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ボワロ=ナルスジャック・作
「アルセーヌ・ルパン第二の顔」(長
編)
LE SECOND VISAGE D'ARSÈNE LUPIN
初出:1975年
邦訳:新潮文庫「アルセーヌ・ルパン第二の顔」(榊原晃三訳)・ポプラ社怪盗ルパン全集「ルパン第二の顔」(南洋一郎文)
◎内容◎
『奇岩城』の結末の直後。ルパンがフランス国家に寄贈した「奇岩城」内の美術品コレクションが、犯罪組織により奪い去られた。「爪」と名乗るその組織は
凶悪な性格で、仲間を売った骨董屋や裁判で追及する検事の妻までも殺害してしまう。失意の底にいたルパンはこの強敵の前に奮起、自ら「爪」の構成員となる
べく組織の中にもぐりこんでゆく。正体不明の「爪」のボスから謎の美女を消すよう命じられたルパンは、巧みに立ち回ったつもりが恐るべき罠に陥ってしまう。
◎登場人物◎(アイウエオ順)
☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。
☆イジドール=ボートルレ
高校生の名探偵。「奇岩城」の結末のあとは姿をくらます。
☆ヴァンサン=サラザ
峻厳で知られる大物検事。「爪」のメンバーを法廷で追及するうち、妻を惨殺される。
☆クリスティアーヌ=サラザ
検事ヴァンサン=サラザの妻。「爪」に誘拐され殺害される。
☆ガニマール警部
パリ警視庁につとめるベテラン刑事でルパンの宿敵。本作でも顔見せ程度。
☆ジュール=ウペレ
検事ヴァンサン=サラザの屋敷の召使。ジルベルトの夫。
☆ジョゼフ=ベシュロー
ルパンが変装した偽弁護士。
☆ジルベルチ=ウペレ
検事サラザの屋敷の召使。ジュールの妻。
☆セバスチャン=グリュー
ズ
「爪」メンバーの若者。ラウルことルパンを組織に入れようと手引きする。
☆セバスチャンの祖母
パリ郊外に住むセバスチャンの「おばあちゃん」。
☆「爪」のボス
犯罪組織「爪」の正体不明のボス。冷酷な性格で、常に仮想して素顔を見せない。
☆デュビュイ
骨董屋。
☆ヴァラングレイ
総理大臣。名前が言及されるのみの登場。
☆フィルマン
ルパンの部下。
☆フォルムリ
ルパン譚にたびたび登場する予審判事。本作でもチラッと登場。
☆ポール=クロワッセ
検事サラザの運転手。
☆ポルジョン
「爪」メンバーの一人。盗品を売ろうとして逮捕され裁判にかけられる。
☆マドレーヌ=フェレル
「爪」元メンバーの妻である謎の美女。「爪」メンバーのリストを所持している。
☆マルコ
「爪」メンバーの一人。
☆ラウル=ド=リメジイ
アルセーヌ・ルパン本作における偽名。
☆ユージェニー=ミュリエ
検事サラザの屋敷の料理係。
☆リュシアン=デュボワ
検事ヴァンサン=サラザのの秘書。
☆ルネ=マクーラン
「爪」メンバーの一人。懸賞金めあてに密告に及ぶ。
☆レイモン=ルーヴェール
検事ヴァンサン=サラザの秘書。
☆レイモンド=ド=サン=
ヴェラン
『奇岩城』のヒロイン。本作でもたびたび言及される。
☆ロベール=エルランド
元「爪」のメンバー。メンバーのリストを作成する。
☆わたし
ルパンの友人の伝記作者。
◎盗品一覧◎
なし。
<ネタばれ雑談>
☆「新ルパンシリーズ」第3弾はあの名作の続き!
