怪盗ルパンの館のトップへ戻る

「金髪の美女」(中編)
LA DAME BLONDE
初出:1906〜1907年「ジュ・セ・トゥ」誌22〜27号 単行本「ルパン対ホームズ」所収
他の邦題:「金髪婦人」(新潮)「金髪の婦人」(創元)「金髪美人」(ポプラ)「ブロンドの貴婦人」(コミック版など)

◎内容◎

 数学教師ジョルボア教授は古道具屋で古びた小机を購入した。ところがなぜかその小机に執着する青年がおり、間もなく小机はジョルボア教授の自宅から消失する。小机にはなんと宝くじ百万フランの当たり券が入っており、しかも盗んだのは怪盗アルセーヌ・ルパンその人だった。
 続いてオートレック男爵が殺害され、その後競売に掛けられた彼の青いダイヤが盗み出されるという怪事件も発生。両方の事件にはルパン、そしてその共犯となる「金髪の美女」が関与しており、彼らが現場から煙の如く「消える」という共通点があった。ルパンの宿敵ガニマール警部の捜査も行き詰まり、イギリスの名探偵シャーロック=ホームズに事件解決の依頼が飛ぶ。
 ホームズは友人ワトソン博士と共に海を渡り、パリへとやって来た。とあるレストランで不測の再会をした怪盗と名探偵は、十日間にわたる死闘を開始する。



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アルセーヌ=ルパン
青年怪盗紳士。

☆アルマンジャ
ルルー兄弟の住むアパートの家主。

☆アンデル氏
クロゾン伯爵のいとこ。

☆アンデル夫人
アンデル氏の妻。

☆アントワネット=ブレア
オートレック男爵邸に雇われた金髪の小間使い。

☆エドモン=ルルー
パリ警察の人体測定課の係長。

☆エルシュマン
有名な金融家で「金鉱王」と呼ばれる大富豪。青ダイヤの指輪のオークションで楽勝と思われたが…

☆エルネスト
「グラン・ガラージュ」に雇われた運転手。

☆オーギュスト修道女
オートレック男爵の家に住む修道女。病身の男爵の面倒を見ている。

☆オートレック男爵
第二帝政時代にベルリン駐在武官をつとめた元軍人の老人。就寝中を何者かに殺害される。

☆オルタンス
ジェルボア教授邸の女中。

☆ガストン
タクシー会社に雇われた運転手。

☆ガニマール警部
一度はルパンを逮捕した老刑事。事件にルパンが関与するとみるや激しい執念を燃やして捜査に当たる。

☆クライヴデン夫人
ハンガリー料理店の客。

☆クリース侯爵夫人
ハンガリー料理店の客。

☆クロティルド=デタンジュ
建築家デタンジュの娘。

☆クローゾン伯爵
アメリカの富豪。妻との仲はあまりうまくいってないらしいが…

☆クローゾン伯爵夫人
アメリカの女富豪。ダイヤや宝石のコレクションで有名で、青ダイヤの指輪も競売で競り落とす。ところがそれを盗まれてしまう。

☆ジェルボア
ヴァルサーユ高等学校の数学教授。妻とは死別し娘のシュザンヌを溺愛している。シュザンヌへのプレゼントとして古道具屋で買ったマホガニー製の机を、たまたまその中に入れていた百万フランの宝くじ当たり券ともどもルパンに盗まれる。

☆シャーロック=ホームズ(ハーロック=ショーメス、エルロック=ショルメス)
イギリスはロンドン・ベーカー街に住む名探偵。アルセーヌ=ルパンにまつわる怪事件の調査を依頼されパリにやって来る。

☆ジャニオ
ルパンの部下。

☆シャルル
オートレック男爵邸の下男。

☆シュザンヌ=ジェルボア
数学教授ジェルボアの娘。いとこのフィリップとひそかに愛し合い結婚の意思を決めているが、父親には言い出せずにいる。

☆スティックマン
建築家デタンジュに秘書として雇われるドイツ人。

☆ダンデル兄弟
クローゾン伯爵のいとこ。

☆ディブルーユ
鑑定家。クルボー街8番地の6階に居住。隣の建物の6階も所有してひとまとめの住宅にしている。

☆デストロ
ハンガリー料理店の客の一人で、上流夫人や紳士と交流がある。

☆デュージー
パリ警視庁刑事。ガニマールの指揮下で捜査に当たる。

☆デュドゥイ
国家警察部部長。

☆デュブルーユ
クルボー街に住む鑑定家。

☆ドクワントル
警察署長。

☆ドティナン
弁護士。急進党の有力代議士でもあり、宝くじ事件に関連してルパンから弁護士に指名される。

☆ビクトール=ルルー
国家警察部の敏腕刑事。

☆ハンガリー料理店のボーイ長
ルパンの部下の一人。

☆フィリップ
シュザンヌのいとこ。貧しい青年だが、シュザンヌと恋仲。

☆フェリックス=ダヴェー
クルボー街8番地5階に住む青年。

☆フォーベル
クルボー街8番地の建物の5階に一家で住む人物。

☆フォランファン
パリ警視庁の刑事。ガニマールの指揮下で捜査に当たる。

☆フライヒェン氏
オーストリア大使館領事。青ダイヤの指輪盗難の嫌疑をかけられ逮捕される。

☆ブライヒェン夫人
ブライヒェン氏の妻。夫の歯磨き粉入れから青ダイヤの指輪が発見されたために卒倒、気絶。

☆ブランシュ=ド=レアル夫人
クロゾン伯爵夫人が最近知り合った友人。ダイヤモンドのブローカーでもある?

