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2004年4月1日

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◆シャロンのヤシンがアラファトで

 思い返せば「史点」とシャロン・イスラエル首相との縁は長い。いや、もちろん向こうは知ったこっちゃ無いだろうが。
 シャロン氏の名前が「史点」に初登場したのは2000年10月3日の記事。当時は右派政党「リクード」の党首という立場で、その年の9月28日にエルサレムのイスラム教聖地「ハラム・シャリーフ」に踏み込んでイスラム教徒を挑発して騒乱を引き起こし、オスロ合意もパレスチナ独立も見事に吹っ飛ばしてしまった。「史点」で「ノーベル迷惑賞」なるものを勝手に授与させてもらったのもこの時だ。もちろんパレスチナ紛争は根が深いから彼一人に全責任がかぶせられるわけではないが、今日の事態の直接的なキッカケが彼の挑発行動にあったことは事実だ。
 困ったことに事態は彼の目論見どおりに進んでしまい、翌2001年2月のイスラエル首相公選ではシャロン氏が圧倒的優位で当選してしまい(投票率自体は低かったものの) 、混乱のキッカケを作った張本人が一国の首相におさまるという最悪の状況となった。パレスチナ和平を進めて暗殺されたラビン元首相ももともとは軍人出身の強硬派だった過去があるから、もしかするともしかするかも…との淡い期待もあったが、やはりこのシャロン首相にはとてもじゃないが当てはまらなかった。その後もシャロン政権はパレスチナ人側に対し強硬な姿勢で臨み、自爆テロと軍事侵攻の連鎖が延々と続いている。準備期間を含めると時期的に重なってくるから直接的原因とはいえないが、2001年9月11日の「アメリカ同時多発テロ」だってパレスチナの混乱状況が背景にあるし、その後のアフガニスタン、イラクと続く戦争にもイスラエルの動向が影を落としていることは否めない。米ブッシュ政権もさすがにそれはわかっているからなんとかパレスチナ和平を進めようと「ロードマップ」なるものを打ち出したりもしたが、実のところシャロン政権に歯止めをかけられていない。

 そして前回「史点」でも触れたように、3月22日、イスラエル軍はパレスチナのイスラム原理主義組織「ハマス」の創設者であり精神的指導者としてもパレスチナ人の間で影響力があったヤシン師をミサイル攻撃(念入りに2発だか3発だか撃ち込んだらしい) で殺害した。ヤシン師は難民キャンプで過ごした子供時代に事故で足を不自由にしており、常に車椅子生活だった。ヤシン師に対してはイスラエルは何度となく攻撃の警告を発しており昨年9月にも実行して「未遂」に終わっていたのだが、今回は念入りに、確実にしとめる作戦に出たわけだ。車椅子の老人によくまぁそこまで…とも思いはするが、それだけシャロン政権としても焦っちゃっていたという気もする。
 確かにヤシン師は武装闘争路線を続け無差別に市民を殺傷する自爆テロ作戦を続行する「ハマス」の創設者にして指導者だ。だから過去にもイスラエル当局に逮捕されて終身刑に処せられた事もある(イスラエル工作員との捕虜交換で釈放されたけど) 。イスラエルとの共存を図ることにしたパレスチナ自治政府も何度となくヤシン師の身柄を軟禁状態に置いてきた。もちろんそれで自爆テロ攻撃が止んだというわけでもなかったが、いきなりミサイル撃ちこんで抹殺する「必要」があったとはちと思えない。なんか目立つ派手なことをやっておこう、という意図がそこには感じられた。

