時は魔法創成期と呼ばれた時代の終盤 マーカス大陸の新興国ミニア王国は建国100年余りの若い国家である
数年前のピロット3世の即位により徐々に魔という力を象徴とし繁栄を誇り始めていた
ここはミニア王国第2の都市ニラム の郊外にあるスイシの町 の外れからさらに少し距離のある所にある大きく枝を広げた広葉樹の大木の側にポツンと建っている一軒家
この時代のこの地方ではごく一般的なレンガ造りの屋根裏部屋付きの見かけも質素な家である 玄関から目の前に横に広い応接間兼居間実質倉庫兼作業場が全貌できる
その奥には台所と風呂とトイレがあるようだ
応接間兼居間実質倉庫兼作業場の壁際に屋根裏部屋への階段が天井から降りている その階段を昇るとこの家の主が書斎らしき場所でランプの明かりを頼りに紙に向かってペンを走らせていた 何か長い文章らしいが残念ながら私にはその文字が分からない
全く残念だ 屋根につき出した窓のほうを見ると外は数々の星が足早に瞬いていた
このぶんだと明日は雨だな
翌朝 朝食の後この家の主は昨夜書いていた物をカバンに詰め家を後にした
外はシトシトと雨が降りこの家の主は傘を差してスイシの町に向かった
この話は彼がその緑みを帯びた白く長い髪を白いリボンで結び始めてから約2百年程経過したころの話である
スイシの町の郵便局にユウロスは傘を畳んで入った
「おや 丁度いい所へ ユウロスさん手紙が来てます 雨で馬車の到着が遅れて・・・」
と 若いすっきりとした服装の男性の職員がユウロスに一通の手紙を渡した
「どうも」
と 受け取るとユウロスはカバンの中に入れ変わりに厚みのある封筒を係の職員に渡し
「いくらですか」
と 極めて普通にたずねた
係の職員は重さを量り宛て先を調べて答えた
「120ルーになります」
ユウロスは財布を取り出しその額を払い郵便局を後にした 外はまだシトシトと雨が降り続いていた
人通りの少ない大通りを傘をさしてゆっくりと歩く 小さな橋を渡った所で行きつけの喫茶店に入った
「ああ ユウロスいらっしゃい 何にする?」
中年のマスターの声を聞き流しユウロスはカウンターの側のいすに座り
「いつもの」
と 素っ気なく注文し さっき郵便局で受け取った手紙をカバンから取り出し封筒を開け中の手紙を取り出した
言うなれば顎髭を生やした中年のオヤジことマスターとバロック調の空間に蓄音機が静かな音楽を流していることの不一致感がユウロスにはうけたのらしい
が・・・
マスターはユウロスが手紙を読んでいる間 客のいない店内を一度見回し再びユウロスに視線を向け注文の品をユウロスの前に置き
一つ尋ねた
「ユウロス どうした顔色がすぐれないようだが」
「なあマスター ユーリティア・ストラフィーネって・・・」
「うちの娘だがそれが・・・」
「まあ手紙を見てくれ」
マスターはユウロスから手紙を受け取り しばらくして
「おい ユウロスが博士だ なんて聞いてないぞ」
「言った覚えもないよ」
ユウロスがマスターの手元からその手紙を取り戻し折り畳み封筒に入れたところでマスターが
「しかしユウロスの下で修行するわけか・・・」
「ああ迷惑な話 手紙が着くころには家に着いていると書いてある」
蔑んだ眼差しでユウロスは砂糖を入れず紅茶をすすった
「親に挨拶もせずに行くとは・・・」
ユウロスはポツリと
「この親にしてこの子ありか」
ボカッ 殴られるユウロス
しばらくして店を閉めマスターとユウロスは雨の降り続く中 一路ユウロスの家へ
ユウロスの家の側の大きく枝を広げた広葉樹の大木の根元でユーリティア・ストラフィーネは大きなトランクに座ってユウロスの帰りを待っていた さすがにこの大木の根元にはこの程度の雨は落ちて来ないが
「へっくし」
少し冷えるらしい
しばらくしてユウロスとマスター到着次第にユーリティアを見つけた
この場を借りてと マスターの本名はジム・ストラフィーネと言う
「げっ 親父」
ひるむユーリティア
「この 馬鹿息子」
ユーリティア&ユウロス「娘だってば」
ジムはユーリティアを引きずって家路に・・・
「なんだぁー」ユウロスは呆然としてこの様子を見過ごした
翌朝ユウロスは何者かによってたたき起こされた
「博士 起きて下さい」
「だれが?」
ユウロスは布団に潜ったまま尋ねる
「あなたですよユウロス・ノジール」
「へっ」
これは夢だ夢なんだ
と 現実逃避しかけたユウロスに対しユーリティアが布団を剥いだ
そんなこんなでユーリティアの作った朝食を取りながらユウロスはユーリティアに質問をする
「さっき 君の荷物を見かけたが親父さん納得したのか?」
「ちょっと 説得を その・・・」
「そうか 今日は町まで行くとするかな」
さて晴れた空の下 ユウロスは自作のサスペンション付きの自転車でスイシの町へと行く
途中・・・
「ユウロス ユーリティアそっちに行ってないか」
と ジムがユウロスを呼び止めた
「ああ 家にいるよ ・・・ それが・・・」
「あの野郎っ」
と 言うなりユウロスの家へと走りだしたジム
「野郎って ユーリティアは女だぞ」自分の子供の性別を間違えるとは 情けない
何も考えないで町へと自転車のペダルを漕ぐユウロス
いいのかユウロス 家のほうはどうなる どうにもならないだろうな 全く・・・
ユーリティアが大木の日陰に入ったユウロスの家の屋根の上で時間をつぶしていると
「こらぁー ユーリティア降りて来い」
怒鳴るジム
「・・・・・・・・・・・・」返事がない
実は ぐーぐーと寝ているユーリティアだった
夕方頃ユウロスは自転車のカゴに数冊の本と紙とインクを乗せて大木の側の家へと帰って来た
「あら ・・・」
ジムとユーリティアがユウロスの家の玄関の前で言い合いをしている
「全く 何を考えているのだか・・・」
ユウロスはそのまま家に入り夕食の準備をするのであった
家の側の小さな畑で取って来た野菜を洗い まな板のうえで刻み始めるユウロス
しばらくして グツグツと煮えるシチューのその香りは徐々に広がる それが丁度言い合いをしているジムとユーリティアの鼻をかすめる 二人は言い合いのまま食卓につき
ユウロスが皿にシチューを入れて手渡すと いまだ言い合いのまま食べ始めるのであった
「とりあえず 食事中は喋らないように」
ユウロスが言うが 二人は口の中のシチューを飲み込むと一言ずつ交替に言い合うという結果になった
こうしてユウロスの短い平和の日々は終焉を遂げたのである
第一話 静かなる日常 あるいは平和の終焉 終わり
解説
現在ラオリス王国の存在する一帯を治めていたミニア王国は一人前の《魔法使い》となるにはその種の知識に長ける魔法学博士or魔導師と呼ばれる者のもとで数年間修行をする必要があった
その背景には 当時民衆の間で魔法は不可解な物とされていたことが一因としてあげられる
そしてユーリティア・ストラフィーネはユウロスのもとにその修行を受けに来たのであった
余談