☆プロボ
クルボー街8番地の6階に住む、フォーヴェルのいとこ。

☆フロックコートの紳士
ルパンの部下の一人。

☆ベシー少佐
砲兵少佐。金に困って宝くじ券を20フランでジェルボア氏に売ったが、直後に落馬で死亡。

☆ボブ=ワルトゥール夫人
駐車場・レンタカー会社「グラン・ガラージュ」の女社長。自動車による誘拐事件にも詳しい。

☆マクシム=ベルモン
建築家デタンジュのもとに弟子入りした青年建築家。デタンジュの娘クロティルドと愛し合っている。

☆リュシアン=デタンジュ
建築家。パリ市内の各地の高級邸宅をデザインしている。

☆レオナール
宝石商。

☆レオンス=ドートレック
オートレック男爵の甥で遺産相続人。

☆ロンドン駐在のスペイン大使
ハンガリー料理店の客。

☆ワトソン(ウィルソン)
ホームズの友人の医師で、助手兼伝記作者。ホームズともどもパリにやって来るが、足を引っ張ってばかり。

☆わたし(ぼく)
ルパンの友人で伝記作者。ルパンとホームズ、ワトスンの会食に偶然立ち会う。


◎盗品一覧◎

◇マリー=ワレウスカの小机
ナポレオンの愛人となったポーランド女性マリー=ワレウスカにナポレオンが贈った机。「いちい」とマホガニー材で作られ、引き出しに「ナポレオン一世に献上、陛下の忠実なる臣下マンシオン」の銘がある。その上にナポレオン自身が「マリーへ」とナイフで刻んでいる。ナポレオンは皇后ジョゼフィーヌのために同じ机の模作を作らせており、現在は国立家具博物館で展示されているのはその模作のほうだという。

◇百万フラン宝くじの当たり券
ルパンがジョルボア邸から盗んだ机に偶然入っていたもの。盗んだ当人ももちろん知る由も無い。

◇青ダイヤの指輪
A大公がレオニード=Lに与え、レオニードの死後、オートレック男爵が某女優のために買い取ったもの。


<ネタばれ雑談>

☆怪盗ルパンと名探偵ホームズ、全面対決!

 『おそかりしシャーロック=ホームズ』でとうとうホームズ本人をルパンシリーズに引っ張り込んでしまったルブランは、いよいよ両雄の全面対決の展開に物語を持ち込んでいく。しかもこれまでの短編スタイルではなく、ほぼ長編といっていい長さの連載形式だ。ルブランがこの対決の執筆にかなり力を入れていたことがうかがえる。

 しかし「おそかりし…」の解説でも書いたように、ホームズの作者コナン=ドイルは当然ながらルブランに抗議を申し入れ、ルブランは「シャーロック=ホームズ」「ハーロック=ショーメス(エルロック=ショルメス)」に、その助手となる「ワトソン」博士を「ウィルソン」にとそれぞれ差し替えることになった。ただし本文中に「(ハーロック=ショーメスが)大小説家、たとえばコナン=ドイルの頭脳から生まれた英雄ではないかと疑うのである」といった記述が残っており(偕成社版ではなぜかこの一文はカットされている) 、これがホームズとワトスンであることは明白で、かつ商売上の理由(笑)もあり、日本語版では「ホームズ」と表記してしまうのが通例となっている。本作から登場するホームズの相棒「ウィルソン」も「ワトソン」に直している例も多いが、新潮文庫版(堀口大学訳)や創元推理文庫版(石川湧訳)では「ウィルソン」のままになっている。
 また、事件捜査を依頼するためホームズの住所が口にされる場面があるが、原文では「パーカー街219番地」となっている。新潮文庫・堀口大学訳版がこの住所になっているのだが、創元版では「ベーカー街219番地」となっている。偕成社版や岩波少年文庫版、そしてポプラ社版ではシャーロック=ホームズの「原典」に従って全て「ベーカー街221番地B」に書き直されている。

 余談ながらロンドンの住所に「ベーカー街221B」は実在せず、それにもっとも近いとされる場所に「ホームズ博物館」が存在する。2002年春に僕はイギリスに旅する機会があり、ついでにロンドンでこのホームズ博物館を見物してきた。ベーカー街の地下鉄駅を出るといきなりホームズのコスプレをしたお兄さんが案内しているのですぐ分かる(笑)。「博物館」は一階がお土産売り場で、二階、三階がホームズ譚に描かれたホームズとワトソンの同居部屋を忠実に再現した展示室となっている。壁に銃で撃ち込まれた「V.R」(ヴィクトリア女王の頭文字)の跡がちゃんとあるとか、いろいろ芸が細かい作りとなっていて楽しい。
  
