リリカルなのは、双子の静 第十七話


 海鳴市藤見町、高町家、静の部屋。6月19日、朝。
 朝食の片付けを終えた静は、自室の窓辺でぼんやりと雨降る町の様子を眺めている。
 静の部屋から見える風景は、海鳴の市街地方面を中心にして、海鳴臨海公園から国守山までを、やや建物に邪魔されながらではあるが、見通すことが出来る。
 もちろんそれは晴れていればであり、今の静の目の前に広がる景色は、しとしとと降り続く雨に煙って、ぼんやりとした像を為している海鳴の町並みだ。
 また、ここ数日のところ暖かい日が続いており、昨日から降り続く雨で湿度も高い。蒸し暑いと言う程ではないが、あまり快適ではない。
 そうしてぼんやりと雨降る町の様子を眺めながら、思考を整理してゆく。
 今朝は雨のために、いつもの練習をすることも出来ず、道場で少し身体を動かした程度だった。
 はやてとヴォルケンリッターから、闇の書の事を聞いてから、今日で十日が経とうとしている。
 静はこれまでの間、管理局に対して怪しまれない方法で、闇の書の事を調べるにはどうしたらいいかと思案しているが、全く良い方法は思いつかずにいる。
 現在アースラから貸し出されているデバイスには、参考になりそうなデータは入っていない。
 海鳴に駐在している管理局員の二人に、間接的に聞くにしても、間違いなく怪しまれるだろう。
 別件から、例えばご町内にまで影響するような事件を調べる。と言う手段も考えたが、ベストの手段とは言えず記憶に止める程度にしている。
 急ぐものではないとは言え、難題だ。
 これからの予定も特にない静は、窓の外に広がる、雨の海鳴りの景色を見つめながら、抱えた難題の重さに、ため息を一つ吐くのだった。

 それから、小一時間ほどして、部屋のドアがノックされた。
 PCに向かっていた静は「どーぞ」と返事をする。
「静、今日何も予定無いなら、夏物買いに行こうか。なのはも出かけているから、今日のお昼は二人っきりで何か食べよう」
 部屋の戸を開けながら、先程帰宅したのだろう美由希が提案してきた。
「お兄ちゃんが…、確かお昼には帰ってくるんじゃなかったの?」
「恭ちゃんは、忍さんの所に行っちゃったの…」
「そう。何時に出かけるのかしら?」
「11時くらいに出ようと思うんだけど、大丈夫?」
「分かったわ、11時に玄関ね」
「じゃあ後で」
 美由希が部屋を後にし、一人きりになると、静の思考には何を着ていこうかと言う事が追加され。
 結局、夏用の装いに、お気に入りのベレー帽と傘を持って出かけるのだった。


 海鳴市、駅前繁華街。お昼時。
「とりあえず、お昼にしようか静」
「ええ」
「何か食べたいものある?」
「そうね、饂飩か蕎麦か、あと中華なんかどうかしら? と言ってもわたしは詳しくないけど」
「良いねぇ、うちじゃぁ中華はあんまり食べないから、そうしようか」
 美由希は静の手を引いたまま、手近な中華料理店へと向かうのだった。
 店に入って、ランチを注文したところで、ふと静の見知った顔が店内に入ってきた。
「お姉ちゃん」
「何?静」
「今入って来たグループのあの人、神咲那美さんよね?」
「どれどれ? ホントだ、声かけてくるね」
 振り返って入って来た客の中に美由希の親友、神咲那美の姿を見つけると、そのまま彼女の方へと行ってしまった。
 暫くして戻ってくると、奥の個室で一緒に食べようと言う事になったと聞かされ、静もそれに従う。
 個室に入った静は美由希に促されて席に着く。
 この場にいる静の知っている面々は、姉の美由希と、その友人の那美だけ。その那美の左隣に精悍な印象を受ける大学生らしい女性が、右隣にはサイズの大きいベレー帽を被った可愛らしい子が座る、年の頃は小学校低学年か、それとも幼稚園だろうかは、静には分からない。
「とりあえず紹介からかな」
