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☆ 漫画にみる怪盗ルパン

永井豪・安田達矢とダイナミックプロ
「劇画 怪盗ルパン」(全10巻)(小学館 1984)

 永井豪。説明の必要もない日本漫画 界を代表する、 世界的にも有名な漫画家さんです。この方が「怪盗ルパン」を漫画化していたとは、不覚にもつい最近まで僕も知りませんでした。このサイトの「ルパンを愛した日本人」コーナーを作成する過程で存在を知ったん ですね。その後運良く古本で全10巻をセットで入手することができたわけです。
 現物を入手してみると、帯に「愛読者カードで当たる!特製ルパ ン・でっかでかタオル」なんてキャンペーン告知がありまして、版元の小学館がそれなりに力の入った宣伝をしていたように思えます。確かに漫 画化された例は何度かあるけど全10巻というスケールはこれが空前にして絶後ですし、手がけるのは大物・永井豪。企画自体力の入ったものであるのは間違い ありません。しかし当時すでにルパンマニアであったはずの僕がまったくノーチェックであったというのも不思議。

 原作はもちろんルブランですが、訳本は保篠龍緒版 をベースにしています。ただし原作通りに劇画化しているのは前半5巻ぐらいでしょうか。後半5巻では巻を追うにつれ原作との乖離がはなはだしくなり、しま いにはほとんどオリジナル…という内容になってしまいます。また一冊200ページちょっとというところですので長編作品はかなり駆け足かつ詰め込み状態に なっています。
 各巻の冒頭には永井豪先生の「作者まえがき」があり、 これがなかなか面白い。一応各巻の紹介をしているんですが、「金三角」だと「手塚治虫のキャラクター」ですとか、「虎の牙」だと「少年探偵団」ですとか、 とくに内容に関係なく永井先生の連想話を書いてる場合もあります(笑)。
 ただし、各巻にあるスタッフリストを見ますと、永井先生ご自身は「キャラクターデザイン」「構成」で参加されているようです。劇画化のメインとなったの は「作者」としてもう一人名前が挙がっているダイナミックプロの作家の一人である安田達矢先生。アニメ「鋼鉄ジーグ」の原作者であることが一番有名でしょうか。一部の巻 のシナリオはやはりダイナミックプロの看板作家であった故・石川賢先 生がクレジットされています。
 劇画自体は原作をはしょったり改変したりしてますので、原作の内容については巻末の解説(星野幸さんによる)でフォローされているのも親切です。この 劇画版を入口にして原作を読んでみた人も少なからずいるのではないでしょうか。

 では、全10巻各巻について、その内容を簡単に紹介してみましょう。


1.「奇岩城」
スタッフリストなし


ほぼ原作の内容を忠実に劇画化してま す。変更があるのはボートルレとルパンの会見場所、マシバン教授「二人」がハチ合わせする場面があること、そして最大の変更点はボートルレとスザンヌが恋 に落ち、なんとベッドシーンま で描かれてしまうところ。こういうところがダイナミックプロ風味なんでしょうか(笑)。
なおホームズが登場する結末はそのままですが、ホームズが「宿命の対決」「どちらかが倒れる悲劇に終わる」といった伏線めいたことを口にします。「ルパン 対ホームズ」を先に出しておくべきじゃなかったかと思うのですが、「奇岩城」を第1巻にしたのは南洋一郎版にならった可能性が高いと思います。
現地の資料がなかったためか、想像で描かれた「令嬢達の部屋」の様子がかなり実際のものとはことなっていて、トンネル状の構造物になっています。

2.「怪盗紳士」
スタッフリストなし


「ルパン逮捕される」「獄中のルパ ン」「ルパンの脱獄」の3編をひとつの長篇としてまとめ、原作の内容をほぼ忠実に劇画化してます。好美のぼるの漫画版やフランスのドラマ版にも同様の内容 がありましたし、「怪盗紳士」のエッセンスを一番うまく出せるやりかたなんでしょう。
ごらんのとおり、永井キャラデザインのルパンはかなり悪人ヅラ。ですがプロヴァンス号の上でのダンドレジーはギャグ系永井キャラの好青年に描かれてまし た。漫画的にはしょうがないかなぁ、と思ったのですが、この漫画では原作と異なり、変装はほとんどゴムマスクをつけてることになってます。さすがにデジ レ・ボードリュへの変装はマスクではなかったですが。
ページ数に余裕があったようで、裁判シーンではルパンの前歴もきっちりと説明されています。また「獄中のルパン」にあたる章のタイトルは「人か魔か」と なっており、保篠版の名タイトルをそのまま使ってます。

