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保篠龍緒・作
「空の防御」(短編)
初出:1920年(大正9年) 博文社「新青年」11月号〜12月号 
他の題名:「空中の防御」

◎内容◎

 参謀・マジャン少将宅に何者かが侵入した。マジャン少将はパリの対空防御の警備隊配置図を保管しており、ドイツのスパイがそれを狙っていたのだ。憲兵に変装して現場に入ったドイツスパイはまんまと配置図の奪取に成功するが、「独探駆逐隊長」自称のアルセーヌ=ルパンがそれを奪い返す。さらにルパンは変装してドイツスパイ団のアジトをつきとめるが、名刑事カムールもスパイ団に迫りつつあった。ルパンはカムールも出し抜いてスパイ団を摘発しようと企む。



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。

☆カムール
パリ警視庁の刑事係長。名探偵として名高く、ドイツスパイ団を追っている。

☆ガロープ
ルパンの部下。

☆グールモン
ドイツのスパイ。憲兵隊長に変装しマジャン少将宅に潜入。

☆グルシュー
マルブ街の自動車商会に勤める運転手。

☆マジャン少将
「名参謀」と呼ばれるフランス軍人。パリの対空防御の作戦を担当している。

☆ルブフ
パリ警視庁捜査課長。


◎盗品一覧◎

なし。


<ネタばれ雑談>

☆ルパンのスパイ大作戦パート2
 
 本作『空の防御』(初出時「空中の防御」)『青色カタログ』に続いて「新青年」誌上に二回に分けて掲載された、保篠龍緒オリジナルと考えられるルパンもの短編小説の2作目だ。『青色カタログ』同様に第一次世界大戦中の時期に、ルパンがドイツスパイ団を摘発するストーリーとなっている。ルブラン原作を翻訳したものとして発表されているのは『青色カタログ』と同じで、常に2作セットの「ルパン・ノート」として保篠版ルパン全集に収録され続けた作品だが、ルブランがこのような作品を書いている証拠は一切確認されておらず、内容的にもシリーズのほかの作品と齟齬をきたすことからも、原作が存在しない保篠自身による創作物と考えるのが妥当のようだ。

 前作はスイスのベルンを舞台にしていたが、今回の舞台はルパンシリーズの主なホームグラウンド、パリである。第一次世界大戦中、ドイツ軍のツェッペリン飛行船によるパリへの空爆が相次いだ史実を背景にしており、フランス軍の「空の防御」体制の作戦地図をめぐる争奪戦がテーマとなっている。これも特にネタばれ注意なところはないので、簡単にストーリーを紹介したい。

 物語は、名参謀マジャン少将宅に強盗が入ったとの知らせが警視庁に入るところから始まる。一方の主人公ともいえる名刑事カムールが現場に駆けつけると、そこには憲兵たちはもちろんのこと、どこからか知らせを受けた報道陣も押し寄せていた。マジャン少将はパリの対空防御に関する重要書類を所持していたが、それは賊にとられておらず、憲兵中尉に求められるままに少将はその書類の隠し場所を見せてしまう。そのとき突然、裏手の物置から火の手があがり、少将・警官・報道陣全てがそちらへ向かった。部屋に一人残ったのは憲兵中尉グールモンだったが、実は彼こそがドイツのスパイ。無人の部屋からまんまと書類を盗んで逃走してしまう。悔しがるカムールたちだったが、放火犯は何者かに縛り上げられて発見され、その上着のポケットには「独探駆逐隊長、強盗紳士アルセーヌ・ルパン」の名刺があった!
 自動車で逃走したグールモンたちだったが、なんと運転手がルパンその人。ルパンは拳銃で彼らを脅して書類を取り上げると、自動車を無人のまま発進させて「さようなら、さようなら」と立ち去ってしまう。慌てふためくスパイたちを乗せて自動車は暴走するが、たまたま通りかかった男が運転席に飛び乗って車を停車させた。グールモンたちはそのまま男に自分達のアジトまで送り届けてもらうことに。しかし立ち去っていくその男の姿に、グールモンは不審を覚える―そう、もちろんこの男もまたルパンの変装であり、ルパンはスパイ団のアジトをつかんでしまったのだった…というあたりで以下次号となる。

 グールモンは部下に怪しい男(実はルパン)の尾行をさせる。ルパンはもちろん気づいており、途中であっさり尾行者をまいて、ただちに別人に変装して、今度は逆にルパンが尾行する側になる。ここで名刑事カムールも同じ男を追っていることに気づいたルパンは、カムールに首を突っ込まれては困ると考え、グールモンの部下に接近してドイツ語で「カムールが追っている」と教えて逃がしてやる。それから今度はカムールに対面して対空警備の書類の入った封筒を渡してしまう。その封筒は直後にグールモンの部下によってすりとられてしまうのだが…
 そして漆黒の夜のパリ上空に、ツェッペリン飛行船が飛来、爆撃を開始する。グールモンたちはパリ市内の各所で建物の屋根に明かりをつけて飛行船に信号を送り、標的のある地点を連絡していたのだ。ルパンはそれと知ってわざとカムールに偽物の書類を渡してそれをグールモンらにすりとらせ(ややこしいことに本物のほうはこっそりカムールの外套のかくしポケットに入れておいた)、ツェッペリン飛行船の飛来地点を予測、グールモンらドイツスパイ一味を犯行現場で一網打尽にしようと計画していたのだ。かくして飛行船は次々と撃墜され、グールモンらもルパンの通報により一網打尽に。最後にグールモンらの前に姿を現したルパンは高笑いを残して消え去っていくのだった…