「そうですね」
「じゃぁこっちから。私はみんな知っているから良いよね、こちらはうちの末っ子、小学三年生の高町静です」
「初めまして、高町静です」
 美由希の紹介に合わせて、静は頭を下げる。
「次はこっちの番ですね」
「こちらは姉の神咲薫、元さざなみ荘の住人です」
「神咲薫です初めまして」
「こちらは、久遠」
「久遠です」
 薫も久遠も見た目の年相応に会釈をして、簡単な紹介は終わった。
「遊びに来てる親戚って薫さんだったんだ」
「ああ。恭也君や士郎さんは元気か?」
「うん、元気だよ」
「そうか、また機会があったら手合わせをお願いしたいと伝えてくれ」
「はい」
「薫さんも剣を扱うんですね」
「そうだよ静」
「静ちゃん、でいいかな?」
「はい」
「静ちゃんも、剣を扱い始めたのか?」
「いいえ、私は近接格闘はやってないのよ。護身目的ぐらいには出来た方が良いんでしょうけど」
「だったら、父さんに頼めば良いんじゃないかな」
「御神流は確かに強いわ、でも…」
「あ、そっか」
 静が言いよどんだ意味に美由希は気付いた。
 静が戦っていた状況は、ほとんどが空戦。地に足を付けて戦うことで完成している武術では、空を飛ぶ静の護身術にすらならないのだ。
 勿論閉所での近接戦闘能力においては、魔法等による特殊な防御さえクリアできればと言う条件が付くが、対人戦において御神流は圧倒的な攻撃力を発揮できると、分析されている。
「何か話せない事情があるのなら、話題にしなくても良い」
「絶対に話せない話ではないわ…」
 言葉が続かなかった美由希に、薫は落ち着いて美由紀達に言葉をかけたが、静はそう言って美由希に視線を向ける。
「静、話してみようか」
「お姉ちゃん?」
「那美も薫さんも、それに久遠も、ある意味静と同じだから。今の所例外はこの場では私だけだよ」
 美由希の言葉が意味する事。
 目の前の三人が、所謂異能力者だと言う事。
 それを信じたくなくて、薫達に目を向けるが、彼女たちはそれぞれに否定するそぶりを見せなかった。
 久遠がサイズの大きいベレー帽を脱ぎ、大きな狐のような耳をあらわにした瞬間、静は乾いた笑いを上げながら、テーブルに頭を打ち付けた。
「静?」
「どーして? どーして世間はこんなに狭いの? わたしが何か悪いことしたの? どーして…」
 テーブルに突っ伏してぶつぶつと呟き続ける静に、薫と久遠は驚く。那美と美由希は何度か見た事があったので、比較的冷静だ。
「大丈夫なのか?静ちゃんは…」
「大丈夫だと思うよ、多分」
 美由希にとっても、静のこの行動は珍しいものではあったが、驚く程のものではなかった。
 少し経てば、何とか持ち直すことも知っているからだ。
「ほら武術って言う物は、地に足を付ける事が前提として成り立っているでしょ?」
「ああ」
「空を飛ぶ静には、その前提が適応されないのよ」
「そう言うことか…」
「しずかもくーと一緒」
 真面目に思案する薫と、無邪気に喜ぶ久遠。
 そんな二人の様子を前に、沈んでいた気持ちが幾ばくか軽くなった静はその身を起こして、頭を下げた。
「取り乱してごめんなさい」
「大丈夫よ、気にしてないから」
「ごめんなさい」
 静がもう一度頭を下げたところで、ノックする音が聞こえた。
「お客様、料理をお持ちしました」
 薫は「どうぞ」と促し、部屋にウェイターがワゴンを押して入って来る。
 テーブルに料理が並べられてゆく、ウェイターは久遠の耳に気付くが、驚くようなそぶりも見せず、「熱いから気をつけてね」と優しく声をかける。
 久遠が「はーい」と、無邪気な子供のように返事を返すと、そのウェイターはにっこりと笑みで答えていた。
 それぞれに注文した料理が並べられ、ウェイターは注文した物が全て揃った事を薫に確認して、部屋を後にした。
「今の人、久遠に驚かなかったわよね?」
