
 思わず叫ぶユーノ。
 それとは対照的に眉一つ動かさない静に、アルフは呆れる。
「…慌てないんだね」
「お姉ちゃんは、頑固だよ。これと決めたら、真っ直ぐに向かってゆくわ。何度かそれで悔しい思いをしたこともあったわ」
 遠い目をして答える静。
 三人の視線の先、いくつもの光弾がなのはに向けて放たれ、炸裂する。
 伊勢を通して、ずっと両者を観測し続けている静にとって、フェイトのこの攻撃が、どれほどの物なのか容易に分かってしまう。
「かなりの攻撃ではあるわね…」
「ああ、フェイトのとっておきだよ」
 次々と炸裂する光弾の爆煙に、なのはの姿が次第に包まれ、見えなくなった。
「フェイトは、真面目よね。優しくて、真面目で、一直線で、でも案外周りが見えていない。そんな印象を受けるわ」
「そうだね、フェイトは優しいよ…」
 海上を走る風に、なのはを覆っていた爆煙がゆっくりと晴れて行く。
「あんた、どっちの味方なんだい?」
「今回の場合は、二人とも悔いの無いようにぶつかってもらって、その上でお姉ちゃんが勝利するのが、一番良いと思う。ただそれだけよ」
「…本当に。以外と、怖いこと考えてるんだね」
「なのは、無事だったんだ」
 ようやく晴れた爆煙から姿を現したなのはに、ユーノが安堵する。
 即座に構えたレイジングハートに魔力が集束し、Divine Busterの、桜色の魔力が激流となってフェイトへと放たれた。
 手元に待機させていた光弾を、向かってくる激流に放つが、あっという間に飲み込まれてゆく。
 間髪入れず到達するDivine Busterを、フェイトはシールドを展開し受け止め始めた。
「フェイトー!!」
 苦悶の表情を上げて耐えるフェイトに、アルフが叫ぶ。
 アルフの目からしても、Divine Busterを受け止めきれるかどうかは分からない。
 フェイトのバリアジャケットが、徐々に崩壊して行くのが見える。
「ダメよ。まだ終わっていないのに、貴方が出て行っても、全てが台無しよ」
「分かってるよ。分かってるけどさ」
「不安は分かるつもりよ。フェイトにも幸せになる権利はあるわ。それを阻む者とは戦いなさい」
「それが、あんたでもかい?」
「そうね、その時は、ぶつかりましょう」
「分かったよ…」
 Divine Busterを受けきったフェイトは、遠目にも疲れ切っているのが見て取れた。
 なのはにも疲れが見えるが、すぐにレイジングハートを振り上げ、術式を発動した。
『ユーノ、死ぬ気で結界を維持して貰える? 多分、凄いのが来るから…』
『ええっ!』
 なのはの前に、桜色の光が集まって行く。
「なんだいあれは」
「周囲の魔力素を集束しているのよ、ちゃんと維持さえ出来れば、相対的には低コストでの攻撃が可能ね」
 静が観測結果から、そう結論を述べた直後。
 フェイトがバインドに捕まった。
 この先の想像がついたアルフが歯を食いしばる。
 そして、なのはのレイジングハートが、集束された桜色の魔力塊に叩きつけられる。
 弾かれるように吹き出した魔力の激流は、先程のDivine Busterを超える勢いをもってフェイトに襲いかかった。
「お姉ちゃん、やりすぎよ…」
 呆れるようにそう言った静の背に、二対の羽根が姿を現す。
「フェイトー!!」
「もう無理だぁー!!」
 アルフの悲痛な叫び声と、ユーノの限界を超えた叫びが響き、ユーノが維持していた結界が消滅する。
 だが、未だ放出の止まない桜色の激流は、完全にフェイトを覆い尽くし、海面へと叩きつけられ続けられている。
「限界を、超えないで…」
 それは、杞憂だと思う程の静の思考だった。
 ジュエルシードを素手で掴んで封印するフェイトの姿を見ている以上、静はそれに対して危惧せずにはいられない。
 やがて魔力の放射が終わる。
 それとほぼ同時に静は飛び出した。フェイトの気絶と、フェイトを守っていた防御魔法の消失を確認したからだ。
 落下を開始するフェイトを、なのはは莫大な魔力の使用による倦怠感の中、見つめていた。
 助けようと思考はするが、未だ大出力の魔力を放出した反動で、飛んでいるのが精一杯であり、満足な機動は出来そうにない。