 実際のところ、シャロン首相としては「テロの抑止」のためにこの暗殺を実行したのではないのだろう。むしろ「ハマス」はもちろんガザ地区のパレスチナ人たちの怒りを買って「報復テロ」が起こる可能性の方が高いことは、少なくともバカではない(と、思われる)シャロン首相には分かっているはず。
 やはり一つの理由は昨年決定した「ロードマップ」にのっとって間もなくガザ地区からイスラエル軍を撤退させねばならないことがある。ガザ地区を拠点とする「ハマス」に撤退に先立って「一撃」をかましておきたかった、というところはあるだろう。それと入植地の撤退の件もあってイスラエル国内の右派系からの突き上げが予想されるから、目立つ「いけにえ」を血祭りに上げることでその突き上げを抑えさせよう、という意図もあったと思われる。
 そして、シャロン首相自身の「尻に火がついている」事情がある。90年代の外相時代にギリシャの不動産開発事業をめぐり実業家から69万ドルの賄賂を受け取って便宜を図ったとの疑惑が取りざたされているのだ。本人は否定しているが、28日にイスラエルの主任検事が首相を起訴するよう検事総長に勧告している。実際に起訴されるかどうかは不透明らしいが、そんなことも今回の強硬作戦の背景にあるとも思える。

 ヤシン師殺害は当然ながらかなり激しい反響を世界中に沸き起こらせた。パレスチナ自治政府は「ヤシン師の暗殺を非難する。これは犯罪である。これは卑劣な行為である。これはイスラエルがさらなる暴力と事態悪化の道をえらんだことを示している」と激しい非難声明を発表。ヤシン師とはある意味ライバル的な関係でもあったアラファト議長も「イスラエルは野蛮な行為で、越えてはならない一線を越えた」と暗殺を非難し、パレスチナ人たちに服喪を呼びかけた。民衆の圧倒的な支持を受けていたヤシン師(過激闘争組織と言われる「ハマス」だが、パレスチナ人地区では慈善事業団体という側面も強い)の殺害に特にガザ地区は悲嘆しかつ激怒し、「ハマス」など各武装勢力も「全面戦争」を宣言している。
 イスラエルの思い切った「暗殺」にはアラブ、イスラム諸国はもちろんのこと、EU諸国など世界各国が一斉に非難声明を出した。日本も例外ではなく珍しく駐日イスラエル大使を官邸に呼びつけて、けっこう厳しい表現で非難の意思を伝えていた。まぁ日本としては自衛隊をイラクに「復興支援」ということで派遣しているし、テロの標的とも噂される中で、アラブ圏に受けがよさそうな意思表明をしたと見ることもできる。
 で、アメリカはというと…毎度おなじみのイスラエル弁護姿勢をここでもしっかりとった。これは別にブッシュ政権でなくてもそうだったのだろうけど。さすがに「困惑している」といった表現で暗に批判はしたのだが、「ハマス」はアメリカもテロ組織と認定している団体だし、だいたい「テロに対しては先制攻撃あり」というのは本来アメリカの姿勢だから、これを批判しては我が身に批判がふりかかってしまう。そして国連安保理でアルジェリアが提出したイスラエル非難決議案にはやっぱり「拒否権」を発動してこれをつぶしている(イギリス、ドイツ、ルーマニアの3国だけ棄権であと11カ国は賛成)。そういう調子だからある意味イスラエル以上に憎まれてるわけなんだが…改まらないねぇ、相変わらず。

 その後、イスラエル軍のモシェ=ヤアロン参謀総長が、「アラファト議長は自分が狙われていることをわかっているはずだ」「(ヤシン師が)暗殺の最後であることを、イスラエルを傷付ける人々が思い知ることを願う」 と発言し、アラファト議長だけでなくシーア派組織「ヒズボラ」の幹部についても「暗殺」の意図をほのめかした。 その発言の直後にアラファト議長については暗殺リストには入っていないとイスラエル外相らが火消しに躍起になっていたが、過去にも何度も「アラファト暗殺」を公言してきたイスラエルの強硬派だから、単なる脅しとは言い切れない。しかし実のところ今や影響力の低下したアラファト議長を抹殺してもテロがなくなるわけでなし、かえって混乱を招くだけだとしか思えないんだけどね。いや、案外それが目的なのかもしれんが。



◆ここはオレのシマだ!