「そうだよ」
「今は、人の多いところぐらいでしか隠していないのよ、静ちゃん」
 困惑する静をよそに、当の久遠は「いただきます」とばかりにランチを食べ始めていた。
「それに、久遠は神社の一柱として祀られてもいるんだよ」
 ひとはしら、という聞き慣れない言葉に、それが何を指すのか、静が理解するのに少し時間がかかった。
「神様?」
「そう」
「サンタクロースを祀っている神社があるというのも知っているけど、現存しているものを祀っているのは初めて聞いたわよ」
 既に驚くのを通り越してしまった静は、ただただ呆れるだけだった。
「ほらほら、せっかくの料理が冷めちゃうわよ」
「…うん、そうね。いただきます」
 美由希にそう言われ、静も食事を始める。
「そういえば、この前の話なんだけど」
 那美が思い出したようにフェイトが来た事を話し出す。久遠が見つけて、那美が看病し、一晩開けた朝に朝食だけ取って去っていった二人の事を。
 アルフとフェイト、二人の名が出たのに反応した静と美由希に気付いた那美は、二人に知っているの?と訪ねた。
 静はその質問に、「ええ」と、それだけを答え食事を続ける。
「なのはのビデオメールの相手なんだ」
「そうなの」
 さっきの錯乱したような静ではないが、那美は世間の狭さを納得するのだった。
 その後、食事を終えた静が、那美にフェイト達の事について幾つか質問し、その事が次のビデオメールの内容に上げられる事になった。




 海鳴市中丘町、八神家。7月1日、夕刻。
「なぁななせ」
「何?」
「あの事調べられそう?」
「まだ良い手段が見あたらないわ」
 静とはやては、リビングにてゲームで対戦をしながら、会話を続ける。
 あの事とは闇の書の事であり、ついうっかり名前を挙げないためにも、そう呼ぶ事にしたのだ。
 画面は横に二分割され、惑星の影が特徴の宇宙空間のステージで、人型に近い形のロボットが射撃や格闘によって戦闘している。
 本来はシナリオモードがメインであり、この対戦モードは副次的な要素になっている。格闘ゲームというよりは、ロボットシミュレーションに近いこのゲームは、静がネットで調べたところでは、世間でそこそこの評価を受けているのだ。
「こっちでも何か考えてみるわ」
「お願いするわ」
 二人の口調は、何気ない挨拶を交わすようなものだが、二人が向かっている画面では、それなりの攻防が続けられている。
 静の操る機体はトリッキーな兵装が特徴の重二脚機体、はやての操る機体は人魚をモチーフにでもしたような無脚の中量機体だ。
「ほなそろそろ本気出すわ」
 はやてはそう宣言して、機体を乱数加速させ、静の機体から離れてゆく。
 静は最大有効射程を持つ兵装に切り替え、ロックオンを待たずに射線をコントロールして射撃した。
 太めの青いビームがはやての離脱した方向へと伸びてゆくが、はやて側の画面ではかなり逸れた場所を通過して行くだけだった。
 既に二機の間はかなりの距離が開き、はやての機体からでは静の機体はレーダー圏外になっていた。
 静の側からでは、マーカーで示されてはいる物の、有効射程距離外であり。散発的に吹き出すスラスターの炎が見える瞬間にのみ、はやての機体の形状を確認できた。
「エリアオーバーになるわよ?」
「大丈夫や、ほないくで」
 はやては機体を旋回させ、静のいるだろう方向へとその進行方向を向け、静の姿勢制御のスラスター噴射を見つけると、猛然と速度を上げた。
 静は向かってくるはやての機体を先程の兵装でロックオン、既に有効射程に入っているが、引きつけてから撃つ為にじっとはやての接近を待つ。
「大きいの行くでー」
 はやてがそう言った直後、静がロックオンしているはやての機体の周りに、攻撃可能対象を示すマーカーが複数、突然現れた。
「増えた?」
「大丈夫や、打ち落とすことも出来るで」
