リリカルなのは、双子の静 第十八話
国際救助隊、海鳴支所。7月22日、お昼過ぎ。 先日、終業式を終え。無事夏休みに入ったのに合わせて、夏休みに行われる模擬戦と基礎講習についての事前説明がなされていた。 7月26日から29日の四日間で基礎講習。これは本局から講師を招いて、この会議室で行われる。 そして8月初めの2日から4日にかけての3日間で模擬戦。こちらは現在修理改装中であるアースラが、スタッフ共々こちらに来て指揮監督を執る事になっている。 「…と言う訳だけど。分からない事、あるかしら?」 ホワイトボードに要点を書き込みながら説明していたリアーナは、一通りの説明を終えて、質問を受け付ける事にした。 「はい」 「どうぞ、静ちゃん」 「基礎講習や模擬戦の予備知識なんかはレクチャーされるんでしょうか?」 「予備知識というと?」 「管理世界の常識とか、この世界との基本部分の差異から発生する思い違いとか、ですね」 「その辺りは大丈夫だと思うわよ。今回は本当に基礎の基礎で、魔法を扱うに当たって一番初めに教えるものだから。それに講師の方も、色々な世界で講義した経験を持っているから、世界観の相違や齟齬については問題ないと思うわ」 「分かりました」 「他にはありませんか?」 「じゃあ一つ」 「はい、敬吾さん」 「僕らも受けられるのかな?」 「こちらとしては、そちらの方の守秘義務を守っていただける方でしたら、問題ない思うんですけど。 …それでよろしいですね? フォレス」 言いよどんだリアーナが同席しているフォレスに助けを求める。 「ああ、それで構わないよ」 フォレスはあっさりと答えを返した。 管理世界の事は、こちらの世界の窓口である国際救助隊との交渉で秘匿事項になっている。 管理局側であるリアーナは、管理局側の情報公開に関する権限を持ってはいない。だから権限を持っているフォレスに、確認の意味も含めて助けを求めだのだった。 「分かった、模擬戦と同じ人物を、僕らと合わせて参加させてもらうよ」 「ではそれでお願いします」 その後、特に込み入った質問事項が出ることもなく、事前説明は終了した。 国際救助隊、海鳴支所。7月26日、午前中。 早朝のトレーニング、夏休みの宿題と、なのはも静も、毎日やるべき事をこなしてゆく。 そうして過ごしている間に、7月26日はやってきた。 講義の始まる30分ほど前に、なのは達は講義室となる小さな会議室で、講義が始まるのを待っていた。 「お早う、早いなぁ」 感心したような声を出して、敬吾は会議室に入って来た。 敬吾に遅れて壮年の外国人男性が入ってくる。 「初めまして、国際救助隊でオブザーバーをしている、レニー・チェンバレンだ」 レニーは何処かの訛りでも混じったようなアクセントなものの、それ以外は流暢な日本語で自己紹介をした。 「レニーもそうだけど、僕らは隣で同じように講義を受けさせてもらうよ。フォレスから伝言だが、基本的には子供向けだから、その分は気楽に受けて良いそうだよ」 「ケイゴ、こっちは落ち着くので精一杯なんだが、良く落ち着いてられるな」 「非常識には、もう慣れたからね」 「oh…」 辟易として言葉を返した敬吾に、レニーは思わず天を仰ぐのだった。 レニーが選ばれた理由は、部署内で最も必要な条件を揃えていたからだ。 条件とは日本語に長け、軍事の全般に詳しく、かつ異文化に理解がある事だ。 日本語である理由は、管理世界からやってくる人物達との会話で、不都合が出づらいようにと配慮されたからだ。 軍事全般に詳しい人物は、基本的に救難及び人権保護の組織である国際救助隊では希有な方である。旧香港国際警防隊、現特殊警防隊のメンバーのほとんどは 現場の人であり、兵器や救難用の道具、それらを扱って行われる作戦等については非常に詳しい。その反面戦略的な視点で物事を捉えられる人物は少ないのだ。 また、情報管制の見地からも、講義及び模擬戦に外部から同行するのは彼只一人となったのだった。 レニーと敬吾が席に着いて、少ししてから、リアーナの案内の元、管理局からの講師が会議室に入って来た。 