 なぜか知らないが、ヤクザ用語ではそれぞれの縄張り(勢力範囲)のことを「シマ」と呼ぶ。映画「ゴッドファーザー」でも「Territory」って単語が日本語吹き替え版では「シマ」って訳されていたっけ。なんで「シマ」と呼ぶのか以前から疑問に思っていて、日本が「島国」であることなども背景にあるのかな、と考えたりもしていたのだが、なんかで読んだところでは古い日本語では「シマ」とは「海にある島」ではなく本来陸上内の「縄張り」のことを指しており、それから海にあるものも「シマ」と呼ぶようになったという説もあるみたい。
 ともあれ「シマ」をめぐる争奪戦はヤクザ抗争の基本。動物でもそうだが「ここまでがオレのシマ」という主張のぶつかり合いは非常に単純明快でバカでも分かりやすく、かつ動物的本能からか非常に熱くなりやすい。そしてともすれば本来の主義主張を吹っ飛ばして、ただ騒ぎを起こすネタにされやすい。


 3月24日朝、中国の活動家達が仕立てた漁船が尖閣諸島の「魚釣島」に接近、領海内に入ってボートを下ろし、7人が海上保安庁の巡視船の目をかいくぐって魚釣島に上陸した。彼らは島内で中国旗を振り、「中国領」と書き記したりしていたが、ヘリでかけつけた沖縄県警の警察官によって「出入国管理法違反(不法入国)」の容疑で現行犯逮捕された。この島には以前にも香港・台湾の活動家らが上陸してちょっとした騒ぎになったことがあるが、「逮捕」に踏み切ったのは今回が初めてとなる。

 この「尖閣諸島」の件は北方領土・竹島と並んで日本が抱える領土問題のうちの一つだ。尖閣諸島は八重山群島の北方170キロのところにある魚釣島など5つの無人島と岩礁群から成る。地図でその位置を確認すると、確かに日・台・中のちょうど真ん中あたりにあって、いわゆる「琉球弧」からは外れた位置にあり、どこの「シマ」か微妙に感じてしまうのは確かだ。その総面積はたったの6.3平方キロ。当然ながら人が住むには適切な島とは言いがたく、昔から航海の目標地や水の補給、漁業の基地(「魚釣島」「釣魚台」っていうぐらいで) として人が訪れる程度の島だ。なお「魚釣島」という名前だが、中国名の「釣魚嶼」というのが先にあってそれから日本風(琉球風?)にひっくり返したものであるらしく、時々「魚釣島」という表記自体を中国名と勘違いしている人もいる。某ゴリゴリ右派のコラムニストが以前、毎日新聞の記事で「魚釣島」となっていることに「中国に媚を売ってる!」などと勘違いしてかみついていたことを僕は記憶している(笑)。
 こういう島というのは前近代においては「どこの国のもの」なんて決まってないのが普通。だいたい前近代の東アジアにおいては中国・日本・琉球・台湾といったって今日のようなキッチリと境界線を決めた「国家」の感覚は存在しなかった。僕は専門が倭寇だから、こうした海上世界では人間自体が移動し混交して境界をあいまいにしていた実態も知っている。だからこういう時代にあってはこの手の島をめぐる「領土問題」なんてのは起こりようもないわけだ。

 日本がこの島々の領有をハッキリと決めたのも当然ながら近代以後のこと。そもそも琉球処分(1879)以前は現在の沖縄県の諸島じたい「日本」ではなかったわけで。「日本」としてこの島の領有が問題になってくるのは沖縄県成立直後の1885年で、この島でアホウドリの羽毛の採取をしようと考えた福岡県出身の古賀辰一郎 (あれ、最近学歴詐称で話題になった同県選出の議員さんと似てる…)という事業家が沖縄県に土地の貸与を申請した事に始まるようだ。当時の沖縄県はこの群島が微妙な位置にあることから中央政府にこの件について上申書を送って判断を仰いでいるが、当時の日本政府は清との摩擦を懸念してか「国標建設は他日の機会に」と明確な表明を先送りした。結局日清戦争勝利後、台湾領有と共に1895年に閣議決定で尖閣諸島を沖縄県に編入することになる(このへん、少し日本政府にためらいが感じられるあたりが中国・台湾側の主張の根拠にもなっている)。その間にもその古賀さんはこの島々で事業を進めちゃっており、政府がどうこうしようが実効支配をしちゃっていたということになるようだ。その後もここにカツオ節工場が作られ操業していた時期もあったが、やがて無人の島になってしまっている。