「やってみるわね」
 ロックを解除して、モードを変更し、マニュアルで射撃を開始する。
 照射時間の長いビームを細かく上下左右に振ると、それらは盛大に爆発した。
「グレネード?」
「正解や。それと、トドメやで」
「あっ」
 真上から迫っていたはやての機体が、静の機体をすれ違うように斬りつけると、勝敗が確定した。
 無理もない、静はこのゲームに触れてまだ一時間ほどなのだから。
「ななせ、ほらパスパス」
「ええ」
 負けた静は、あっさりとヴィータにコントローラーを渡す。負けたから悔しい、という思いは微塵もない。
 ヴィータはコントローラーを受け取ると、すぐに自機のデータを読み込ませる。
「ななせの所にも、これあったらええんやけど」
「お願いすれば買ってくれるとは思うけど、そこまで無理は出来ないわよ」
「ま、ウチとしてはななせと過ごせるからええんやけどな」
「ならそう言うことにしましょう」
「はやて、準備できたぜ」
「ほな、始めようかぁ」
 ランダムにセットしていたステージは、巨大な銀河間移住船を背景にした宇宙空間を選び出した。
 ヴィータの機体は、近接戦闘に主眼をおいた軽二脚、両手を使う巨大な斧を摸した複合兵装がトレードマークだ。
 程なく対戦が始まる。
 はやてもヴィータも、このゲームをやり込んでいるらしく、操作に迷いは感じられない。それに静には分からないような攻防も展開されている。
 そんなゲームの様子をよそに、静は傍らに佇むシグナムに話しかける。
「あれから、何か変わったことはないかしら?」
「あれからですか。特にはないですね」
「そう」
「何か気付いた事でもあるのか?」
「気付いたというわけではないわね、心配している事はあるわよ」
「そうか」
「何にも心配することはねーよ、どんな奴が来たってはやてを守り通して見せる」
 そのヴィータの言葉に、反射的に反論を述べようとしたが、内容が内容だけに言葉に乗せるのを戸惑う。
 もし「闇の書そのものが敵に回ったら」と。
 可能性がゼロでないとは言え、あまりにも突拍子がない。まるで全滅系物語の終盤に出てくる、出来の悪い絶望の化身のようだ。
 とは言え、ジュエルシードの件では、静の想像を超える事態が起きた。そう言う意味では、心配する事自体は無意味ではないとすら静には思えるのだ。
「言えないような事なのか?」
「話しても良いけど、爆弾過ぎるわ。出来の悪いホラーの様な物なのよ」
「言ってみてくれ静」
 はやての隣、狼の姿で座り込んでいるザフィーラの言葉に静は頷いて、内容を纏め始めた。
「これが起こるとすれば、ヴォルケンリッターに記憶されていない時間の出来事だと思うの」
「我らが覚えていれば、ななせにも話しているだろうからな」
「さっき言ったとおり、殆どホラーなんだけど。闇の書そのものが敵だった場合よ。記憶と思考が改変され、普段ならおかしいと気付く事なのに、それを当然の事として受け流してしまう。そんな可能性よ」
 コントローラーが落ちる音がした。
 慌てることなく振り返った静と、コントローラーを落としたヴィータの視線が合う。
「な、なんだよそれ」
「落ち着けヴィータ」
 震えながらこぼれたヴィータの言葉に、シグナムが呼びかける。
「そこに最悪があっても分からない。記憶がないって言うのは、こういう事なのよ。一寸先は闇、しかも力では祓えない闇。そこには何もないかもしれないのに…」
「ななせちゃんの言葉は、確かに爆弾ね」
「闇の書は我らの根幹だからな、可能性がないわけではないが」
「今回は収集をしていないのだ。収集によって起こる出来事は起きえないだろう」
「そうよね」
「なんだよ、驚かせやがって」
 言葉では持ち直したように聞こえるが、静の目には彼女たちヴォルケンリッターに、無形の不安を植え付けてしまったように見えた。
