リリカルなのは、双子の静 第十四話
海鳴市藤見町高町家。夕刻。 帰宅した瞬間に鳴り始めた電話に、静は慌てて出る。 「はい高町でございます。 …リアーナさん、どうかなさいましたか? …ビデオメールですか? はい分かりました、代理としてこれからそちらに向かいます」 「静ぁ、どこから?」 丁度受話器を置いた静に、リビングから出てきた美由希が問いかける。 「国際救助隊海鳴支所から、リアーナさん。管理外世界からなのはお姉ちゃん宛に、ビデオメールが来たみたいなの」 「じゃ、着いていってあげる。一緒に行こ」 「準備してくるわ」 しばらくして、美由希と静の二人は、高町家から国際救助隊海鳴支所へと向かうのだった。 なのは達がこの世界に戻ってきて6日、ほぼ一週間も過ぎると、なのはも静も元の生活に戻っていた。 帰還当日は国際救助隊から家族ぐるみでレクチャーを受け、なのはにも異能力者としての身分証が渡された。 なのはがその力の意味するところをひしひしと感じていたのも、まだ記憶に新しい。 高町家の剣術家が訓練をしている山の、静達の能力訓練に使用するという名目での使用許可も、日曜に直接山林の持ち主に会う事で降りた。 早朝にそこまでの行き帰りのランニングと、なのはと静の時間が許す限りの基礎的な魔法の継続使用訓練を計画し、先日始めたばかりだ。 お寝坊ななのはが、この修練をいつまで続けられるのかが、恭也と美由希の注目の的になっている。 静自個人の事だけに触れれば、彼女は帰ってきた翌日にHGSの検査を受けていた。 フィリス先生は魔法の事に関してレクチャーを受けていたらしく、その事については興味は示していたものの、あまり関心は持っていないようだった。 それに、静が何をしていたのかも分かっているのだろうか、「魔法を使った事でHGSに影響が出るか分からないから、注意してね」と念を押された。 学校の方は相変わらず、寡黙で冷徹な学級委員長とみられている。いつの間にか捏造されていた、架空の旅行の写真が数枚用意されていた事には閉口したが、何とか上手くごまかしている。 また図書館で伊勢に会った頃を懐かしんでいると、はやてと出くわし、そのまま彼女の家へ遊びに行った。はやてには今回の事は全く話していないが、彼女には事が終わった事だけは分かったようだった。 いつか、はやてにも真実を告げる時が来ると思うと、気が重くなる静だった。 海鳴市市街地、国際救助隊、海鳴支所。夕刻。 じきに高町静が、リンディ艦長から送られた郵便物を取りに来るらしい。 駐在武官のリアーナと知佳が話しているのを聞いて、事務仕事が一段落付いた敬吾はデスク内の私物を引き出した。 取り出したのは、何となく吸いたくなったパイプ。ゆっくりと考え事をするには良いと言われて初めてみたものの、未だに上手く燻らせられずいる。 まだ新しく、これから愛用のものになるのだろうパイプに葉を詰めながら敬吾は思う。 世界は別段何も変わっていないように見える。 なのはや静が知らないだけで、実のところ異能力者というものは、判断する基準がある程度曖昧なせいもあるが、かなりの数にのぼる。今更異世界の技術である魔法が一つ増えたところで、やることは変わらない。管理世界の存在にしても、過去の幾つかのささいな事件から、その存在が証明されている。 国際救助隊、という名を冠してはいるが、関連するロビー活動のほとんどは、それらに対する偏見の排除と、存在を寛容する活動だ。後は名の通り、災害時に動くための下地を作っておくことが挙げられる。表向きはだが。 裏向きの事として追加されたのは、古巣でもある国際救助隊組織下の特殊警防隊にも関連する。基本的にICPOと協力して、管理世界との犯罪関係の情報を共有するというものだ。 このうち管理世界から優先項目として要求されたのは、この世界で使われている兵器だ。