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☆ 漫画にみる怪盗ルパン


木下としお著
「怪盗ルパン」

(集英社「おもしろ漫画文庫」、1954年2月)

 1954年といえば昭和29年。日本の漫画史においてはまだ黎明期といっていいい時期です。手塚治虫によって開花した戦後の児童漫画がしっかりと軌道に乗って来た時期というところでしょうか。この時期には世界名作の漫画化も多く行われており、これもその一環だったと思われます。確認される限りこれが原典からの「ルパン」漫画化の最古となるようです。
 作者の木下としおさんは1924年生まれ。最初はアニメーターとなり、それから漫画家に転向した方だそうです。この作品は長らく幻の作品だったのですが、2008年2月に木下さん自身の「きの出版」から刊行された「木下としおの道草漫画集2」に当時のままに収録され、比較的容易に読むことが可能になりました。僕自身、この作品の存在は全く知らず、このサイトを作ったがためにファンの方から存在情報と刊行情報を教えていただき、購入にいたった経緯があります。

 上に挙げたのは「道草漫画集2」の表紙の一部に使われた原本の表紙ですが、タイトルの上に「世界名作長篇漫画」とあります。とくれば、ダイジェストにはしつつも原作をなぞった漫画なんだろと読者の誰もが思っちゃうところなのですが…
 いきなり1ページ目から、ルパンマニアの僕でも全く読んだ覚えのない話が始まります。ルーブル美術館に「エジプト国王の宝冠」が納められ、これが欲しいと思ったネーブル伯爵は美術館の管理人を買収してそっくりな偽物と入れ替え本物を手に入れてしまいます。その直後にアルセーヌ=ルパンが美術館に侵入し、偽物とは知らずに宝冠を奪い取っていく。面白いのがこの漫画におけるルパンのキャラクターデザインで、よくあるシルクハット・モノクル・燕尾服の姿ではなく、眼鏡をかけて黒髪を七三に分け普通の背広を着ている、なんだか日本のサラリーマンみたいな格好なんです(初登場時は右図のように一応マントをかけてますが)。 これはこの当時「ルパン」の通俗イメージが日本では普及してなかったのか?とも思ったのですが、これより先に漫画の中でルパンを出演させていた手塚治虫は そこそこ通俗イメージに近いルパン像を描いているので、木下さん自身にルパンの通俗イメージがなかったということではないかと思われます。それにしても片 眼鏡ではなく眼鏡をかけたルパンというのも…もしかして木下さんはモノクルを眼鏡と解釈していたのでしょうか。

 さてこの時期の漫画の特 徴とも思えますが、話の混み入り方が凄い。ストーリーの主軸は冒頭から登場する宝冠の争奪戦で、本物と偽物が入り乱れる奪い合いになるため注意して読んで ないと誰がどっちを持ってるのか分からなくなります。しかも途中から宝冠そのものよりもそこについている宝石のほうが重要であることが判明し、ますます話 がややこしくなります。
 さらに登場人物が多い。ルパン、その部下でルパンを裏切って悪役ボスとなるドラック、宝冠を一時持っていたネーブル伯爵、その伯爵に拾われやがてルパンと一緒に冒険する謎の美少女レモン、ルパンを追うガニマル警視(ルパン以外の原作登場人物は彼だけ)、次々と超時代的な発明をしてしまうくせに本職は地質学者というコークス博士、そのコークス博士の発明品のロボット犬(!)コピー、美術学生で少年探偵のトップ、シャーロック=ホームズの弟子と名乗る少年探偵ジャック…と主要人物だけでもこれだけ出てきます。

  読み進むとレモンがレーモンド、トップがボートルレをモデルにしていることが明らかになり、いちおう「奇岩城」が原作らしいと察しがつくのですが、なぜか 少年探偵は二人登場。そしてそのうちホームズの弟子ジャックのデザインはハンチング帽に大きな縞のネクタイ、その姿は手塚キャラの有名な少年探偵、あのロック=ホームと瓜二つです
 そもそもこの漫画、絵のタッチがこの時期の手塚漫画にかなり似ています。話の内容もコークス博士とロボット犬コピーをめぐる展開がほとんどSF仕立てになっており(原子力まで出てきますから)、ますます手塚漫画っぽい。ガニマル警視の部下二人のドタバタコンビぶりも手塚キャラの「チックとタック」によく似ています。
 ただし、「道草漫画集2」に載っている木下さんの他の作品を見ると、むしろ「イガグリくん」などで知られる福井英一のタッチによく似ており、作品によって絵の使い分けをしていたことがうかがえます。「怪盗ルパン」では「手塚調に」という編集側からの指定でもあったのかもしれません。

 物語は途中から突然エジプトに移ってしまいます。この展開は南洋一郎『ピラミッドの秘密』に よく似てますが、実はこの漫画の方が早い。地下牢に閉じ込められて危機一髪で脱出するくだりなんか、南洋一郎が参考にしたんじゃなかろうかと思うぐらい似 ています。そして宝石の謎がエジプトの古文書で解き明かされることになり、突然古代エジプトのドラマが漫画で描かれたりして、さらにややこしさが増してい きます。ここでエジプト文字を解読できない登場人物たちに代わって作者の「木下さん」が翻訳ナレーションを担当、語りが終わると登場人物が「というわけじゃ。木下さんによればのう」と言っちゃうという楽屋オチが面白い。あとで別の文字が読めず「木下さんもいないし」と困っちゃう場面まであります(笑)。

  舞台がフランスに戻ってからは、暗号解読から浮かんだ「針の城」という言葉をめぐってルパンとトップ・ジャックが謎解き合戦をするなど、ようやく『奇岩 城』のストーリーに沿ってきます。ラストにはちゃんと針の岩も出てくるのですが、ここで序盤からあったSF色が発揮され、なんとストーリーは異星人とのファーストコンタクトものになっていってしまうのです!ペルセウス流星群が話にからんでいるところは『二つの微笑をもつ女』を連想させなくはないのですけど。
 今からでも読もうと思えば読めるものですので、ネタばれは書きませんが、「奇岩城」になってきたなぁ…と思ったら、まさに驚愕の結末が待ってます(汗)。それにしても「世界名作」と銘打っておいて、原作とはまるっきり別ものになっちゃってる漫画っていいんでしょうか。

 などと思いつつラストのコマを見ますと…作者からの「解説」が。
 「『怪 盗ルパン』は、フランスの作家、モーリス・ルブランによって書かれました。『怪盗ルパン』が、はじめて世に出たのが、1906年でした。それ以来、ものす ごい人気で、つぎつぎと、何冊も何冊ものルパン物が作られていきました。およそ、探偵小説を一度でも読んだことのある人で、ルパンの名を知らない人はない でしょう」
 …ようやく「世界名作長篇漫画」らしい解説になりました。しかしこんな話になるとはルブランもビックリしちゃうよなぁ(SFも書いた人だけど)
 すると、そのあとにこんな文も。
「この漫画は、保篠龍緒氏訳『怪盗ルパン』から、訳者の許可をえて、みなさんにわかりやすく作ったものです」
 …わかりやすく…(汗)。ちゃんと保篠龍緒から許可もとっていたんですねぇ。


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