 何か、その不安を払拭するような言葉がないかと、記憶をたどる。
 たしか「どんなに姿形が変わっても、自分の在り方は心で決まり、そして行為で表す物だ」だったろうか。
 それは誰の言葉だったろうか、異質なものに変わりゆく主人公が、心の中で叫んだ物だったろうか。
 思い出したはいいが、それはこの場合には当てはまらない。そう思ってまた何かないかと記憶をたどる。

 考えている静の様子を、はやては何も言わずに視界の中に納めていた。その静の表情が、どんどん沈んで行くのに一抹の不安を覚える。
 シグナムの言うとおり、闇の書は彼女たちヴォルケンリッターの根幹、むしろ彼女たちは末端に過ぎない。
 闇の書に不都合な情報はインプットされていないとすれば、十分にあり得る事だ。
 だが、その確証はない。
 同時に否定も肯定も出来ない。
「この事については、静に調べてもらう事で結論は出とるんよ」
 はやては自分にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「何か、調べるいい口実があればええんやけど」
「そうね」
 その後、何か良い口実はないかと、相談するのだが。
 静の門限が迫って来たので、その日はそこまてとなった。




 国際救助隊、海鳴支所。7月3日、お昼過ぎ。
「こんにちわ、今日はビデオレターを出しに来ました」
「こんにちわ」
 なのはと静が、事務所の中へ入り挨拶をする。
「いらっしゃい。忘れないうちにビデオレター、預かるわ」
 出迎えたのは、こちらで言う駐在武官のリアーナだ。
 なのははリアーナに、DVテープの入った封筒を渡す。
「お願いします」
「確かに受け取りました。すぐに処理して送るから、少し待っててもらえるかしら?」
「はい」
 リアーナは、なのはの返事を受けて、事務所の奥へと入って行った。
 事務所に、なのはと静の二人きりになる。
 聞こえて来るのは、ビルの窓越しに聞こえる雑踏の音と、事務所の入り口の扉から聞こえて来る足音だけだった。
 その足音が扉の近くまで来ると、磨りガラスにシルエットが映り込む前に、事務所の扉は開かれた。
 美沙斗は開かれた扉のすぐ側に立っている、なのはと静に気付き、なのはは急に開かれた扉に驚いて美沙斗と目があった。
「なのはに静。そうか、届けに来たのだな?」
「はい、ビデオメールを届けに来ました」
「そうか」
 朝食の時に、この話題が上がっていたので、同席していた美沙斗は今日届けに来ることは知っていた。
「お茶でも出そう、敬吾の買ってきた良い烏龍茶がある」
「敬吾さんは、お休みなんですか?」
「ああ、今日は親子水入らずで過ごすそうだ」
「そうなんですか」
 応接セットの方に二人を案内した美沙斗は、リアーナの分も含めて、お茶を用意する。
 テーブルの上に四人分のお茶と、菓子が並ぶと、リアーナが戻ってきた。
「お帰りなさい」
「ああ、花林糖と烏龍茶だが好きに食べてくれ」
「なのはちゃん、ビデオメール送ってきたわよ。それと、少し先の話になるけど、夏休みに入ったら付近の無人世界で、模擬戦をしてみない?」
「模擬戦?」
 リアーナがなのはに向けた申し出に、美沙斗は短く問い返す。
「ええ。なのはちゃんも静ちゃんも、一度その力を何もないところで使ってみた方が良いと思うのよ」
「そうですね、模擬戦はこっちだったら出来ないから」
「それもそうね」
 なのはの言葉に相づちを打ちながら、静は自身のHGSの力も試せるのではないかと考える。
「同行は出来るのかな?」
「はい。まだ日程も何も決まっていませんが、あまり人数が多くなければ可能です」
「なら、こちらも管理世界の魔法の事をよく知る機会だと思って、何人か同行させたいのだが」
「そうですね、人数としては少ない方が安全に出来ますから」
