怪盗ルパンの館のトップへ戻る

江戸川乱歩・作
「黄金仮面」(長編)
初出:1930年(昭和5)9月号〜1931年(昭和6)10月号 「キング」連載 

◎内容◎

 昭和初期の帝都東京に、「黄金仮面」と呼ばれる怪人物がたびたび出現し、巷の話題をさらっていた。不気味に笑う金色の仮面をつけたその男は、上野公園の博覧会会場で大真珠を盗みだし、続いて日光の鷲尾公爵邸で国宝級の如来像を盗み出す。いずれも神出鬼没の離れ業で、怪盗「黄金仮面」はさらに大鳥家の令嬢・不二子と組んで暗躍を続ける。これに挑む名探偵・明智小五郎は早くから「黄金仮面」の正体を悟っていた――



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆青山
大鳥家に住みこむ書生。

☆明智小五郎
青年私立探偵。お茶の水のアパートに居住。

☆アルセーヌ=ルパン
フランスの怪盗紳士。

☆浦瀬七郎
F国大使館日本人秘書官。

☆エベール(ウェベール)
元パリ警視庁刑事部長。すでに退職したが、ルパンを執念で追っている。

☆黄金仮面
不気味に笑う金色の仮面をつけた怪盗。

☆大鳥喜三郎
大富豪。

☆大鳥不二子
喜三郎の娘。黄金仮面に恋し、その共犯となる。

☆尾形老人
大鳥家の執事。

☆お豊
不二子の乳母。

☆川村雲山
東京美術学校名誉教授。

☆川村絹枝
雲山の娘。

☆小雪
鷲尾侯爵家の侍女。

☆シャプラン
フランスの青年飛行家。世界一周飛行に挑戦中。

☆千秋
鷲尾美子の婚約者。ロンドンに留学中。

☆浪越警部
東京警視庁捜査一課の刑事。明智小五郎とは何度も協力した仲。

☆三好老人
鷲尾侯爵家の執事。

☆ルージェール伯爵
F国駐日大使。

☆鷲尾正俊
侯爵家当主。日光に別荘がある。

☆鷲尾美子
鷲尾侯爵の令嬢。


◎盗品一覧◎

◇志摩の女王
志摩で採取された日本最大の天然真珠で、三百何十グレーンもの逸品。価格は二十万円とも。

◇藤原時代の木製阿弥陀如来像
鷲尾侯爵家が所蔵するもので、国宝級の逸品。

◇紫式部日記絵巻
詳細不明だが、富豪・大鳥家の家宝。

◇玉虫の厨子
法隆寺にある国宝。


<ネタばれ雑談>

☆後輩は先輩にケンカを売る
 
 江戸川乱歩。説明の必要もなく、日本探偵小説史上の巨人である。彼が創造した名探偵・明智小五郎は今なお名探偵日本代表といっていい存在だ。その明智小五郎ものの長編『黄金仮面』は、明智がアルセーヌ=ルパンその人と対決してしまうという、破天荒なアイデアの娯楽大作である。
 明智と対決する怪盗「黄金仮面」の正体は誰なのか、というのもこの小説の「推理」要素なのであるが、もう広く知れ渡ってしまっていることでもあるし、このコーナーで取り上げている以上、知らない人はいないはず。そもそもここは「ネタばれ雑談」のコーナーである。

 乱歩が百万部を誇る大衆娯楽誌「キング」に『黄金仮面』の連載を開始したのは1930年(昭和5)のこと。このときルブランは老いたりとはいえまだまだ現役であり、このころルパンものの新作『バール・イ・ヴァ荘』を発表している。日本では保篠龍緒訳により大正時代からルパンシリーズは大人気で、新作がフランスで出ると2〜3年程度の時間差で邦訳が出るようになっていた。
 現役作家が今も新作を発表中の主人公を勝手に自作に登場させたりして問題にならなかったんだろうか…とも思うのだが、知る限りではルブランから抗議が来たという話は聞かない。そもそもルブランは遠く東洋の日本における乱歩の名前もその作品動向も知っていたとは思えず、バレやしないだろうからあっさりやっちゃった、ってあたりなのではないかと思う。なお、ルパン翻訳を独占する状態にあった保篠龍緒は『黄金仮面』について「世界的大傑作」との賛辞を送っている。

 乱歩は『黄金仮面』について、大衆娯楽誌である「キング」向けには「老若男女だれにも読めるもの」を意識せざるを得ず、乱歩作品にしばしば顔を出す「変態心理」は持ちださないことにしたと記している。そして「ルパンふうの明かるいもの」を心がけているうちにルパン色が強くなったといい、それどころかルパンその人が出て明智と対決するという思いきった筋書きにしてしまった、という趣旨のことを書いている。「そういうわけで、この作は私の長編小説の中でも、最も不健全性の少ない、明かるい作といえるではないかと思う」というのが乱歩自身の『黄金仮面』評である。
 なお、「黄金仮面」というアイデアはフランス作家マルセル=シュウォブ『黄金仮面の王』をヒントにしたといい、乱歩自身これがその後の「黄金何々」「何々仮面」といったヒーローたちのルーツとなったと自負している。

