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西村京太郎・作
「名探偵が多すぎる」(長 編)
初出:1972年
講談社文庫

◎内容◎

 明智小五郎の招待で、エルキュール=ポワロ、エラリー=クイーン、メグレ警視の名探偵三人が日本を訪問、「あいぼり丸」に乗り込んで瀬戸内海の船旅を楽 しんでいた。その船になんと怪盗アルセーヌ=ルパン、怪人二十面相までが乗り込んできて、船客の一人である宝石商の宝石を盗み出すと予告、名探偵たちに挑 戦してきた。そして名探偵たちの目と鼻の先で、完璧なまでの密室殺人が行われてしまう。果たして、本当にルパンが殺人を犯したのか?



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆明智小五郎
日本の名探偵。

☆新井精一
舞台となる客船「あいぼり丸」の事務長。

☆アルセーヌ=ルパン
フランスの大怪盗。

☆アレン=セルパン
フランスの新聞「エコー・ド・フランス」の記者。

☆エラリー=クイーン
アメリカの名探偵。

☆エルキュール=ポワロ
イギリスに住むベルギー人名探偵。

☆怪人二十面相
明智小五郎とたびたび対決した日本の怪盗。

☆島崎
宝石商。ルパンから宝石を盗むとの予告状を受け取る。

☆ジュヌビエーブ
「セルニーヌ公爵夫人」を名乗る、ルパンの恋人。

☆船長
舞台となる客船「あいぼり丸」の船長。

☆メグレ(元)警視

元パリ警視庁の名刑事。現在は定年退職。

☆メグレ夫人
メグレ元警視の妻。控えめだがかなりの観察・洞察力がある。


☆吉牟田刑事
警視庁捜査一課の刑事。


◎盗品一覧◎

☆総額一億円相当の宝石類
 宝石商・島崎が船に持ち込んだもの。ルパンがそれを盗み出すとの予告状を出した。

☆横山大観作の日本画「富士山」
 「あいぼり丸」の船長室の壁にかけられた名画。


<ネタばれ雑談>

☆「鉄道ミステリーの巨匠」が手がけたパロディ推理小説

 2022年3月、数多くの鉄道ミステリー、トラベルミステリーを手がけ、そのジャンルの第一人者となっていた作家・西村京太郎さんが亡くなった。筆者自 身、 鉄道マニアということもあって西村鉄道ミステリー小説は一時ずいぶん読んだし、数多くの映像化作品も見ていてたものだが、この西村京太郎が実は作中でルパ ンを登場させていた、というのも結構早い段階で知っていた。訃報を受けて(少々とりかかりは遅れたが)この作品の解説を書いてみる気になった次第だ。

 西村京太郎が鉄道ミステリーを次々と発表するようになったのは1978年以後のことで、それ以前は社会派推理小説、時代小説などなど様々なジャンルを手 がけていて、その中に「パロディ推理小説」と呼ばれる一群かあった。1971年に発表した『名探偵なんか怖くない』は、 ポワロ、クイーン、メグレ、明智という四人の名探偵を一堂に集めて推理合戦をするという、推理小説ファンには嬉しくなってしまうサービス精神旺盛な小説 で、そ れぞれのキャラクターの原作のネタも散りばめつつ推理小説としても一級の出来として好評を受けた。この小説はメグレやルパンの故国であるフランスでも翻訳 が出版されたそうである。

 『名探偵なんか怖くない』の中ではルパンは登場していない。だが同国人のメグレと、対決した過去がある明智との間でルパンの話題が出ていた。そし て続編となる本作『名探偵が多すぎる』で、いよいよ ルパン本人が登場、しかも世界の名探偵四人に挑戦してくるんだから嬉しくなってしまう。しかも「和製ルパン」といっていい怪人二 十面相を相棒にして、というからますます嬉しくなっちゃう趣向だ。

 本作の舞台は日本。四人の名探偵は別府温泉に向かう途中で、瀬戸内海を進む客船の中だけで物語りは進行する。言ってみれば「大きな密室」の舞台設定で、 さらにその中で推理小説でおなじみの「密室殺人」が起きてしまう。しかもルパンが四人の名探偵に挑戦状をたたきつけ、名探偵たちはそれぞれの推理力を発揮 して謎解きに挑んでゆく。そして思わぬところから話は二転三転し…とまぁ、いろいろとミステリ好き向けの趣向をちりばめた作品だ。