 この『金髪の美女』におけるシャーロック=ホームズの登場は中盤以降で、前半はルパンの本来の宿敵ガニマール警部がルパンと活躍する。『獄中のルパン』で「シャーロック=ホームズにほぼ匹敵する」 とルパンに評価されたガニマールだが、本作ではほとんど一方的にルパンに裏をかかれてばかりで、所詮はホームズを引き立たせるための道化役に過ぎない。オートレック男爵殺害現場では天才的ではないもののさすが老練な名刑事、という推理を披露してもいるが…。ルブランとしてはキャラを拝借している以上「ホームズ」に花を持たせようと考えて一応ホームズがルパンを逮捕するが、それをドジで逃がしてしまう役割をガニマールが演じさせられているわけだ。

 怪盗対名探偵の歴史的対決が行われた年は本文中に明記は無いが、ジェルボア教授がルパンと会った日付が「3月12日、火曜日」と明記されており、暦で調べると「1901年」と確定できる。本文の展開をおいかけていくとルパンとホームズが対決した11日間は9月1日〜9月11日のことである可能性が高い(後述)。推理小説史上の名勝負は20世紀の幕開けと共にあったのだ。


☆第一の事件〜「ジェルボア教授の机盗難」

 この『金髪の美女』「ジェルボア教授の机盗難事件」「オートレック男爵の青ダイヤの指輪事件」 の二つの事件が、「金髪の美女」とルパンの謎の出現と消失という共通性で結びつくという展開になっている。ルパンシリーズとしては初めての「長編」を書くにあたってルブランがとった作戦はそれぞれ独立した短編になりうるエピソードを共通トリックでつなげて見せる、というものだった。

 「ジェルボア教授の机盗難事件」はかなり突拍子もない展開をたどる事件だ。そもそものきっかけはルパンの歴史的骨董コレクション趣味(笑)であったにすぎず、古道具屋で売買の話がついていれば普通に金を払っていて事件にすらならなかったと思われる。それをわざわざ盗み出すというルパンのマメさはむしろ微笑ましいぐらいだが、その中に偶然にも「宝くじの当たり券」が入っていたというからビックリ。当たるだけだってとんでもない確率なのだが、それがこともあろうにルパンに盗まれてしまうとは…確かに話としては面白いんだけど、推理小説としてはできすぎた展開と言わざるを得ない。

 この事件の展開で目立つのがマスコミ(といっても新聞ばかりだが)を利用して大衆の目を引く「劇場型犯罪」の戦略だ。犯罪者であるため所在を明かせないルパンとジェルボア教授の通信は常に新聞を通して行われるわけだが、これによって世間の注目を常に集める展開にもなってしまう。ルパンの目立ちたがりの性格も理由の一つではあるが、このように大衆の目を常に事件に向けておくことで被害者や警察の目をくらまし、選択肢をせばめて自分のペースに事態を持っていこうという目論見も見え隠れする。
 ルパンが新聞を利用するのは『獄中のルパン』で早くも見られ、本作をふくめた初期作品にたびたび登場する「エコー・ド・フランス」なる新聞は明らかにルパンその人が経営する「機関紙」である。この事件でもルパンは「エコー・ド・フランス」をフル活用しており、ジェルボア教授にメッセージ広告を打たせたり、ホームズの一挙一動を伝えて焦りを引き出したりしている。

 ルパンから代理人の指名を受ける幸運にめぐまれ、明らかに面白がって事件に関わっているドティナン弁護士だが、実際にはその「能力」ではなくその「住居」がルパンの欲するものだった。ところでこのドティナン氏、「急進党の有力代議士」 でもあることになっている。「急進党」とはフランス第三共和制時代における有力政党で、1901年に「急進社会党」と改名しているが一般に「急進党」と呼ばれることが多い。名前はずいぶん左翼政党っぽいのだが、社会主義的政策も掲げつつも実態は「小ブルジョア」層を支持基盤にする中道政党だ。第一次大戦から第二次大戦後にかけて何度か政権を獲得している。最近ではすっかり弱小勢力になっちゃってるようだが…

 「盗品一覧」の項目にも書いておいたが、この事件における本来のお宝の持ち主であるマリー=ワレウスカについてもちょこっと。
 彼女はポーランド貴族の女性で、「マリア=ヴァレフスカ」というのが現地の読み方。政略的経済的理由からなんと16歳で62歳のヴァレフスキ伯爵と結婚し一子をもうけているが、1807年にこの地にやってきたフランス皇帝ナポレオン にその美貌を見初められた。英雄色を好むというやつでナポレオンはこの人妻に露骨な求愛をし、マリアも最初は貞淑な妻としてこれを拒絶していたが、ロシアとの対抗上ナポレオンのご機嫌をとりたいポーランド貴族たちはマリアと夫を説得し、彼女をナポレオンの正式な愛人に仕立ててしまった。まぁ年寄りの夫から引き離されて世紀の英雄に愛されたのだからマリアもナポレオンを強く愛するようになり、やがてナポレオンの子アレキサンドルを産んでいる。この子は公式にはナポレオンの子と認知されずヴァレフスキ伯爵の子とされたけど…。
 このときナポレオンには皇后ジョゼフィーヌがいた。『金髪の美女』の中でルパンが「マリアに贈ったのと同じ机をジョゼフィーヌにも作った」と説明しているのはフィクションだろうがありえなくもない。マリアに実際に会ったジョゼフィーヌは、優しく控えめなマリアに対して好印象を抱いたとの逸話もある。やがてナポレオンはこのジョゼフィーヌと離婚するのだが、成り上がり者で箔付けが欲しい彼はポーランド貴族のマリアではなくハプスブルグ家のマリー=ルイーズと再婚してしまう。しかしマリアのナポレオンへの愛情は変わらず、その後のナポレオン没落の過程でも彼への純愛を貫き通し、1817年に31歳の若さでこの世を去っている。
 激動の歴史の狭間に美しく咲いた一輪の花というわけで、マリア=ヴェレフスカは有名かつ人気もあり、グレタ=ガルボに演じられて『征服』(1937年製作)という映画にもなっている。


