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「驚 天動地」(長 編)
LE FORMIDABLE  ÉVÉNEMENT
初出:1920年9〜10月「ジュ・セ・トゥ」誌連載 1921年単行本化
他の邦題:「震天動地」(高橋邦太郎訳)「ノー・マンズ・ランド」(創元版)

◎内容◎

 英仏海峡に謎の船舶遭難事故が相次いで発生していた。突然水柱があがり、大渦が巻き起こり、往来する船を飲みこんでしまうのだ。フランスの青年シモン と、恋人のイギリス女性イザベルが乗る船も大渦に巻き込まれ、二人は九死に一生を得るが、海峡に本当の大異変が起こったのはその後のことだった。
  ヨーロッパ始まって以来の大地殻変動が発生!度重なる大地震と大波の襲来の末に、英仏海峡に広々とした陸橋が出現、フランスとイギリスは地続きになってし まったのだ!このまだ誰の支配も及ばない未踏の地に、沈没船の財宝を狙って悪党たちが次々と乗り込んでゆき、新たな大地は暴力が支配する無法地帯に。悪党 にイザベルをさらわれたシモンは、美しきインディアン娘ドロレスと共に戦いに乗り出してゆく――



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆ アルマン=ダルノー
「ユー森林狩猟団」の一員。

☆ アントニオ
インディアンの若者。別名「山猫の目」。

☆ イザベル=ベークフィールド
美しきイギリス令嬢でシモンの恋人。父親は上院議員のベークフィールド卿。

☆ ウィリアム
ベークフィールド卿の秘書。

☆ ウィリアム=ブラウン
イギリス人漁師。

☆ ウィルフレット=ローレストン
エドワーズの従兄弟。

☆ エドワーズ=ローレストン
シモンの親友のイギリス青年。

☆カルケール先生

「石灰石(カルケール)先生」のあだ名をもつ地質学者。英仏海峡の地殻変動を予言。

☆ ジム
無法地帯で略奪にいそしむ不良少年。

☆ シモン=デュボスク
三十歳になるフランス青年。万能のスポーツマン。

☆ チャーリー
ベークフィールド卿の下男。

☆ デュボクス氏
シモンの父。名前は不明。

☆ ド=ボージェ伯爵
ヨット「カストール号」の持ち主。

☆ ドロレス
美しく情熱的なインディアン娘。

☆バディアリノ ス
インディアンの一人。ドロレスのおじ。

☆ フォールコンブリッジ公爵夫人
ベークフィールド卿の後妻。イザベルの継母。

☆ フォルセッタ
インディアンの一人。

☆ ベークフィールド卿
イギリス貴族、上院議員でイザベルの父。

☆ ポール=コルミエ
「ユー森林狩猟団」の一員。

☆ マッツァーニ兄弟
インディアンの兄弟。


<ネ タばれ雑談>

☆ルブランのSF作品2作目

 本作『驚天動地』は、モーリス=ルブラン『三つの眼』に続いて 「ジュ・セ・トゥ」誌上に発表した長編小説で、やはり前作同様に「SF小説」に 分類できる作品だ。原題の「Le Formidable Événement」は直訳すると「壮大なる出来事」ぐ らいの意味で、これに「驚天動地」という、まさにドンピシャの名訳題を最初につけたのは、翻訳リストによると愛智博らしい(1923=大正12年に訳本刊行)。 先を越されたためかルブラン翻訳の第一人者である保篠龍緒が 「ルパン全集」に『驚天動地』を加えたのは戦後のことになる。その後かなり長い間翻訳は出なかったのだが、1987年に創元推理文庫で非ルパンもののルブ ラン作品の新訳が相次いで刊行された際、大友徳明の 新訳版が登場、タイトルは小説の第二部の題名から「ノー・ マンズ・ランド(無人地帯)」とつけられた。
 なお、いただいた情報によると1938年(昭和13)に『海 峡王』というタイトルで、本作の舞台を日本に移した翻案小説が刊行されていたとのこと。そっちは台湾が陸続きになっちゃう話 だったらしい。

 さて第一次世界大戦の終結後、ルブランはルパン・シリーズにはひとまずケリをつけていて(本作と同時進行で「虎の牙」が新聞連載されているが、 すでに大戦前に書きおろされていた)、全く違ったジャンルの小説に意欲的に挑んでいることがこの2作連続のSFの完成度からも 読みとれる。前作が異星人とのファースト・コンタクトものなら、こちらは打って変わって大地殻変動によるパニック冒険もの、といったところである。アントワネット=ペスケという研究家の意見では、ルブ ランの非ルパンもの作品のなかで『女探 偵ドロテ』とこの『驚天動地』の2作が「最上のルパンものに匹敵する」と 位置づけされるそうである(創元版「三 つの目」訳者あとがきより)。僕もほぼ同意見だ。

