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「アル
セーヌ=ルパンのある冒険」(一幕もの戯曲)
UNE AVENTURE D'ARSÈNE
LUPIN
初出:1911年9月15日初演
◎内容◎
彫刻家ダンブルバルが住むアパートに、アルセーヌ=ルパンが天井裏から忍び込んだ。狙う獲物はダンブルバルが貸した金の抵当として公爵夫人から奪い、娘
にプレゼントしたエメラルドの首飾り。首尾よく首飾りを盗み出したルパンだったが、刑事達が駆けつけてきため、逃げ場を失い大ピンチに。
さてルパンはいかに脱出するのか!?
◎登場人物◎(アイウエオ順)
☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。
☆カロリンヌ
ルパン一味の女性。電話の相手としてのみ登場。
☆ゴントラン
マレスコの部下の刑事。
☆ジョルジュ
マレスコの部下の警官。
☆ダンブルバル
彫刻家。金貸しもやっていて、借金の質として公爵夫人から首飾りをせしめた。
☆デュピュイ
マレスコの部下の警官。
☆バルニエ
マレスコの部下の警官。
☆マルスリン
ダンブルバルの娘。
☆マレスコ
パリ警視庁の副主任刑事。
☆ヤコブ
本名不明のルパンの部下。ルパンがふざけて「ヤコブ」と呼び続ける。
◎盗品一覧◎
◇エメラルドの首飾り
もともとはブレーブ公爵夫人の所有物だが、1万フランの借金の質としてダンブルバルの手に渡り、質流れでダンブルバルが娘への贈り
物にした。かなりの由緒がある逸品らしく、実際には10万フラン以上の価値があるという。
<ネタばれ雑談>
☆長い間「幻」となっていたルパンものショート・コント
この
「アルセーヌ=ルパンのある冒険(UNE AVENTURE D'ARSÈNE LUPIN)」は、戯曲
『アルセーヌ・ルパン』(「ルパンの冒険」)と同じくルパンの
生みの親
モーリス=ルブランと劇作家
フランシス=ド=クロワッセの合作による戯曲で
(一応クロワッセとの合作という形になっているが、ほぼルブラン一人で書き上
げたというのが真相らしい)、1911年9月
15日から10月15日にかけシガル座で上演された。主役のルパンを演じたのも同じ
アンドレ=ブリュレ。ただし四幕の長編であった前作とは異なり、これは一幕であっという間に終わ
るショート・コントで、この年の8月に起こったルーブル美術館からの「モナリザ」盗難事件(『奇岩城』の雑談を参照)をモデルにした芝居との「同時上
演」であったという。当時の批評によればなかなかの評判だったようだ。
しかしこの戯曲はその後まったく印刷物として公刊されることがなく、長い間「幻の作品」となってしまう。そのため同じくめったに読めない戯曲『アルセーヌ・ルパンの帰還』と混同されることも多かったとい
う。ようやく1990年代に入ってルブラン研究者のジャック=ドゥル
アール教授がルブラン専用の紙に書かれたタイプライター原稿を発見、1998年刊行のルブラン全集にやっと収録されることになった。日本へ
の翻訳・紹介は2006年末に論創社から刊行された『戯曲アルセー
ヌ・ルパン』(小高美保訳)に収録されたものが最初になる。「ルパン誕生百年にして未読の作品が読めるとは!」と僕も感激したものだ。(以上、この戯曲についての情報はすべて『戯曲アルセーヌ・ルパン』所収の住
田忠久氏の解説に拠っています)
なお、『戯曲アルセーヌ・ルパン』に収録された本作の訳題は『アル
セーヌ・ルパンの冒険』となっているが、当サイトでは『ルパンの冒険』との混同を避けるためと、「UNE」(英語でいう「a」「one」)がついてること、内容的にも「ささ
やかな冒険」であることをふまえて「ある冒
険」という表記にさせていただいた。
☆珍しい「泥棒稼業」の描写
「怪盗紳士」と言われながら、ルパンシリーズ全体を見渡すと、実は意外なほどに彼が「泥棒」をやってる様子を直接的に描いた話は少ない。盗みをきっかけ
として事件に巻き込まれたり、ただの興味から冒険に首を突っ込んだり、あるいは単に探偵役を演じてる、というケースが多いのだ。実のところ作者としても毎
回何か
を盗ませるというだけでは話作りに限界もあっただろう。
そんなわけで、この「アルセーヌ・ルパンのある冒険」を初読したときは新鮮な驚きがあった。ルパンが首飾りを頂戴するべく天井裏から縄ばしごで降りてく
る、という形で登場するのである。「ルパン三世」なんかだとよくある描写だが、こんな忍者まがいの侵入をする場面はルパン・シリーズを通してもここしかな
い
はず。
ルパンといえばシルクハットにモノクル(片眼鏡)、黒い夜会服にマント…というイメージが流布しており、日本のみならず本国フランスでもそんな「ルパ
ン・ファッション」で泥棒仕事を行うルパンの姿が映像や漫画で描かれている。しかし小説中にそんな描写は一切なく、いたって地味、かつ仕事がしやすい労働
者風の服装をしている様子が描かれている(この舞台では途中で礼服
に着替える
が、これは急場しのぎの「変装」である)。縄ばしごをおりてきたルパンは作業服を着た「ちんぴら」に変装しており、「長ったらしい上着に帽子をかぶり扇形の赤髭(ひげ)をつけている」と
記述されている。この自分の姿を鏡に見たルパンは「いかにもワルっ
て感じだな…ワルセーヌ・ルパンだ!」とダジャレを言
う。この部分、原文では「T’as l’air d’une
arsouille… Arsouille Lupin.」となっており、「arsouille(アルスイユ)」とは俗語で「ならず者、無
頼、放蕩者、ちんぴら」といった意味で、これを「アルセーヌ」に引っ掛けているわけである。この手のダジャレは翻訳が難しいのだが、小高美保氏の訳文はな
んとかうまく置き換えてみせたといっていい。.