☆第二の事件〜「オートレック男爵の青ダイヤ」

 良く知られるように犯罪者ルパンはあくまで殺人をしないのがモットー。もっともそういうルールは初期から確立されていたわけではない。明記されるようになるのは『奇岩城』あたりからで、『813』ではケッセルバッハが相手がルパンと聞いてかえって安心する描写があるぐらいになるが、ルブランとしては当初からそういう設定にしていたわけではなかったようだ。例えば『黒真珠』ではシリーズで初の殺人が描かれているが、証拠もないのに宿敵ガニマール警部は「これにはルパンのにおいがする」と口にしている。まぁあくまでルパンが殺したとは言ってないわけだけど。
 本作の第二の事件「オートレック男爵事件」は殺人事件である。実際には事故というか正当防衛であったということにはなるのだが、この血なまぐさい事件の現場に来たガニマール警部はやはりそこに「アルセーヌ・ルパンの影」を感じ取っている。もちろん殺人そのものに感じ取ったのではなく、荒らされていた現場がいつの間にかもとに戻されているという怪奇性に「ルパンっぽさ」を感じているのだが、「ルパンは殺人をしないはず」と指摘する人は誰もいない。
 この「殺人をしないルパン」の設定は、同時期に人気を得ていた犯罪者もの(有名どころで「ファントマ」)が殺人をも辞さないキャラクターであったため、それとの対抗上明確にしたのではないかとの指摘もある。

 この事件は少々ややこしい経過をたどる。もともとルパンは有名な青ダイヤを狙って「金髪の美女」ことクロティルドをオートレック男爵邸に潜入させていた。しかし「事故」によりクロティルドがオートレック男爵を死亡させることになってしまい、その後ルパン一味は現場の後片付けだけあわただしくやって青ダイヤそのものは放置している。これは殺人にからんだ泥棒はしたくはないというルパンの主義なのかどうか…?
 その後、競売に工作をして青ダイヤが自分たちに都合のいい人物の手に落ちるようにしたうえで8月に入ってから「金髪の美女」を使ってこれを盗み出す。事件発覚を遅らせるため偽の「再生ダイヤ」を使って別の容疑者を仕立て、さらにはガニマールの捜査を誤らせるべく「金髪の美女」の別人まで用意しておく。周到といえば周到な気もするけど、よく読むとずいぶん回りくどいやり方をしているようにも感じてしまう。


☆ルパン対ホームズ第1ラウンド(第一日)

 この事件の捜査が行き詰まったことにより、イギリスの名探偵ホームズ(原文ではショーメス)に事件解決の依頼が飛ぶ。さっそくパリにやって来たホームズは北駅近くのレストランでルパンと偶然に遭遇する。その前のルパンと伝記作者(「ハートの7」以後親交を結んだ彼である)の他愛ない会話も面白い。

 伝記作者と話すルパンが、自らの青春の謳歌を盛大にアピールしているのも目を引く。この時点でルブランが自らの生み出したこのキャラクターの人生をどこまで語る気だったのかは分からないが、全シリーズを通して読んだ後にこのくだりを読み返すと、20代半ばのルパンの血気盛んぶりがよけいに強く印象に残る。自らを英雄ナポレオンに、そして自動車レースのレーサーに例え、ホームズとの対決に「トラファルガル海戦の復讐戦だ」と叫ぶルパン、やっぱり若いなと思わされる。このぶち上げの直後に予想外にホームズが店に入ってきて、珍しくうろたえるところも「若さ」だろうか。

 一方のホームズの描写からはその年齢とキャリアから来る余裕が感じられる。ルパンとの宿命の対決にも関わらず「十日で決着する」と宣言。それも理由は「他の仕事で忙しいから」だ。他の仕事としてあげられている「イギリス中国銀行盗難事件」「エクレストン夫人の誘拐事件」などは、ホームズ研究上でもちょっと気になるところ。
 このホームズとルパンのレストランでの会見は何月何日のことなのか。まずクローゾン邸で青ダイヤが盗まれたのは「8月10日」 と明記がある。そしてそれから2週間後にブライヒェン氏逮捕、さらに1週間後の金曜日にガニマールが日本茶館で会合をもよおし、そこでホームズへの依頼が決定している。これを暦で追っていくと「1901年8月30日」が金曜日で、依頼発送の日とみなせる。それからホームズとワトソンがパリへやって来て、11日間の死闘の末、水曜日に決着がついていることから、ルパンとホームズが北駅近くのレストランで会見したのは「9月1日の日曜日」ということになる。

