可住惑星探査艦ノーザンティアーは 現在銀河系から40億光年の距離を補給を受けるべく補給船とのランデブーポイントへ向かっていた
約1時間後 ブリッジ
「艦長 補給船を確認これよりあちらの指示により接舷します」
「分かった」
ノーザンティアーは自分の二倍近くもある補給船に抱きかかえられるようにして接舷した
「接舷確認」
「分かった 補給船の船長に通信 修理補給の一切は任せると」
「了解」
数時間後
右手が誰かに握られている そんな感触が気がついて一番に飛び込んできた 目を開け
「あ マスター 気分はどうですか?」
そう聞かれ しばらく黙っている
「マスター?」
バルキリーの呼びかけが届いていないのかユウロスは一方的に
「もしかして ずっと握ってたの? 手を」
主人の問いかけに微妙に視線をはずしてバルキリーは
「はい だってマスター言いましたもの『病院なんかで気がついたときに一人でいるととても寂しい』って だから それに私の時も側にいてくださいましたし・・・」
少し照れるように「ありがとう」を言ったユウロスに 恥ずかしげに笑みを返すバルキリーであった
そのころ 自分の仕事部屋でユウロスの体内から採取したサンプルの中のウイルスの照合作業を行っているリディアは 大河の砂粒の数ほどあるサンプルとの照合を終え
「あーあ 新種だよ・・・」
と 言葉をはいた後 他の医療班のスタッフを呼ぶように通達した 彼女はそのまま目の前の端末を操作しユウロスの症状を再び検討し始めた
「そうか ユウロスがな」
ブリッジにてユウロスの症状の詳細と新種のウイルスに対しての対抗策の報告を聞いたフリーナはそう言ってエンジンのパーツ取り替え作業を映し出しているパネルに目をやり 以前病気にかかった時のことを思い出していた
「艦長」
副長に呼ばれ思い出から現実に戻ったフリーナは 補充要員のリストを副官から渡された それに目を通し
「4名と1体か どれも第2期のイグゾールドか ん 第一期のが一人いるのか あとはシーナ・クランド付きのロム・ディ・ハルシオンか」
「船長 そろそろ 補充要員が挨拶に来る頃です」
「分かった」
程なく補充要員がブリッジにそろって入って来た 艦長は席を立ち補充要員の前に立つ それぞれに自己紹介をし艦長と言葉を交わす 中には船長を口説こうと言葉を発する者もいるが船長は軽く受け流す 一通り終わると副長が補充要員を配属先へと案内すべくブリッジを後にした
ブリッジ要員と船長のみが残ったブリッジ 艦長は椅子に深く腰掛けいつの間にか外の景色を写しだしているパネルに目をやった
医療班の事務室には現在就寝時間であるスタッフを除いて班長も含めた5人がちょうど集まったところだった
「ああ みんなそろったね じゃあ初めてリディア」
班長にそう言われて リディアがユウロスの体内から発見されたウイルスをパネルに映し出した
「それが新型ですか?」
班員の一人であるリネオン・クラインに言われてリディアは症状などの説明を始めた
一通り説明を終えたリディアは班員の反応を見て
「まあ あまり強力なウィルスじゃなかったのは不幸中の幸いだったけど」
「そうか 患者はユウロスか リディアはユウロスとは長いつきあいだったな」
「ええ」
リディアの返事を聞いて班長は話を切りだした
「さて とりあえず現在は隔離しているから患者からの感染はない物としよう それから艦内各場所からサンプルを取ったがどれにも検出されなかったので艦内に漂っている可能性はないだろう 患者の摂取した食物からと言う可能性も含めて検討してみたいが とりあえずサンプルの採取を最優先にしよう それから空気感染の可能性はないので患者の外出は認めない物としたうえで隔離を解除する ほぼいつも道理だが以上で何か質問は?」
班長は何のリアクションもない班員の様子を見て
「では患者はリディアに任せる 後の者はサンプルの採取をする 患者が摂取した可能性のある物を全て調べる エノアはリネオンと一緒に食物プラントへ トアノは私と一緒にそれ以外を」
班長の指示のもとに班員がそれぞれに必要な機材を取りに行く
リディアはそのまま手元の端末でユウロスの様態の経過を表示し
「うむ どうやら峠は越えているようだな とりあえず診るのは後にするか」
素っ気なく言いそのまま端末を使って作業を始めた
リディア以外全員が出払ってしまい 部屋で一人作業をしているので 普段なら少し注意しないと聞こえない程度のキー入力音だけが静かに広がる
しばらくして 作業も一段落しコーヒーを片手に鞄の中身を確認していた時である
「急患ですリディア 現在そちらへ移送中」
船の管理をしているHAL−4からの通達を聞き機械的に返すリディア
「いつも通り ベッドへ寝かせた後スキャンを」
「了解」
