青い瞳を持った彼女は自室のパネルに外の景色を写してそれを眺めている
ここは可住惑星探査船ノーザンティアーの居住区内にある彼女の部屋
不意にノックの音
「はい どうぞ」
戸が開けられたタイミング そのいつもの気配 そこにいつもの彼がいると感じた彼女は
「マスター」
彼の気配が近づいてくる
「外を見ていたのかい?」
「はい 星を見ていると・・・」
彼を見て唐突に笑い出す彼女 どうやら彼のわずかに緑みを帯びた足下まで届く白く長いその髪を上げていた事に違和感を覚え吹き出したようだ
「どうかしたか? バルキリー」
バルキリーは何かを言おうとするが笑いをこらえきれず言葉にならない ようやく笑いを抑えて
「マスター 髪 上げない方が・・・」
そらしていた視線を再び彼に戻し 再び堰を切ったように笑い出した
「むう ここまで笑われるとは・・・」
華奢な腕を動かし仕方なくあげていた髪を下ろす彼
「髪をあげるとより女らしく見えますよ マスター」
「そうか じゃあやめておいた方が良かったな」
バルキリーは立ち上がり
「ええ ところで何かご用で?」
「夕食の支度が出来た ディーが待ってるよ」
彼の言葉にほぼ反射的に言葉を返すバルキリー
「あ はいすみません」
「べつに謝る必要はないんだけど・・・」
「はい」
「行こうか」
二人はバルキリーの部屋を出て玄関を通り家であるユニットの外の通路へと出た 彼女の部屋は居住区内の一つのユニット内にある このユニットは基本的には一人1ユニットなのだが バルキリーは彼の所有物と言うことで彼のユニット内に部屋を持っているのである
ほとんど歩かないうちに目的地であるユニットの前についた 入り口にはディー・ラッドベルーンとネームプレートがついている 二人はその家であるユニットに入って行った
「お待たせ ディー」
「おう 先に始めてるぞユウロス」
ディーと呼ばれた無精ひげを生やした青年男性は彼にそう言いながら囲炉裏にかけてある鍋から小皿に肉をとった
「マスター」
ユウロスはバルキリーに急かされ囲炉裏の縁に座り用意されている小皿と箸を手に取り
「でわ いただきます」
そう言って鍋に箸をつけ始めた バルキリーも囲炉裏の縁に座りすき焼き風の鍋料理を食べ始めるのであった
「うん ユウロスが味付けすると俺が作るより深い味わいになるな」
「入れる材料が多いからな」
などととりとめのない話をしているディーとユウロスをよそに 一心不乱に食べ続けているバルキリーを一瞥したディーは
「ユウロス エンゲル係数高いな?」
「ああ」
諦めたような返事を返したユウロスだった
「たまにはいいものだな こうやって鍋を囲むのも」
「ああ」
ディーはビールを飲みながらキッチンの方で鍋を洗っているバルキリーを見て
「なあ ユウロス」
「ん?」
「彼女の事どう思ってるんだ?」
「あれか」
「あれってユウロス」
「まあ いいじゃないか」
「逃げるなよ」
「逃げている訳じゃない あれはあれだからな いかに私の所有物であれ 私はあれの自由にさせている」
「・・・ものすごい放任主義だな」
「まあ 人としてやってはいけない事は知っているだろうからな」
ディーは今一度鍋を洗っているバルキリーの方に視線を向けた
「ところで明後日に補給船が来るのは知っているよな?」
「ああ」
「その補給船に追加人員が乗っているようなんだが」
「ほう 初耳だな」
「ユウロスがチェックしているんじゃあないのか?」
「今回はな」
「じゃあ 直接?」
「ああ 艦長だ」
「そうか リストを見せてもらおうと思っていたんだけど」
「何か気になる事でも?」
「いや そうじゃない」
翌日昼前
ユウロスは仕事部屋で先ほど艦長から返してもらった補給物資の一覧をチェックしていた