 このレストランでの対決前の両雄会談で、ホームズは事件の舞台となった三つの現場はルパンによって「誘導」されたものであること、さらに発見された青ダイヤが偽物であり、本物はルパンが持っていると指摘する。そしてその後実際にクローゾン伯爵夫人に会って発見されたダイヤが「再生ダイヤ」であることを確認している。
 さて、ここで気になるのが「再生ダイヤ」というやつ。ホームズの説明によると「ダイヤモンドの粉末を超高温で熱して融解させ…それからそれを一個の宝石にかためるといった新しい方法がある」のだそうだ。う〜ん、人造ダイヤよりは当時の技術でも可能な方法ではないかと思うのだが、一見見分けがつかないほど精巧な「青ダイヤ」の偽物を作るのはかなり大変なのではないかと。それだけでかなりコストがかかっちゃう気もする。そういえば『アンベール夫人の金庫』で若きルパンは「人造ダイヤ」のピンを胸に飾っていたが…

 ホームズはさっそくその日の夜に事件の現場となったオートレック男爵邸の捜査にとりかかる。ここでルパンの策略にかかったワトソンとの乱闘をやってしまい、あまつさえ監禁状態で一夜を明かす憂き目に会う。夜食の用意をしていくという粋な計らいを見せたかに見えたルパンだが、しっかりホームズたちの荷物をホテルから持ち去り、さらにはそれを自身の機関紙「エコー・ド・フランス」で大々的に報じるというイタズラまでする。この初日の第一ラウンドは完全にルパンにポイントがあがった。


☆ルパンとホームズ変装合戦(第二日〜)

 十日のうちに事件を解決、ルパンを逮捕すると宣言したホームズは、二日目と三日目はひたすら現場を歩き、これといった進展を見せずにワトソンをイライラさせている。そして四日目、ホームズとワトソンはルパン一味の相次ぐ妨害工作を受け、ワトソンが右腕骨折の負傷をしてしまう。なぜか続く『ユダヤのランプ』でもワトソンはご難続きで、ホームズが謎解きに夢中になって怪我人のワトソンに冷たい(もちろん心配はしてるのだが) というのも共通する。ホームズのこうしたキャラ設定にはホームズファンからは批判もありそうだが、ホームズシリーズでワトソンがこうした負傷をした例がないので実際にそうなった場合どういう反応を見せるかは分からない。なんとなくこんな風になるんじゃないかという気が僕はするのだが(とくにホームズ初期の「変人」ぶりを思い起こすと)
 
 しかし四日目でついに事件解決の糸口をつかんだ名探偵は、三つの建物を設計した建築士デタンジュのもとに潜入する。それもドイツ人シュティックマンなる人物に変装して。「ごま塩頭でひげ面、長くてうすよごれた黒のフロックコートを着た、ぶかっこうなからだつきの子男」と描写され、ドイツ訛りのフランス語を話すんだから、ホームズの変装術もルパン顔負けだ。その後のルパン追跡場面では「居眠りする小柄な老人」にも変装している。
 もちろん、変幻自在の変装術はホームズの方が大先輩。ホームズの変装といえばアヘン窟に中毒者に変装して潜入した『唇のねじれた男』、死んだと思われていたホームズが復活する『空家の冒険(空家事件)』で、小柄な老古本屋に変装して親友ワトソンを完全にあざむいている。ルブランもこのエピソードを念頭に本作でのホームズ変装を描いた可能性が高い。
 単に外見だけではない。本文によるとドイツ人秘書になりすまして紹介を受けるため、この48時間の間、ありとあらゆる策謀をめぐらして「この世でもっとも複雑でいりくんだ生活」を送っていたとあるので、かなりの弁舌と交際術を駆使したと思われる。人間嫌いの印象が強いホームズだが、『C・A・ミルヴァートン(恐喝王ミルヴァートン)』という一編では恐喝王ミルヴァートン邸に侵入するためにその家のメイドに接近し、まんまと婚約にまで持ち込んでしまうという手腕を見せたことがある(もちろん結婚なぞしなかったが)。この「ミルヴァートン」の話では家宅侵入も実行しているが、「金髪の美女」においてもホームズが所有の「万能鍵」を使う場面がある。この辺もルブランがホームズ譚をよく研究した表れではなかろうか。

 秘書になるまでに48時間かかったということは、この時点で六日目。そしてデタンジュ邸の秘書になって二日目、つまり通算七日目にようやくホームズはルパンその人にたどりつく。ただし例によってルパンは変装しており、今度はデタンジュの弟子にして娘クロティルドの恋人マクシム=ベルモンに化けている。『おそかりしシャーロック=ホームズ』 でルパンの「ネガ」をとったホームズ、一瞬でその正体を見破ったが、それでも「ほんとうにルパンだろうか?」と疑念を抱いてしまうほど見事にデタンジュ邸に溶け込んでいたようだ。ガニマールもその姿を見て最初はルパンであることを否定し、じっくりと見てから「ほんとうによく似ているなあ」とつぶやいていた。
 デタンジュ父娘との会話からわかるように、ルパンは「マクシム=ベルモン」なる人物として5年前にデタンジュ氏に弟子入りしている。5年前となるとあわただしいルパンの青春時代としてはかなり昔のことで、恐らくは逮捕以前、怪盗としての歩みを始めた頃に仕事に使える建物を物色するために弟子入りしたのだろう。その時にすでにクロティルドと恋愛関係にあったがその時は正体が割れてなかったと読めるので、その後に逮捕→脱獄という過程でクロティルドには正体が知れ、その上で再会後にクロティルドがルパンの協力者となった、ということではないかと思われる。


