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ボワロ=ナルスジャック・作
「アルセーヌ・ルパンの裁き」(長 編)
LA JUSTICE D'ARSÈNE LUPIN
初出:1977年
邦訳:サンリオ「ルパン、100億フランの炎」(谷亀利一訳)・ポプラ社怪盗ルパン全集「ルパンと殺人魔」(南洋一郎文) 

◎内容◎

 世界大戦終結から間もないころ、しばらく泥棒稼業から身を引いていたルパンは、部下のベルナルダンの誘いで御用商人マンダイユの屋敷に忍び込む。しかし 留守のはずのマンダイユが在宅していて格闘の末に互いに負傷するトラブルが発生。得たものはマンダイユがなぜか厳重に隠していた一枚の50フラン紙幣だ け。マンダイユという男に謎を覚えたルパンは調査を開始、マンダイユの美貌の妻ベアトリスの尾行をするが彼女も謎めいた行動をとる。ルパンが調査を進める うち、連続殺人事件が起こる…



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アシル

ルパンの部下。ルパンの隠れ家で召使をつとめる。

☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。

☆イザベル=ベルジイ・モ ンコルネ
ベアトリスの妹。

☆ヴィクトル=クールセル
印刷業者。

☆ウェーベル
 パリ警視庁保安部次長。かつてルノルマン部長の部下でルパンのことも熟知している。

☆ガニマール
ルパンの宿敵の元警部。現在は引退しており、名前が言及されるのみ。

☆ギュスターブ=ペルティ エ
ルパンがしばしば鑑定依頼をする学者。

☆グザヴィエ=マンダイユ
御用商人。

☆ジェローム=ベルトン

予審判事。

☆ジャック=ドードビル
パリ警視庁の刑事。実は兄弟のジャンともどもルパンの部下。

☆ジュールデュー
ラファエルの弁護人。

☆ジュシュー
パリ警視庁刑事。

☆ジョゼフ
公証人。

☆シルベストル
ベアトリスの息子。父親はリュシアン。

☆ノブラン
シャンパーニュ地方の名家。ベアトリスとイザベルの祖父。

☆フェリシアン=ドルシャ ン
ベアトリスの従兄弟。ドルシャン兄弟の真ん中。

☆フォルム利
予審判事。名前が言及されるのみ。

☆フラピエ
パリ警視庁の刑事。

☆ベアトリス=マンダイユ
グザヴィエ=マンダイユの美貌の妻。

☆ベランジョン
公証人。

☆ベルナルダン
ルパンンの部下の青年。前作に登場したセバスチャンの紹介で部下になる。

☆マティア=ドルシャン
ベアトリスの従兄弟。ドルシャン兄弟の末弟。

☆ミッシェル・アンドレ・ ファビアン=ベルジイ・モンコルネ
シャンパーニュ地方の名家。ベアトリスとイザベルの祖父。

☆ラファエル=ドルシャン
ベアトリスの従兄弟でドルシャン兄弟の長兄。妻子をタイタニック号沈没で失った過去がある。

☆リュシアン=ドブリュイ ヌ
ベアトリスの以前の恋人。

☆レオニー=ラループ
マティア宅の家政婦。

☆わたし
ルパンの友人の伝記作者。


◎盗品一覧◎

☆50フラン紙幣
マンダイユが隠していた一枚の紙幣。鑑定したところ偽札ではないらしいが…


<ネタばれ雑談>

☆「新ルパンシリーズ」第4弾は「帰ってきたルパン」

 本作『アルセーヌ・ルパンの裁き』ボワロ=ナルスジャックに よる新ルパンシリーズの第四作目。このシリーズはそれぞれ年代設定がきちんと決められていて、『裁き』は第一次世界大戦終結の四か月後、と設定されてい る。第一次世界大戦は1918年11月に終結しているので、本作の年代は1919年3月と推定される。そんな時期に、大戦中は鳴りを潜めていた(死亡説が流布してもいた)ルパンが久々に泥棒稼業に乗りだし たら思わぬ事件に巻き込まれる…というストーリーだ。

 泥棒に入ったことが事件の発端になるところとか、美しき人妻と若い部下の存在、事件の鍵を握る小道具や隠し場所の謎解きなど、『水晶の栓』を連想させるところが多い。一方で警察関係では『813』の登場人物を出してルブランのオリジナルシリーズと のつながりをもたせ(ガニマールがすでに引退と明記されているのも 本作だけのような)、なおかつ歴史背景に第一次世界大戦を持ち込み、その最前線で進められていた陰謀、という部分は『オルヌカン城の謎(砲 弾の破片)』に通じるところがある。実際、本作の全訳を手がけた谷 亀利一氏もあとがきで「『オルヌカン城の謎』に想を 得たのではないか」と書いている、

 モーリス=ルブランのオリジナルの「ルパン史」と 照らし合わせると、第一次大戦終結直後の話ということで『虎の牙』と 時期が近い。『虎の牙』ネタばれ雑談で顕彰したように『虎の牙』は1919年4月〜5月の出来事なので、『裁き』はうまい具合にその直前に割り込める。ル パンに死亡説が出ていたとしているのも矛盾がないし、作中の尋問場面でルパンが大戦中に何やら大掛かりなことをやっていたとほのめかすくだりがあるのもう まくつながる。
 もちろんボワロ=ナルスジャックもその辺は十分調べたうえで書いたのだろう。これまでの3作はルブランのオリジナルとは矛盾をきたすところも多かったの で、もしかすると作者のもとへ指摘や批判がきたのかもしれない。


☆日本語訳はめったに読めない!?