「ふむ 追加人員か ・・・にしてもものすごい補給物資の量だな まあパーツの入れ替えがあるから船の重量の増減はさほどないな 一応計算しておくか」
彼はただ一人の物資管理の担当である 正確には運行班物資管理部と言う 生活班所属でないのは船の重量が船の速力に深く関わってくるからである ちなみに普通は一番暇な部署である
ほどなく明日到着の補給船から出入りする物資の重量計算を終え ユウロスは程良い具合にさめた紅茶をすするのであった
ピピッ 船内通信機の呼び出し音が部屋に響く ユウロスは静かに飲みかけの紅茶を置き
「はい 物資管理部 何かご用で?」
「ユウロス 艦長が呼んでるぞ 艦長室まで補給物資のデータを持ってすぐに来いとの事だ」
「分かった」
ユウロスは通信を切り 椅子にかけたまま残りの紅茶を飲み干し 慌てることなく補給物資のデータをひとまとめにして部屋を出た
艦長室
デスクに着いている落ち着いた感じの女性がスミレ色の髪をかき上げた後 ブリッジへの通信パネルを開き
「副長 合流ポイントには後どれくらいで着くか?」
パネルの向こうの副長と呼ばれた男性は開かれたパネルに向かって
「あと14時間ほどですが 何か」
「今 ユウロスを呼んでいる その後でそちらに行く」
「分かりました しかし艦長 ユウロスなんか呼び出してどうするんですか?」
「彼はあれでも物資管理の仕事をしている ・・・あまり彼を暇な部署に追いやるのは私としては心外なのだが 人事権は私にはないからな 別に・・・」
目の前の人物を確認し艦長の言葉が詰まる
「酷い言われようだな 開いていたので入らせてもらったよ」
ユウロスは艦長のデスクにひとまとめにした補給物資のデータを置き
「フリーナ・ノーベル」
「どうしたユウロス 急に名前で呼んだりして」
「私が 怖いのか?」
「その事か・・・ ユウロスが怖いのではない ユウロスが壊れることが怖いのだ それから私は君にもっと忙しい部署に回ってその手腕をふるって欲しいと思っているのだが」
「俺はその方が怖い」
パネルの向こうの副長は呟いた
「ふむ ところでユウロス 君のところにも追加人員のデータが行っていると思うが」
「ええ 一通り目は通しましたが・・・」
「どうした?」
「追加人員分のエネルギーが足りないのです」
「エネルギー?」
「あっ ああ すいません 意味合いとしては必要な物資が足りないのです」
「例えば?」
「簡単に言えば食料ですね ざっと見積もって20トンぐらいです もっともこれは全員の分から少しずつ分ければ解決できますが・・・」
フリーナはユウロスの言葉に関係書類を確認し答える
「食料分の有機物なら調達するようにと指示か来ているが・・・」
「そうなの?」
「ええ」
「じゃあ後は何とでも出来るな」
「ありがとうユウロス 合流したらまた呼ぶわ」
「分かった じゃ」
ユウロスはそのまま艦長室から出ていった
「ふう まあ忙しいのは悪い事じゃないな」
呟いたフリーナはブリッジへ行くべく書類を整理し始めた
仕事部屋を整理した後 自分の家であるユニットに戻ってきたユウロスはしばらく自室でくつろいでいた
「マスター」
ユウロスが振り向くとパジャマ姿のバルキリーが
「マスター 私 もう寝ますね」
いつものように言葉を返すユウロス
「ああ お休みバル」
「お休みなさい マスター」
バルキリーはそう言って自室へと入っていった 戸の閉まる音を聞いて
「そろそろ寝るか明日は忙しいしな」
13時間後 ノーザンティアーブリッジ内 オペレーターが副長に告げる
「補給船より通信 本船は合流ポイントに到着ノーザンティアーの到着を待つ とのことです」
「分かった 現コースを維持」
「了解 現コースを維持します」
艦長室内寝室