3.「ルパン対ホームズ」
キャラクターデザイン:永井豪/構 成:永井豪・安田達矢/脚本:高島茂/作画:武下新一・石綿周一・五百路秀一・ダイナミック作画グループ


「ルパン対ホームズ」のうち「金髪の 美女」のみを劇画化。これもほぼ原作に忠実といっていいでしょう。ジェルボワ教授の机の盗難、ドートレック男爵の青ダイヤ、そしてルパンとホームズの対決 と展開はほとんどそのままです。
ガニマールが集合場所にする「日本茶館」は作者も気になったようで、微妙に「変な日本」風味の茶館が描かれてます。駅近くのレストランでホームズとルパン が鉢合わせする場面も出てきますが、「わたし」ではなくルパンの部下が同席してます。
左図のとおりルパンが運転手に化けてる名場面もそのままですが、このあと車の中に催眠ガスが吹き出し、ホームズは眠らされたまま船に乗せられます。しかし 船の中で目覚めたホームズはルパンの部下を偽ダイヤで買収して脱出、という形になってました。
いったん逮捕されたルパンがガニマールの手からまんまと逃げる場面では警官の中に実はルパンの部下がいて…と変えられています。駅でポーターに化けたルパ ンがホームズの前に現れますが、両者は健闘をたたえて握手してお別れ。そのあとルパンはクロチルドと一緒に仲良く立ち去ります。
クロチルドがドートレック男爵に襲われるシーンは胸が露出(汗)。

4.「813の謎」
キャラクターデザイン:永井豪/構 成:永井豪・安田達矢/脚本:蒲原直樹/作画:安田達矢・武下新一・石綿周一・五百路秀一・ダイナミック作画グループ


さすがに原作が2分冊するほどの長編 なので、南版なみの圧縮をかけてます。それでも大筋の展開はほぼ忠実。大きく違うのはスタインウェッグとジュヌビエーブがアルテンハイムに誘拐され、前者 はその場で死んでしまい(駆け付けたルパンにピエール・ルドゥックの前歴の説明をちゃんとしてから死にますが)、後者はちょっとHな拷問をうけかかる、と いうところ。ジュヌビエーブはその前にもお風呂に入ってるところを素っ裸のまま誘拐されたりしちゃいます(笑)。
後半の展開、ドイツ皇帝の登場やL・Mの正体判明の過程なんかはだいたい同じなのですが、ルパンが嫉妬に狂うあの場面は、ドロレスとポープレがベッドを共 にしているところへ踏み込むという実に直接的表現になってしまいました。まぁしかしこの漫画のドロレス、どう見ても日本人が思い描く「色っぽい未亡人」の イメージそのまんまです(笑)。
「三つの犯罪」に関しては南版を踏襲した改変がくわえられてます。ラストシーンは原作とは逆に、「ジュヌビエーブに父親だと名乗り出ては」とのビクトワー ルの勧めを断って「さようなら、わが最愛の娘よ…」と黙って立ち去ります。これもなかなか味があっていい。
ビクトワールが登場するのはこのシリーズでは本作だけです。乳母というより忠実な召使っぽい描写になっていて「ぼっちゃん」ではなく「ルパン様」と呼んで ます。

5.「水晶の栓」
キャラクターデザイン:永井豪/構 成:永井豪・安田達矢/脚本:槇村ただし/作画:安田達矢・武下新一・石綿周一・五百路秀一・ダイナミック作画グループ