 そのなのはの視界の中を落下してゆくフェイトを光が貫いた。
「何!?」
 思わず構えて辺りを見渡す。
 フェイトを貫いた光は、海鳴の方から一直線にこちらに飛んで来ている何かから発せられていた。
 それが紅と白のバリアジャケットを纏い、背に二対の光の翼を広げた静だと気付いた頃には、静はフェイトのそばで逆制動をかけながら、フェイトを魔力を使って優しく包み込んでいた。
「静!?」
 ほとんど一瞬の出来事に、驚いて声を上げるなのはに返されたのは、
「お姉ちゃん! フェイトを殺す気だったの!? 答えなさい!」
 静の怒号だった。
「そんな! 私はただ、フェイトちゃんと全力で勝負しただけで…」
 静の刺すような視線に、なのはの語尾が力なく途切れる。
 そんななのはに、静はやや高度を取って手招きをする。すっかり萎縮したなのはは静の側へと、ゆっくりと高度を下げた。
「ここが、フェイトが最後にお姉ちゃんの攻撃を受けた高さよ」
「うん」
「魔法効果を全て解除して、落下したらどうなるか、想像しなさい」
 静の有無を言わせぬ怒気を孕んだ言葉に、なのはの視線が恐る恐る海面に向けられる。
 ほんの少しの間をおいて震えだしたなのはの顔は、今にも泣きそうな物になっていた。
「分かった?」
 先程までとは変わり、落ち着いた声でそう言いながら、静はなのはを抱きしめる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、私っ」
「次は、無いわよ?」
 震えるなのはに、優しく言い放ち、静はなのはをフェイトの方へと振り向かせ、言葉を続ける。
「それと、謝るべきはわたしではなくて、フェイトによ」
「うん」
 静の魔法だろう淡い桜色の光に、優しく包まれているフェイト。
 その瞼がゆっくりと開いた。
「フェイトちゃん。私、フェイトちゃんに勝ったよ。でもゴメンなさい、もう少しでフェイトちゃんを殺しちゃう所だったの!」
「…いいよ、私は負けたんだから。バルディッシュ」
「Put out」
 自らの負けを悟りバルディッシュに呼びかけると、バルディッシュは保持していた全てのジュエルシードを解き放った。
「ごめんね。 …大丈夫?」
「うん。 …これは治療魔法?」
「ええ、あまり上手くないのは見逃して欲しいわ」
 不思議そうに、静を見つめるフェイトに静は自己紹介をする。
「静、高町静。なのはの双子の妹よ」
「フェイト、フェイト・テスタロッサ」
 静がよろしくと返そうとすると、フェイトの目が空を見上げたまま見開かれた。
 フェイトの視線の先、空が歪み渦を巻いてゆく。
 静が危険を感じ、防御魔法を展開しようと詠唱を開始した直後。なのはの目の前で、静とフェイトが紫色の落雷の直撃を受けた。
 なのはは吹き飛ばされ、静は叫び声を上げながらも、フェイトを保持し続ける。
 自身の叫びがだんだん小さくなるのを感じ、意識がふっと遠のくのを感じた直後、静は体が抱きしめられるのを感じた。
「大丈夫!?」
 遠のいていた意識が、戻ってくる。
 霞んでいた視界がハッキリとし、伊勢とのリンクも復活すると、ようやく自分がフェイトに抱きしめられていたことに気付いた。
「ありがとう」
 そう言って、周囲の状況を確認する。
 ジュエルシードが、空の歪みへと吸い込まれて行くのが確認できた。もう取り返そうにも間に合いそうにない。
『こっちで捉えた。危険だから手を出さないでくれ。それとアースラの準備が整った、直接アースラに転送する、準備してくれ』
『いいのね?』
『ああ、問題ない』
 渦の中へと引き込まれ消えていったジュエルシードを見届けて、
「とりあえずアースラに向かうわよ」
 静はそう呼びかけるのだった。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、ブリッジ。
「今、武装隊が突入しているところだ」
 敬吾は入って来たなのは達に、そう簡単に説明をした。
 フェイトは捕縛という形で、管理世界の手錠をかけられている。