ボワロ=ナルスジャック作の「新ルパンシリーズ」
もとうとう三作目。前作
『バルカンの火薬庫』ですで
に作者がボワロ=ナルスジャックであること
は公表されていたが、表紙に作者として彼らの名前を明記したのはこの三作目からとなる。この作品から続く三作はすべて「アルセーヌ・ルパン」の名がタイト
ルに入るようになってもいる。作者名をは明記したためなのか、一応
モーリス=ルブランのスタイルを模倣したような書きぶりではあ
るのだが、物語としてはよりボ
ワロ=ナルスジャックのスタイル、華々しい冒険よりは大人向けのミステリ色の強いものになってゆく。正直なところこれ以後の作品はルパンを主役にしていな
がら「地味」な印象をどうしても受けてしまう
が。
本作
『アルセーヌ・ルパン第二の顔』の大きな特徴
は、あの名作
『奇岩城』の直接の「続き」になってい
るところ。内容的にはまるっきり別の話なので「続
編」では決してないが、『奇岩城』の結末の直後から話が始まり、『奇岩城』でルパンがエギーユ・クルーズに保管し、フランスに寄贈した美術品コレクション
が奪われてしまう…ということでルパンの新たな冒険が始まる、という趣向になっている。
作者としては読者が『奇岩城』をすでに読んでいる前提なんだろうけど、一応ラストのネタバレは避けている。それでもルパンのレイモンドへの思慕は作中何
度も繰り返される。さすがにルパンには大ショックだったわけだが、新たな冒険に乗り出しての立ち直りの早さも描かれていて、ルブラン原作のシリーズとの整
合性はとれている。なお、当サイト内の『奇岩城』ネタばれ雑談でも書いてることだが、少年探偵
ボートルレが本作冒頭部分で「姿を消した」ことになってい
て、やっぱりあの場面を目の当たりにしてショックのあまり、探偵ごっこはやめにしたという解釈をボワロ=ナルスジャックもしたのかもしれない。
『奇岩城』の直後の話ということもあってか、
ガニマールや
フォルムリといった人物も続けて登場しており、特にガニマール
はやや出番が増えて、ラストでは『奇岩城』のクライマックスをなぞるような行動をとっている。名前が出て来るだけだが、ルパンが乳母の
ビクトワールのことを連想する場面もある
(南版では同居してる設定)。
『奇岩城』以外でも
『水晶の栓』とのリンクもある。本作に登場する若者で、最終的にルパンの部下となるセバスチャンに、ルパンはかつてかわいがっていた
部下ジルベールの面影を見ている。またルパンが過去に対決した強敵たちを思い起こす場面ではガニマールや
ホームズ(ショームズ)と共に
ドーブレック代議士の名も挙がっている。
さらによく読むと、登場人物の一人が
「ヴァラングレイ(バラング
レー)首相」の名を口にしている場面があり、ルブラン作品では
『813』で初登場する彼が、この『奇岩城』の時点ですでに首相(総理)に就
任していることになる。
小説としてはボワロ=ナルスジャック色が強くなる、と書いたが、その埋め合わせなのか本作はルブランのルパン・シリーズとのリンクが以上のように散りば
められている。『ウネルヴィル城館の秘密』『バルカンの火薬庫』にはみられなかった趣向で、これはもしかすると濃いめの原典ルパンファンから、「新ルパン
尻―ズは原典の時系列のどこに入るんだ?」という質問、注文の一つや二つ入ったのかもしえない。『ウネルヴィル』が第一次大戦勃発直前、『火薬庫』はそれ
よりやや前、そしてこの『第二の顔』は『奇岩城』の直後だから、だんだんに年代をさかのぼっていることになる。
☆「第二の顔」どうしの対決
タイトルの通り、
本作でルパンは「第二の顔」になって大胆にも犯罪組織に潜入してゆく。ここでいう「第二の顔」はラウル=ド=リメジイということになるのだが、ルパンシ
リーズの読者には「名前で正体がバレバレ」と思ってしまう。「ラウルなんとか」という名前はルパンの偽名の定番であり、貴族を示す「ド」が入っているのも
いつものこと。ルパンについてよく知ってるように思う「爪」のボスがなんですぐ気づかないのか不思議に思ってしまうほど(笑)。まぁフランスにはよく
いる名前なのかもしれないが。
ルパン自身が多くの部下を従えた犯罪集団のリーダーなのだが、そのルパンが別の犯罪集団と対決する、というのが本作の目新しい趣向だが、ルブラン作品で
も末期の『ルパンの大財産』が似た趣向となっていた。あちらはルパンの莫大な財産を狙うマフィアとの対決だったが、振り返って見ればルパンの財産が狙われ
る点、ルパンが自らその組織幹部の集会に乗り込んでゆく点など、『大財産』と本作の共通点は多い。
これはあくまで筆者の想像にすぎないが、この『第二の顔』が書かれた時期には『大財産』はルブラン遺族の意向で復刊されず、ほぼ読めない状態になってい