とりわけテロなどに使われる、銃器も含めた携行できる兵器が優先されている。 管理世界内では、魔法を使用しない兵器や武器の使用や製造、売買がほとんどの場合に渡って禁止されており。管理世界でのテロでは、これらの携行できる兵器が使われる割合が高いのだという。 既に送られてきた資料の中には、この世界からの物で、テロに使われた物はまだ見かけていない。 駐在武官であるリアーナさんも、少なくともこの世界でテロなどによく使われている兵器関係は、管理世界内では、まだ見たことは無いという。 資料を見る限りでは、この世界から流出する場合、規格の違いから、ある程度纏まった数が流出するのではないかと思う。 彼女の話では、幾つかの管理世界内の世界で生産されていた、銃器や兵器の残りがほとんどだと言う事だ。 「あの、敬吾さん」 パイプに葉を詰め終えて、マッチを取り出したところで知佳に呼び止められた。 「なんだい?」 「ここは禁煙なんです」 「やれやれ、ゆっくりと考え事も出来やしないか… まぁいい、屋上ででも吸ってくるよ。ロマンスグレーの夢を見ながらね」 そう言って敬吾はパイプとマッチを手にして立ち上がる。 敬吾を見送った知佳は、すぐに受付からの連絡を受けた。 「リアーナさん。静ちゃん達が着いたみたい、もうすぐ上がってきますよ」 受付からの連絡を受けて、知佳がリアーナに伝えた。 「分かりました」 高町なのはの代理で、リアーナが預かっているビデオメールを受け取りに来る、高町静。 リアーナは彼女の能力を確認しなおす。 推定魔力量ランクS、補助及び結界魔法を優先して取得、基本は結界魔導師だと思われる。また魔力特性に乗じた、極めて貫通能力に優れた砲撃魔法を使う。 魔力量ランクSを超えているだろうとされる彼女は、管理局で鍛えれば、最低でも総合Aは堅いだろうとリアーナは考える。 現時点での静と、空戦B、魔導師ランク総合Bのリアーナと模擬戦闘お互いに全力でしたとすれば、資料を見た限りでは、静が有利な事が窺える。 戦闘に際しても、冷徹に判断を下して行動する旨が報告されており、その点で言えば高町なのはよりも戦う事に向いているとも考えられる。だが同時に彼女は戦いを好まない。 多分、普通に模擬戦をすれば、勝てるのではないかとリアーナは思う。 いずれにしても、お互いを知る契機としては、悪くはないと思う。スケジュール都合から暫く先になりそうではあるが。 「失礼します」 「失礼しまーす」 そんな子供と少女の声と共に、声の持ち主、高町静と高町美由希が入ってくる。 「こんにちわ、静ちゃん、美由紀さん」 知佳が二人を出迎える。 「こちらがリンディ艦長からのビデオメールなんだが、再生は出来るか?」 やや不安そうにリアーナは、ビデオメールの入った封筒を静に渡す。 「開けて確かめるわね」 言うが早いか、静は封を開け、中からビデオテープを取り出して見る。一見したところでは、静の使うカメラの規格と同様のDVテープそのものだ。 「見たところはこちらの物ね。内部のフォーマットが同じなら、家にある再生機器で見えると思うわ」 「そうか。向こうに送る時も、同じ形式の物であれば向こうでも再生できるそうだ」 「良かったね静」 「そう言うのは、なのはお姉ちゃんに言ってあげた方が喜ぶわよ。わたしは代理で受け取りに来ただけなんだから」 「でも静も当事者なんでしょ?」 「わたしは黒幕のなのよ」 「黒幕って…」 そんな姉妹漫才が繰り広げられるところに、リアーナが口を挟む。 「そう言えば、先日から魔法の訓練を始めたそうだな」 「ええ」 「分からない事があれば相談に乗る、気楽に訪ねてきてくれ。用件がなければ、いつもはこのオフィスにいるから」 「ありがとうございます」 静はリアーナに丁寧に頭を下げて、テープを封筒の中に入れ、それを鞄の中にしまい込み、「では幾つか」と前置きを置いて質問を始めた。 