「初めまして。講義をさせていただきます、ヨハン・クライトンです。四日間という短い時間ですが、よろしくお願いします」 カトリックの神父を思わせるような装束に、穏和な雰囲気を纏った、老人と言っても差し支えない年齢の人物は、纏った雰囲気のままに、挨拶をした。 「起立! 礼!」 敬吾の号令に、講義を受ける皆が従う。 「着席!」 「ありがとうございます」 ヨハンは柔らかく礼に答えると、まずはとばかりに、自身の経歴を簡単に説明してゆく。 彼はミッドチルダのベルカ自治区に生まれ、管理局に入る。魔力はあまりなく、幾つかの部署を点々とした後、現在の外交部に配属された。 「といっても、一昨年に定年退職して、今は嘱託という形で仕事を回してもらっているだけだよ」 なのはから「へー」と納得したような声があがる。 ヨハンはその声に柔和に頷くと、早速講義を開始した。 可能な限りの体制で挑んだレニーだったが、始まった講義は、子供向けの道徳とも取れる講義であり、肩の力を抜かざるを得なかった。 隣で同じように講義を受けている敬吾も、休憩時間を挟んで途中参加した仁村知佳も、リラックスして講義を受けている事もあって、レニーもリラックスして講義を受ける事が出来た。 四日間、合計16時限ほどの講義は滞りなく終わり。ヨハンは皆に見送られて、転送されていった。 その後、なのはと静が美沙斗に連れられて帰宅し、敬吾達は会議室の後片付けを終えて寛いでいた。 「それにしても、管理局というのは本当に巨大な組織なんだなぁ」 レニーがやや皮肉を込めて呟いた。 「そうだな」 敬吾は、気怠そうに相づちを返す。 レニーが四日間の基礎講習が終わった時点で得られたものは、管理世界の事もあるが、それよりもヨハンのひととなり、そして物の考え方だった。 彼は管理局の正義を信じてはおらず。正義ではないにしても、誰かが正しい道を模索し続ける事が必要なのだ。そういう信念を持っていると、レニーは感じたのだ。 その辺り、管理局ほどではないにしても、巨大な組織の中にいるレニーには共感できる部分もあり、親近感を覚えたりもした。 「次はアースラの面々と協力しての、模擬戦ですね」 「フォレスの持ってきた資料を見る限り、かなり入れ込んでいるようなんだが、大丈夫なのか?」 「半分は大丈夫だと思ってるよ。艦長のリンディ・ハラオウンは、かなりの日本好きだからな」 「もう半分は?」 「大阪冬の陣かな? まぁ、心象を良くしようとは思っているんだろう」 「レスキューでも、軍事でも、戦力になるからね。引き抜かれるのは避けたいな」 「管理世界ではともかく、こっちではまだまだ子供だからなぁ」 なのはが四日間の講習を終えて得た物。それは魔法という力があるのなら、それを人のために使ってあげるべきものなのではないか。という、やや弱い動機付けだった。 ジュエルシード事件のように、降りかかってきた災厄を退ける力である事も。人を、家を、街を、簡単に破壊できる力であると言う事も、少なくとも頭では理解した。 ただ、その事で静と話すと。必ずしもそれが正しい訳ではないと言う流れに持って行かれ、それが正しいことをするという動機付けを弱くしている原因になっていた。 静が四日間の講習を終えて感じた物は、魔法も所詮道具であると言う事だった。使う者によって様々な手段、様々な行為を可能にする道具。静自身HGSの能力も道具のように捉えていたので、それとほぼ同じ運用をしなければならない道具だと、再認識したのだ。 基本的に自己完結する傾向のある静は、なのはの真っ直ぐな正しいことをするという姿勢をうらやましく思いながら、同時にそれを危惧し、正しい事は一つではないと主張して、一つの正義に凝り固まって欲しくないと願うのだった。 海鳴市藤見町、高町家、静の部屋。7月30土曜日、夕刻。 弓道着である袴姿から、普段着に着替え、静はベッドの上に倒れ込んだ。 「疲れた…」 最近何かと集中することが増えたので、その分の疲れも溜まっているのだろうと思い、そのままもそもそとベッドに入る。 