 そんな本作であるが、残念なことに日本で訳本を読むのがかなり困難な状況にある。
  ボワロ=ナルスジャックの新ルパンシリーズの1〜3作までは全訳が新潮文庫から発行され、絶版後もそこそこの部数が出ていたこともあって古本で入手するの はそう難しくはない。ところがどういう事情があったのか知らないが、この第四作『裁き』は出版元としては決してメジャーではないサンリオが翻訳権をとり、 『ルパン、100億フランの焔』というネタバレすれすれの邦題で全訳本が出された(まぁ「ルパンの裁き」ではピンとこないのは確か)
 しかしこの全訳本、少々特殊な出版元のせいか相当に発行部数が少なかったようで、早々と絶版になったのはもちろんのこと、古本市場でもめったにお目にか かれない希少な存在となってしまった。筆者自身、この本の入手には長年苦労していて当サイトを立ち上げて数年たっても入手できず、国会図書館でやっと実物 にめぐりあえたという経緯がある。それからしばらくしてアマゾンの古本でひょっこりと発見(それまでもずいぶん試したが空振りばかりだった)、プレミア 価格でいくらか高いお値段でやっと入手することができた。そんな具合だから、本作の全訳を読めた人というのはかなり少なく、これからもなかなか厳しいので はないかと思う次第。

 訳本にはもう一つ、ロングセラーになったポプラ社の児童書「怪盗ルパン全集」の第29巻に収録された『ルパンと殺人魔』がある。執筆者は南洋一郎だが、まえがきで「久米穣(みのる)氏の協力を得たと 記されており、他社のルパン児童書を手がけている久米みのるの手がかなり入っている気配がある。この『ルパンと殺人魔』は大筋は原作にのっとりつつもかな り大胆な圧縮をかけていて、「中編」レベルの長さにまで縮んでいる(そ のために南の創作短編『ルパンと女賊』を併録した)
 筆者も小 学生の時にこの『殺人魔』を読んでいる。それも「怪盗ルパン全集」の中で最初くらいに読んだ覚えがある(恐らく不人気作のため図書館の棚に売れ残っていたからだ)。 児童書として削除圧縮をしまくったために何回か読んでも筋が頭にはいらず、今回の作業で全訳本を読んでもラストの方だけしか記憶にないことが確認できた。
 サンリオの全訳版に比べればこのポプラ社版児童向けの方が部数も出て広く読まれたと思われるが、現在ポプラ社から刊行されている南版ルパンシリーズでは ボワロ=ナルスジャック作品は除外されているため、こちらも読むことが困難となってしまっている。

 …もっとも、読む機会を得たところで。そう面白い話ではないなぁ、というのが正直なところ。前半の謎が謎を呼ぶ展開はそこそこ面白いのだが、中盤から終 盤にかけての解き明かし部分にいささか無理があるようにも思える。ルパンはお得意の変装も披露して奔走するが、基本的に探偵役であり、しかもルパンらしい 超人的な活躍はほとんど見られず(結構ドジなのはオリジナルでもそ うだが)、気がついたら万事勝手に明かされて終わっていた、という話である。
 なかなか読めないルパン物語なのだが、やっとの思いで読んでみてもそれほど…な小説。これはボワロ=ナルスジャックというミステリ作家の嗜好が出たとい うべきか、そもそも1970年代に20世紀初頭の冒険物語を書くということ自体に無理があったのか…。


☆歴史の傷跡が残る物語

 それでも本作の読 みどころを探すと、やはり「第一次世界大戦終結直後」という年代設定がある。ボワロ=ナルスジャックのシリーズ一作目『ウネルヴィル城館の秘密』はラスト が大戦の勃発だったがこちらは長い戦争が終わった直後。ルパンが読む新聞にはドイツの賠償問題やドイツ国内での暴動(スパルタクス団の蜂起)、 解放されたドイ軍ツ占領地の再建問題などが報じられている。第一次世界大戦の後始末を話し合う「パリ講和会議」は1919年の1月から始まり、6月にヴェ ルサイユ条約発効となりドイツに莫大な賠償金がかけられてのちのち大変なことにつながっていくのだが、本作のルパンの冒険はそんなさなかの話なのだ。

