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「謎の家」(長編)
LA DEMEURE MYSTÉRIEUSE
初出:1928年6〜7月「ル・ジュルナル」紙連載 1929年3月単行本化
他の邦題:「怪屋」「怪屋の怪」「怪屋の怪奇」(保篠版)「怪奇な家」(ポプラ)

◎内容◎

 オペラ座で開かれた催しのさなか、観衆の面前で美人歌手レジーヌが誘拐された。犯人はある屋敷に彼女を連れ込み、彼女が身に着けていたダイヤの衣装だけを奪って彼女を解放する。一 週間後、今度は美貌のモデル・アルレットが何者かに誘拐され、やはりある屋敷に連れ込まれるが、隙を見て逃走に成功する。二つの事件は同じ犯人、同じ屋敷を舞台に行われたことが明らか になるが、突き止められたその屋敷はメラマール伯爵の古い屋敷だった。
  メラマール伯爵兄妹は無実を主張するが、メラマール家は代々この屋敷に呪われているかのように不幸が続く歴史を持っていた。その歴史がまた繰り返されたの か?探偵ジム=バーネットから冒険航海家ジャン=デンヌリに変身したルパンは、再びベシュと妙なコンビを組んで謎に迫る。



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アドリアン=ド=メラマール
高級住宅地のユルフェ通りに先祖伝来の屋敷をもつ伯爵。慈善事業家。

☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。

☆アルフォンス=ド=メラマール
アドリアンの祖父。ナポレオン三世の副官となったが窃盗・殺人の容疑をかけられ自殺。

☆アルレット=マゾール
シェルニッツの店に勤める美人モデル。私生児で姉が二人いる。レジーヌに続いて誘拐の被害者となる。

☆アントワーヌ=ファジュロー
南米生まれの好青年。

☆アンリエット=ド=メラマール
フランソワ=ド=メラマールの妻。

☆イレーヌ
アルレットのモデル仲間。

☆ヴァン=フーベン
レジーヌに積極的に言いよる好色の宝石商富豪。盗まれたダイヤを取り戻すことにばかり執念を燃やす。

☆オクターブ
以前アルレットに言いよってきた男。

☆グラダン
セーヌ左岸で店を開いている骨董屋。

☆ジェルトリュード
メラマール家の召使。執事のフランソワの妻。

☆シェルニッツ
一流デザイナー。

☆ジム=バーネット
探偵。前作「バーネット探偵社」の主人公でベシュ刑事と数々の難事件を解決。

☆ジャック
以前アルレットに言いよっていた男。

☆シャルロット
アルレットのモデル仲間。

☆ジャン=デンヌリ
自動艇で世界一周を成し遂げた冒険航海士の子爵。

☆ジュール=ド=メラマール
アドリアンの曽祖父。ナポレオン時代から王政復古期に活躍したが殺人容疑で獄死。

☆ジルベルト=ド=メラマール
アドリアン=ド=メラマール伯爵の妹。離婚して兄と同居している。

☆セシル=エリュアン
アルレットの知人のモデル。

☆テオドール=ベシュ
巡査部長。以前ジム=バーネットと腐れ縁があり、デンヌリの正体をすぐに見抜く。

☆ドミニク=マルタン
ラ=バルネリの孫。

☆トリアノンばあさん
「プチ・トリアノン」という古道具屋を営む老女。本名はビクトリーヌ。

☆ビクトワール
ルパンの乳母。

☆フェリシテ=マルタン
ドミニク=マルタンの三女。

☆フランソワ
メラマール家の門番兼執事の老人。

☆フランソワ=ド=メラマール
フランス革命期の貴族。アドリアン=ド=メラマールの先祖。

☆マゾール夫人
アルレットの母親。病気がち。

☆マルタン
フランス革命期の人物。フーキエ=タンビルの友人。ラ=バルネリと結婚。

☆ラ=バルネリ
フランス革命期に生きた舞台女優。メラマール伯爵の愛人となる。

☆ルーベンの奥さん
詳細不明だが、アルレットの家の隣人?

☆ルクルスー
パリ市会議員。汚職事件を起こすなど評判はよろしくない。

☆レジーヌ=オーブリー
美人歌手。オペラ座で誘拐され、ダイヤの衣装を奪われる。

☆ロランス=マルタン
トリアノンばあさんの妹。


◎盗品一覧◎

◇ヴァン=フーベンのダイヤ
ヴァン=フーベンがコンスタンチノープル(イスタンブール)でユダヤ人から盗み出したもので、レジーヌ=オーブリーの衣装に飾り付けられた。デンヌリがドサクサに紛れて頂戴しているが、後日ベシュに送りつけてやったらしい。


<ネタばれ雑談>

☆バーネット・ベシュのコンビふたたび!?