 さてそれから実に80年近くもの歳月が流れて…「尖閣諸島問題」がいきなり表面化する事になる。1971年6月にまず台湾(中華民国)が、続いて12月には中国(中華人民共和国)が、「釣魚台列嶼」つまり尖閣諸島の領有権を主張し始めたのだ。これが突然持ち上がった背景には直前の1968年の国際学術調査で「尖閣諸島付近の東シナ海の大陸棚には、多量の石油資源が埋蔵されている可能性」が公表されたことがある、というのが大方の見方だ。それに加えてこの1971年に沖縄のアメリカから日本への返還が決定したこと(翌72年に日本に復帰)、そして当時の中国と台湾の「中国代表政府」の地位をめぐる激しい駆け引き(この年にキッシンジャー訪中、翌年にニクソン訪中でアメリカの中国政策が大転換しちゃう)などで東シナ海をめぐるパワーバランスに変化が生じようとしていたことも背景にあると推測される。特に台湾が先に主張して半年後に中国共産党政府が後追いしているってあたり、両者の競争意識が強くはたらいていたんじゃないかと思う。
 その後、この諸島については主張の衝突自体は続いているものの、実質的には日本が実効支配し、台湾・中国ともとりあえずこの問題を棚上げ(「大陸棚」だけに(笑))、という状態が続いている。確か故・トウ小平なんかも原則論は全く譲らなかったものの「それは未来の両国民で解決しよう」とか言っていた覚えがある。

 この尖閣諸島への接近、上陸を図ろうとする動きは1990年代から活発化してきた。日本でも右翼団体がこの諸島に上陸して灯台を建てるという動きがあり(先ごろ「ニセ宮様」をうっかり名誉総裁にしちゃってた団体ですな) 、これに反発して中国・台湾側から魚釣島へ上陸しようとするというパターンだ。1996年には実際に香港・台湾のグループが上陸を果たし、海に飛び込んだリーダー格の活動家が水死するという騒ぎにもなった。このとき香港の新聞なんかでは「日本の軍艦出動」とか船舶の図入りで大々的に騒いだりしたとか聞くのだが、もちろんこのときは軍どころか自衛隊も出動しておらず、尖閣諸島の領海警備に出たのは国土交通省管轄の海上保安庁の船である。当時はそんな向こうの騒ぎ方を見て「アホか」と思ったものだが、今回の騒動でも逮捕者の妻が「夫が“日本軍”に連行された!」とか訴えていたというから、日本の実情もよく知らない人たちが騒いでるんだよな、こういうのって。
 こういう「活動家」たちというのが香港から出てきていたというのがこうした活動の一側面を物語っている。中国からやってきた今回の「活動家」たちにもその気配を感じるのだが、「愛国運動」を看板にした「民主化活動」という面があるのだ。昨年の西安での「寸劇騒動」でも垣間見られたが、「愛国=反日」というテーマは中国国内において政府にとがめられることなく「騒げる材料」となっているところがあって、政府への不満のはけ口に使われがち。実際こうした活動にはインターネットを通じて広がった連携と支援があり、新興企業家なんかが資金提供していたりするという(「朝日新聞」3/25の記事より)。実のところ中国政府としては今度の件も含めて頭が痛いところじゃないかと思う。もちろん今さら領有権主張をひっこめるわけにはいかないし。
 日本側が今回「逮捕」に踏み切った、との情報を出先で知った僕は「ほー、思い切ってやっちゃったな」と思ったものだが(後で知ったことだが、活動家達を送ってきた漁船は領海外へ去ってしまっており、逮捕するしか手がなかったというところもあるみたい。「放置」しておいたらどうなったんだろうか(笑))、「不法入国」や「器物損壊」(右翼が建てた神社を壊したりしていたらしい) で送検になるはずが急転直下で「強制退去」の措置に変更された。厄介払いというか「事なかれ主義だ」との批判も予想通り飛び出していたが、僕は恐らく日中間で取引があったものと推測している。その直後に、中国政府が尖閣諸島接近を図るグループの第二陣に「台湾海峡が安全ではない(台湾総統選の混乱)」ことを理由に圧力をかけ延期にさせていたからだ。一方日本でも直後に右翼政治団体の連中が尖閣上陸を計画したが、これも日本政府の圧力によって出港を認められなかった(尖閣諸島はさる一個人が所有していて国が借り上げる形となっており、許可無しに上陸するのは「不法侵入」にあたるとか、そういうことになってるらしい)。「事なかれ主義」は実のところ両国政府ともにあるようで。もちろんその一方で騒いで煽っているのも双方でいるわけだけど。