「まだ決めた訳でもないんだ、後で出来るところを詰めてみようか」
「そうですね、フォレスにも相談してみませんと、細かい所は分かりませんから」
 リアーナと美沙斗の息のあった会話に、静は感心する。
 同時に細かい所は、色々と外交的につき合わせる部分なのだろうとも思っている。
 こういった分析は、もしかしたら栞の方が得意なのかもしれないとも思う。彼女はその手の本も好んで読むし、観察眼も鋭い。
 そんな事を考えている静に、リアーナは訪ねる。
「静ちゃんは、なにか要望はあるかしら?」
「そうね。模擬戦も良いけど、一度しっかりとした基礎の講義を受けられないかしら」
「そのデバイスに入れてもらったのは、自主トレーニングの方法だったわね」
「ええ」
「分かったわ、出来る方法を手配してみるわ」
 模擬戦を行う事と、希望者にミッドチルダで教育されている、魔導師としての基礎を講義する事。
 この二点が、夏休みを見計らって行えるように検討する事が決められた。
 翌週には、正式に行うことが決められ、他の参加者も含めなのはと静の予定とも調整して、夏休み直前には日程も決まるのだった。



 海鳴市中丘町、八神家。7月13日、夕刻。
 静は例のゲームに慣れるべく、シナリオモードでゲームを進めている。
 扱う機体はトリッキーな兵装が特徴の重二脚機体で、ゲーム内の設定では新戦術模索のための試作機になっている。
 静が膨大な機体数のなかからその機体を選んだ最大の理由は、主兵装の照射時間の長いビームが、全く曲がらない事だった。
「そのミッション、部隊の護衛がおらんから、友軍の近くにおった方が楽やで」
 はやてがそう説明すると、ゲーム画面が戦闘中で使用されるコクピットビューに代わり、通信ウィンドウが開いて指揮官がしゃべり始めた。
「既に君は巡航形態で現場空域へ加速中だが、詳しい内容を伝える。
 既に伝えたとおり、敵の哨戒部隊に補足された輸送船団の防護任務だ。輸送船団にも戦力は配備されているが、どれも旧式で心許ない。
 輸送船団は旧式のT型護衛艦2隻と、輸送艦3隻に、輸送船2隻だ。
 敵部隊と輸送船団が接触するまで、5分と言ったところだ。
 君には我ら本隊に先んじて敵部隊と交戦し、本隊が到着するまで輸送船団を持ちこたえさせろ。以上だ」
 通信ウインドウが閉じると、輸送船団が友軍のマーカーで示されるが、遙か遠くにあり、ほぼ全てのマーカーが同一箇所に固まっていた。
「その機体やったら巡航形態やけど、巡航形態への変形機能持ってない機体やったら、ブースター付けて飛ばされるんよ」
「それはそれで見たいわね」
「ほな後でハードモードのヤツ、見せてあげるわ」
「よろしく」
 巡航モードで加速していた機体の加速を止め、進行方向を接近中の敵部隊との予想接敵ポイントへと向ける。
 ゲーム内で示されている輸送船団との相対速度は3.022km/s。
「一応言うとくけど、相対速度は小数点以下に落としとかんと辛いと思うで?」
「もう少し近寄ったら1km/sには落とすわ」
 言葉の通り、静はある程度予想接敵ポイントへ近づくと、機体を反転させ、最大出力で相対速度を減速させた。
 そうして再び機体を反転させるが、推定距離表示はレーダー圏外であり、最大有効射程を持つ兵装の射程外でもあった。
 それでも、かなり遠方にもかかわらず、輸送船団に接近しつつある敵部隊の姿は見えている。
 そのまま静の機体は、1km/s付近の速度で、輸送船団の前方を通り過ぎ、ようやく敵機がレーダー圏内に入ったのを見て機体を変形させた。
「まだ早いんとちゃう?」
「この機体、案外推力あるから大丈夫でしょ」
 静は武装を中距離兵装の斉射に切り替え、有効射程距離に近づくのを待つ。
 敵機は4機、散開を始めたその横をすり抜けるようなコースを取りながら、中距離兵装の有効射程距離に入った瞬間に斉射させ、すぐに兵装を切り替える。