☆逆転、逆転、また逆転

 七日目の夜から八日目の未明にかけ、ホームズはガニマールともに、エルデール通りのハンガリー料理店やシャルグラン通りの会合場所でルパン一味を追う。
 ルパンに複数名の部下がいることは『おそかりしシャーロック=ホームズ』で明らかになっているが、この場面ではルパンを護衛する四人組、フロックコートの紳士、ハンガリー料理店のボーイ長、そして「金髪の美女」ことクロティルドの七人が確認できる。また八日目にホームズに捕まるルパンの部下の一人は「ジャニオ」という名前であることがルパンとクロティルドの会話から判明する。実はこれが名前が判明したルパンの部下第一号だったりするのだが、その後の物語では登場していない。十一日目で登場する鑑定家「ディブルーユ」もルパンの部下で、どうやらルパンにもこの名前で呼ばれているようなので、これが名前判明の部下第二号ということになる。

 九日目(月曜日)にホームズは「金髪の美女」の正体がクロティルドであることをつかみ、全ての事件が起こった建物がデタンジュの設計にもとづいて隠し通路つきに改造されていたものであることを突き止める。ここで事件の舞台となったデタンジュ設計邸がパリ市内のどこにあるのか、地図で確認してみよう(番地まではさすがに分からないが、だいだいこの辺という位置につけている)

金髪の美女パリ地図1

 地図を作ってみて初めて分かったのだが、事件の舞台となった「改造住宅」は全てパリ北西部にあり、なぜかほぼ一線上に横並びする。もっともホームズが入手した書類によればパリ市内だけでこの他に10ヶ所の改造住宅があるそうなので単なる偶然なんだろうけど。

 タイムリミットとなった十日目(火曜日)、証拠をつかんだホームズはクロティルドに正体を現し、事件の真相を暴いて連行しようとする。ホームズがクロティルドと一緒に待たせていたタクシーに乗り込むと、なんと運転手がいつの間にかルパンに!こういうドンデン返しはまさにルパン譚ならではというところで、その後多くの亜流シーンを生んだ、その元祖ではないかと思われる。
 ホームズを誘拐したルパンは車を交換して、セーヌ川沿いに飛ばしに飛ばす。「二時間のうちに160km走った」とはっきり明記されているので、平均時速80km!『ふしぎな旅行者』の平均時速73kmを抜いて新記録である(笑)。文章でもその目の回るような猛スピードぶりが描写されているが、馬車と汽車世代のホームズにはこれも含めてかなりの恐怖だったのではあるまいか。

 ルパンはホームズを「イロンデル(ツバメ)号」なる蒸気船に乗せてイギリスへと送り返してしまう。会話によればこの船が停泊しているセーヌ河口付近の港からイギリスのサザンプトンまで最短9時間かかる。午前1時ごろにサザンプトンを出て午前8時にルアーブルに到着する船便があり、これにホームズが乗れないように11時間かけてサザンプトンに行け、とルパンは指示する。送り出した翌日、11日目(水曜日)の「エコー・ド・フランス」にはルパンの勝利を報じる飛ばし記事が載ってしまうのだった(笑)。
 ところがホームズもさるもの、船長に面白い話をして夢中にさせてるうちに時計の針を1時間進め、船室の掛け時計も偽の青ダイヤで船員を買収して1時間進めてしまう。これにコロッとダマされた船長は律儀にもピッタリ1時間早い午前0時にサザンプトンに入港、ホームズは午前1時発ルアーブル行きの船便に乗れることになった。かくしてホームズの大逆転劇が始まるのだが、時刻表風にまとめてみるとなかなか凄い。


十日目(1901年9月10日火曜日)
10:30ごろ  デタンジュ邸からクロティルドを連れて出発。そのままルパンに誘拐される。
11:00ごろ  パリ郊外で車を乗り換え。
14:00ごろ  セーヌ河口に到着。
14:00過ぎ  セーヌ河口からイロンデル号に乗せられ出航。

十一日目(1901年9月11日水曜日)
0:00ごろ   イロンデル号、サザンプトン入港。
1:00      ルアーブル行き船便でサザンプトン出港。
8:00前?   ルアーブル入港。
8:00      ルアーブルを列車で出発。
11:00     パリ(サン・ラザール駅)到着。
14:00ごろ   クルボー街でルパンの前に現れる
15:00ごろ  ルパンから青ダイヤを入手、そのまま退散する
16:00ごろ  北駅からワトソンと共に帰国の途に。赤帽に化けたルパンが見送る。
 