 ブリッジを取り囲む、映像を映し出すパネルには、真っ直ぐに通路を進む数人の武装隊の様子も映し出されている。
 程なくそれらのチームの一つが広間に到達した。
 そこは謁見の間、とでも言うのだろうか。玉座に座っている女性がゆっくりと立ち上がる。
 アップにされたその顔には、あまり生気はなく、素人目にもどこか病んでいることが窺えた。
 武装隊がその女性の周りを取り囲み、逮捕を宣言した。
 なのはと静とユーノは、逮捕の宣言から出た名前に、そこで初めて、女性がプレシア・テスタロッサだと言う事を知らされた。
 だが、当のプレシアは何ら動じることなく、玉座の前に立っている。

 別のチームから報告が入った。
 暗い部屋の中の、大きく透明なシリンダーの中に、何か人のような物が浮いている。
 武装隊員達が、周囲を警戒しながら近づき、灯りを向けた。
 なのはは息をのみ、静は歯を食いしばる。フェイトは震えながらもその人物を見て呟いた。
「アリ、シア?」
と。
「アリシア!? アリシア・テスタロッサは26年前に事故で死んだはずだ!」
 クロノの叫びに近い声に、静の頭の中でプレシアの人間像が再構成され、フェイトが愛されなくなった理由に納得がいった。
「フェイト!?」
 突然叫びだしたアルフに振り返ると、アルフに抱きしめられているフェイトはガタガタと震え、その瞳は焦点を失いつつあった。
「いかん」
 それが敬吾の声だと分かった時には、敬吾の腕はフェイトの鳩尾にしっかりと入っており。フェイトが頽れ始めていた。
 慌てて支えたアルフが敬吾をにらみ付ける。
「恨んでもいい、だがこのままだとフェイトちゃんが発狂するかもしれなかったんだ。とりあえず医務室に行こう」
「ああ」
「では艦長、ちょっと失礼します」
「え、ええ…」
 あっけにとられた艦長がそう生返事を返す。
 なのはと静は、敬吾がおよそ5m程の距離を一瞬で詰め、正確に必要十分な威力のみで、フェイトの鳩尾を突いた事に驚いてはいるが、道場で何度か似たような光景を見ていたので、ショックはなかったし、その後の言葉に説得力があったので納得することにした。
 ユーノは、敬吾さんは普通の人だという認識をしていたので、そのギャップに残念そうに驚いていた。
 クロノは、敬吾達がブリッジを出て行くまで驚いたまま固まっていた。魔力も何も感じさせずに、あたかも一瞬で事を成したことに驚愕していたのだ。

 そうして敬吾達がブリッジから退出した直後、パネルに映し出されている武装隊委員の一人が、何かに吹き飛ばされた。
 それを皮切りに、各所で人型を模したゴーレムのようなものが、床から、壁から、天井から、まるで染み出すように現れる。
「庭園の各所にガジェットが出現、推定ランクA、出現数40を超えて尚増加中!」
「直ちに武装隊を回収、急いで!」
「了解」
「仕切り直しね」
「武装隊の回収完了しました、負傷者5名、欠員無し」
「負傷者はすぐに治療を」
 そう指示して、リンディは艦長席を立ち、なのは達の方へ歩き出す。
「なのはさんとクロノは、武装隊と共にプレシア・テスタロッサの元へ向かってもらいます」
「はい」
「了解」
「静さんは待機」
「了解」
「私は、庭園の動力炉へ向かいます。作戦開始は15分後とします、何か質問は?」
「あの、僕は?」
 おずおずとユーノが手を挙げると、リンディはばつが悪そうな顔をして、
「なのはさんの支援をお願いね」
と、ごまかしながら言うのだった。どうやらリンディの中で、ユーノはなのはのオプションだったらしい。
「他にはないわね? クロノ、突入隊の説明と指揮をよろしく」
「了解。なのは、転送ポートへ向かいながら説明する、着いてきてくれ」
 クロノはそう言ってブリッジから出て行く。ユーノはフェレットに変身し、なのはの肩に登った。
「この方が、狭いところでも邪魔にならなくて良いと思うんだ。行こうなのは」
「うん」
 程なくブリッジの上段は、リンディと静の二人きりになった。
「さっきの敬吾さんだけど、あまり気にしないで良いわ」
「そ、そうなの?」
 静の言葉にリンディは戸惑いながら返す。