 斉射されたビームが命中した敵機は、姿勢制御を失い、よろよろと戦場離脱してゆく。
 残った敵機群から放たれるビームやミサイルの攻撃に回避行動を取りながら、最大有効射程をもつ兵装のチャージを確認し、敵機群の至近をすれ違う直前に射撃を開始した。
 すれ違いながら、機体をロールさせ、マニュアルで射線を敵機に合わせ続ける。
「えげつないなぁ」
 途切れた射線の先、相当な速度で離れてゆくなかで、二機の敵機が爆散するのを見て、思わずはやてが零した。
 残った最後の敵機は、敵機の爆散した空間をうろつき、やがて撤退を開始した。
「あれ、脱出したパイロットを回収しとるんよ。よう出来たゲームやろ」
「芸が細かいわね」
 静はもう一度変形させ、輸送船団へとランデブーを果たし、本体が来るまでその空域に止まるのだった。
「イージーやから、後は時間来れば終わりやで」
「なら後は待つだけね」
 はやての言うとおり、そのまま一定時間が経過したところで、本隊が到着しミッションコンプリートとなった。
「ほなセーブしてコントローラー渡してーな」
「分かったわ」
 静は答えながらセーブすると、はやてにコントローラーを渡した。
 すぐに自分のデータをロードし、難易度をハードにして、先程静がプレイしたステージを選択する。
 ミッションはじめの通信によるブリーフィングを飛ばし、ミッションがスタートした。
 はやての操る人魚をモチーフにした無脚型の機体の両脇に、無骨なブースターがとりついている。
「なんか、無理矢理感があるわね」
「この機体は量産機やからな、使用可能オプションが豊富な反面、こー言ったミッションやと、ブースターが着くんや」
 前方に減速用のノズルが着いている無骨なブースターは、暫くして勝手に減速を始め、減速が終わりブースターが分離した頃には、機体は輸送船団の側面付近に到達していた。
「それで、これから散発的にやってくる敵機を、本隊が到着するまで足止めすれば、ハードのこのステージは終わりや。巡航形態持ってる機体やったら、さっきのななせみたいに、自分の好きなところで減速できるんよ」
 そう言いながら、はやては輸送船団に近づく敵を排除するべく、機体を加速させてゆく。
 別々の方向から、少しばかりの時間差を付けてやってくる敵の小隊に、はやては上手く立ち回りながら、ミッションをこなしてゆく。
「レーダを変えてあるのね」
「せや、機体標準のレーダーやったら範囲が狭くて、見落としがあるさかいな」
「それでもこっちの機体の8割くらいの距離かしら」
「しゃあないやん。ななせの使うとる機体は、偵察機除いたら最大のレンジあるんやもん。これでもこっち、この機体に積める最大のレーダーをフルチューンしとるんやで」
「そんなに違うんだ」
「ななせの機体は、やられた時のコストが一番高い機体なんだぜ」
「それは、知らなかったわ」
 画面の中では、はやての操る機体が堅実な動きを続け、やがて本体が到着して、ミッションは終了した。
 それからそのゲームで対戦することになり、丁度一周したところでふと静は呟く。
「この世界って、魔法も併存しているのよね」
「架空の物と分かってても、結構本物っぽいよな」
「せやな。でも管理世界の魔法とは違う形式の物やね。発売から半年近く経っとるんやけど、人気の方はじわじわ上がってきとるみたいなんよ」
「珍しいわね、普通なら半年経てば、殆ど残っていないはずよ」
 その日、静は帰宅後にゲームの事を調べるのだが、ゲーム内では未公開だった物も含めて、膨大な資料が、全てタダで惜しげもなく公開されている事に、静は驚きを隠せないのだった。
 後日、伊勢の中に取り込まれた、このゲーム世界に出てくる機体の武装システムをも参考にして、静の戦闘システムが組み上げられる事になる。





Ende