 なんだか西村京太郎の時刻表トリックを思わせる慌しさだ(笑)。
 考えてみるとホームズが最初に予告した「十日」という期限は守れなかったことになるが(もっともそれは数え方の問題で、最初の日曜日はカウントせず水曜日であれば十日間ということにはなるかも)、ホームズはあくまで依頼人のために青ダイヤを取り返す事を第一にしており、ルパン逮捕は二の次。この辺も職業探偵らしさを感じてカッコいいと思う。前日までさんざコケにされているホームズだが、この最後の大逆転のための伏線と思えば、まさに「この瞬間がいっさいを消しさってくれる。わたしはもうなにもうらみに思わない。わたしは報いられたのです」とホームズ応援派としては喝采を送るところだろう。

 名前こそショルメスに変更したが、ルブランは準備段階からこれをホームズ対ルパンとしてストーリーを構想したはずで、ドイルにそれなりの敬意を表してホームズの逆転勝ちのストーリーと最初から決まっていたのだろう。そもそも読者に対してもそのことは物語の序盤であっさりネタバレで明かされている(「アルセーヌ・ルパン逮捕!」の新聞が売られた事実が書かれている)
 ま、それでルパンが逮捕されて終わりじゃ主人公の立場が無いから、ガニマールが道化役としてルパンを逃がしてしまい、ルパンは赤帽に変装してしっかりホームズを見送るという「再逆転」なラストになった。物語のしめくくりとしては綺麗な終わり方ではあっただろう。


☆世紀の決戦の「隠し味」

 怪盗対名探偵の直接対決第一弾にして決定版となった形の本編だが、よく読みこむと本筋から離れた「隠し味」が存在する。それは何かといえば…「グルメ」な場面が妙に多いのだ。それも非常に国際的な彩りで。さすがは美食の国フランスというところだが、特にこの一編に顕著な傾向だ。

 ルパンの罠にまんまとひっかかったガニマールが、関係者一同を集めて謎解きを試みる場所が「日本茶館」である。なにげなく登場するのだが、日本人としてはどうしても気になるところ。小説では「ボアシー・ダングラー通り9番地」 にあることになっている。「ボアシー・ダングラー通り」とはパリ中心のコンコルド広場から北へ向かう短い通りの一つで、パリ中心部の観光地図でもすぐ発見できる。なお「ボアシー・ダングラー」とはフランス革命期に活躍した政治家の名前である。ここに当時本当に日本茶館があったのかは確認できないが、特にどうということもなく舞台に使われているので、当時のパリでは多少は珍しくても特筆するほどのものではなかったのかもしれない。

 ルパンと伝記作者が会食していたところへ予想外にホームズが入ってきて、ルパンが珍しく慌てる一幕があるのは北駅近くのレストラン。注目はルパンが「菜食主義」を実行していることが判明するところ。注文を聞いたボーイに「なんでもいい。ただし、肉とアルコールはいらん」 と言ってるところからすると禁酒もしていた可能性が高い。菜食の理由については「衛生上」と答えているが、調べたところ健康目的の菜食主義(ベジタリアニズム)は19世紀中ごろには明確に意識され、実践者が多くなっていたようだ。もちろんこの注文を聞いたボーイのように、美食の国フランスではこうした人に軽蔑のまなざしを向ける人も少なくなかったのだろうが。ルパンも「交際上…変わりものとみられたくないからね」と菜食主義をたまに破ると発言しており、いわば「素に戻る」時のみの行動だったようだ。ルパンの菜食主義はこの話以外言及がなく、いつまで続けた習慣なのかは不明だ。
 なお、ルパンととりあえず会談をすることにしたホームズが注文するのは「ソーダとビールとウィスキー」で、日本でも酒場でよくやる「とりあえず一杯」という内容である。

 「デストロ」なる人物に扮したルパンが仲間と落ち合い、そのボーイ長も実はルパンの部下となっているのがパリ中心部エルデール街の「ハンガリー料理店」。どういう料理が出ているのかは描写がないが、「デラックスな料理店」という記述があるようにかなりの高級店のようだ。ここでデストロことルパンが食事を共にしているのも貴族の夫人や外交官ら上流階級である。
 さらにルパンことフェリックス=ダヴェーが逮捕される当日の昼に軽く食事をしているのがパリ西部ドーフィーヌ門近くの「中国料理店」だった。ここでルパンが食したメニューは「卵二つと野菜に果物」で、やっぱり菜食主義を通してることがわかる。

 ホームズが教えられたガニマールの連絡先の一つとしてシャトレ広場の「スイス風居酒屋」がある。シャトレ広場はパリ警視庁の近くでもあり、非番の時に待機しつつ一杯やる場所だったのだろう。

金髪の美女パリ地図2


☆その他のこぼれ話。

 そのスイス酒場以外のガニマールの連絡先が彼自身の自宅だ。この『金髪の美女』で彼の自宅が「ペルゴレーズ通り」にあることが判明する(上地図参照)。ルパンがフェリックス=ダヴェーとして住んでいたクルボー通りは割と近く、しかもルパンはガニマール邸に使用人として女スパイをもぐりこませて動静をチェックまでしている。さんざコケにしつつもやっぱり警戒の対象なんですな、ガニマール警部は。
 ここで気になるのは、このガニマール邸へのスパイ工作はその後も続いたのか、という点。『ルパンの告白』に納められた傑作短編『赤い絹のスカーフ』のラストでルパンがガニマールに「あんたの家の家政婦のカトリーヌばあさんはおれの手下なのさ」 とダマして逃走するが、実はそれは全くのデタラメだったというオチがある。しかし『金髪の美女』の話からすると実際にガニマール邸にスパイを送り込んでいた時期があったわけだ。ま、カトリーヌばあさんは無関係としてもそういう女性の存在をルパンが知っていたということは、ルパンが常時ガニマール邸を見張っていたということでもある。