しばらくの間、天井をぼんやりと見つめていたが、それにも疲れる気がした静はその瞳も閉じた。 それから一時程して、夕食の呼び出しになのはが部屋に入ってくるが、彼女は静が寝ている事を両親に告げると、静を起こす事無く部屋を後にした。 海鳴市藤見町、高町家、静の部屋。7月31日曜日、早朝。 静が目を覚ましたのは、夜が白み始めた頃で、起きた直後にはその薄暗い明るさのせいで夕方と勘違いしたほどだ。 「寝過ぎたわ…」 窓を開いて、明るくなり始めた早朝の空気を吸い込む。 新聞配達のだろうオートバイの走行音が聞こえ、見上げた空には、殆ど雲は見えなかった。 寝ぼけた頭で、ぼんやりと目覚めつつある街の様子を眺める。 「朝練が終わったら、今日はゆっくりしよう」 朝練の後は朝食を取り、シャワーを浴びてさっぱりしたら、クーラーを効かせた部屋で音楽を聴きながら、ごろごろしようと心に決め。 「まずは宿題からね」 そう言って今日の予定分の、夏休みの宿題に取りかかるのだった。 そうして、いつものように朝練を終え、朝食を取り。早出した母、桃子の代わりに美由希と朝食の後片付けをする。 「今日も暑くなりそうだねー」 「日中の予想最高気温は33℃… だそうよ?」 「うわぁ…」 「でも、台風が近づいてるらしいから、風はあるらしいわ」 さらりと、今日の天気を答える静に、美由紀は感心する。 「そう言えば、昨日は疲れて寝ちゃってたんだよね。今朝はしんどくはなかった?」 「大丈夫よ。ここの所集中する事が多かったと思ったから横になったんだけど… ぐっすり眠れたからかえってスッキリしてるわ」 「そっか。因みに何時に起きたの?」 「午前4時くらいかな」 「それはまた… 今夜は早く寝そうだね」 「そうね、早めに寝られるようにするわ」 たあいのない会話を続けながら、二人は後片付けを終える。 「じゃあ、私はシャワーを浴びて、家でゆっくりするわね」 「分かった。こっちも部屋にいると思うから、何かあったら声かけてね」 「はーい」 海鳴市藤見町、高町家、なのはの部屋。 夏休みの宿題に取りかかりながら、なのははレイジングハートと念話で会話を続けていた。 『ねぇレイジングハート。静と模擬戦をする事になったら、どうやって戦えばいいと思う?』 『現状では、静さん魔法特性であるの光線系の貫通力と弾速は最大の驚異です』 『そうだよねー』 レイジングハートに言われて、ジュエルシード事件時に見た静の光線系魔法を思い出す。 アースラの模擬戦で使われた静の基本攻撃魔法と呼べる、Rapid Laser. 基本的に見えない光の連射攻撃で、しっかりと防御をしていないと問答無用で貫通される。ただ、威力の程は同じ静の放ったDivine Shooterに比べると、一発当たりのダメージは非常に軽い。とは言え防御もせずに受け続けると、ものの数秒でDivine Shooterのダメージを越えるだろうとレイジングハートは分析していた。 『手が止まっていますよ』 レイジングハートの指摘に、なのはは笑ってごまかすと、宿題をする手を動かし始める。 『でも訓練で使っているDivine Shooterは同じだよね』 『はい。あの訓練では制御し続ける事を目的としていますから、基礎的な継続制御が出来るまでは、威力は一定のままが望ましいのです』 『そっか』 『次にやっかいなのは、空戦における位置取りの巧さ、そして死角が少ない事ですね』 『位置取りの巧さは分かるけど、死角が少ないのはどうして?』 『恐らく、自身の周囲にサーチャーを貼り付けている状態に近いのだと思います』 『でもそれって、リソース使っちゃうよね?』 『はい。マスターは攻撃か防御を主として、副次的に移動系を使用する割り振りになっているのに対して、静さんは索敵分析を主として副次的に防御や各種魔法にリソースを割り振る感じだと思われます』 『えっと、どういう事? それに移動系は?』 『静さんはHGSの能力を使う事で、飛行系魔法に割くリソースを押さえています』 『そっかぁ、その点では静が有利なんだよね』 『はい。