た。もしかするとボワロ=ナルスジャックはそうした状況で『大財産』のアイデアを一部流用したのかもしれない。あちらの雑談でも触れているが『大財産』は
執筆経緯や出来ではかなり問題のある作品で、同じアイデアなら自分たちの方がうまくやれるから、と遺族の了解もとったうえで(そもそも「新ルパン」シリーズ自体遺族の了解の上でやっている)手
際よく流用しちゃったのかも…と思うところもある。
そう邪推してしまう理由にはさらに一つ、作中でこの犯罪組織が「黒手組」なのではないかと人々に噂されるくだりがあることも挙げられる。ここで言う「黒
手組」とは、アメリカに移民したイタリア南部シチリア島出身者たちが作った犯罪組織のことで、ターゲットに送りつける脅迫状に「黒い手」を書いたことから
この呼び名がある。要するに一般には「マフィア」の名で知られるものと同じだ。『第二の顔』に登場する組織「爪」はマフィアそのものではないしメンバーは
あくまでフランス人中心のようなのだが、雰囲気がマフィアのそれに似ているのも確かだ。
まぁ仮にこの「流用」憶測が事実だとしても、『第二の顔』は『大財産』よりは面白く読める小説になっているのは確か。ただそれは『大財産』があまりに…
だからそう感じるだけで、正直なところ『第二の顔』も傑作とはおよそ言えないと思う。
自身が犯罪者であるルパンが、凶悪な犯罪組織と対決する、その組織のボスは正体不明で、実はこちらも「第二の顔」があり、似た者同士の対決という構図に
なっているんだけど、それがどうも盛り上がらない。謎の美女の意外な行動は確かに読者の意表を突くが、一緒にルパンも最後まで翻弄されていて、超人ぶりは
まるで発揮されない(何度かあるピンチも都合よく他人に助けられて
ばかりだし)。最後のどんでん返しは「新ルパン」前二作でも仕掛けられたが、本作のそれはタイトルで暗示してることもあってなんとなく予想
がついてしまうもので、ミステリとしてのつくりも出来がいいとは思えない。
また、これはこのシリーズの最初から見られるものだが、本作でもところどころにルブランのルパンシリーズにあったものとソックリなシーンや描写が出て来
る。もともとパスティシュ(模作)だし…との声もあるだろうが、作者も公表してるんだし、全体の話自体はルブラン調にはなってないので、こうしたシーンが
凄く浮いてしまっているように筆者には思えた。
☆その他あれこれ
本作はフランスで出版されてから間もなく、日本で榊原晃三に
よる全訳が新潮文庫から出された。ボワロ=ナルスジャックによる「新ルパンシリーズ」はここまで三作続けて新潮文庫から出されたが、なぜか本作で打ち止め
となった。続く二作についてはそちらの項目で書くことにしたいが、翻訳権契約が三作までだったのか、売り上げがよくなくてやめたのか。この新潮文庫版「新
ルパン」三作はとうの昔に絶版で、古本屋などで探すほかないが、あとの作品になるほど部数が少ないようで、僕もこの「第二の顔」の入手にはやや手間取った
覚えがある。
ポプラ社の南洋
一郎版「怪盗ルパン全集」でも本作は素早くリライトが刊行され、『ルパン二つの顔』という、この全集にしては原題に近いタイトル
となった。この全集は原文をそのまま訳すのではなく、いったん訳したものをさらに児童向けに読みやすく改変していて、おおむね内容は原作と大きくは変わっ
ていない。ただし、ボワロ=ナルスジャック原作のシリーズになってから物語の終盤で大きな改変がほどこされる例が多くなり、これまた本作でもそれが見られ
る。南洋一郎も「これは面白くない」と思ったのかも。
全体の90%くらいまではほぼ原作に忠実な展開で、細かい表現も含めて原作の記述を生かした部分もある(「爪」が「ラ・グリッフ」と仏語になってる一方、一部人名がなぜか英語読み
になったりしているが)。ヒロインがルパンにキスするシーンも、南版には珍しくそのまま残されているのも注目点(笑)。前二作にみられたよ
うな「真犯人の変更」まではさすがにやってなくて、「二つの顔」のタイトルともちゃんとつながるようにしてある。
だが、最後の最後で、やっぱり大きな改変がある。この作品についても未読の方が多そうなので一応ネタばれを避けて書くことにするが、原作ではあっさりと
ルパンに別れを告げて去ってゆくある重要人物が、南版ではクライマックスの場面で青酸カリにより自殺してしまうのだ。なんでそこまで、と思うのだが、その
動機をオリジナル設定で説明しているのだが、南洋一郎としては本作のクライマックスがあまり劇的ではないと考えてこんな展開にしたのかもしれない。確かにそれなりに感動の場面にはなっている。
またラストに現場に踏み込んでくるガニマールとルパンが妙に仲良く会話を交わしていて、これは他の作品の南洋一郎改変にもみられるもの。南洋一郎として