この巻あたりから改変度が高くなって きます。ストーリー自体はほぼ原作通りの展開ですが、ドーブレックが色眼鏡ではなくアイパッチをしている(よけいにバレバレだよなぁ…)、ジャックの誘拐 がルパンの目の前で行われる(ビクトワールも出てきません)、ラストでドーブレックは自殺せず、気が狂って「水晶の栓」を求めてゴミをあさっている、と いった改変があります。
「813」に続いてクラリスも「色っぽい未亡人」風味。ヌード一歩手前の姿でドーブレックとベッドを共にしそうになるシーンもあります。ルパンとは最後ま でとくに何もないです。
緊迫のギロチン処刑妨害シーンは、原作通りきっちりとルパンが一撃でボーシュレーを即死させてます。「これで首を切られずにすむ」というボーシュレーのセ リフは消えゆく意識の中でつぶやくので原作よりリアルです。このルパンの「殺人」については巻末解説でも他のケースも含めて説明がなされてます。

6.「金三角」
キャラクターデザイン:永井豪/構 成:永井豪・安田達矢/脚本:石川賢/作画:安田達矢・武下新一・石綿周一・五百路秀一・ダイナミック作画グループ


僕の知る限りこの「金三角」以降のル パンシリーズで漫画化の例はこのシリーズしかないはずです。だから貴重ではあるのですが、原作ではルパンが後半からしか登場しないため、ルパンが序盤から 活躍する改変がなされています。
パトリスとコラリーの関係、そして殺人事件の核心部分はほぼそのまま残ってますが、「金三角」という言葉の真相はまるっきり変更されています。原作のまま ではショボいと思ったんでしょう、飛行船が登場して空から見下ろすと大三角形が見えるという大がかりなものになっています。
ルパンの方も気球を使って空中に浮いてみせたり、機関銃でハチの巣にされたと思ったら素早く逃れて服だけ撃ち抜かれていたというトリック(?)を一度なら ず二度も使います。おまけに事件の捜査に当たる予審判事(原作のデマリオンの役に近い)に変装して序盤から一人二役の大活躍をしています(ラストシーンで それが初めて明かされる仕掛けで衝撃度は結構あります。ネタばれスイマセン)。
そういえば描くのが面倒だったかパトリスが傷痍軍人になってません。ヤ・ボンのキャラは脚本を担当した石川賢さんの好みが出ているようにも思えますね。

7.「三十棺桶島」
キャラクターデザイン:永井豪/構 成:永井豪・安田達矢/脚本:安田達矢/作画:安田達矢・武下新一・石綿周一・五百路秀一・ダイナミック作画グループ


これも原作ではルパンが終盤しか登場 しないため、大幅に内容が改変されています。かなりの長編でもあるのでコンパクトにまとめる必要もあり、シナリオにかなり苦労したんじゃないかなあ、と思 わされます。一本の漫画作品としてはうまくまとまっている方かと。
冒頭はべロニックではなくパトリス大尉が島に調査に来るところから始まります。そしてルパンがマゲノックに変装してべロニックとほぼ同時に島に入り、大量 殺戮を横目にみつつ、陰に日向に動きまわってます。ドルイド僧にも変装しますが、潜水艦を使って海上を走るなどなかなか派手。
最大の改変が家庭教師マルーです。なんと「神の石」を手に入れるために潜入したドイツのスパイで、実はボルスキーすら手玉にとり事件を背後から操っていた ラスボスなんです(笑)。クライマックスではルパンが潜水艦の上に乗ってマルーの船を追跡、「魚雷発射!」で撃沈するという凄い展開になっています。
「神の石」の正体は原作通りですが、巨大ドルメンの上部の石そのものというかなり大きなものになりました。