「ええ、武術の達人になると、あのくらいは出来る物なのよ」
「魔力を使わずに、ああいった事を見るのは初めてだったのよ」
「次からは、驚かなくて済みそうですね」
「そうね」
 リンディが納得したのを見て、静は一安心する。
「わたしは医務室に向かわせてもらうわね」
「ええ、呼び出しには何時でも応じられるようにしておいて」
「了解」


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、医務室。
「失礼します。フェイトの様態を聞きに来たわ」
「単純に気を失っているだけだよ、そのうち気が付くだろう。彼女なら奥のベッドにいる」
 医務官の説明を受けて、静はぺこりと頭を下げ、奥へと向かう。
「ああ、こっちだ」
 奥のベッドのほうから敬吾の声がかかり、静はそちらの方へと進んでゆく。
 アルフと話をしていたらしい敬吾に、静はそのまま歩み寄り。
「あと10分足らずで、庭園に攻撃を仕掛けるそうです」
「そうか… フェイトならまだ目は覚めていない」
 静の視線が、眠っているフェイトに向けられる。
「…静、フェイトはどうして幸せになれないんだい?幸せになっちゃいけないのかい?答えてくれよ」
 絞り出すようなアルフの声が、静に突きつけられる。
 目を合わせた静は、その縋り付くようなアルフの視線を受け止めた。
「悪いけど、答えはフェイトが自分で見つける物よ。私に出来るのは手助けだけ…」
「そうかい、案外冷たいんだね」
「そうね… それが少なくとも、私の歩んできた現実なのよ。だから忘れないで、差し伸べられた手を、掴む勇気を」


 高次空間内、時の庭園、研究室内。
「結局、使い物になったのは2体だけ…」
 自身への嘲笑と共に呟いたプレシアの眼前には、出撃前の最終調整を終えた、二人の幼女の姿をしたモノがあった。
 二人と言うのは誤りであろう。なぜならば、肉体はリンカーコアの容れ物に過ぎず、デバイスを通してコントロールされる兵器の一部に過ぎないからだ。
 それらはフェイトを幼くした姿でありながら、頭には髪飾りのようなデバイスがあり、そのデバイスこそが本体なのである。
 それは手元にある資材で、一度の作戦だけ持つ程度の戦力を賄う手段として作られた。
 元々ある技術者集団が完成させた物であり、現在は禁忌とされている技術であり。若き頃のプレシアが、ある事件調査協力の依頼を受け、調査したときに得たものだった。
「おとりとしては、十分ね。行くわよ」
 プレシアの言葉に帰ってくる言葉はデバイスの物であり、二体はふわりと浮き上がると、プレシアの後を追って研究室から出て行った。
 半完成品や不良品となった肉塊の入ったシリンダーには、まだ蠢いている素体すらあるが、プレシアの関心はもうそこにはなかった。


 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、転送ルーム。
「作戦は次の通りよ。
 クロノ、なのはさんとユーノ、武装隊A班は、Aチームとしてプレシア・テスタロッサの捕縛。
 私と武装隊B班は、Bチームとして動力炉の停止または破壊を目的とします。
 作戦行動中のアースラの指揮はエイミィに一任します。
 以上、何か質問は?」
 リンディは整列した隊員を見渡し、誰一人手を挙げない事を確認して指揮を続ける。
「エイミィ、作戦開始と同時に全員を一度に転送して」
「了解。転送位置はジャミングのため庭園の端になります」
 エイミィが映っているパネルの隣に、庭園のマップと、転送予定位置が示される。
「それで良いわ。各員は転送直後の混戦に備えて、転送開始!」
「了解、転送開始!」
 光に包まれ、二十名を超える魔導師達が一斉に転送され、この部屋から消えた。
 まだ閉じられていない通信パネルに映るエイミィが、せっせと時の庭園の情報をリアルタイムで処理させ、転送終了後の混戦を指揮しているリンディに、更新情報を送る。
 それが一段落し、通信パネルを閉じようとした矢先、ブリッジに警報が流れ、アースラ全体に衝撃が走った。





Ende