ですが基本的に静さんの適正は補助及び結界方面になりますので、各種魔法の適正という面では、攻勢面においてマスターの方が有利だと思われます』 『そうなのかなぁ』 『自信を持ってください』 レイジングハートの言葉に頷くなのはの脳裏に、ふと、ジュエルシードを貫いたStarlight Penetrationが思い出され、そのまま硬直した。 なのはが実際に目に出来たのはほんの一瞬。それもStarlight Penetrationが貫いている数箇所からあふれる、痛いほどの輝きだけなのだが。 その後の話などから得た、ある意味非常識な特性に、自身に向けられる事は、あまりにも考えたくない事だった。 『また手が止まっていますよ? …マスター?』 『ダメだよ、静のStarlight Penetration. あれは防げないよ』 『少なくとも、今のマスターでは無理ですね』 「どうしよう!」 『マスター、声に出てます』 「だってー!」 慌てるなのはに、レイジングハートは準備時間がかかる事等、分かっている対処方法を説いて落ち着かせる事になるのだった。 海鳴市藤見町、高町家、静の部屋。 隣から何か悲鳴のような声が聞こえるが、静はそれを聞き流して、床の上でごろごろとしている。 とりあえず、今日一日はゆっくりすると決めてはいるものの、具体的に何をするかまでは考えていなかったのだ。 「ゆっくりくつろぐことを考えたら、温泉が一番よね」 とは言え、最寄りの温泉までは車で延々と走って行かなければならず。夏休みとは言え小学生一人で行けるものではない。 市内にスーパー銭湯が出来るという話を聞いたことがある。どっちにしても、小学三年生が一人で行く所としては、不適合だと言うしかない。 友人宅へ遊びに行くと言う事も考えられるが、栞はヴォルケンリッターの面々と旅行中。なのはの友人であるアリサとすずかに関しては、スケジュールを把握 していない。暇だから遊びに行くとなると、姉のなのはと共に行くだろうから、当初のゆっくりと過ごすという目的を達成できない。 よって友人関係を頼るのも無理。 「どうしようかしら…」 時計に目をやると、まだ朝の時間帯を指している。 今日もこれから暑くなることを考えると、外に出て行くのも遠慮したい。 結局、思案するのをやめ。お昼ご飯に呼びに来た恭也によって起こされるまでの間、うつらうつらと、睡魔と共に時間を過ごすのだった。 午後になってから、静はノートPCに向かい、ネットの中を漂う。 そうして到達した、あのロボット物のゲームのサイト。 静は暇つぶしも兼ねてデータを閲覧してゆく。データ系のサイトとは言え、データ量に関しては異常だと静は思う。 例えば、まだ十分に使いこなせてはいないが、静のお気に入りの機体である、トリッキーな兵装が特徴の重二脚機体。 ここのデータでは特殊兵装実験機で、これでもかとばかりに新規兵装を詰め込んだ機体として扱われている。 またゲームではゲーム仕様に変更されているので、要望があればもっとリアルなモードをゲームに追加するとあり、現在その要望数が一日当たりで30万件を越えていた。 「全世界に売り出しているだけはあるわね」 その数字に呆れながら、静はその機体のデータを読み込んでゆく。 その機体の一番の特徴は、エスコーターと名付けられた、ロボットアニメの世界でファンネル等と呼ばれる兵装を持つ事だ。 エスコーターの働きは、周囲の限定した空間を歪ませ、光線やビーム、弾丸等の軌道変更をする事だ。基本的に大きすぎないものや、近接信管兵器のような兵 装以外は全ての軌道を変更できる。欠点としてはエスコーター自身は射撃武器を持たない事。誘導特性上、機体の近くでは使用できない事がある。 それがゲームでは、単に自機のビームを敵に向かって跳ね返すだけなので、どれだけ割愛されたかよく分かる。 ちなみに静自身は、ゲームでのエスコーターをまだ使いこなせてはいない。これは総プレイ時間がはやて達と比べると絶対的に少ない事が最大の理由だろう。 