 『金髪の美女』のヒロイン、クロティルド=デタンジュのその後については続く『ユダヤのランプ』でも言及されず、『ルパン対ホームズ』の一冊の中ではホームズが青ダイヤとの取り引きで見逃してやったという以外、消息が分からなくなっている。
 彼女のその後の運命については舞台劇「アルセーヌ・ルパン」をもとにした『ルパンの冒険』で判明する。シャルムラース公爵に扮したルパンに、ゲルシャール警視正(ガニマール警部の舞台版)が、「死んだと聞いています。ああ、思い出しました。たしかに死んだはずです」と明言しているのだ。『続813』 でもルパンがつぶやく今は亡き恋人たちの名前の中に「クロティルド=デタンジュ」がふくまれており、彼女がこの事件後間もなく亡くなったことは間違いない。話ごとにヒロインが変わって彩りをつける都合上、ルパンが愛した女性はあっさりと死ぬケースが多いのだが、クロティルドはその哀れな犠牲者第1号ということになる。
 タイトルにもなってる上に変装までしてルパンに協力するなど目立っているはずなのだが、彼女そのものの印象は数多いルパン・ヒロインの中でももっとも影が薄く、薄幸な女性のイメージが強い。

 『ルパン対ホームズ』は探偵小説界を代表する名探偵と怪盗の一騎打ちということでルパン全集のみならずさまざまな媒体で紹介されており、その大半がこの「金髪の美女」をとりあげている。
 1910年に「アルセーヌ・ルパン対エルロック=ショルメス」という舞台劇が上演されているが、これはルブラン公認ではあるものの別の劇作家の手になる原作とまるっきり異なるストーリーのものだったという。その同じ年にドイツで連続5編の映画「アルセーヌ・ルパン対シャーロック・ホームズ」がルブラン原作にもとづいて製作・公開され、確認される限り「ルパン対ホームズ」の最初の映像化と見られるが、著作権無視、しかも興行上の狙いから「ホームズ」と明記する作品だった。
 本国フランスでは1970年代にジョルジュ=デクリエール主演のTVドラマ「アルセーヌ・ルパン」中の一編として「アルセーヌ・ルパン対エルロック・ショルメス」 が「金髪の美女」を下敷きに映像化されている。名前こそショルメスになっているが、その容貌は明らかにホームズのイメージそのもの。オートレック男爵邸の事件をベースに脚色されていて、ルパンが運転手に化けてホームズを誘拐し、イギリスに送り返すくだりもちゃんと描かれる。ただしそこで話は終わりで大逆転がカットされており、ここではルパンの圧勝のままだ(笑)。同シリーズの「ルパン逮捕される」では隠れ家を引き払うルパンが「ここにアルセーヌ・ルパン居住せり」と壁に書き残していくエピソードが流用されている。

 日本では東映動画製作の長編TVアニメ「ルパン対ホームズ」(1981年にフジテレビ系放映)がある。TVでの放映時に見たことがあるのみだが、南洋一郎版「金髪美人」をベースに脚色されていた。主なキャストは広川太一郎(ルパン)、山城新伍(ホームズ)、なべおさみ(ウィルソン)、松島みのり(クロティルド)、永井一郎(ガニマール) とまぁなかなか豪華。パリ警視庁に来たホームズに本部長(?)がふざけて「シャイロックさん」と声をかけるとホームズが「私はベニスの商人じゃない」とやり返す場面が妙に記憶に残っている(笑)。あとホームズが船長の腕時計を進めるために話して聞かせる「面白い話」は自身の探偵物語になっており、これは南洋一郎版に準拠したものだ。
 なお、タツノコプロがやはりTVアニメとして「8・1・3の謎」(1979年放映)を製作しており、その冒頭で「金髪の美女」終盤のルパンがガニマールからエレベーターで逃走する場面が流用されている。

 そして驚くべき事に日本では「金髪の美女」の翻案実写映画が存在する。それも1927年(昭和2)というえらく古い時期で、日活が製作した『茶色の女』という無声映画がそれ。監督は三枝源次郎、脚本は星野辰男…ってこれ、ルパンシリーズの「当たり訳者」の保篠龍緒さんの本名じゃないですか(笑)。日本におけるルパンの翻案映画は他にも「813」「虎の牙」「カリオストロ伯爵夫人」などが存在している。

 『ルパン対ホームズ』が日本に与えた影響と言えば、やはり江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズがはずせない。名探偵・明智小五郎と怪人二十面相の延々と続く対決は、「ルパン対ホームズ」のエンドレスシリーズ化と言っちゃっていい。その明智小五郎はご本家のルパンとも『黄金仮面』で対決しちゃっているのだが、これについてはいずれ別項で。


怪盗ルパンの館のトップへ戻る