程なく窓一つ隔てた隣の診察室に担架に乗せられた男性が2つある診察用ベッドの入り口に近い方のベッドの上に担架ごと置かれた
「スキャン開始します」
担架を持ってきた2人の事などまるで気にかけず
「ああ」
そう返事をしてリディアは患者がまだ当分はほっといても死にそうにないことを確認し 何事もなかったかのようにコーヒーを 一口 また一口飲み そしてタイムリミットが来たかのようにまだ飲みかけのコーヒーカップを置く
「スキャン終了 結果は治療室メインパネルに表示します」
HAL−4の報告を聞きながらリディアは診察室に入り パネルに表示された患者の様態を見て
「痛み止めからはじめるか」
そう言って 患者の治療を始めた
「さて 事情を聞こうか」
患者の治療も一段落し担架を持ってきた2人にリディアが言った
「今日赴任した 主任と喧嘩になったんです」
「喧嘩にしては あれだけ負傷するとも思えないけど」
「どうも 元々戦闘用だったらしくて・・・」
「精神に問題があるとか?」
「ええ どうもそうらしいんです 主任のデータを見てもらえば分かりますが」
「分かった 患者は自室で休ませて しばらく仕事はしないように」
「はい」
「悪いけど 患者を運んでくれないかな 今ここには私しかいないから離れるわけには行かないんでね」
そう言ってリディアは患者移送用のベッドを用意し 患者をベッドに移すのを手伝ってもらい 医療室を出で行く2人と患者に手を振った
その後
「新しく来た主任 という人物とは誰だ?」
「第2期製造のフリオ・エルストン 探査班3課主任 パーソナルデータはいつも通りに印刷しておきましょうか?」
「頼む」
短くそう言ったリディアは プリンタのある事務室へと入っていった
ユウロスの寝室
「マスター スープ出来ましたよ」
キッチンから呼ぶバルキリーの声を聞いたユウロスはまだ少し重い体を動かしてベッドから出た 駆け寄ってきたバルキリーにガウンを羽織らせてもらい寝室を出た
テーブルの上にはコーンスープとパンが用意されている 席に着いたユウロスはバルキリーが座るのを待つ そして
「いただきます」
バルキリーが食べる様子を眺めているユウロス しばらくして気がついた彼女は
「マスター 私が食べているのを見てもおなかはいっぱいになりませんよ」
「ああ 悪い どうも病気にかかると気が沈みがちになるようだな」
バルキリーは食事の手を止め ユウロスの方をじっと見つめる
「わかった わかった 食べるから」
半ば笑いながら答えたユウロスはパンを手に取り 食べ始めるのであった
安心したバルキリーは
「マスター 先ほどリディアさんから連絡がありました 夕食後に診察に来るとのことです」
食べながら聞いていたユウロスは軽く頭を縦に振り 食べ続ける 動作を見ていたバルキリーは
「それから マスターはまだ外出は許可されていませんので 外にご用があれば私が代わりに行きますね 今のところは以上です」
ちょうど一段落ついたユウロスはバルキリーに
「では 後で一つお願いしよう」
「はい」
いつも通りとりとめのない会話が交わされながら食事が進んだ 食事を終えまだ体の重いユウロスは寝室へ バルキリーは食事の後かたづけにキッチンにいた
不意に玄関であるユニットの出入り口が開き
「バルキリー ユウロスの様子は?」
言葉が先にリディアが入って来た
「先ほど食事をいつも通りに取られました 今は寝室にいます」
「そうか あ 悪いがお茶をいただけるかな バルキリーのおいしいのを」
リディアはバルキリーの返事を聞いて ユウロスの寝室へと入っていった
「気分はどうだユウロス」
「あまりよくないな どうも気が沈みがちになる」
「そうか」
しばらくリディアの診察が続くが その間にユウロスの情けない声の様な悲鳴が キッチンにいるバルキリーの耳に入ってくる 変に思った彼女は紅茶を用意したテーブルのそばを通り 声のするユウロスの寝室をのぞいてみる
「ああうううっ」
そんな情けない悲鳴をあげたユウロスはリディアに注射をうたれている バルキリーがのぞき込んでいることに気がついたリ
ディアは 注射を打ち終えると
「ユウロス 気持ちは分からないでもないが あまり情けない声を上げるな 彼女が見てるぞ」
「えっ」
ほとんど同時にベッドの上と部屋の入り口で二人がそう言った リディアはその様子に笑みを浮かべている
「マスター お気持ちはわからないでもないですけれど・・・」
「心配するってさ」
「リディアさん」
二人の会話にユウロスは
「ごめん でも苦手なものはしょうがないじゃないかぁ」
すぐにリディアが
「何か言った方がストレスを軽減できる と言っても声を出してもバルキリーが心配するからな 難しいところだなユウロス」
「楽しむなよ」