当然美由希は置いてけぼりである。 知佳はそれを察して、美由希に手招きをし、少し離れた応接テーブルで一緒にお茶にしようと誘う。 リアーナと静の分のお茶を二人に差し出し、戻ってきた所で美由希と共に応接テーブルに向かい合うように二人は座った。 同時に美由希がぼそりと言葉をこぼす。 「…そうなんだ。リスティから聞いているけど、静ちゃんなら大丈夫だよ」 「そうかな? 私には全部なのはの為に行動したようにしか思えないんだけど」 「うん、それもあるんだと思う。でも静ちゃんはただ、自分の住む街を守りたかっただけなのよ。今回は世界そのものが、ほとんどの人が知らない間に危機に見舞われていたんだけどね」 「ま、世界の危機を救った英雄という訳さ」 ふらりと近寄ってきたリスティは、そう言って知佳の隣に座る。 「もっとも、当人には世界の危機なんて事は二の次なんだろう。ただ家族を、家族の住むこの街を失いたくなかった。ただそれだけなんだと思うよ」 「なんか、静が遠い所にいる気がするよ」 「…その距離が、家族を壊すんだぜ」 「リスティー!」 「いや、失敬。邪魔者は退散するよ」 そそくさと茶菓子片手に去っていくリスティの背を見ながら、美由希はリスティの言葉をかみしめるのだった。 海鳴市藤見町高町家、夜。 夕食後、届けられたビデオメールが上映され、丁度今し方終わったところだった。 リンディの挨拶と説明から始まって、フェイトとアルフの言葉、最後にユーノからの言葉もあった。 「静、お返事を出すの、手伝ってね」 「良いわよ。明日テープを買ってきて、週末には撮りましょう」 「うん、わかった」 「じゃ、わたしはお風呂に入っているわね」 いつもと変わらぬ様子でリビングから出て行った静に、なのはは違和感を感じていた。 「お姉ちゃん。静、ちょっと変じゃない?」 「そうかな、いつもの静だと思うよ」 「なんて言うんだろう、話を聞いてはいるんだけど、聞いていないような…」 「上の空ってこと?」 「ううん、半分は聞いているんだけど、もう半分は聞いていないような」 「気にしすぎなんじゃない?」 「そうかなぁー」 「多分、静は静なりに考えることがあったんだよ」 そう思う美由希なのだが、実のところ静に考える所など無く、単に驚いているだけだった。 その夜、寝る前に静の部屋から灯りが漏れているのに気付いた美由希が、ノックをしても返事がない事を理由に戸を開くと。 「英雄は嫌ぁ、せめてヒーローの方がぁ」 等という寝言を言いながら、ベッドの上で恥ずかしがるように、ごろごろと寝返りを打つ静の姿があった。 国際救助隊での自分たちの会話を聞いていたのだろうと美由希は思う。 「世界を救ったヒーローさん、ありがとう」 美由希がそっと静の耳元でささやく。 「お礼なんか要らないの、ただ日常があれ…」 満足したように、静は寝言を途切れさせると、部屋には静の寝息が広がり始める。 その様子にホッとした美由希は、部屋の灯りを落として廊下へと出るのだった。 海鳴市藤見町高町家、早朝。 「今日は俺がお守りか」 「先に行ってるぞ」 士郎は恭也にそう告げて、美由希と共に走り出す。 「じゃ、こっちも行こう。お兄ちゃん」 首にかけたレイジングハートを服の中に入れ、恭也を見上げて呼びかけるなのは。 「ああ。静も準備できたな?」 そう言って恭也は、小型のリュックを背負った静に声をかける。 「ええ」 返事を返した静の背負うリュックの中には、静が借りているデバイスが入っている。待機モード及び通常モードではハードカバーの書籍の形態を取っている為、体積的にも質量的にも、小型とはいえリュックに入れるしかないのだ。 「じゃあ行くぞ」 恭也はなのはと静の様子を見て、二人の前を走り出した。なのはと静もすぐに恭也に続いて走り出す。