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「獄中のアルセーヌ・ルパン」(短編)
ARSÈNE LUPIN EN PRISON
初出:1905年12月「ジュ・セ・トゥ」誌11号 単行本「怪盗紳士ルパン」所収
他の邦題:「ルパン獄中の余技」(新潮)「獄中のルパン」(岩波)「悪魔男爵の盗難事件」(ポプラ)
◎内容◎
難攻不落のマラキ城の主・カオルン男爵のもとに、彼が所有する美術品の譲渡を要求、さもなくば盗み出すと予告する脅迫状が届く。差出人はサンテ刑務所に
収監中のはずのアルセーヌ・ルパンだった!恐れおののくカオルン男爵はたまたま休暇に来ていたガニマール警部に警備を依頼する。しかしそこにはルパンの巧
妙な罠が…
◎登場人物◎(アイウエオ順)
☆アルセーヌ=ルパン(Arsène Lupin)
青年怪盗紳士。前作「ルパン逮捕される」でアメリカ上陸時に逮捕され、現在パリのラ・サンテ刑務所に収監され裁判を待つ身。
☆ガニマール警部(Ganimard)
ルパンを追ってヨーロッパを駆け回った敏腕老刑事。前作でアメリカにまで渡ってルパン逮捕に成功。帰国の船の上でルパンと友情(?)を結ぶ。
☆ジュール=ブービエ(Jules Bouvier)
ルパンの予審判事。知らぬ間に懐中時計をルパンにくすねられた。
☆デュドゥイ(Dudouis)
国家警察部部長。シリーズでは本作で初登場となる。
☆ナタン=カオルン男爵(le baron Nathan Cahorn)
マラキの古城の主。株式売買で財をなし、取引所では「サタン(悪魔)男爵」と恐れられたほどで、金にあかせて強引に城を買い取り、美術品を蒐集して一人で楽しんでいる。猜疑心が強く堅固な城に老召使三人だけをやとって生活。
◎盗品一覧◎
◇フィリップ=ド=シャンパーニュの油絵
フィリップ=ド=シャンパーニュは17世紀のバロック画家(1602-1674)で、ルイ13世の宮廷画家もつとめた。
◇ルーベンス二点
ルーベンスはフランドル地方出身のバロック画家(1577-1640)。イタリア、ネーデルラントで宮廷画家をつとめ、外交官としても活躍した。
◇ワトー一点
ワトーはロココ様式を確立したフランスの画家(1684-1721)。「シテ島への上陸」で有名。
◇ルイ13世時代の祭器壇
ルイ13世の在位は1610-1643。名宰相リシュリューが力をふるった時代で、デュマの小説「三銃士」の時代としても有名。
◇ボーベー産のタペストリー(壁掛け)
ボーベーはフランス中北部の都市。昔からタペストリーの産地として名高い。
◇第一帝政時代風の円卓
ナポレオンによる第一帝政(1804-1814)期の流行のものということ。「ジャコブ」の署名があるというが、これは18世紀の有名な高級家具職人の名前。
◇ルネサンス時代の櫃(ひつ)
◇宝石・細密画を収めたガラスケース
◇ルイ16世風の枝つき燭台
ルイ16世は在位1774-1792。フランス革命にあい、断頭台で処刑された。
◇摂政時代の燭台
摂政時代とはルイ14世のひ孫のルイ15世が幼い時期に摂政が統治した1715-1723の時代を指す。
◇12世紀の聖母像
◇ガニマールの時計
独房で会話中にいつの間にかすり盗っていた。ガニマールの帰り際に返している。
◇ジュール=ブービエの時計
重い鎖のついた精密時計。ルパンが予審判事の尋問中にこっそりすり盗って自分のものにしていた。
◇現金十万フラン
盗まれた美術品を取り戻す代金としてカオルン男爵が支払った。
<ネタばれ雑談>
☆「ルパン=予告」イメージを決定付けた名編
ルパンと言えば「予告」。これからあなたの持つお宝を何日何時に頂戴しますよと予告し、厳重な警戒の裏をかいてまんまとお宝を盗み出してしまう…このイ
メージがかなり広まっているのは事実。しかしそれは「ルパン三世」をはじめとする後年の亜流作品が繰り返し使ったために増幅されてしまった部分もかなりあ
る。ルパンシリーズを通してルパンがちゃんと「予告」をしてから盗みをしているケースは実は数えるほどしかないのだ。
その「予告犯罪」が鮮やかに決まって、ルパン=予告のイメージを強烈に植えつけてしまったのが本編である。まだシリーズ二作目という初期作品なのだから驚く。
もっとも本作における「予告」は単なるお遊び的挑戦ではなく、あくまでお宝を頂戴するための重要な手段。後半ルパン自身が謎解き解説しているように、予
告状で被害者の心理を惑わせ、「エサ」に食いつかせて被害者自身に犯人グループを誘い入れさせ、楽勝で犯行を実行させるという、実に手の込んだ作戦なの
だ。
タネを明かしてしまえば「なーんだ」と思ってしまうところもあるが、実際にルパンに謎解きされるまで初読でトリックが分かってしまう人はなかなかいない
だろう。そもそも「にせガニマール」を仕立てるところなど、読者をも完全にだましているのだから。この手の手品っぽさはその後のルパンシリーズに一貫して
いくことになる。
ルパンが盗みを予告するのは
「9月27日水曜日から9月28日木曜日にかけて」。これに該当する日を暦から調べると
1899年9月27日(水)〜28日(木)がバッチリあてはまり、ここからルパンの逮捕から脱獄にいたる物語が1899年から1900年にかけてのものであったことが特定される。本作発表の時点ではルパンの年齢は設定されていなかったが、後に判明するところではルパン25歳の時のことである。