「・・・まあ 症状の方はほぼ回復した さすがプロトタイプと言うところだな」
リディアにそう言われたユウロスは一瞬むっとした表情を見せるが
「こればかりはな」どうにもならん
「怒らなくてもいい ユウロスは肉体面では楽な患者だからな」
リディアにさらりと言われて複雑な気持ちのユウロスであった
すでに処置を終えたリディアは道具を鞄の中にしまい
「ユウロス そちらの方は問題ないようだな」
一瞬の沈黙の後ユウロスは
「ああ 大丈夫だと思うよ」
そう返事をした
ユウロスの返事をかくにんしたリディアは 二人に手を振ってユウロスのユニットから出ていった
「マスター 何が大丈夫なのですか?」
リディアが出て行ってすぐに質問を投げかけるバルキリー
「ああ それは私の精神状態の事だ」
そう答えたユウロス バルキリーは一瞬のためらいにも似た沈黙の後
「マスター 私で良ければいつでもお力になりますから」
ユウロスは彼女とは長いつきあいではあるが 初めてそう言われて 返す言葉にとまどった
バルキリーは自分の主人の返事を心配そうな面もちで待っている その様子を見た主人は
「大丈夫 君がいるから私はここにいるんだ 君が・・・ バルがいつも私の心にもいるから 無茶をすることもないんだよ」
バルキリーは主人の言葉よりも その自然な表情に安堵を覚え
「分かりました マスター でも忘れないでください私の心にもマスターがいることも」
「ああ ありがとう」
そう言ったすぐ後 ユウロスは大きなあくびをした
「もう お休みになられますか?」
「そうするよ」
横になったユウロスの布団を少しなおしてバルキリーは
「ではマスター お休みなさい」
「お休み バル」
部屋の明かりが消え 戸が閉まる音がした そして意識はゆっくりと眠りの中へ
バルキリーは途中で放置していた 後かたづけを続けようとキッチンへと足を進める
すぐ前のテーブルの上には半分ほど飲まれたティーカップが置かれていた
「これも片づけないと」
つぶやくようにそう言ってまだ少し残っているティーカップを持ってキッチンへ
しばらくして全て片づけたバルキリーはキッチンやリビングの明かりを落とし 自分の部屋へ入った
「マスター あっ」え?どうして
思わずつぶやいた言葉に驚いていたが やがてそのエプロンドレス風の服を一瞬にしてパジャマに替え 壁越しにユウロスの隣に置いてあるベッドに潜り込み
「お休みなさい」
そう言って 彼女も眠りの中へ
艦長の執務室
「喧嘩か」無いに越したことはないが・・・
彼女の背後で扉が開く音と二人分の足音がし
「艦長 フリオ・エルストンをつれて参りました」
「分かった」
副長は報告すると一緒に部屋に入ってきたフリオの斜め後ろにつく リディアはいすを回転させ二人の方を向き
「フリオ君」
「なんでしょうか 艦長」
「私はこの船では喧嘩自体は禁止していない ただしそれについて二つばかり注意して欲しい点がある」
「それは?」
「それは 一つ目は喧嘩であることだ もう一つは船の設備を利用または破壊しないこと」
「分かりました」
「ならいい・・・」
「失礼します」
そう言ってフリオは艦長室から出ていった
「副長 まだあまり気にすることはない 彼もなれていないのだろう」
「分かりました」
フリーナは何か言いたげな副長を退けた後 日誌の記録に入った
11時間後
「もういいようだな」
ユウロスのベッドに腰掛け医療器具を片づけながらリディアはそう告げた
「そうか 助かるよ」
「仕事なんかめったにないのにか?」
「そう言うな いつまでも寝込んでいるわけにも行かないしな」
「バルが心配するからな」
「・・・まあな」
それからしばらく二人がとりとめのない話をしていると バルキリーが部屋の入り口から
「マスター」
「どうした バル」
「出かけてきますね」
「ああ 行ってらっしゃい」
「はい 行ってきまーす」
そう言ってバルキリーは行ってしまった ユニットの入り口が開閉する音を聞いて
「今日は何曜日だ?」
「今日? 今日は土曜日だけど・・・」
「そうか 結構日にちが経ったものだな」
「今日がどうかしたの?]
「今日はバルの月に一回の休日だよ と言ってもバルは朝御飯をちゃんと用意してくれるんだよね」
「あの娘らしいな」
ユウロスはベッドからでて寝間着のまま立ち上がり
「ああ・・・ そうだ外出禁止はどうなった?」
「もう大丈夫よ」
「とりあえず朝食をとるか」
二人ともユウロスの部屋からダイニングへ出る ユウロスはテーブルの方へ リディアはそのまま玄関の方へ
「じゃあ 私は部屋に戻ってるから」
「えっ?」
「私も今日は休日だ」
「わるいな」
「気にするな」
そう言ってリディアは出て行った
一人残った ユウロスは朝食をとりはじめるのだった