要するに恭也は二人の引率役なのだ。 子供のペースに合わせた恭也の後ろを、二人は置いて行かれないようについて行く。 海鳴の町並みを象徴する緩い坂を登りながら、幾つかの信号を渡り、ようやく山裾にたどり着く。その頃にはなのはと静の息は完全に上がっており、苦しそうにしながら恭也の後をついて行く。 そこから相変わらず緩い坂の山道を駆け上がる事、十分程だろうか。 先に着いていた士郎と美由希が柔軟体操をしている、開けた場所に到着した。 恭也となのはと静は、間を置かずに柔軟体操を始める。 ほぼ毎日繰り返している士郎達とは違い、なのはと静にはあまり余裕はなく、息を荒げながら、ふらふらと柔軟体操をこなして行き。 「やっと終わったぁー」 そう言って柔軟体操のメニューをこなし終えると、なのははへたり込んでしまった。 「体力が付くまでは辛いわね」 そう言って静はなのはを見下ろす。 ここから先は、士郎達とは別メニューになる。なのははレイジングハートの指示に従って、静はリュックからデバイスを取り出しそれぞれ魔法の訓練に励むのだ。 そんな二人の様子を、士郎達は休憩中に見ながら、朝の汗をかくのである。 海鳴市藤見町高町家、静の部屋、夕刻。 ドアが開き静が学校から戻ってきた。 「えーと。今日は、何もないわね」 そう言ってカレンダーを見上げる。 習い事である弓道は土曜、公文は一昨日に行ったから、次は明日。翠屋関係の予定もなし。月一での病院の検査は再来週の月曜日に行く予定。 いつものようにPCを立ち上げ、メッセンジャーとメールを確認すると、はやてからのメールが一件来ていた。 ななせちゃんへ。 誕生日のことなんやけど、本当にいいから。 追伸 今日の夕方くらい図書館に行きます。 良かったら会ってお話ししましょう、栞。 一読して静は考える。 前に会った時に、そろそろはやての誕生日が近い事から、誕生日をどうするかと話し合った。 その内容と合わせてはやての望みを考えてみる。 プレゼントはいらないから、ささやかに祝いたい。という事だと思う… なのはお姉ちゃんなら、「みんなでお祝いしようよ」とでも言うのだろうが、はやてはあまり好まないようにも思える。 彼女自身の境遇がそうさせるのではないかとも思うが、静は考えるよりもまずは図書館に向かうべきだと思い、宿題の用意をリュックに入れて、部屋を後にした。 海鳴市立図書館内、夕刻。 はやてが着くよりも先に着いたらしく、静は図書館の一角で宿題に取りかかる。 そうして宿題を終え、図書館の本を持ってきて読み始めたところで、はやてはやってきた。 「こんにちわや、ななせ」 「こんにちわ、栞」 「ほなあっち行こうか」 「ええ」 二人は談話室に移り、誕生日の事を話し合う。 「それだと、私が遊びに行くのと変わらないわよ」 「そやかて…」 「じゃあ、そうね… 当日、栞の家でわたしがケーキを作る、というのはどう?」 「おおおっ、それええなぁ」 「好みのケーキはあるかしら?」 「そうやなぁ、甘くて美味しければ何でもええよ」 「…が、がんばるわ。調理器具はこっちから持ち込むわね」 「分かった、材料は前日に買い込みでええ?」 「いいわよ」 「ほんなら、どんなケーキ作るか調べに行こか」 「ええ」 この日、ストロベリーショートケーキを作ることが決定され、静ははやての誕生日までの間に特訓する事が決定された。 「せやな、どうせならななせ独りで頑張ってみたものが食べたいなぁ」 「ぜ、善処するわ。でも、お母さんが良いって言えばになるけどね」 「そん時はそん時に考えよ」 「分かったわ」 海鳴市藤見町高町家、リビング。夜。 夕食を終え、後片付けをしている桃子の隣で、静が片付けを手伝っている。 「どうしたの静」 いつもと違い、そわそわした静の様子に桃子は訪ねていた。 