メキシコには、とにかくあちこちに遺跡があります。バスの路線網は発達しているので、時間さえあれば自由に安く遺跡巡りが楽しめるでしょう。失われた文明を求めてメキシコへ行きましょう。 |
テンプロ・マヨール かつてのアステカ王国の首都テノチティトランの双子の神殿の跡がメキシコシティの中心にあります。テノチティトランは湖に囲まれていた美しい都市です。ここに残っているのはわずかにその一部です。残っているとはいっても今ではその美しさの面影はなく、一つの文明を滅ぼして建てられたメキシコの街がうらめしく思えます。 |
テオティワカンかつて中米最大の宗教都市として栄えた大規模な遺跡です。7世紀ごろ火災によって亡びたといわれます。火災の原因や、都市を造った民族など、この遺跡はまだ謎も多く残されています。主な見所を一通り見るだけでも2時間くらいはかかります。 なかでもケツァルコアトルの神殿の装飾は見事で、メキシコシティの国立人類学考古学博物館でも彩色されて復元されたものを見ることが出来ます。また巨大な太陽のピラミッドや月のピラミッドは頂上まで登れますが、標高2000メートルを越える高地にあるため思ったより息が切れます。 |
トゥーラ トゥーラは好戦的といわれるトルテカ族の代表的な遺跡です。神殿の上にはかつて屋根を支えていたといわれる戦士の像が並んでいます。この戦士像はアトランテス像と呼ばれていてアトランティスを連想させます。神殿の背後にある壁にはヘビに食べられている人のレリーフがいくつもあります。メキシコシティから75キロくらいの所にあるので日帰りでも行けます。 |
エル・タヒン エル・タヒンはトトナカ族の遺跡といわれますが、どことなくアジアの遺跡を思わせる遺跡です。テオティワカンの影響を受けているといわながらも、独特なデザインからは、ここにあった独自の文化を感じとることが出来ます。知名度は今一つですが、休日には地元のメキシコ人などもたくさん来て賑わっています。遺跡の入場口の前にある広場では人が柱の上まで登り、ロープで回りながら降りてくるボラドレスも見ることが出来ます。 |
ミトラ 遺跡自体の規模はそれほど大きくもなく、町中にあるのでロケーションもいいとはいえないのですが、遺跡の壁面を覆う幾何学模様は一見の価値があります。遺跡は5ヶ所に分散しているのですが、まともに残っているのは北のグループと柱のグループぐらいで他のものは上にキリスト教のほこらが建てられていたり、瓦礫の山になっていたりで、保存状態はよくありません。それでも訪れる人が多いのは、やはりその幾何学模様が美しいということなのでしょう。 |
モンテアルバン モンテアルバンはオアハカ盆地を見下ろす見晴らしのいい丘の上にある遺跡です。遺跡群の北側にある地下墳墓では中の壁画も見ることができます。中央の大神殿の東側には地下トンネルもあってなかなか楽しめます。ここにも天文台といわれる建物があります。この建物だけ斜め方角を向いているのが意味あり気です。 |
ビジャエルモサ街の中心から3キロほど北にラベンタ遺跡を復元した野外公園博物館があります。湖のほとりにある気持ちのいい公園でピューマやクモザル、ワニ、クジャク、トウカンなどが飼われています。遊歩道を歩いて行くとオルメカの巨石人頭像が現れてきます。どことなくアフリカの黒人のような風貌があるといわれているものです。オルメカ人についてはわからないことが多く、この人頭像から古代にもアフリカとの交流があったという人もいます。 しかし、人頭像の中には他にも四角い目をした変わったものもあり、そのモデルが何だったのかは謎です。 |
パレンケマヤ遺跡の中でも穏やかで美しいパレンケの遺跡はチアパス州の外れのジャングルの中にあります。宮殿といわれる建物には東洋的な4階建ての塔があります。建物の中も複雑で、いくつも部屋があり、迷路のようになっています。 パレンケの象徴的な建物として有名な碑銘の神殿では、1952年にパカル王と思われる人物が内部に埋葬されていたのが発見されています。この発見でマヤの神殿が墓としても使われていたことがわかりました。石棺の蓋に描かれていたレリーフも美しく、その図柄が人が宇宙船に乗っているようだと話題になったこともあります。(02年7月現在、残念な事に碑銘の神殿は登頂や内部に入る事は出来ません。) |
ボナンパク 密林に眠るマヤ遺跡のほとんどは、熱帯の気候や植物に侵食され、発見された時には半壊しているものも少なくありません。そんな中で奇跡的に内部の美しい壁画を残していたのがボナンパク遺跡です。 |
ヤシュチラン メキシコの遺跡の中でも、そこにたどり着く道のりから楽しい探検気分を味わえるのがヤシュチラン遺跡です。 |
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