 えーと、話がわかりましたでしょうか?ダイジェストでやるとどうしてもこんな感じになっちゃう。原文読んでてもかなりややこしい展開をたどる話なのである。ルパンの何度も変装しての神出鬼没ぶりと二転三転するめまぐるしい展開は面白いといえば面白いのだが、どうも作者自身が面白がるあまり無理に話をこみ入ったものにしてしまっている観も強い。『青色カタログ』にも同様の傾向があり、これがやはりルブランの新作ではなく「ルパン狂」であるところの保篠龍緒の創作物と思わざるをえない理由となっている。
 ドイツのスパイ側も変装したりトリックを用いたりとやり方が「ルパン的」で、実際作中のルパンも「その昔俺がやった手で、古くて問題にならないぞ」と言っている。このややこしい展開はむしろ「007」シリーズやアニメ「ルパン三世」のドタバタ展開に近い気もするので、映像化したら面白く見れるかも…とも思うのだが。


☆空襲されたパリ

 ルブランが書いたルパンシリーズでは、ルパンは『813』の結末で「自殺」を遂げ、第一次大戦中を通して世間では死んだものと思われていたことになっている(『オルヌカン城の謎』『金三角』『虎の牙』に記述あり)。だから『空の防御』でルパンが「独探(=ドイツのスパイ)駆逐隊長」として大活躍し、その自称も添えた自分の名刺を置いていって自分の存在を世間に宣伝までしてしまうのは、明らかに矛盾してしまう。これは恐らく(本作が保篠作品だと断定した上での推理だが)1920年の執筆段階では保篠氏が『813』より後のルパン物語の原書を読んでいなかったためと推測される。

 泥棒という反社会的な存在であるルパンが一味を使ってスパイ摘発活動に奔走する姿にはいささか奇異の感を覚えるが、『ハートの7』のような前例が無いわけでもない。さすがに殺人はしないという不文律がある以上戦場に出ることはできないと保篠龍緒も考えて大戦中のルパンに「愛国的地下活動」をさせることにしたということなのかも。あるいはルブラン自身が『オルヌカン城の謎』の追加部分や『金三角』でルパンのそうした「地下活動」を描いていることから、ルブランから「そんなような企画もある」と伝えられていて、それで勝手に書いちゃったのかも…。いや、あくまで想像ですが。
 当時の日本読者の観点からすると、日本も参戦しながら実質的に戦場から遠くはなれて傍観者的立場にあった第一次世界大戦にからめた冒険物語が読みたい、という需要があったんじゃないかな、という気もする。その需要にこたえる形で大人気のルパンを主人公にした話を作っちゃった…という可能性も感じられる。

 その可能性を感じる理由として、『青色カタログ』の毒ガスに続き、『空の防御』ではツェッペリン飛行船という、やはり大戦で登場した「新兵器」が物語に挿入されていることが挙げられる。これらはいずれも悲惨な戦場からは遠かった日本人にとっては大いに好奇心を刺激されるアイテムだったのではないかと思えるのだ。
 ツェッペリンの名はこの飛行船の開発に生涯を捧げたドイツ人フェルディナンド=フォン=ツェッペリン伯爵(1838-1917)に由来する。彼は19世紀末に移動式の気球研究から始まって飛行船の開発にいたり、水素ガスをつめこんだ巨大なタンク(気嚢)により浮揚してプロペラで移動を可能にする実用的な「ツェッペリン飛行船」を1908年までにほぼ完成させた。同時期の飛行機の開発(ライト兄弟の飛行機発明が1903年のこと)ともども軍事利用も視野に入れており、1909年にツェッペリン飛行船はドイツ軍にも納入されている。1911年には民間の定期航空便の運行も開始され、「ツェッペリン」の名はそのまま飛行船の代名詞となった。
 1914年に第一次世界大戦が勃発すると、飛行船・飛行機はさっそく戦争に使用された。とくに飛行船は大戦初期の時点では飛行機よりも高空を安定して飛べたこともあって利用価値が高く、開戦直後の1914年8月30日にはドイツ軍飛行船によりパリ市街への史上初の「空襲」が行われ、老女1名の死者が出ている。最初の「灯火管制」が実施されたのも1914年のパリでのことだ。1915年3月からパリおよびロンドンへのツェッペリン飛行船による空襲がたびたび行われ、空爆そのものの被害は大したことがなかったものの(当時は夜間に目測で爆弾を落としたし、積める爆弾の数も限られていた)夜空にヌーッと姿を現す飛行船それ自体の巨大さ・不気味さが「空の魔王」と恐れられたという。そのうち飛行船のデメリット、「身動きが遅い」「デカすぎる」点がネックとなり、発達した高射砲や戦闘機により格好のカモにされて撃墜されるケースが続出、飛行船の戦争利用は下火になっていった。
 
 『空の防御』の本文中に年代の明記は無いが、ツェッペリン飛行船によるパリ空襲が繰り返された時期ということになっているから1915年〜1916年ごろを想定したものと思われる。「ルパン正史」によれば『金三角』の冒険があった時期で、ルパンがこうした活動をしていた可能性じたいは大いにありうる、とは言える。クライマックスのパリへの飛行船襲来シーンなんかは当時の恐怖感をうまく伝えた名場面と言っていいだろう。
 なお、大戦終結後の「戦間期」の1920年代〜1930年代には、飛行船はゆったりと空の旅を楽しめる優雅な乗り物として大西洋を越える定期便が運行されるなど、民間分野で大いに活躍していた。この1920年代を舞台としたジョルジュ=デクリエール主演のTVドラマ「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン」でも、ルパンが飛行船で優雅な空の旅を楽しむ場面がチラッとある(第24話「怪しげなフィルム」。そういえば西ドイツTV局が製作した回だった)


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