 こんな騒ぎがあった前後にも、ベトナムが中国・台湾・マレーシア・フィリピン・ブルネイなどと領有権問題を抱えているスプラトリー諸島(南沙諸島)の観光ツアーを企画していると報じられ、各国と少々モメそうな気配がある。またもうちょっと前には韓国が「独島(竹島)」の絵の入った切手を独立運動の記念日である「三月一日」に発行、変に盛り上がっていたのが記憶に新しい。日本の郵政公社としては「対抗」する気なんぞなかったが、申込者がお気に入りの写真をシールにして添付するという「写真つき切手」で竹島の写真をデザインしたものが発行されていたことが判明、なぜか慌てていた(笑)。そして3月28日には北朝鮮までが「参戦表明」し(笑)、近々「独島切手」を発行するんだそうな。やれやれ。



◆ガンジー家の一族

 もちろんこのタイトルは横溝正史の小説で映画化を機に有名になった「犬神家の一族」 をパロったもの。指摘されていることだが、「家」と「一族」は意味がダブってしまっており「犬神家の人々」とか「犬神の一族」とつけるほうが日本語としては正しいようなのだが、やはり「犬神家の一族」とした方がタイトルとしてはしっくりくるから不思議。これ、横溝正史の金田一耕介シリーズの中ではさして目立つ作品ではないのだけど、石坂浩二主演の角川映画第一弾で映画化されて大ヒット、すっかり有名になってしまったという経緯がある。今度はなんと20人目となる金田一役者に稲垣吾郎を迎えてTVドラマが制作されるそうで。

 えーと、何の話をしてるんだ(笑)。
 ガンジー(ガンディー)といえばもちろんインド独立運動、非暴力不服従という戦術を生み出した近現代史上の巨人、「マハトマ(偉大なる魂)」と呼ばれた人である。しかしここでいう「ガンジー家」とは彼とは直接的な関係はなく、そのガンジーのもとで独立運動を指導し、インドの初代首相となったネルーの子孫のことを指す。ネルーの娘がインディラ=ガンジーで最大政党「国民会議派」の総裁、そして首相も務めているのだが、彼女の場合「たまたま」夫がガンジー姓の持ち主であったために「ガンジー」になったのだとか。インディラは1984年にシク教徒過激派によって暗殺されてしまったが、その後はその息子のラジブ=ガンジーが首相職を引き継いだ。しかし彼も1991年に自爆テロで暗殺されてしまい、親子二代続けての悲劇となってしまう(このあたり、「インドのケネディ家」などと呼ばれることも)。ラジブ死後はなんとその未亡人ソニア=ガンジーさんが国民会議派の総裁となったわけだが、彼女がイタリア出身ということもあり、なんだかんだと攻撃を受けてきた経緯(一度「もう辞める!」と騒いだこともあったっけ)については「史点」でも何度か取り上げてきている。