 『謎の家』は前作『バーネット探偵社』の単行本が出た1928年2月からわずか4カ月後、6月から7月にかけてのおよそ一ヶ月「ル・ジュルナル」紙に連載された小説だ。内容的にも『バーネット探偵社』と直結する「続編」となっており、巡査部長に昇進したベシュと、バーネットから変身したデンヌリ子爵が、またまた奇妙なコンビを組んで事件の捜査にあたることになる。

 『バーネット探偵社』の続編である本作は、『八点鐘』『緑の目の令嬢』ともども、『奇岩城』『813』に はさまれた「ルパン空白期」の時代を背景とする物語だ。『バーネット探偵社』のネタばれ雑談でジム=バーネットとベシュの一連の事件が起こった年を仮に 「1909年」としておいたが、その後日談である『謎の家』は本文中に年代を確定できる手がかりがある。メラマール伯爵がファジュローに屋敷を引き渡す日 付が「4月28日木曜日」と明記されているのだ。万年暦で調べると、これに該当するのは1910年4月28日。ベシュがデンヌリことバーネットに会うのは久々のような表現もあるし、やはり『バーネット探偵社』が1909年、『謎の家』が1910年の物語と確定してよいと思われる。

  ただし、ルパン・シリーズ全体を見渡すと明らかな矛盾も生じる。『奇岩城』から『813』までのあいだ、ルパンは死亡説も流れるほど全くの消息不明になっ ていたはず。ところがこの『謎の家』ではデンヌリ=ルパンという情報が新聞で大きく報じられ、事件解決後も世間で話題にされていたことになっている。『緑 の目の令嬢』でもルパンの正体が割れていたが、それでもごく限られた関係者しか知らない情報とされてなんとか矛盾をクリアしていたのだが(『813』とつながるエピローグもあった)、『謎の家』ではもう「空白期」の設定自体を忘れ去ってしまっているのかのようだ。
 これについては作者のルブラン自身が『バーネット探偵社』以降、シリーズの年代考証にあまりこだわらなくなり、ルパンというキャラクターを使って自由に物語を書くことにしたのではないかとの説もある(ポプラ社「シリーズ怪盗ルパン」の『ルパンの名探偵』の矢野歩氏の解説など)。深読みすると『虎の牙』以降はルパン・シリーズから離れて他の冒険推理小説を手がけようとしたルブランだったが、周囲の事情からシリーズをルパンシリーズを書かされ続けるハメになり(これまでの雑談で触れたが『八点鐘』『バーネット』ともに当初別物だったのをルパンシリーズに改変させられてる可能性がある)、ここにきてついに「開き直り」をして過去の作品とのつながりをあまり考えなくなったのではなかろうか。


☆ルパン自身がお気に入りの冒険譚?

 前作では前書きで「バーネットとルパンは同一人物」であることを明示しつつも本文中ではほのめかす程度にとどめていたが、本作では物語の中でデンヌリ=バーネット=ルパンの「三位一体」が白日のもとにさらされる。また小説の冒頭に「アルセーヌ=ルパン未発表回想録より」というルパン本人の手になる文章が掲げられた。これまではルパンの伝記作者がルパンの打ち明け話を聞き書きしたというスタイルで統一されていたが(初期の『ルパン逮捕される』『ふしぎな旅行者』はルパンの一人称小説だが、これは「本人の語りをそのまま文章化したもの」と解釈できる)、 ルパン自身の手になる文章が登場するのは事実上これが初めてだ。これまでもアルセーヌ=ルパンという人物が実在するかのような記述は何度か見られたが、と うとうルパンその人の「回想録」からの引用文という、グッとリアリティを増すギミックを出現させたわけである。もちろん一種のジョークなのであるが、当時 「怪盗ルパン」の実在を信じている人が少なからずいたとの逸話も残されている。

 この「未発表回想録」のなかでルパンは自分が過去に体験した数々の冒険が「つまるところ、情熱にかられるままに、ひとりの女性を追い求めたことから生まれたもの」と告白している。そのときそのときの事情に応じて「別人」に変身しているルパンはそのたびに新しい人生を生き、はじめての「本当の恋」を覚え、あるいは「もう二度と恋なんてするものか」というほどの失恋を味わったと語っている。そしてそれら自分の分身たちを「自分と似たところのある未知の兄弟のようなもの」と 表現し、数々の冒険を自分自身とは別人の体験であるかのように感じている、とまで語る。まぁ作品ごとに別の女性と恋に落ちるルパンの多情ぶりについての言 い訳設定とも思えるが、自在に「別人」に変身してしまうルパンならではの言い訳でもあり、それなりにリアルにも感じられる。