「片付けが終わったら、お願いと相談があるの」 「珍しいわね、静がお願いなんて」 「…そうね、明日は雨かもね」 「もう、そんな事言うもんじゃありません」 「はい」 静をたしなめはした物の、桃子は本当に珍しいと思わざるをえなかった。 静が自らの欲求という物を、殆ど押さえ込んでいたのも大きい。家族からの提案に彼女は選択はしても、自ら言い出したことは殆どなかったのだ。 例外としてまず思い出されるのは、先日終わりを迎えたあの事件に関係する事だった。それ以外には、と思考するが、なぜか思い当たらない。 そう考えると、母親としてちゃんと育てられているのだろうかと、少しばかり不安に思う。 「さて、片付けおしまい。静のお願いを聞こうかな」 「6月4日、私の友達が誕生日を迎えるの」 「うんうん」 プレゼントか何かかなと、微笑ましく思いながら相づちを打つ桃子。 「それで、その子と相談した結果、私がその子の家でイチゴショートケーキを作る事になったの」 「それで、お母さんに教えて欲しいの?」 待ってましたとばかりに、答えた桃子だが、次の静の言葉に桃子も心に冷や水が浴びせられた。 「ううん、それは違うわ」 いつものように冷徹に、そして簡潔に言い切った静の言葉は、思ったより深く桃子に刺さったらしい。 「あの子は私が独学で、頑張った結果が欲しいのよ。だから材料費と、器具を貸して欲しいの、それと味見をお願いしたいの」 泣き出しそうな母桃子の姿を見て、さすがに静の声も鈍る。 桃子頑張る。等と呟いた声を聞いた静はそれを聞き流し、母桃子の返答を待つ。 因みに、士郎と恭也が物陰からこの様子をうかがっている。静は気付いているが、静観しているので気にはしていない。 「本当にそれだけで良いの?」 他にも色々と力になることが出来ると、言外に訪ねる桃子に、静は首を横に振る。 「我が儘言ってごめんなさい。でも、それだけで良いのよ」 ダメなら、栞に謝る事になる。そんな考えも抱いたまま、静はじっと桃子の返答を待つ。 桃子が静に手をのばすが、静の身体は反応するように硬直してしまった。 その静の反射行動は、幼少時に深く傷ついた心が起こさせる物だと、桃子は知っている。 静は自身が何故怖いと思ったのか分からなかった。のばされた手は温かくて大きく、そして何より安心できる母の物なのに、身体は硬直し守りに入っている。 それは相手を拒絶する反応にして行為であり、最も拒絶してはいけない相手に、勝手に拒絶反応を示していた事に、体が震え出す。 静の中で、暗く冷たい想像が膨らみ始めたとたん、暖かい物に包まれた。 「何も怖い事なんて無いのよ、かーさんはいつでも静の味方だから」 桃子は優しく語りかけながら、静の頭を撫でる。 桃子にとって、静は兄妹の中で最も遠い娘だ。 HGS患者であり、その能力特性は攻撃的で命を奪う事など造作もない程の力を持っている。一時は手放そうとも考えた程に悩んだ桃子だが、夫士郎に諭されて家族で頑張る事に決めたのだ。 その甲斐あって、静は当初の危惧が杞憂であったほどに、元気に育っている。 この程度の事で、音をあげるような事は何一つ無く、ただ静を慈しむのだった。 翌日は木曜日なので公文に行く為に時間が取れず、金曜からケーキ作りの練習が始まった。 道具と材料に関しては、桃子の全面的な協力があり、潤沢に使えるのだが、とりあえず静は手本通りに作ることにした。 途中でなのはが帰って来て、楽しそうに側で見ている。 日暮れ近くなってようやく完成したケーキは、イチゴこそ用意できなかったが、代わりにキウイを乗せていた。 「ねぇ静、食べて良い?」 「良いわよ、その代わりちゃんと感想を述べて貰うわ」 「分かった、ちゃんと味見してあげる」 「よろしく」 静は、なのはが食べ始めるのを待たずに、後片付けを始めるのだった。 