 他人の作品の主人公を自作に引きずり込んで自身の主人公と対決させる、という無茶な試みは、このコーナーをお読みの方には説明する必要もなかろうが、すでにルブランその人が先にやっている。コナン=ドイルシャーロック=ホームズを自作に引っ張り込んでルパンと対決させているのだ。ルブランがそれを実行したとき、ドイルはホームズものをまだ現役で書いていた。ルブランはその後遠慮して(近年ではドイル自身の抗議という説には疑問の声もあるという)頭文字を入れ替えただけのエルロック=ショルメスにしたとはいえ、読み手はこれがホームズに他ならないことを察して読む仕掛けなのである。
 もっともホームズもまた登場したてのころには先輩名探偵であるエドガ=アラン=ポーデュパンガボリオルコック(いずれもフランス人探偵である)をこきおろしていた。ルパンがホームズに挑戦するのはその意趣返しであったとの見方もあるし、探偵小説という同じジャンルで勝負する以上、すでに「大家」となっている先輩に挑戦的にケンカを売るというのは後輩の意欲的姿勢とみることもできる。そうした前例を踏まえたうえで、乱歩は自作にルパンその人を引きずりこんだのだと思われる。もっとも『ルパン対ホームズ』の場合は英仏海峡を越えてすぐの眼と鼻の先の国同士であるのに対し、『黄金仮面』ははるか極東の国までの「出張」なので、当時の読者にはなおさら「破天荒」に感じられただろうが。
 
 先輩、後輩ということではホームズ、ルパン、明智の三者には興味深い世代差がある。ホームズは1854年生まれと推定され、ルパンは1874年生まれと確定、明智は生年は未確定ながらデビュー作『D坂の殺人事件』(1920年発表)で「二十五歳を越していない」とされ、他複数の作品での表現から1894〜1896年ごろの生まれなのではと推測されている。つまりこの三人、ちょうど20歳ずつの年齢差、親と子ほどの世代差があるのだ。このため後輩=息子たちはそれぞれ先輩=親父の引退間際に挑戦する形となり、現役バリバリの全盛期での対決が避けられている、という見方もできる(ふと思ったのだが、明智はボートルレと同年齢の可能性もある)
 なお「ルパン史」的にはルパンは50歳前後で引退したとみられ(『カリオストロの復讐』『ルパンの大財産』)、1930年段階では現役だったとは考えにくい。もちろん乱歩が本作を執筆した段階ではルブランは『カリオストロの復讐』を発表していないので仕方のないことなのだが…。まぁフランスで引退後、「世界一周泥棒の旅」に出ていたという解釈もできなくはないが(笑)。


☆『黄金仮面』における「ルパン」

 前述のように、『黄金仮面』は黄金仮面の正体そのものを読者に推理させる仕掛けになっており、その推理の材料は連載の各回でじわじわと提供される。トリックの多くがルパンもので出て来たものの流用であるのも、読者にその正体を推理させる材料にしているともいえる(もっとも単に他作家のアイデアを拝借し、それを組み合わせてるだけという感もなくはないが)

 鷲尾侯爵家の如来像を偽物とすりかえておき、それを明智が破壊してあばくくだりは『奇岩城』の流用。川村雲山が隠し場所から玉虫の厨子が盗まれているのを知って自殺してしまう展開は『ハートの7』を思わせる。わざわざ偽物に「AL」のサインを残していくのもルパンのやりくちだし、O町の大仏(大船観音?)の中がルパンの隠れ家になっているというのは明智が「うつろの針」と言っているように、『奇岩城』そのままの流用である。
 もっともトリックの流用はルパンものにとどまっていない。ホームズの『空家の冒険』や、ルパンと同じくフランスの怪盗ファントマ(ファントマス)のトリックの流用もある。ただし「パクリ」というよりは出典を明記したうえでの「引用」といった使われ方だ。