 このサイトを読んでるようなルパンファン、のみならず大半の読者は「ルパンは殺人をしない」あるいは「殺人を嫌悪している」という“お約束”を知っ ているから、この密室殺人の犯人がルパンでないことはすぐ分かるはず(もっ とも「黄金仮面」の例があるから心配はするんだよなぁ)。名探偵たちももちろんそれは承知で、それぞれの推理力を発揮して、はっきり分かる 手 がかりから真相にたどりついていく。
 そんな頭のいい人ばかりでは話が動かないので、明智に同行する警視庁の古牟田というベテラン石頭刑事(前作に続いて登場)が配置され、推理間違いを連発するわ、ル パン逮捕のために手段を選ばないわ、でトラブルを巻き起こし、話を進める役割を担っている。一方で本作から登場するメグレ夫人は、終始控えめながら名探偵 たち顔負けの洞察力・推理力を発揮する役どころで、物語りにいい味わいを添えている。

 ミステリ史上の豪華メンバーを敵味方で集結させた本作も好評だったようで、この「名探偵シリーズ」は『名探偵は楽じゃない』『名探偵に乾杯』と、さらに二作続くこ とになる。ただルパンが登場するのはこの『多すぎる』だけとなった。ルパンも「名探偵」の側面はあるのだけど、やっぱり犯罪者なので名探偵たちとの共演を 繰り返すわけにもいかなかったのだろう。


☆あれれ…?なビックリ設定

 この「名探偵シリーズ」、ミステリマニア向けのパロディ小説なので、各章のタイトルが登場する名探偵たちゆかりの作品のタイトルをもじったものになって いて、話の中でも名探偵たちが活躍した過去の物語への言及が散りばめられている。本作では当然ながらルパン物語り原典への言及がチラホラとあり、例えば同 国人のメグレが『白鳥の首のエディス』のエピソード に触れるくだりがあるし、ルパンの変幻自在ぶりの説明として『ルパ ンの脱獄』の裁判シーンでのルパンの経歴の説明がそのまま引用されてもいる。
 また、序盤でアレン=セルパン(Arèn Selupin)なる人物が登場、もう一目で「アルセーヌ=ルパン」のアナグラム偽名だとバレバレである。しかもルパンシリーズではおなじ みの「エコー・ ド・フランス」紙の記者。この新聞が「ルパンの正式機関紙」であることを明智が口にする、というのもニヤニヤしちゃう場面だ。

 明智と言えば、『黄金仮面』においてルパンと対決 した過去を明智自身が回想するくだりがあるが、どうもこの件についてはルパンサイドは不満があるよう で、先述のアレン記者は、フランス本国では事件そのものが作りごと、さもなくばルパンのニセモノの仕業だと言っている、と話している。それに対して明智は 「じゃあホームズと対決したと称している件はどうなんだ」と切り返している(笑)。

 …と、いろいろルパンファンをニヤニヤさせる要素があるのだが、この作品では一つ、唖然としてしまうような大問題がある。船客の一人、「セルニーヌ公爵 夫人」の肩書で登場するジュヌビエーブの存在だ。セルニーヌ、ジュヌビエーブ、とくれば『813』が出典であるのは明らかだが、本作におけるジュヌビ エー ブはルパンの娘ではなく、「恋人」あるいは「妻」として登場しているのだ。年齢はルパンとかなり離れているのは間違いないが『813』の時よりはずっと大 人の女性に描かれていて、あろうことか、ルパンの子を妊娠しているという設定までついてくるのだ。

 ええーっ!!とビックリしちゃう設定であるが、どうもこれは作者の西村京太郎が意識して組み入れた独自の設定なのだと思われる。『ルパンの脱獄』や『白 鳥の首のエディス』の内容に詳しく触れるほど読み込んでいる作者である、『813』からネタを引っ張っておいてジュヌビエーブの原作での設定を勘違いする はずがない。
 作中でエラリー=クイ―ンがジュヌビエーブについて「『813事件』のとき、ルパンに恋する可憐な娘がいた」と語っているが『813』にそんな場面は いっさいない。同じ名前の別人という可能性もあるが、エラリー=クイーンの言い回しからはやはり同じ「ジュヌビエーブ」だとしか読み取れない。本作でジュ ヌビエーブはルパンの忠実な協力者のような行動もとるので、「娘」ということでもよかったように思うのだが、後半の展開に彼女の妊娠が関わってくるので、 物語の都合上「恋人」ということにした、ということなのだろう。