 この「ネルー=ガンジー王朝」にいよいよ次の世代が登場する。前にもラジブ・ソニア夫妻の娘にブリヤンカさん(32)という人がいて、これが祖母のインディラによく似てるってんで引っ張り出されそうだとの話を書いたことがあるが、意表を突いて(?)そのお兄さんであるラフル 氏(33)が4月下旬から始まる総選挙への立候補を表明した。こちらは当たり前と言うべきか「ラジブ元首相似」なんだそうな。ブリヤンカさんも意欲を見せているそうで、いやはや、「ネルー=ガンジー王朝」はまだまだ存続の気配である。日本でも二世・三世の世襲議員は大量に存在するが、インドや東南アジアの政界では党首や首相・大統領クラスを「世襲」しちゃう傾向があり、恐らくこの二人のうちいずれかがそのうち国民会議派の総裁になっちゃうんだろうな。
 現在国民会議派は最大政党ではあるものの野党暮らし。前回の選挙でもイマイチの成績でパジパイ首相の現政権に取って代わる事ができず、やや退潮傾向。だからこの「ネルー=ガンジー王朝」の若い世代への期待が集まってるわけだが、「もうネルー=ガンジー王朝でもないだろうに」との批判が出ているのも事実。

 そういやお隣の韓国でも4月に総選挙が控えているが、こちらには朴正熙(パク=チョンヒ)元大統領の長女朴槿恵(パク=クンヘ)さんがハンナラ党の党首に選出され、選挙の「目玉」とされている。世界的選挙イヤーの今年はあっちゃこっちゃでこうした世襲現象が見られるのかも。そもそも今年大統領選挙を戦う世界最大の超大国の大統領が親子二代世襲だもんな。



◆イエス・キリストはスーパースター

 イエスといえばもちろんキリスト教の教祖様。2000年ぐらい前にパレスチナに生まれ、30歳ぐらいから教えを説き始め、1年ちょっとぐらいの活動ののち十字架にかけられて処刑された。その後「復活」したということになってペテロら弟子たちや直接の弟子ではないが入信したパウロらがローマ帝国内を伝道し、300年ぐらいかかってローマ帝国を「征服」した。だからもともとの教義はイエスの口から出たのだろうけど、キリスト教を世界宗教に押し上げたのはペテロやパウロたちのほうだったと見ることもできる。
 なお、初代「ローマ教皇=ローマの司祭」はペテロということになっており、歴代教皇(法王)中最長の在位期間(37年間?)ということになっている(これには歴史学者の間では異論もあって25年間とも言われる)。現在の法王ヨハネ=パウロ2世は先日の3月14日に在位期間歴代3位(25年と4ヶ月と17日)に達している。歴代二位は19世紀のピオ9世の31年7ヶ月17日だそうだが、あと6年、頑張れるのだろうか。

 欧米諸国の大半がキリスト教圏ということもあり、イエスを描いた映画は結構多く製作されている。ただ娯楽性の強い旧約聖書ネタ映画に比べて、どうしてもキリスト関係は説教くさくなり、またイエスの扱いには慎重にならざるを得ない。それでも無声映画時代にも作られた「キング・オブ・キングス」(1927、1961)から「ゴルゴタの丘」(1935)、映画「ベン・ハー」(1907、1926、1959となんと三度も映画化されており、もともとは「キリストの物語」とサブタイトルがついてる) やら「奇跡の丘」(1964)やら「偉大な生涯の物語」(1965)やらミュージカルの「ジーザス・クライスト・スーパースター」(1973)、そしてキリストが十字架上で肉欲の妄想にふける描写が騒ぎを呼んだ「最後の誘惑」(1988)などなど、映画の歴史と共にイエスはあの手この手で十字架にかけられ続けている(笑)。その数ではお釈迦さんことゴータマ=シッダルタムハンマドを圧倒しており、まさに映画界の隠れた(?)スーパースターなのだ。
 そして2004年、新たなキリスト受難映画が登場した。俳優監督メル=ギブソンが監督した「パッション」 (原題"The Passion of   Christ")だ。製作段階からいろいろと話題を呼んでいた映画で、敬虔なカトリック保守派の信者であるギブソンが徹底した時代考証でキリスト受難の再現を行うという触れ込みで、セリフも全て当時その地方で使用されていたアラム語とラテン語に限定して英語字幕をつけるという異例の試みも注目されていた。
 しかしそれよりも物議を醸していたのは、メル=ギブソン自身がカトリックの保守派中の保守派、「伝統主義」と呼ばれる一派に属する人物とみなされていることだった。この「伝統主義」派は「キリストの処刑はユダヤ人の責任」 とする従来の概念を否定した「第二バチカン公会議」(1962-65)の典礼革命を認めない、つまり依然として「ユダヤ人がキリストを殺した」と考える人々の集まりだ。メル=ギブソン自身はともかくとして少なくとも彼の父親はその一派の熱烈な信者であり、映画公開に先立つインタビューでも「ホロコーストはデッチ上げ」やら「ユダヤによる世界征服の陰謀」やら、おなじみの「反ユダヤ」的発言をポンポンと飛ばしてくれていた。