 英仏海峡で次々と船が遭難、それは海底での大掛かりな地殻変動の前触れと地質学者は予言する。やがて不気味な地震が相次ぎ、人々が不安にかられるなか、 ついに破局的な大変動が起こり、大陸とグレートブリテン島は陸続きになってしまう――
 この小説の前半をこのようにまとめて紹介すると、「はて、どこかで聞いたような」と思う人も多いだろう。そう、日本のSF作家・小松左京(1931-2011)の代表作『日本沈没』(1973) の展開に非常によく似ているのだ。もちろん起こる現象は「沈没」と「浮上」とで正反対なのだが、大異変が起こるまでの小さな異変が重なりジワジワと不安感 が増してゆく過程、大異変を科学的に予言する変わり種学者の存在など、共通点は多い。僕は割と最近になって本作を読んだのだが、初読時にその前半の雰囲気 の類似にかなり驚かされたものだ。小松左京が本作を読んでいたかどうかは分からないが、相当にいろんなものに首を突っ込んでいた人だったそうなので、もし かすると知ってはいたかもしれない。

 小松左京が『日本沈没』を書いた当初の動機は「日本人が日本という母国を失って世界に散らばったら どうなるのか」という疑問だったそうで、その舞台設定のために「日本が沈没する」というアイデアを作り、その科学的裏付けのために当時ようやく認知されつ つあったプレートテクトニクスを学んだのだという。そうした発想の過程は実はルブランも同じだったのではないか、と僕は思う。ルブランは逆に「誰のもので もない前人未到の大地が突然出現したらどうなるのか?」というアイデアが先にあり、その舞台設定のために「地殻変動による海底隆起」という科学的裏付けを つけたんじゃないかと。

 そう思わせる最大の理由は、この小説の後半、英仏海峡に出現した「無人の土地(ノー・マンズ・ランド)」で繰り広げられる大冒険そのものにある。『日本 沈没』は日本が沈没したところで事実上終わってしまったが(「そ の後」は長いこと書かれず、小松の晩年に共著でようやく出た)、 『驚天動地』では大地が浮上するというビックリの大異変だけで小説を終わらせず、そこを舞台にした恋ありドンパチありの大冒険が展開されてしまう。このた め小説の前半と後半でえらくムードが違ってギクシャク感も否めないのだが、どうもルブランが書きたかったのは後半の大冒険としか思えないのだ。


☆実は「西部劇」!?

 この小説の前半が『日本沈没』なら、後半は「西 部劇」そ のまんまじゃないか、と読んだ誰もが思うだろう。砂漠や荒野を思わせる舞台設定、「金鉱」や財宝を狙う欲に駆られた悪漢たち、警察機構もなく弱肉強食の無 法地帯、そこで展開される激しい銃撃戦、そしてそこへ馬にまたがって駆けてくるインディアンたち――どう見ても「西部劇」そのものである。これって英仏海 峡の話なんだよな?と首をかしげてしまうばかり。
 さすがにインディアンについては映画会社に雇われている西部劇映画用の俳優たち、という設定にはしてるんだけど、わざわざここにインディアンを持ちこま なきゃいけない必然性はないはず。つまるところ、これってルブランが「西部劇が書き たい!」と いう願望優先で書いてしまったものではなかろうか。注文した編集者側の意向という可能性もあるけど、読む限りルブラン自身が後半乗りに乗っちゃってるんだ よなぁ(笑)。これは好きで書いてるとしか思えないし、実際この後半の展開がめっぽう面白い。ルパンものとはまた違った、後年のマカロニウェスタンを思わ せるようなドライかつ残酷で、なおかつサービス精神旺盛な一級のエンターテイメント作品だと思う。その設定を作るために地殻変動まで起こす必要があったか どうかは別にして(笑)。

 登場するインディアンたちが 映画会社に雇われた俳優という設定になっているように、この時期すでに映画の世界ではアメリカ西部を舞台にした冒険活劇「西部劇」のジャンルが生まれ、人 気を博しつつあった。西部劇映画の元祖といわれる「大列車強盗」は早くも1903年に公開されたもので、1910年代にかけて十数分から20分程度の短編 西部劇映画が数多く作られた。ルブランもこの時期『虎の牙』をアメリカの映画会社からの依頼で書いたり、ルパンシリーズが映画化されたり、さらにこのあと 映画ノヴェライズ『赤い輪』を 手がけるなど映画との 縁も多く、仕事以外でも西部劇映画に結構ハマっていたのではなかろうか。本作の後半の展開はそのまんま活劇映画になりそうな、まさに血沸き肉躍る展開で、 いちいち「絵になる」場面が多く、もしかするとルブランはこの小説をあわよくば映画化、なんてことまで考えていたかもしれない(地殻変動の特撮が大変そうだが)