 作中に登場する人物たちの多くにも戦争の影がある。男性は軍隊に動員され、敵の捕虜になった者もいれば、毒ガス攻撃を浴びた者もいる。女性たちでもドイ ツ軍の都市への砲撃を受けて行方不明になった者が出てくる。さらに物語の重要な舞台となるシャンパーニュ地方は激戦地となって終戦直後は大地が穴だらけの 水たまりだらけ。都市ランスは一時ドイツ軍に占領されてからフランス軍に奪回されるという、まさに戦争の最前線だった。本作はその史実をふまえて、その占 領の間にドイツがある巨大な陰謀を進めていた…という創作を加えているわけだ。

 ボワロ=ナルスジャックの二人は1906年と1908年の生まれなので、第一次世界大戦の時代を少年時代に経験しているのでその記憶にも基づいているの だろうが、この新ルパンシリーズの他の作品にも見られるように当時の社会状況について詳細なリサーチを行ったはずだ。1970年代の執筆時点では第一次世 界大戦は半世紀も昔のことだから、ちょっとした「時代劇」を書くようなものだったろう。

 
 本作ではもうひとつ、「歴史的事件」がストーリーに盛り込まれている。大ヒットした映画でも有名な、「タイタニック沈没事故」だ。
 1912年4月、当時世界最大の豪華客船として建造された「タイタニック号」は、その処女航海で大西洋を横断中、氷山に衝突して沈没、1500人を超え る犠牲者を出してしまった。このタイタニック号はイギリスの旅客船で、イギリスのサウサンプトンとニューヨークを結ぶ航路だったが、サウサンプトンを出て いったんフランスのシェルブールに寄港して大陸側の乗客も載せていた。このためフランス人の乗客、犠牲者も少なからず存在し、本作の中にも沈没事故で家族 を失った人物が登場する。もっとも物語中での事故の使われ方は読み終えてみるとあんまり上手くいってないような。

 余談になるが、「アルセーヌ・ルパンがタイタニック号に乗っていた」という設定の作品がある。もちろんルブラン作のものではなく、1994年にフラン ス・カナダで放送されたTVアニメ「アルセーヌ・ルパン(Les Exploits d’Arsène Lupin/Night Hood)」での話。このアニメシリーズはルブラン原作とはほとんど無関係 で(キャラクターだけ借りてる)、1930年代に 30歳前後のルパンが活躍する。
 その第4話「海底の2000万ドル」で、少年時代のルパンが父親と共にタイタニック号に乗っていて沈没事故に遭遇していたという驚きの設定が出てくる。 1912年の時点で10歳前後と思われるこのアニメのルパンは、ルブラン原作より30年遅い世代ということになるのだが、父親も泥棒という設定やアメリカ に渡ろうとしているところなど微妙に原作の設定も使われている。このルパン父子の船室が「813号室」というお遊びもあったりする(笑)。


☆その他あれこれ

 この物語の終盤の舞台となるシャンパーニュ地方
。フランス北東部の地域で、作中でも描かれるように第一次世界大戦ではドイツ 軍が侵攻して激戦地にもなった地方だが、なんといっても発砲ワイン「シャンパン(シャンペン)」の産地として世界的に有名だ。本来は地方の名前のフランス 読みと同じ「シャンパーニュ」が正しく、フランスでは世界的にもそう呼んでくれと運動してるらしい。
 本作の中でもシャンパン製造の現場が詳しく描かれ、しかもこれがクライマックスの舞台にもなっている。シャンパンはいったん醸造されたワインを、さらに 二次発酵させることで発砲ワイン化させるのだが、その二次発酵のために使用される広大な地下貯蔵庫(カーヴ)がこの物語の謎の核心に関わっている。

 作中で描かれるような地下迷宮を思わせる地下貯蔵庫は、ランス周辺に実際に存在していて、2015年になってこの地方の関連施設とセットで世界遺産登録 もされているほどのもの。ネット上にも実際のものを写した写真がいっぱいあるので、見ればイメージがつかみやすいはず。


 この地下貯蔵庫で、占領中のドイツ軍が進めていた陰謀とは何か…?というのが本作のミステリーとしての核心部分。ここはネタばれ雑談なんだけど、本作が そう簡単には読めないということも考慮して極力ネタばれなしで書いているので、はっきりと書くのは差し控えるが、どうしても触れておきたい件があるので、 以下、遠回しに。
 そのドイツ軍による陰謀というのが、「お孫さん」が主役の有名な映画に出てくる設定にかなり似ているのだ。とだけ書いてもそっちを知ってる人ならすぐわ かっちゃうだろうけど…「本物以上」なところとか、それを利用すると国家や政権を転覆させられるくらいという設定に非常によく似たものを感じてしまうの だ。

 念のため確認してみると、ボワロ=ナルスジャックが本作を発表したのは1977年。日本で翻訳が出たのは1779年4月である。そして「お孫さん」の映 画の製作が開始されたのはその直後の5月からで、年末に公開されている。もちろん偶然のアイデア一致という可能性はあるのだが、タイミングはドンピシャだ なあ、と思ってしまう。この映画、他にもルブラン作品からの拝借があるし。


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