なお、ルパンは最初にラ・サンテ刑務所に入れられた時にも「ここ
ではサンテ(健康療法)を実行させられる」と言うなど、ダジャレジョークは口癖だったようだ。
この盗みの現場で、ルパンの部下達の様子が描かれているのも注目点。本名不明だが「ヤコブ」と呼ばれ続
ける部下が一緒に忍び込む助手として登場しているし、ラストには計8人の警官に変装した部下たちが登場する。うち一人は最初ルパンを見てすぐ彼と分からな
い新入りだった。
そして「登場」こそはしないものの、ルパンが電話で応援を頼む「カロリンヌ」という
女性の部下がいることも注目点。恋の相手の多いルパンであるが、犯罪の積極的協力者となった女性となると『金髪の美女』のクロティルドや『白鳥の首のエディス』のソニアなどが思い浮か
ぶ程度で、このカロリンヌはその意味でも重要だ。「彼女の香水が大好き」というルパンの台詞もあるのでやはり恋人関係にある女性と思われる。しかしあくま
で電話の向こう側に登場するだけで舞台では声も聞こえない。彼女とルパンの会話の中で「ベルナール」と「グリフォン」と呼ばれる部下もいることが分かる。
なお、ルパン自身は途中で礼服に着替えて紳士に「変装」した際に「オラース=ドーブリ、探検家」と
いう名刺を示している。「オラース」といえば彼が何度か使った偽名「海
洋画家オラース=ヴェルモン」を思い出すが、「探検家」という肩書きはシャルムラース公爵やデンヌリ子爵の例がある。そういえば劇中、「ヤコブ」と呼ばれ
るルパンの部下が親分に対して「ルパン!」と呼びか
けている珍しい箇所がある。
このささやかな冒険でルパンが狙うのは「エメラルドの首飾り」。
10万フランの価値はあるというシロモノだが、たった1万フランの借金のかたとして、ダンブルバルが半ば詐欺的に手に入れている。ルパンはその情報をモデ
ルをしているロシア人の老人から聞き出して盗みに入るわけだが、一応「悪人からお宝をいただく」という義賊的動機付けもしているようだ。ダンブルバルから
首飾りを奪って立ち去る間際に「ほ
ら、悪銭身につかずっていう言葉があるだろう…ぼくは別だがね」(Tu vois,le bien mal acquis ne
profite jamais… qu’à moi.)と言い捨てる台詞なぞ、前半は「お前が言うな」とツッコミた
くなるが、キチンとオチがついてるところ、まさにルパンの泥棒精神の真骨頂という気もする(笑)。
☆抱腹絶倒のギャグ満載!
この戯曲を初めて読んだとき、テンポよく展開する舞台のイメージがありありと僕の頭に浮かんだものだが、そのイメージというのが、「まるでドリフのコン
ト」なのだ(世代により意味不明?(笑))。
舞台装置の「つい立て」に隠れたルパン(つまり観客には終始見えて
いる)が、刑事たちの「そのつい立ての後ろは?」という声にギクリとしたり、「きわめて危険な悪党です」という台詞に合わせてリアクション
して観客を笑いに誘う仕掛けはまさに舞台劇ならではだ。このつい立ての陰で即席の変装過程まで披露するのだから、観客サービスの旺盛な舞台といっていい。
爆笑必至なのは、紳士に変装したルパンがダンブルバルの娘マルスリンの前で苦し紛れの大芝居をするシーンだ。恋焦がれて夜這い(?)に来た若者を装っ
て、うまいことこの場を逃げ出そうとするわけだが、情報不足のために次々話が食い違う。このやりとりには観客も大喜びだったはず。こういう慌てるルパンを
見るのも珍しい。
それでも強引に話し続け、必殺の「愛しています…愛していま
す!」という甘いささやきでウットリさせつつ「鍵を
ください」としっかり目的を達するあたり、これまた女たらしのルパンの真骨頂であろう。しかしさすがに気がとがめたか、一応のフォロー
(笑)もしているけどね。
ちょっとした小道具もギャグの材料だ。冒頭でチラッと出てきたピストル型の香水スプレーが、最後にしっかりギャグになるのは傑作で、舞台でやったらかな
りウケルと思う。他にも舞台となるアトリエ内に置かれているキューピッド像もオチにつながっている。
小道具といえば、ギャグ用ではないが、ルパンが刑事の一人を眠らせるために小瓶に入れたクロロホルムをかがせる場面が目を引く。アクションもの、スパイも
のの映画・ドラマなどで今日でも定番のクロロホルムをかがせて眠らせる描写だが、20世紀初頭のこの時点ですでに描かれていたのだ。ルパンシリーズでは『水晶の栓』中でもクロロホルムで相手を眠らせる場面がある。
もっ
とも実際にはクロロ
ホルムをかがせただけでこうも劇的な効果はでないらしいのだが。
この戯曲、実際に舞台で演じたらせいぜい30分程度だろうか?一幕戯曲ならではの限定された場面で、笑いありサスペンスありドンデン返しありでテンポよ
く展開し、スカッとしめくくるこの戯曲、むしろ現在「ルパン三世」で「ルパン」を知ってる世代が大喜び、という気もする。こちらこそが「元祖ルパン」なの
だ!とこの戯曲を実際に舞台でやってみよう、という劇団が出てこないかな?
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