はこの二人を宿敵ではなく友人関係に描きたい気持ちがあったのだろうか。この会話の中でクライマクスの舞台となった城館を障害者のための福祉施設にした
い、泥棒をして稼いだカネでそれを運営する、などとルパンが言い出したりするあたりも南洋一郎らしさ。『二つの顔』の冒頭でも奇岩城の財宝の一部が非行少
年の更生のために寄付されているという説明がわざわざついていたりもする。
ボワロ=ナルスジャック原作のものは現行のポプラ社版「シリーズ怪盗ルパン」ではすべて除外されているので当然この「二つの顔」も現在は入手困難になっ
ていて、読む機会はなかなか得られない。面白くないとかいろいろ書いてるが、一応の「正統な続編シリーズ」であるこれらの作品を、簡単に読めるようにして
ほしいものだ。
「新ルパン」シリーズでは、物語の時代の雰囲気を出すために当時の有名人や文化人の名前を出すことが多い。当時リアルタイムで書いていたルブランには必
要のないことだし、同時代人を作中に登場させるわけにもいかない。さらには当時は無名かそれに近いが後に有名になった人物のことなど書くことはまずありえ
ない。しかしボワロ=ナルスジャックにとってはこれは「歴史小説」に近いものなので、後世有名になった人物を登場させることができた。
ルパンと「爪」のボスの対話のなかで、ヴァン=ゴッホな
ど印象派やモディリアーニ、ユトリロら同時期の画家の作品がニューヨークでいい値段で取引
されている、と語ってるくだりがあるが、画家の名前が良く出て来るルブランのルパンシリーズ中で同時代の画家はもちろん印象派の画家たちの名前や作品が出
てきた覚えはなく、これらの画家に対する評価が当時はまだまだ…だったことがうかがえる。また時代が近いためにルパンが盗む対象にするほど「お宝」に
なっていなかった、とも言える。
このルパンと「爪」のボスの会話では、当時駆け出し時代の大物の名も飛び出す。ルパンの口から「期待の新人」としてピカソの名前が出てくるのだ。これを聞いた「爪」のボスも同感
だと答え、「彼にはひらめきがあります。創意があります。しかし、
わたしに言わせれば、彼はまだ模索中です」と言っている。
20世紀最大の画家といえるパブロ=ピカソだが、当時はまだまだ無名、もしくは知る人ぞ知るの存在。『奇岩城』は1908年の話と推定されるので『第二
の顔』も同年とすると、ピカソはすでに数年パリで活動していて前年に「アヴィニョンの女たち」という作品で後の彼の方向である「キュビズム」へと踏み出し
ている。まぁ「模索中」と言えば園通りの段階だろう。そんなピカソにこの時点で眼をつけるとは、ルパンも「爪」のボスもたいしたものと言わねばならない
(笑)。
『奇岩城』の雑談でも触れたが、1911年にルーブル美術館から「モナ・リザ(ジョコンダ)」が盗まれる事件が起き、ルパンみたいということでルブラン
もインタビューを受けたりしてるのだが、このときピカソが容疑者の一人として一時逮捕されている。もちろん濡れ衣だったが、この点でちょっとルパンとピカ
ソは恵那あるのだ。
話の序盤で、ルパンが伝記作者「わたし」のもとを訪ね、
「裁判が終わったら旅に出るつもりだからね。ピエール・ロチがおれに日本を訪
ねる気を起こさせたんだ」と語る場面がある。さりげなく口にしたセリフで、特にその後の話には関係ないのだが、日本人としては注目してしま
う。
ピエール=ロチ(ロティ、Pierre
Loti,1850-1923)はこの物語の作中年代で存命だったフランスの作家で、海軍士官でもあって世界各地を旅し、その体験を題材に
小説を数多く執筆した。日本には1885年に初めて訪れて鹿鳴館のダンスパーティーに参加し、その後1900年にも再来日した。特に最初の日本滞在体験か
らいくつか小説を書いており、特に『お菊さん』という小説が当時の欧米の日本趣味に大きな影響を与えたと言われ、日本趣味のあったゴッホも影響を強く受け
た一人だった。
この場面でルパンが言ってるロチの作品が何なのか明記はないが、ボワロ=ナルスジャックが当時の雰囲気を出すためにロチを採り上げた、というのは面白
い。ルパンが柔術を会得しているなど、ルパンシリーズにはときどき「日本」が顔を出すが、ルパン自身の口から「日本へ行く」と言い出すのはここだけだ。
ルパンが日本に来た、としている物語は日本の推理作家によっていくつか書かれている。そのどれかとリンクすると面白いのだが、『奇岩城』の直後となると
年代的にはまるで合わない。まぁこのときルパンは一時行く気になったが、いろいろと冒険してるので先送りにし、ずっとのちに日本訪問を果たした、と考えれ
ばいいのかもしれない。
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