 原典と設定を変えているのは明智小五郎にもある。メグレとメグレ夫人との会話のなかで、メグレ以外はみんな独身、というやりとりがあるが、明智は『魔術師』という作品で登場した文代とちゃんと結婚している(少年探偵団シリーズの後半では遠地療養とかで登場しなくなるが)。 これも作者の記憶違いではなく、物語の都合上あえて変更したものと思われる。


☆さて事件の起こった年代は…?

 ジュヌビエーブが宿している子どもについて、「年老いてからの子どもは可愛いものだ」と明智が考えているので、ルパンがそこそこ高齢になっていることは 確かだ。ジュヌビエーブも成長しているし、『813』から十数年経過したとして、ルパンが50代後半以上の年齢であると推測される。しかし、そうだとする とこの瀬戸内海における事件は1920年代後半から1930年前後?ということになってしまう。それこそ『黄金仮面』の時期に近くなってしまうのだ。

 だが本作で明智は『黄金仮面』の事件をはるか昔のことと回想している。しかも作中で明智の年齢が「65歳」と明記されているのだ。明智小五郎の生年は明 確に決められてはいないと思うが、初登場作品『D坂の殺人事件』(1925 発表)の時点で二十歳くらいの青年らしいので1905年あたりの生まれと推定す ると、1970年あたりで65歳。本作は1972年発表なので、この事件は1970年か1971年あたりに起こったもの、と推定できる。

 明智小五郎についてはそれでいいのだが、これは「ルパン史」ではムチャクチャ矛盾が出てしまう。1874年生まれと推定されるルパンは、この事件のとき には100歳近くのご高齢である。ジュヌビエーブだって出産どころではない高齢のはず。年齢を調整すると『813』の事件が1960年ごろの話になってし まうわけで、どうやっても無理があるのだ。この作品でのルパンは、どうも明智と同世代くらいの設定になってるようで、『黄金仮面』での対決も同世代同士の ものだった、ということになってるらしい。

 そもそも別作家による、発表時期も異なるキャラクターを同一作品に集めるのだから、あちこち無理が出るのは当然で、作者の西村京太郎もその辺無理 は承知で、年代設定については特にアバウトにしたようだ。ちなみにメグレ警視はルパンより一回り年下の1887年生まれという設定で、ガニマールとは同 僚、すでに定年退職して いると明記されながらも、やはり「共演」には無理がある(偶然なが ら1972年はメグレ警視シリーズ最終作が発表されている)
 エラリー=クイーンは1905生まれの設定で、明智とは一応同世代。ポワロは生年が確定していないがルパンかメグレと同世代くらい、ということになって るらしく、彼もこの事件への参加はいささか無理がある。もっともポワロが死去する最後の作品『カーテン』は、この小説の発表時点ではまだ公表されておら ず、まだ存命だった、ということも言えそう。なお、『カーテン』が1975年に刊行された直後に、西村京太郎はこの名探偵シリーズの最終作『名探偵に乾 杯』を発表、『カーテン』の内容に深く関わる一編としている。

 最後に、本作でルパンが狙うお宝について。
 物語りの後半でルパンが狙うのは、日本画の大家・横山大観の 絵「富士山」。フランス本国でも美術品をよく狙い、美術鑑賞眼も高いルパンは『黄金仮面』でも日本の古美術品を狙っていたが、横山大観は近代の画家で、 1868年生まれなのでルパンより少し年上というくらいのほぼ同時代人である。ルパンは母国においても同時代の印象派の画家の作品なんかには興味が薄かっ た気配があるが、遠い東洋の美術品に関しては価値観が異なっていたのかも。なお大観は富士山テーマの作品を多く残しているので、本作に登場するものは特定 した作品ではなさそうだ。


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