 ルパンが告白するように、これまでの全ての冒険が「女性のおっかけ」を主目的としていたとはとても信じがたいのだが(とくに『813』)、第一次世界大戦以後の作品にその傾向がかなりあるのは事実だ。そして本作『謎の家』は美人モデル・アルレット=マゾールとの恋愛を目的に始まった冒険であり、ルパン自身この恋愛の主人公であるデンヌリ子爵に「いくぶん愛着をおぼえる」と語っている。そしてその恋がめでたく成就したことを冒頭で明かしてしまっているのも珍しい。
  恋愛の展開をストーリーのメインに据えているという点、最初のうちは美女二人が登場している点、本命ヒロインをめぐる恋敵がそのまま主人公の宿敵である点 など、『緑の目の令嬢』との共通点も目につく。まためでたく恋愛が成就するハッピーエンドではあるが、その関係がやはり一時的な割り切ったものになりそう な気配が感じられる点も『緑の目』と同じだ。さらにいえばルパンが変装している人物が「世界をまたにかけた探検家」であること(実際に実行したかはかなり怪しい)、シリーズのレギュラーキャラクター・乳母のビクトワールがさりげなくチラッと登場する点、デンヌリの「キス治療」や、ヴァン=フーベンの「ダイヤは?」のギャグがお約束のように繰り返され、全体的に明るく楽しい雰囲気で一貫しているのも『緑の目』同様だ。


☆「家」そのものを使った大仕掛けトリック

  探偵小説としてのルパン譚である以上、謎とき要素はもちろんある。「謎の家」というタイトルの通り、舞台となる家そのものにミステリーがあるのだ。犯行現 場であることは被害者たちの証言から明らかでありながら、当の屋敷の主はまったく身に覚えがない。果たして真相は――?という「謎」であるわけだが、種明 かしの前に勘付いてしまった人も多いのではなかろうか。メラマール伯爵たちが犯人でないとすれば、必然的に解答は一つしか考えられないからだ。

  アイデア自体はルブランらしい大胆かつ斬新なものであったと思う。ただその「料理」の仕方が本作ではいま一つで、読者に見当がついてしまう確率が高いのが 残念なところ。そもそもタイトルを「謎の家」にしてしまったことが、家そのものに仕掛けがあるんだな、と勘付かせる原因になってしまっている。また主人公 デンヌリ自身の推理過程の描写ももっぱら犯人グループの人脈と、動機をたどって先祖の調査をしていく方面に集中されているため、種明かしのくだりになって も読者には驚きが少ない。
 もっとも当時の読者がどう感じたかは分からない。20世紀後半以後のように「同規格の大量生産」がまだ実現していない 時代にあっては、このトリックはそこそこ驚きをもって迎えられたかもしれないのだ。このトリックに現実感をもたせるためにフランス革命期以来の歴史物語を 謎とき部分で延々とやるのだが、そのせいで家のトリックよりも数世代にわたる怨念話のほうがメインになってしまった印象もある。

 また、恋愛メインの軽い話を目指したせいでもあるのか、「犯人探し」がえらく荒っぽくまとめられているのもミステリ的には残念な点。デンヌリがアントワーヌ=ファジュローを 敵視するのも論理よりも恋敵として憎悪する感情的な原因による部分が大きいし、一見誠実そうな好青年が実は…というのもあまり芸がない。中盤、ルパンと対 抗できそうなほどの策謀家ぶりも見せてくれるかと思いきや謎とき部分ではいともあっさりと全面降伏で、歴代の敵キャラのなかでも最弱ではないかと思えるほ どの情けなさ。まぁ総じて大した悪事は働いていないのでデンヌリも彼を逃がしてやる結果になるのだが。

 などなど、推理小説としてみると いささか残念な出来の本作。むしろこのアイデアなら長編化するより短編か中編ぐらいのほうがいい作品に仕上がった気もする。ただ「家」のトリック自体が斬新なものであったのは事実で、『八点鐘』における密室トリックと同様に後年推理小説の1ジャンル ともいえる「館」もののルーツとみなされることもある。直接的影響を作者が明言してるのかどうか確認してないが、エラリー=クイーンの古典的傑作の一つ(ミステリなので名は伏せます)が『謎の家』の巧みなアレンジと指摘されるし、江戸川乱歩横溝正史のジュブナイル小説にも本作のトリックのアレンジとみられる作品がある。
 また、永井豪安田達夫とダイナミックプロによる「劇画怪盗ルパン」シリーズの「八点鐘」のまったくオリジナルの一編「消えた死体」は、『謎の家』のトリックをアレンジしてレニーヌとオルタンスの冒険に仕立てた異色編である。

「その2」へ続く

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