夕食の後、家族で静の作ったケーキを食べる事になった。 静がケーキを切り分け、桃子が紅茶を用意する。 「なのははもう食べたんだよね、どうだった? 静のケーキ」 「んー、お母さんの方が美味しかったよ」 なのはの真っ直ぐな感想に、美由希は笑う。 「そりゃあしょうがないよ、母さんのケーキはどんなに小さく見積もったって、海鳴一なんだから」 「どれ、いただきます」 士郎が真っ先にケーキにかぶりつく。 続いて美由希が、恭也も静のケーキは物珍しいので、戸惑うことなく口に運ぶ。 「なるほど、普通のケーキだな」 真っ先に感想を述べたのは恭也だった。いつものように素直な感想に静はありがとうと返す。 「キウイの酸味と、合う甘さにはなってないなぁ」 じっくりと吟味した士郎は、なぜか桃子に向かって感想を述べる。 「あなた、これは静が作ったケーキなのよ?」 「ああ、そうだった。いや、十分に美味しかったよ静」 取り繕う士郎に静も桃子も苦笑を浮かべる。 静もケーキを切り分けて口に運ぶ、かなり甘いクリームに、キウイの酸味がやや負けているのではないかと感じ、イチゴならどうなるのだろうかと思う。 「そう言えば、美由希お姉ちゃんは…」 視線を隣で食べているはずの美由希に向ける。 「静の作ったケーキ、美味しいよぉ…」 なぜか盛大にショックを受けながらも、完食しつつある姿に、静は何も言えなかった。 海鳴市藤見町高町家、リビング。土曜日の夜。 リビングで静はカメラのセッティングをしている。ビデオメールの返事を出すためだ。 なのはは勿論、家族も何を話そうかと考えている。 「準備できたわよ、誰から撮る?」 「じゃあわたしから始めるね」 なのはは当然とばかりに、カメラの前まで来る。 「手でこうやって合図するから、こうしたら話して良いわよ」 言いながら、静は手で3、2、1、とカウントダウンして、最後に手でなのはを指さした。 「分かった。準備おっけーだよ」 「じゃあ行くわよ」 先程と同じように手で合図をしながら録画を始める。 「こんにちわ、こんばんわかな? 高町なのはです…」 カメラの前で話し始めるなのはに、静はふと、検閲が入るのだろうかと思った。 すぐにその思考は、管理世界が上位にあると言う理由で、管理世界側からの内容の方が検閲されるのではという思考に変わった。 そして、届けられたビデオメールの内容を反芻しているところで、なのはの話が終わり、そのまますぐに家族がフレームに入って来た。 自己紹介を始める家族は、ビデオメールでしか見たことのない人物にも、暖かい言葉を投げる。 美由希はユーノのフェレットモードもいたく気に入っていたらしい。その事を話している側で、恭也と士郎の視線がきつくなったりもした。 そうして家族からの言葉が一通り終わった。 「静も何か言わないの?」 「今は、皆を信じて、フェイトとアルフの結果を待っているわ。だから言葉はかけたくないのよ」 「でも…」 「それに、こっちに戻って来る前に伊勢に手紙を託してあるから。わたしが言える事は、つまらない日常の事ぐらいしかないわよ」 「それで良いんじゃないか?」 「ダメよ、教えられない」 「じゃあ友達の事とか」 「どうかな、栞はそう言うの嫌いみたいだし」 「なら、魔法の事とか」 「ここで使うなんて非常識でしょう」 「静、こっちに来て、元気な姿を見せてあげなさい。声だけだと、病気か何かだと思われちゃうじゃない」 「…それもそうね」 静はカメラが動作し続けているのを確かめてから、カメラの前へと歩み出る。 「初めての人には自己紹介を、高町静です。この通り元気にしてます」 「ほら、何か話して」 「そうね… あんまり思いつかないわ。借りているデバイスにしても全力で使う事はないでしょうし… あっ」 静の脳裏に、静が一撃で撃沈した、リンディが点てるお茶の姿がよぎる。 