 ルパンシリーズの内容そのものとのリンクも多い。明智が黄金仮面に殺されかかった時に口にするセリフ「モロッコの蛮族」は『虎の牙』とのリンク(この件については『虎の牙』のネタばれ雑談に詳しく描いたのでそちらを参照されたい)。ルパンがかつて「刑事部長」だったというのは『813』の話。
 『813』『虎の牙』でルパンにしてやられたエベール(ウェベールのこと)まで登場、すでに退職の身ながらルパン逮捕に執念を燃やし、わざわざ日本まで出張ってくる。ルブラン作品ではほとんど道化役扱いだったウェベールだが、本作ではなかなか優秀で、ルパンが少々慌てたりもしている。彼の口から『金髪の美女』のラストでガニマールがルパンにまんまと逃げられるあの場面のことが言及されてもいる。
 また「くせのある柔道」ができること、「どんな女性をも惹きつける恐ろしい魔力」を持っていること(笑)など、ルパンの特徴が細かいところでも使われている。ただあくまで物語の中ではカタキ役であり、そのワル度は原作よりかなり高めだ。ルブラン作品でのルパンがシリーズを追うにつれワル度を失っていったのに対して、こちらのほうが本来の「悪の魅力」を引き出した、と見ることもできるだろう。
 ルパンと明智の勝負の方は執筆時点で明智の勝ちが決まってるようなもの(笑)。もっともルパンはすでに50を過ぎて引退状態だった時期のことでもあるし、明智も言うように「慣れぬ異郷での戦いなのだから、そこにいくらかハンディキャップを考えてやらねばかわいそう」であろう。

 『黄金仮面』は乱歩、そして明智小五郎にとってもひとつの転機となった作品だ。それまでの明智小五郎は後年の金田一耕助のような和服にモジャモジャ頭の書生風、そしてかなりの変人(笑)であったのだが、ルパンという強敵を相手にするこの作品あたりから洋服を着て近代的アパートに事務所を構える「カッコイイ紳士探偵」に変身してゆく。さらにはルパン並みに変幻自在に変装して死んだと思ってたら生きていた、という活躍を繰り返すようになる。
 明智は『黄金仮面』のなかで前年にパリに旅していたとされるので、その時に大きな心境の変化でもあったんじゃないかとの説もある。深読みするとそのときすでにルパンと対決してたんじゃないのか…なんて憶測もあったりして。
 明智とルパンの対決は(乱歩著作のなかでは)この一作きりとなったが、1936年(昭和11)に明智の永遠の宿敵となる、ルパンの日本版みたいなキャラクターがお目見えする。そう、その人こそ「怪人二十面相」である。
 さらに想像をたくましくすると、この時日本に来ていたルパンがヒロイン・大鳥不二子との間に子どもをもうけ、そのまた子ども、すなわち孫が「ルパン三世」なのではないか、との憶測もある(笑)。確かに世代的にはそこそこ合致するのだ。なお、ヒロインが「不二子」であることにニヤリとする「三世」ファンも多そうだが、モンキー・パンチ氏は「黄金仮面」との関係については否定している。
 なお、『黄金仮面』は「少年探偵団」シリーズの一冊として子供向けにリライトされたものも存在する(1970年刊)。これは乱歩自身ではなく武田武彦の手になるもので、ルパンも不二子も登場するが、明智は登場していない。現在ポプラ社から出ている少年探偵団シリーズには収録されておらず、読むには旧バージョンを探すしかない。

 『黄金仮面』はTVドラマで何度か映像化されている。
 1970年の「江戸川乱歩シリーズ明智小五郎」(滝俊介主演)の第3話として「黄金仮面」が最初に映像化され、好評だったのか第11話、第19話も黄金仮面の話となっている。筆者は未見なのでどう脚色されていたのか今のところ知らない。
 明智小五郎を天知茂が演じて人気シリーズとなった、「土曜ワイド劇場」枠の「江戸川乱歩の美女シリーズ」でも第6話「江戸川乱歩の黄金仮面・妖精の美女」で「黄金仮面」が映像化された(ヒロイン・不二子役は由美かおる)。このシリーズは時代は現代、つまり1970年代に置き換えられており、「黄金仮面」の正体もフランスで「ルパン二世」というあだ名で呼ばれている怪盗であってルパンその人ではないことにされている。ところがサブタイトルに「怪盗ルパン」と明記がある上に、明智が当人に向かって「ルパン」と呼びかける場面もあり、微妙に不徹底。ストーリーがそこそこ原作に忠実なのは、原作自体がすでにこの手のサスペンス劇場的な内容盛りだくさんの娯楽作だったせいもあるだろう(死んだと思われた明智が変装して再登場、というこのドラマシリーズの“お約束”は原作「黄金仮面」そのまんまである)。それでいて原作を読んだ視聴者の予想を裏切るどんでん返しも用意されており、なかなか楽しめる作品だ。
 これがやはり好評だったのだろうか、「妖精の美女」で原作同様に海の彼方に消えていったルパンは、なんとシリーズ第11弾「江戸川乱歩の黄金仮面II・桜の国の美女」で再登場、またも明智と対決してしまった。もちろんこちらはまったくのドラマオリジナルのストーリーで、原作がないせいかルパンがかなり情けなく、さらに無理のある話になってしまっているのが残念。
 そして2010年4月には、NHK−FMの「青春アドベンチャー」枠で「黄金仮面」のラジオドラマが放送された。このページを急遽作成したのも、その放送があったからである(笑)。


怪盗ルパンの館のトップへ戻る