「常時コントロールするDivine Shooterだと、こういう物があっても役に立ちそうにはないわね」 そんな風に、知っている限りの魔法系の知識と比べながら、静は午後の時間をゆったりと過ごしてゆくのだった。 海鳴市藤見町、高町家、ダイニング。8月1月曜日、朝。 雨が降りそうだったため、早朝のトレーニングは取りやめられ、やや早めの朝食を家族揃って取っているところだった。 「あ、降ってきた」 降り始めた雨に気付いた美由希が呟いた。 「台風が近づいているからなぁ、明日と明後日は山を使うのは止めて、明明後日に一度様子を見て、それから決めようか」 士郎の言葉に恭也が頷く。 「でも、明日はなのは達の模擬戦だよね。夕方には台風が直撃だよ?」 「最悪の場合は、転送してもらえば済むわよ」 「そっか、アースラが来るんだっけ?」 「ええ」 「じゃあ、雨が降っても大丈夫だね」 「とりあえず、桃子と恭也で翠屋の台風対策かな。俺は美由希と一緒に家の方が片付いたら翠屋に向かうから」 「了解した」 「なのはと静は、今日の午後は遊びに行ってても早く帰ってくるんだぞ」 「午後から公文なの、だから危なくなりそうなら今日はお休みにするわ」 「そうだな、その時は翠屋に連絡してくれ、こっちから教室に連絡するから」 「分かったわ」 やがてそれぞれに食事を終え、台風対策へと向かう。 なのはは特にやる事もないので、部屋に戻って行った。 その後、一人ダイニングで朝食の片付けを終えた静は、お茶のセットを手にしたまま、リビングから窓の外へと視線を向けた。 「まだ風はないわね」 台風の進路上にあるらしく、空は雨雲で覆われ、断続的に雨を降らせている。 出かけるには不向きな天候ねと思いながら、部屋へと向かうのだった。 海鳴市藤見町、高町家、玄関前。夕刻。 降り続ける雨の中、傘を差した一行が玄関前で立ち止まった。 「はーい、到着」 いつものように明るく宣言するリンディにクロノは苦笑いを浮かべる。 いつもならこの程度でそんな事はしないのだが、今は現地での協力組織、国際救助隊のメンバーである知佳が同行している事もあって、我が母ながら恥ずかしさを覚えたからだ。 知佳はクロノの苦笑いを見て見ぬ振りをして、インターホンを押した。 程なくして、インターホンから声が聞こえる。 「はい、高町です」 「あ、なのはちゃん、仁村知佳です。リンディーさん達と来たんだけど、お父さん達はいらっしゃるかな?」 「今は、私一人でお留守番なんです」 「じゃあ、お父さん達は翠屋の方かしら?」 「はい。今玄関を開けますね」 程なく開けられた玄関に、リンディ達は通され、そこでなのはも一緒に翠屋へと向かう事が決まった。 翠屋に到着したリンディー達は、士郎達に今回の実戦訓練の確認と、改めて家族の同意を得る事になる。 ただただ、リンディーの胃の中へと、次々に消えて行くデザートに、半数の人物は甘いもを食べる事が主目的だと思うのだった。 勿論、クロノの姿がいつもより小さく見えたのは言うまでもない。 国際救助隊、海鳴支所。8月2火曜日、朝。 「お早うございます」 転送魔法の光の中から現れたなのはと静は、目の前で転送を待っていたクロノにそれぞれに挨拶をした。 「おはよう、転送魔法で来る事になるとは。台風というのはすごいんだな」 「まぁ、熱帯から原爆分のエネルギーが移動するとも言える現象らしいから、こんなものじゃないかしら?」 「うぅ、静がまた訳の分からない事を」 「そうか… まぁだいたい分かるが、すごい物なんだな」 思わずクロノの視線が、外に向けられる。 大粒の雨が降り、強い風が吹いているが、天気予報によれば、数時間後には更に強くなると言う。 「毎年数個やってくるから、慣れてはいるんだけどね」 「大変だな」 「一種のお祭りみたいなもの。そう考えれば楽しくはなるわ」 「それは… 静だけだと思うの…」 困惑が乗ったなのはの言葉に、クロノは内心で苦笑しつつ、姉妹の仲の良さを再認識する。 「まだ予定の時間にはなっていないが、アースラへ向かうかい?」 「はい! いいよね? 静」 「ええ、問題ないわ」 「分かった。 ……すぐに転送するよ」 クロノの言葉どおりに、なのはと静は転送されて行った。 「ようこそアースラへ!」 転送ルームに出迎えに来ていたエイミィはそう言ってなのは達を出迎えた。 「お久しぶりです、エイミィさん」 「またよろしくお願いします」 それぞれに挨拶をするが、静はすぐに転送ルーム全体を見回した。 「綺麗に直っているでしょう。まぁ静ちゃんが貫いた部分より、プレシアに侵入された所の方が、被害が大きかったんだけどね」 「そうなんですか?」 「うん。ここじゃあなんだし、居室に向かいながら話そうか」 「はい」 三人は転送ルームから出て、長い廊下を歩き始める。 エイミィからのアースラ修理に関する話が始まり、やがて話題は静の魔法が貫通した装甲などに辿り着いた。 ジュエルシード事件、そう名付けられた事件の最後、アースラ内での交戦の際に、静が放った極めて貫通力の高い魔法は、事件後によくよく解析した結果、極めて透過力の強い魔法でもある事が分かったという。 「なんて言うのかな、とても周波数の高い、位相の揃った光。のような物なの… って分かるかな?」 「そう、どのくらいの物なの?」 「そっちの世界で硬X線っていうのと同じくらいなのよ」 「こうX線?」 X線が、レントゲン撮影に使われる物だと言う事は知っている静だが、硬X線がなんであるかまでは知らなかった。 「さすがにそれは分からないか」 「すり抜けるほどに周波数が高い電磁波の特性と、レーザーの特性を併せ持った魔力光線。と言う事で良いのかしら?」 「そうそう、そんな感じだね」 「ジュエルシードを機能停止に追い込んだのは、密度が高かったから、というのと当たり所が悪かったから、と言う事は変わらずでいいのよね?」 「そう。あの時なのはちゃんの支援攻撃がなかったら、かえって危険だったというのもそのままだね」 「透過性が高いというのは、使い勝手が悪いわね」 「そうかも」 そのまま話題は、なのはの魔法の事に触れて、近況に移った所で、二人が寝泊まりする居室へと到着した。 「荷物を置いたら、すぐに艦長の所へ向かうわよ」 「はい」 「驚くでしょうね、なのはちゃん達」 リンディは側で立っているユーノに、同意を求めるが、ユーノは苦笑で返した。 「きっと、驚くと思います」 「ええ、驚いて貰いましょう」 リンディはユーノとは反対側に立っているフェイト達に、楽しそうに答えた。 ここはアースラの艦長室であり。 ユーノの手には伊勢が入った袋が提げられている。 そして、アースラの管理下にいるフェイト達も、リンディ曰く、「たまたま艦長室に呼ばれている」のだった。 「そういえば、伊勢の中にはどのくらいのデータが入っているのかしら?」 「スクライアの居住地にあった図書館の、一般閲覧書籍の全情報と、そこからネットワークで閲覧できる情報がおよそ2ヶ月分ほどになります」 リンディの質問に、伊勢は澄んだ透明感のある音声で淀みなく答えた。 「ユーノさん、伊勢はデバイスとしてはどうでした?」 事務的に質問するリンディに、ユーノは思い返しながらに答え始める。 「対応している言語に対しては、それこそあっという間にデータを収集していきますね。未対応の言語でも言語情報を吸収しながら読み込み速度をどんどん上げて行きます。情報の整理具合については、僕のやり方も少し入っているのですが、分かりづらいと言う事はありません」 「単純に言葉で検索した場合はどうかしら?」 「単純検索はした事がないんです」 「あら…」 「いつもは複合で検索していますから」 「そういえばそうね」 「早いですよ、さすがにフォッケ・スクライアの作品だけはありますね」 「そう、まるで動く図書館ね」 「そうですね。管理局の人には悪いけれど、デバイス本来のバランスから言えば、戦闘用途自体がおまけのようなものですから」 「私達の主な用途から言えば、伊勢はデバイスと言うより、データベースね」 「そうなりますね。僕なんかは戦闘用とデータベースとが半々くらいの方が使いやすいんですけどね」 「そう」 いつのまにか砕けた様子で言葉を交わし合っていた二人に、なのは達が到着した事を知らせるエイミィからの通信が届いた。 