 映画が生まれる以前に、小説の世界ですでに「西部もの」が人気を博していた。作中でもジェ イムズ=フェニモア=クーパー(James Fenimore Cooper、1789-1851)の西部小説のような、とい う表現が何度か出てくる。クーパーは西部もの小説の元祖的存在で、とくに代表作「モヒカン族の最後(The Last of the Mohicans)」は 古典として知られ何度も映画化されており、僕も「ラスト・オブ・モヒカン」の邦題で公開された1992年版を劇場で見たし、その後傑作とされる1936年 版「モヒカン族の最後」も見ている。この小説の最初の映画化がこの『驚天動地』発表と同じ1920年であるというのも面白い符合だ。それは決して偶然では なく、西部劇映画ブームの到来で西部もの小説の古典がまた見直され人気になっていて、ルブランもそれに乗っかったのだと思われる。調べてみるとこの時期は 映画だけでなく西部ものの冒険娯楽小説(い わゆる「パルプ・フィクション」、低俗ともされやすい娯楽作である)が多数世に出ていて、アメリカのみならずヨーロッパでも人 気を呼んでいたらしいのだ。
 本文中でクーパーと並んでもう一人、ギュスターブ=エイマール (Gustave Aimard,1818-1883)の 冒険小説についても言及がある。このひと、ざっとネットで調べてみると南北アメリカ大陸とヨーロッパをまたにかけてなかなか波乱万丈な人生を送ったらし く、インディ アンのコマンチ族の女性と結婚していたこともあるらしい。彼はアメリカ西部をテーマにした小説を多く書き、決して荒唐無稽ではなく実際に見聞きしたイン ディアンの実像を描き、彼らを「野蛮人」のようなステレオタイプに描くことはしなかったという。彼の小説もルブランに多大な影響を与えているのだろう。


☆「インディアン」の描写

 英語圏の「インディアン」、ラテンアメリカにおける「インディオ」ともども、もともとコ ロンブスがアメリカ大陸を「インド」と思いこんでいたことに始まり、そのまま定着してしまった名称で、最近では「ネイティブア メリカン(アメリカ先住民)」といった呼び方が推奨されているが、ここでは「インディアン」で統一させていただく。なお、フランス語では長らく彼らのこと を「Peaux-Rouges(赤い 肌)」と呼んでおり、『驚天動地』原文でもそうなっているのだが、日本人にはなじみがないので訳文では「アメリカ・インディア ン」となっている。現在のフランスでは「Amérindiens」と呼ぶらしく、むしろそっちに近くなってしまっているようだが。

 古典的な西部劇世界においては、ながらく「インディアン」は白人の主人公たちを襲ってくる野蛮な悪役として描か れがちだった。その描写は実態に沿ったものではなく白人側の思い込みや映画上の「見栄え」を意識したフィクションであることが多い。そうした西部劇映画の 影響を受けたルブランだけに、本作におけるインディアン描写もそれに沿ったものになっていることも否定できない。
 だがその一方で、登場する「インディアン」たちがかなり混血していて、あくまで金で雇われている俳優であって現実のものとは違う、という設定はリアルな ものだし(実際、ジョン=フォードの西 部劇映画もインディアンたちにはいい収入源だったという話も聞く)、ワルなインディアンもいるのは確かだが、「山猫の目」ことアントニオ(こういう動物がらみの別名がついてるところも「ダン ス・ウィズ・ウルブズ」を思わせリアル)と美女ド ロレスは完全に善玉である。意外とドジで頼りにならない主人公シモンの危機に駆けつけ、救出してくれるこの二人の カッコいいこと!終盤のクライマックスでドロレスが馬に乗って銃を手に颯爽と駆けつけてくるシーンなんて、昔の映画館だったら場内拍手喝采というところで はないか。

 とくに…この小説のメインヒロインがお嬢様イザベルな んかではなく、シモンを情熱的かついじらしく愛し、その男勝りの勇気とアクションで危機を何度となく救ってくれ、おまけにチラッとだけど水浴びのサービス シーンまで披露するインディアン娘ドロレスであることは読者のほとんどが一致するところだろう(訳した大友徳明さんもあとがきで力説!)。 まさに今でいうところの「萌えキャラ」である(笑)。シモンも相当に誘惑されてしまうが、とうとう手は出さない、ってあたりはこの時代の小説のモラルとい うやつなんだろうけど、とにかくひときわ印象に残る女性キャラである。当時の西部劇映画か小説に似たようなキャラがいるのかどうかが気になるところで(前述のエイマールの小説にはいそうな気もする)、 も しまったくルブランのオリジナルだとすれば、西部劇の歴史においても注目すべきものではなかろうか(ま、本作は本来西部劇ではないんだけど)

  クライマックスが終わり、振り向きもせずに馬でいずこかへ走り去って行くドロレスのカッコいいことといったら!まさに西部劇映画のラストシーンそのもので ある。しかしここはアメリカの西部じゃなくって、英仏海峡のど真ん中なのだから、そのままアメリカまで馬で帰れるわけはなく、あのあとどうしたんだろ?と ツッコんでしまう(笑)。このあたり、ルブランも乗りに乗って、乗り過ぎてしまって、映画調のカッコいい描写に自分で酔ってしまったのではないかなぁ。ル ブランもこのドロレスがお気に入りだったんだと思う。
 
「その 2」へ続く

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