8.「虎の牙」
スタッフリストなし


原作の影も形も…いや、影ぐらいはあ るでしょうか。原作読んだ人にはビックリするほどの大改変。ハッキリ言って全然別のお話です。
登場人物はおんなじでコスモ=モーニントンの遺産相続をめぐる殺人という設定も使ってますが、コスモは大富豪の老人に変更。フォービユはコスモの娘婿だが マリアンヌと再婚、エドモンはフォービユの前妻(コスモの娘ではない)の息子、ガストン=ソーブランはコスモの愛人の連れ子、デデスラマールはコスモの二 番目の妻の妹の子、といったぐあいで設定が全然違います。これら血縁者でない親族たちが、莫大な遺産を狙って共謀してコスモを殺しちゃう。マリアンヌとエ ドモンは愛人関係で、ソーブランがエドモンを殺してマリアンヌに関係を迫るなど、原作を知ってると卒倒しそうな展開(笑)。真犯人こそ原作と同じですが、 虎の飼育係という設定になっており本 物の虎と毒を塗った「虎の牙」のグローブで連続殺人をする。真犯人を倒したあとのクライマックスも左図のとおりルパンと巨大虎の大決闘です (笑)。
フロランスも「ルバスール」の名で登場しますが、美少女メイドという設定で二度もヌードを見せてくれます(笑)。ただしルパンと結婚はせず、遺産は福祉の ために役立てることになっています。
不思議なもんで一番原作を使ってるのは地下に閉じ込められたルパンが必死に脱出をはかるところぐらい。

9.「八点鐘」
キャラクターデザイン:永井豪/構 成:永井豪・安田達矢/脚本:石川賢/作画:安田達矢・武下新一・石綿周一・五百路秀一・ダイナミック作画グループ


「八点鐘」といえば8つの冒険話です が、さすがに収容しきれなかったようで、「塔のてっぺんで」「水びん」「斧を持つ貴婦人」の3つに絞って漫画化し、他のエピソードはさわり程度になってい ます。
プロローグの「塔のてっぺんで」はおおむね原作通りですが、エーグルロッシュがレニーヌを銃で殺そうとし、レニーヌが事前に仕掛けた細工のために銃が暴 発・負傷というラストに。「水びん」は札束の隠し場所を見つけるためにルパンが火事を起こすトリック(これはホームズの話の流用だなぁ…)になっていて、 水びんは登場しません。「斧をもつ貴婦人」のくだりは原作に近い漫画化ですが、狂気の発端が犬に変えられており、ルパンが斧をもつ貴婦人と大格闘したり炎 上する屋敷からオルタンスを救い出すハデなクライマックスが用意されています。
不思議なのが原作にない「消えた死体」というオリジナル・エピソードが大きくページを割いて挿入されていること。ルパンの元部下の富豪が財産を狙う息子た ちに殺されるストーリーで、トリックは「謎の家」のアレンジです。ルパンがトリックに気付くくだりはオリジナルとしてはなかなか出来がいい。
このエピソードがあるため「マーキュリー骨董店」は8つ目の冒険にカウントされず、ルパンが八点鐘の時計を置いてオルタンスに別れを告げるエピローグに なっています。

10.「ルパン再現」
キャラクターデザイン:永井豪/構 成:永井豪・安田達矢/脚本:安田達矢/作画:安田達矢・石綿周一・五百路秀一・ダイナミック作画グループ


「ルパン再現」といえば保篠版「特捜 班ビクトール」…なのですが、これも原作の影も形もないオリジナルストーリー。シリーズのしめくくりとしてルパンのいろんな要素をブチこんだ作品になって ます。
冒頭はアフリカ・コンゴのジャングルで金鉱探しをしているルパン一味。「ピラミッドの秘密」を連想させますが、なんとここで部下たちが反乱を起こし、ルパ ンは殺されてしまいます。ルパンの死を信じないガニマールでしたが、間もなく死んだはずのルパンがパリに出没、裏切った部下たちが次々と殺害されます。ガ ニマールは新米刑事ビクトルと共に捜査を進め、これに「エコー・ド・フランス」紙の美人記者パトリシアも加わっていく。事件は二転三転し、実はルパン一味 のなかでその財宝をめぐっての内紛が起こっていた…という話になっていくのですが、ルパンは冒頭で明らかに死んだはずなのに、アルセーヌ・ルパンが「再 現」し、元部下たちは恐怖におびえます。
そう、もちろん刑事ビクトルこそが彼なのですが、さらに驚くべき真相をパトリシアだけが知ることになります。まさに驚愕の真相なのでこれについてはさすが にネタばれは避けておきましょう…知ってる人だけ分かるヒントとして、「カムイ伝」とだけ。
パトリシアは「ルパンの大財産」に登場する女性記者で、偕成社版で原作の存在を知ったスタッフが登場させたものと思われます。


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