「どうぞ」 そのリンディの言葉に、それぞれに姿勢を正したり、 出入り口の方へと向き直ったりして、入って来る三人を迎える。 「フェイトちゃん、アルフさん、ユーノ君!」 なのはは思わず声を上げた。 「ひさしぶり、なのは」 「元気にしてたかい?」 「久しぶり、なのは。静も久しぶり」 ユーノ、アルフ、フェイトと、それぞれになのはの驚きに答えるように挨拶の言葉を繰り出した。 静も予測しなかった人物がいることに驚くが、同時にリンディの表情が悪戯が成功した子供のようにも感じ、この点でも驚くのだった。 そうしてお互いに再会の挨拶を交わした後、ユーノは袋の中から伊勢を取り出しながらに静に告げる。 「約束どおり伊勢を持ってきたよ」 袋の中から伊勢を取り出したユーノに対し、静の表情がやや曇ったのに、リンディとユーノは気付いた。 「…早すぎない? 伊勢、目的の達成率は?」 「一般的な情報としては、自己設定した基準値を上回っています。ただ、全体のバランスとしては、スクライアから見た切片にやや偏っている印象はぬぐえません」 「じゃあ。遺跡関係の情報は? 発掘の苦労話とかは?」 「任せてください、ばっちりです」 明るく言い切った伊勢に、一瞬、何処でそんな言葉覚えたんだろう、と思った静だった。 「もしかして、この前の遺跡調査の事も全部記録されているとか?」 「問題ありません」 「そ、それは、チョット恥ずかしいな」 顔をやや赤らめるユーノに、なのはやリンディは苦笑するしかなかった。 「なるほど、確かにばっちりね」 満足げな笑みを浮かべて、「ありがとう」と、お礼を言って伊勢を受け取った。 静は両手にずっしりと来る重量感と、以前と比べて大きく感じた事に戸惑い「お帰りなさい」と言うつもりだった言葉を飲んだ。 「…大きくなったわね」 「仕方ありません、静さんの魔力に対応する為には、こうならざるを得なかったのですから」 「そっか、ありがとう。そしてお帰りなさい」 そっと静は伊勢を抱きしめる。 その様子はリンディを初め、なのはやフェイト、クロノにユーノ、それに端末を通してエイミィも見ているのだが、皆揃って微笑ましい視線で見守っているのだった。 勿論、その後静が赤面してしまったのは言うまでもない。 高次空間内、次元空間航行艦船アースラ、訓練室。 艦内時間で午後になってから、模擬戦闘の為のおさらいをする事になった。 教官はクロノ、助教としてユーノが招かれている。 フェイト達は、国際救助隊のメンバーが来ることもあって、間違いがないようにと、艦内の別の場所に隔離されている。 とは言え、アースラに泊まりになる静達とは別に、国際救助隊のメンバーは支所で寝泊まりするので、彼らが下艦していれば自由に会えると、リンディから説明があった。 基本的に非殺傷設定ならおおかた何でもできるのだが、久しぶりと言う事もあって確認の意味も含めてのおさらいであり。 クロノが基本的な点を、口頭で説明しているのだった。 「…とまぁ、そういう訳で、注意事項に関しては前と同じだ。質問がなければウォーミングアップついでに、軽く模擬戦をしてみようか、感覚を掴み直すだけだから、威力は抑えて」 クロノはなのはと静、そしてユーノからも質問が無い事を確認して、なのはに声をかけた。 「まずはなのは、君からだ。静とユーノは、端の方へ」 「分かった」 そそくさと静とユーノが訓練室の端に寄ると、クロノとなのはの模擬戦が始められた。 静が見る分には、なのはの戦闘スタイルは、大艦巨砲主義に進んだ戦艦のようなものだと考えている。 潤沢な魔力量を背景に、極めて重厚な防御を誇り、同時に大火力を可能としている。 また、なのはの場合基本的に動きながらの行動が不得手というのもあって、静にそう認識させていた。 とは言え、クロノの様子を見ていると、単純に熟練していないだけなのだという事も静には理解できた。それほどまでにクロノの行動には隙を感じさせないのだ。 「模擬戦も久しぶりね」 「僕も模擬戦はあまりしないんだ。