なお、本作の内容は1971年にフランスで製作されたTVドラマシリーズ「アルセーヌ・ルパン」
(主演ジョルジュ=デクリエール)
の1話「ルパン逮捕される」の中で原作にほぼ忠実に映像化されている。このシリーズ、原作から時代設定やストーリーを大幅に変更する傾向が強いのだが、そ
の中でこの「獄中のルパン」「ルパンの脱獄」に関しては忠実度がかなり高い。ただしガニマール警部は「ルパンの冒険」にならって「ゲルシャール警視」に変
更されている。
☆「ルパン一味」の初登場作品
「怪盗ルパン」シリーズを読み通すと、ルパンが数多くの部下たちを従え、組織的行動で犯行を重ねていることが分かる。ルパンぐらいの大怪盗となるとこれ
は当然というべきで、それなりにリアルな設定なのだ。余談だが、かの桃山時代の怪盗・石川五右衛門も単独行動ではなく多くの部下を抱えた盗賊集団であった
と伝えられる。
本作「獄中のルパン」はリーダーのルパンが刑務所に収監中ということもあり、実際の犯行はルパンの指示を受けた部下達が実行せざるを得ず、ルパンにかな
り組織的な「一味」が存在することを初めて明らかにする一編ともなった。残念ながら彼らの名前が登場しないのでここに登場する「にせガニマール」とその部
下二人の計三人が何者であるかは不明だ。年配と若者という組み合わせから推測すると、「ルパンの冒険」で初登場する
シャロレ父子の可能性もあるが…
サンテ刑務所に収監中にも関わらず、ルパンが外の部下と連絡をとりあっている様子も克明に描かれている
(新聞も購読し郵便局の領収書も集めている)。また、本文中で明記はしていないが実はルパンが経営している新聞「エコー・ド・フランス」も本作で初登場する。
「ぼくの予算ときたら、ひとつの都市の年間予算と同じぐらいなんだから」とルパンがガニマールに豪語しているのもあながち誇張ではないのだろう。
なお、ルパンがガニマールを称えて言うセリフに「シャーロック=ホームズにほぼ匹敵する」という箇所があり、宿敵ホームズの名前がシリーズ中初めて登場している。
☆「お宝鑑定人ルパン」とフランス歴史話
ルパンがかなりの美術鑑定眼を持っていることは前作「ルパン逮捕される」中で言及される「ショルマン男爵邸事件」でほのめかされていたが
、本作で早くもその本領を発揮している。カオルン男爵にあてた予告状では男爵の持つ美術品ひとつひとつについて「小生の好み」などと述べ、さらには男爵が大金をはたいて購入した美術品について「偽物」と断じて
「お送りくださらなくて結構」とわざわざ書いている。本文によるとカオルン男爵はルネサンス期の名工
ジャン=グージョン作の椅子も所有しているようだが、ルパンがこれについては言及もしてないし盗み出してもいないのでこれも本物ではなかったのかもしれない。
脅迫状の中で「ワトーの大きいほうの絵」は模写である、とルパンが指摘し、
「ほんものは五執政官時代の乱ちき騒ぎの一夜、執政官の一人バラスの手によって焼き捨てられている」(偕成社版訳文より)
と説明している。
「五執政官時代」(1795〜1799)と
はいわゆる「総裁政府」があった時代のことで、フランス革命の急進派ロベスピエールの恐怖政治が「テルミドールの反動」で打倒されたのち「1795年憲
法」により成立したブルジョワ政権の時代を指す。五人の総裁(執政官)が権限を分担して政務にあたったが、ブルジョワの復権と恐怖政治からの開放感からか
パリの風紀は乱れ、ここでいう「乱ちき騒ぎ」もそのひとコマ。
バラス
はテルミドールの反動の首謀者の一人として総裁の地位におさまり、ナポレオンを司令官にとり立てた人物でもある。ナポレオンの妻となるジョゼフィーヌはも
ともとバラスの愛人で、バラスが仲介して二人を結婚させたという経緯もある。ワトーの絵をバラスが焼き捨てたというのはルブランの創作だろうが、ルパン・
シリーズの隠れた味わいである歴史趣味も垣間見える。
歴史趣味といえば、コーデベック
(ルーアンとルアーブルの間)にあるマラキの古城からは
「ジュミエージュの僧院」および
「シャルル7世の愛人アニェス=ソレルの館」に通じる地下道があるという記述がある。
「ジュミエージュの僧院(修道院)」は7世紀に建てられ、841年にノルマン人の攻撃を受けて破壊され、その後10世紀にベネディクト派修道院として復活したもの。しかし革命期に破壊され、現在は廃墟があるだけ。しかし「フランスで最も美しい廃墟」として有名で観光コースになっちゃってるという遺跡である。
アニェス=ソレル(1422-1450)はイザベル・ド・ロレーヌの侍女からフランス国王
シャルル7世(ジャンヌ・ダルクが活躍した時代の王として有名)
の「公式の愛人」となった有名な女性。フランス史上初の公認愛妾であり、片方の乳房をあらわにした肖像画でもよく知られ、それまで男性にのみ使われていた
ダイヤモンドを身につけた最初の女性でもあるなど何かと話題の多い伝説の美女だ。彼女が28歳の若さで死んだ直後から毒殺説が流布しているが
(公式には赤痢が死因とされる)、2004年秋に彼女の遺骨から多量の水銀が検出され、毒殺説がいっそう有力になってきてもいる。
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