 メル=ギブソン自身はこの父親とは信仰面では一致してるわけでもなく、またユダヤ系の多いハリウッドで活動していることもあるし、映画製作にあたってはそれなりに気をつけてはいたようだ。ただし聖書に忠実に描くとなると、特に「パリサイ派」との関係などでキリストの処刑が決まる過程で「ユダヤ人」がなんらかの形で関わってくることは避けようがない。先日参考までに1961年の「キング・オブ・キングス」を見たのだが、これでは見事にその辺がボカされていて、やはりユダヤ人に対する配慮が感じられた。そのメルちゃんの親父さんの発言にも表れているが、歴史的にもユダヤ人迫害にあたってはこの件がその根拠に挙げられた事は少なくなく、かなりデリケートな問題なのだ。しかし聖書を読む限り、イエスは十字架にかけられて処刑される「宗教的必然性」があるとしか思えないわけで(でないとキリスト教の根幹が揺らいでしまうはずだが)、そのことでユダヤ人いじめをするのは変なんだけど。もちろんこの手の迫害は宗教的理由なんてのは後からついてくるものですがね。
 メル=ギブソンはこの映画を事前にバチカンに送り、法王もこの映画を鑑賞したという。一時「法王のお墨付きが出た」との報道があったが、これは直後に否定され、映画内容に対しては否定も肯定もせず法王の感想自体も公表されていない。その後キリストを演じたジム=カヴィーゼル(やはり敬虔なカトリック信徒だそうだ)が法王に謁見するなどバチカン詣でに余念がない。

 で、この映画、公開されるや、もう大変な反響になってしまった。映画評は賛否様々で、ユダヤ人団体の猛烈抗議(ナチスの強制収容所の囚人の格好をしたデモまであったそうで)もある一方で、そんな過剰に反応するほどの内容でもないとして擁護する声も多い。ネット上で聞こえてくる限りではわりと肯定的な意見が多い気がする。
 ユダヤ人問題とは別に「受難」を徹底的に再現しちゃったため、ホラー映画並みの残酷描写が出てくるらしく、その生々しさに批判の声も上がっている。「キリスト様の映画だから」と行き慣れない映画館で見た敬虔な信者達がこれにはショックを受けちゃうらしく、すでに映画館内で心臓発作やマヒで死者が二人出ている(アメリカ・カンザス州の56歳女性とブラジルの43歳牧師。特に牧師さんの方は信者に見せるため映画館2館を借り切って上映していたとか)。「リング」もビックリの恐怖映像である(笑)。
 かと思えばアメリカ・テキサス州では「パッション」を見て感激かつ反省した21歳の男性が今年初めに19歳の恋人を殺害したことを自供した。この恋人は「首吊り自殺」と判断されていたが(抗うつ剤を常飲していたが、妊娠のため飲むのを中止していたことが判明したため)、実は子供の出産を望んでいなかった男性が自殺にみせかけて殺害したものだと分かったのだ。かなりひどい奴だと思うばかりであるが、こういうのを「改心」させてしまったとは、この映画の威力、恐るべし…なのかな?

 日本でも5月公開だそうで予告編も先日劇場で見かけたが、キリスト教徒でもない日本人はどれほど反応するんだか…


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