それまでの静寂をうち消すかのようにけたたましく目覚ましのベルの音が部屋に響く
「うーん」
まだ彼女の頭の中には音が届いていないのかベッドの中でもそもそと動いている 部屋の中にはけたたましい目覚ましの音が響き続けている そして 突然何の前触れもなく手が動き目覚まし時計を止めた
「うーん」
ベッドから起きあがったフリーナはそのスミレ色の髪をかき上げ 洗面所へと歩いていった
ほぼ同時刻 ユウロスのユニット内
「はぁーーーーっ ・・・ くしょん」
自分の寝室のベッドにて結局我慢できずにくしゃみをしたユウロス
「大丈夫ですか? マスター」
「うううっ」
なぜか風邪をひいているユウロスを診ているリディアは
「珍しいな ユウロスが風邪をひくとは」
「あう」
「マスター しばらく仕事を休まれてはいかがですか?」
「あうっ そんな ただでさえ暇な職場なのに たまの仕事を休んだとあって は あれ?・・・」
そのまま平衡感覚を失ってベッドに倒れ込むユウロス それを見てバルキリーは一度リディアに視線を向け
「マスタ・ユウロス 艦長の方には私から説明しておきますから」
「すみません」
ベッドの上から情けない声を返すユウロスの返事を聞いて バルキリーはユウロスの寝室を出てリビングにある端末を操作し
「HAL4 ブリッジへ通達 ユウロス・ノジールは風邪のためしばらく療養する と」
「分かりました 詳細はリディアの診断書待ちということで いいでしょうか?」
「うん 以上よ」
なんだかうれしそうに端末を離れ キッチンへと急ぐバルキリー
「何にしようかなぁ」
寝室の扉が開いていたので 今までの経緯を全て聞いていたリディアは
「ユウロス あんな楽しそうなバルキリーの声 久しぶりに聞いたような気がするんだけど?」
「あー そうだろうなぁ 彼女本来の仕事が出来るのだからな」
キッチンから聞こえてくる音を聞きながら その頭痛から逃げるように 寝入ったユウロス リディアは寝ているユウロスに注射を一本打ち サンプルを採取した後ユウロスに上布団をかけて部屋を出る
「バル ユウロスはお休みよ しばらく寝かせてあげて」
そう言い バルキリーの明るい返事を確認してユウロスのユニットから出た
「さて サンプルを照合しておくか」
いつのまにかガルバリアの短編シリーズの代名詞に仕立て上げられてしまったユウロスの憂鬱シリーズだが まあ別にいいかなと思っている じゃあ他のキャラクターの場合はやはり なんとかの憂鬱になるのだろうな
この話はユウロスらが可住惑星探査艦ノーザンティアーに乗艦して数世紀後の話で ガルバリア2よりも前の時代である
・・・キャラクター・・・
ディー・ラッドベルーン
ノーザンティアーでは機関部以外の整備担当員の一人 このころはいつも無精ひげを生やして工具箱を持ち歩いていた 囲炉裏をこよなく愛する青年男性
バルキリー・ディ・ハルシオーネ
ユウロスの所有物と言っても奴隷のような扱いはされていない ユウロスが自己の責任と力のもとに彼女の自由を守っている為か 使用人と言うよりは家族のようでもある
副長
名前は未設定 第1世代のイグゾールドで外観は中年男性
フリーナ・ノーベル
ノーザンティアーでは艦長を務める このころは仕事をしていると落ち着くという妙な癖があった
ユウロス・ノジール
ノーザンティアーではただ一人運行班物資管理部に所属 ガルバリアシリーズを通しての主人公 その絶大な力に翻弄されることもなくまるで一般人のように生活できる適応性というか擬態性はなかなかの物 お茶が好き
リディア・フェイル
ノーザンティアーでは医療班に所属 ユウロスとはバルキリーに次いでの長いつきあいで彼の保護者を演ずることもある 特に一人の時などにしゃべり方がきついと言う癖を持つが温厚な人格の持ち主である