だから良い経験になるよ」 「それもそうね、伊勢とのウォーミングアップと考える事にするわ」 二人の視線は、なのはとクロノの模擬戦に注がれる。 「バリアジャケットの最適化、完了しました」 「了解よ」 「最適化って…」 「まぁしょうがないわよ、前の伊勢の状態だと殆ど着せ替え機能だった訳だし」 ユーノが視線を静に向けるが、静は気にすることもなく模擬戦の様子を見上げ続けながらに答えた。 「…本当に、良く無事だったよね」 「運が、あっただけよ」 それからしばらくの間、二人は無言でなのは達を見上げ続けるのだった。 その日の訓練は模擬戦の仕方の再確認と、戦闘感覚を掴み直すことに費やされた。 夕食も終え、与えられた居室に入り、用意されている机に向かうと、静は伊勢に指示を出した。 『伊勢、模擬戦のログを。まずは、ウォーミングアップから一回目の休憩まで出して』 『了解』 静の目の前にウインドウが立ち上がり、模擬戦の行動ログが表示される。 防御の仕方、攻撃の仕方を一通りこなした後、クロノとの低威力での模擬戦が、5分ほど続けられたものだ。 使われた魔法は、主にDivine Shooter, Laser Bind, Rapid Laserの三種類。 デブリーフィングの代わりに、魔法使用のタイミング等を確認して行く。 現在の所、静の主な戦闘方法は、Laser Bindを主軸にバインド系で相手の行動を牽制し、Divine Shooterを主力に攻撃、Rapid Laserは弾速の利を生かして補助的に使っている。 そうして、その内容が二度目のなのはとの模擬戦に差し掛かろうとしたとき、呼び出しのホーンの音が居室内に広がった。 「どうぞ」 「やっほー静ちゃん」 「今良いかな」 「珍しい組み合わせね?」 部屋に入ってきたのはエイミィとフェイトの二人だった。二人はそれぞれにお菓子と飲み物を手に、部屋の中へと入ってくる。 「うん、部屋の前で会ったの。それはそれとして、またデータ見てたんだ」 「ええ、癖みたいなものよ」 「見ても良い?」 「ええ。伊勢、二人にも端末を」 「はい」 打てば響くような返事と同時に、エイミィとフェイトの前に、ウインドウが開き、二人はそれぞれに視線を走らせて行く。 エイミィは以前に見た事がある、行動ログの形式に、あまり戸惑うことなく目を通して行くが。フェイトはこういったログを見るのは初めてなのか、戸惑いを隠せないでいた。 「少しよろしいでしょうか? 見ていただきたい提案があるのですが」 そんななかで、唐突に伊勢が切り出した。 それぞれの目の前に一つのウインドウが開き、図案化された案が表示される。 「どれどれ」 エイミィはそう言って興味津々で図を読み取って行く。 静は目の前に表示された案の表し方に、あんぐりと口を開けてしまった。 「えっと… 伊勢?」 「はい、どうでしょうかこの案は」 「案はともかく、データの表し方が非常に某ゲームライクな感じがするんだけど?」 「はい、参考にしたサイトがありましたので」 「そう…」 呆れはするものの、データ自体は見やすく整理されているので苦労することなく全体を把握する事が出来た。 ようするに、バリアジャケットに伊勢管理下の兵装を着けようという事だ。 「静さんの魔力特性は反映されませんが、静さんと同等の出力が確保できます」 「方向性は分かるわ。双方の連携と魔力管理がシビアになるわね」 「春と比べて静さんの魔力運用効率は、格段の進歩を遂げていますので、あの時ほどシビアになる事はないと思います」 「ま、どっちにしても訓練次第じゃない?」 「エイミィさんの言う通りね。とは言え、こっちはまだ基礎段階の修練中なのよ。最低限それが終わるまでは、案に止めておいて。ただし、実戦においては緊急時の防御行動のみ例外とします」 「分かりました」 「フェイトも、何か気付いた事があれば言って欲しいんだけど」 「うん。…だったら静。もし出来たら、一度戦って欲しいんだ」 「え゛っ!?」 静には予想できなかったフェイトの言葉に、静はただ戸惑いを返す事しかできなかった。 |