「話したい事あるんだ」 「…いや、これはダメよ、外交問題になったら冗談じゃ済まなくなるし」 「静って一体…」 「他の話題、他の話題…」 必死に話題を考える静だが、何にも浮かばない。 「じゃあ、次までに静は話題を考えておくと言う事で」 「そうだね」 「分かったわよ。それでは、これにて」 静はワザと恭しくカメラに向かって頭を下げ、それからカメラへと向かう。 静が録画を停止させる直前に、なのはが慌ててカメラに向かって手を振る。 それを納めてから静は録画を停止させ、すぐに巻き戻し始めた。 「もう巻き戻しちゃうの?」 「ええ、確認しなきゃいけないでしょ」 巻き戻しが終わり、再生する。 映像としてのクオリティーは求められていない、ピンぼけがないか、音声は正常に拾えているかを確認してゆく。 いつの間にか、なのはと美由希も、側でのぞき込んでいる。 「ちゃんと撮れているみたいだね」 「そうね、今の所問題ないわ」 「ねぇ、どうして静は、話すことがなかったの? 静もお友達の事や学校の事も話せばいいのに」 「友達の事なら、本人に確認を取ってからにするわ。でも、学校の事は話せないわよ」 静自身が楽しいとは思っていない学校生活を、フェイトやアルフに話す訳にはいかないと、静は思う。彼女たちに必要なのは希望であって、他人の不幸ではないのだ。 海鳴市中丘町、八神家。数日後、夕刻。 「ただいまや」 「お邪魔します」 明日のケーキの材料を買いそろえたはやてと静が、人気のない八神家に入る。 いつもながら、人気はないが生活臭のするこの家に対して不思議とは思っていたが、なぜかおかしいとは思わなかった。 「とりあえずチェックするわね」 買ってきたものでケーキ作りにいる物を分けて、一つずつチェックしてゆく。 八神家の調理器具が結構揃っていたこともあって、調理器具の運び込みは、静のリュックの一部を占有する程度で済んでいた。 ケーキ作りの練習の方は、材料を買う前日までに、四回ほどケーキを作り、甘さ控えめのイチゴショートケーキを、調整したレシピと本を見ながら作れるようになった。 試食の度に美由希がうなだれるという、お約束の光景が展開されてはいたが、それは別の話である。 「全部あるみたいやな」 「そうね、これで明日、作ることが出来るわ」 「ななせのケーキなんて、言って見るもんやなぁー」 「…つまみ食い禁止よ?」 「そんなぁ」 「しょうがないわよ、分量には余裕があるけど、途中の物ってほとんど混合物とか泡だから、美味しいかと言われると、ちょっとね」 「そんなモンなんや」 「興味があるのは分かるわよ」 「しゃあないなぁ。でもお昼からなんやろ? そやったら、ウチは静のケーキを心待ちにしながら夕飯の支度することになると思うわ」 「そうね、お昼ご飯を食べてから向かう事になるわ」 明日は土曜日で、道場に通い弓道にいそしむのが普通なのだが、明日に限ってはそれをお休みする事を両親の許可の下、道場に告げていた。 窓から入ってくる日差しは既に紅く染まり始めている。 「さて、遅くならないうちに帰るわね」 「もう少し居てくれたかてええやん」 「ごめんなさい。明日は遅くなっても大丈夫だから」 「ならしゃあないなぁ、明日に期待や」 リュックを背負い、静ははやてに見送られて、八神家を後にした。 軽く走って、自宅へと向かう。 海鳴の緩い坂を、走りすぎないペースで下って行く。 赤信号で立ち止まった交差点で、ふと空を見上げると、空一面の夕焼けの紅が、その圧倒的な色彩そのままに、街を染め上げていた。 こういう時は、無意識に空を飛びたいと思う。 空の中に飛び出して、自然が移ろいゆく様に、身を任せたいと思うのだ。 それが現実逃避だと分かっていても。 信号が青に変わり、静は走り出した。 明日は頑張ろうと決心する。たった一人の親友のバースディを祝うために。 |